14 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:26:34.47 ID:URel8KTP0
意味不明な言語に戸惑ってしまう俺とは対照的に真剣な律子の表情から察するとどうも本気で言っているようで 返答にも余計に困ってしまう。普通の人間ならこんな状況だと真っ青になりながら現実逃避をしてしまうのだが、 すんなりとこの状況を受け入れつつある自分がどこか末恐ろしい・・ 結婚と言う単語にここまで動揺するとはあまりいい気分ではない、それにまだ出会って一週間にも満たない俺たちは まだ互いの性格すらよくわかっていないのだ。
常識で計り知れない言動に言葉を失いつつも柔らかな物腰で俺に語りかけてくる律子にどうにかなりそうな気分だ。
「いきなり自分でも変な事を言っているのはわかります。まだ出会って一週間も満たない私たちが結婚だなんて 異端すぎます・・一樹さんが戸惑うのもわかります、一般的にみればこの私の言葉は狂気の沙汰に近いものですし おかしいとは思ってます。
「とんだ世迷いごとだな。それに俺は人付き合いが嫌いなのは知ってるだろ・・結婚だなんて俺には一生似合わないな」
律子には悪いが今の俺には結婚する理由もなければする機会すらない。それに昔から人付き合いが嫌いな俺に 結婚という以前にこういった男女の付き合いをすることが不思議でならないぐらいだ。それにしてもなんで俺相手に 結婚を申し込むのであろうか? 出来ることなら律子の場合はその用紙と物腰を巧みに利用しながら俺よりももっと いい人間を見つけそうな感じがするのだが、なぜ俺なのかよくわからない。だけども今の俺には結婚する気など さらさらないので後々に面倒にならぬよう、きっぱりと断っておくことにしよう。
15 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:28:35.67 ID:URel8KTP0
「ま、いずれにせよ俺たちは出会って日が浅い。結婚はそれからと言うことで――・・」
「それでは駄目なんです――!! ・・あなたとは今こうして自分の意思を伝えないといけない気がします」
「・・・」
二の句を告げないとはまさにこのことだろう、律子の言葉にただただ絶句させられる自分に情けなさを感じるものの 言葉が出ないのもまた事実。ここまで来るとやすやすと断るわけにも行かないし、きつく言ってもかえって意地に なってしまってなかなか抜け出せなくなるだろう。 それにしても俺の将来でも一生あることはないと思っていた結婚という現実をこうも早くに突きつけられるとは思っても みなかったものだ。律子には悪いが俺はまだ結婚をするつもりは毛頭ない、さっさと諦めてもらえばいいのだがな・・
16 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:29:28.63 ID:URel8KTP0
「何でそう俺にこだわる? お前が俺と一緒に暮らしたってお前が得することはない、それに俺はああいった家庭の 生活はあまり好きじゃないんでね・・」
「別にそれでも構いません。私はあなたのお傍にいるだけでいいです・・」
「・・もし俺が無茶な要求をしたりしてもすんなり受け入れるのか?」
「はい。・・私は一樹さんがどんな人であろうとそれを全て受け止める覚悟はできております」
この言葉を聞いた俺は顎に手をかけ、再びこの状況を冷静に考えてみることにする。律子はよほど結婚志望の強い 女性だと仮定をすると今の心境は大胆な行動で俺の気を引こうとする一か八かのギャンブルだろう。だけども律子は 自分でも言っているように人見知りの激しい性格だというし・・それらを考慮しても結婚願望が強いとはいえ、結婚まで 踏み込むにはそれなりの月日と要するだろう。
だが、さっきの律子の言葉にはその考えを十分に覆す理由があったし瞳のほうも真剣そのもので背に腹は変えられ ないようだ。それに結婚して俺が無茶な要求をしてもそれを断固となく受け入れる姿勢を貫き通しているのだから 不思議なものだ。俺としては今の暮らしに満足はしているつもりだしそれなりに充実感も感じている。ただ一人仕事を こなしているだけでそれでいいのにこれ以上余計に人が増えたら、嫌でも生活観が変わってしまうのかもしれない。 今の俺にはそれが何よりも恐ろしく感じられる・・
こうなったらこっちもさらに無茶な提案を言い出して退けるしかないだろう。
17 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:30:55.90 ID:URel8KTP0
「あんたがそういってくれるなら、こっちにも結婚に必要な条件を付け加えさせてもらうか・・」
姿勢を正すと俺は即興で考えた条件を席に置いてあったペンとアンケート用紙の裏側に書きながら律子に突き出す ことにする。その内容は以下のとおり・・
- 俺の生活を犯さないこと ・主に家事全般を担うこと ・仕事の都合には素直に従うこと ・仕事が忙しくて家庭に入り込まなくても文句は言わないこと ・愛は無用
上4つは基本として最後の愛と言うのは人間が持っている下らない情に目覚めさせないようにするための予防処置と いったところだろうか? 普通の人間ならこれを見たら俺のことを束縛野郎と思うが、はっきり言って俺は今までの 生活を余り変えたくはない・・かといって日常生活についてはからっきしなのでそこら辺の都合も考慮したうえで このような条件を突き出した。 普通の女ならこの条件はとてもではないが飲み込められないはずだ、それを期待した俺は食後に運ばれてくる コーヒーを飲みながらじっと律子の反応を待つ・・律子のほうは俺が差し出した条件をじっと見つめながら当然のよう に真剣に考えている。
俺が提示した条件と睨めっこを続けて早、40分近く・・目を瞑りながら律子はじっと俺に先ほどの返答を返してきた。
18 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:31:22.04 ID:URel8KTP0
「・・この条件を飲みます」
「――ッ!! いいのか、お前が抱いている理想とは全く違った結婚生活だぞ・・」
「はい、私は一樹さんと結婚できればそれでいいですから・・」
何の澱みのない律子の笑顔に俺はそれ以上何も言えずこの結婚を承諾してしまうのであった・・
19 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:33:02.59 ID:URel8KTP0
結婚と言うのはこんなに呆気ないものであったのだろうか? 出会って一週間にも満たないカップルがこんなに あっさりと結婚を決めてもよいのであろうかという疑問も考えられるのだが全ては無駄と言うことだろう。 あのお見合いから早、6日・・俺は一人の女を嫁に迎えると言う重大なイベントにいまいちピンッとこない。今から 行われる話し合いに双方の両親による多大な反対を期待したいものだ、双方の両親の反対ともなれば昨日の 擬態的な婚約もすぐに水泡に帰するだろう。
「・・いいんじゃないのか? もう一樹も身を固める年だ」
「律子さんみたいな家庭的な女性ががお嫁に来てくれるのなら私たちは安心ですしね」
こちらは俺の両親の反応・・結婚と言う重大な事実にもかかわらず、なんら反対の様子も見せずにすんなりと結婚を 承認する。同様に律子の両親のほうも反対の様子を見せずに普通の反応を見せている、こうまでに見事に結婚を 承諾されるとどこか拍子抜けしてしまう。淡々と結婚についての話が進んでいく中で律子の両親が妙に真剣な 顔つきで俺に語りかけてきた。
「一樹君、実は君に話さなければならないことがあってね。律子は中学卒業のときに女体化してしまってね・・ 今は昔よりかは女体化についてはある程度は何とかなっているがそれでも嫁の貰い手は難しかったものでね。 でも、こうやって一樹君が律子をお嫁に貰ってくれるなんてうれしいものだよ」
「女体化を打ち明けるのは少し時間も掛かりますからね」
「は、はぁ・・」
幸せを隠し切れない律子の両親の言葉にただただ唖然とさせながらも意外なことを聞いてしまった。 あの律子が女体化しているなどとは到底信じられないもので少し驚きだ、人見知りが激しいといっていたのも 多分女体化の影響だと考えられなくもないがまだよくわからない。 それにしてもなぜ律子が女体化については閉口だったのかはよくわかる。少なからず女体化によって言われもない 差別を受けたりしてそれを思い出してしまうのだろう、それなりに苦労して今の人格を作っていたのかもしれない。
20 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:33:47.31 ID:URel8KTP0
「一樹、立派になったな」
「父さん・・」
俺の肩にポンッと手を置く父に俺はどこか奇妙な気分だ。その後は両家の話し合いや結婚式について話は進む、 結婚式は俺の希望で親族だけで執り行われるようにしてもらった。そのほうが簡単で早く終わるし、今までに人と 付き合っていない俺はこういった式に呼ぶ知り合いなど全くの皆無だったのでこっちのほうが気が紛れて楽なのだ。
それに仕事の関係もあるのでできるだけ早く済ませておきたかったのでなるべく式のほうは出来るだけ余計な手間を なくしてスムーズに済ませれるようにした。途中で母さんが結婚式は女の子にとってはどうのこうので下らない 与太話を含んだ説教じみた反対意見を出されたのだが、今の俺の事情を懸命に説明すると渋々ながらも 引き下がってくれた。 全く結婚式などはめんどくさいので早く済ませてくれたほうが好都合だ、下らないこだわりなど幼稚で馬鹿げてるもの だ・・
後は互いに婚姻届を書くと俺は律子を引き連れてタクシーを呼び、一足早く役所へと向かうことにした。
22 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:36:43.66 ID:URel8KTP0
タクシーの中、俺たちはたいした会話もなくじっと窓に映る景色を見つめていた。傍からみればこの2人が夫婦に なるなど思いもしないだろう・・ 律子のほうは婚姻届をじっと見ながらも時折俺のほうへ顔を向けながら笑ってくれている、その姿が嫌に目に付く 俺はそれを振りほどくためにこうやって外の景色を見つめる、これからこの女の夫になる自分を考えると自嘲気味に 笑えてくるものだ。強引とはいえ結婚するのはまた事実、それに合わしていきながら生活するのは少し慣れが 必要だがどうも気が進まないのはどうしてだろうか? それに相手が女体化しているのであれば少しばかりの 抵抗感がでてしまってもおかしくないのだが、時折見せてくれる律子の表情が心なしか抵抗感を打ち消してくれる。
それに婚姻届を見続けている律子はどこか嬉しそうな感じでその姿を見るのがどこか気まずかった・・
「・・一樹さん、私と結婚して後悔していませんか?」
「今更、後悔したって仕方ないだろ。俺の条件を反故しない限りは好きにしてくれて構わん」
「私の女体化のことはどう思われますか?」
先ほどの嬉しそうな感じは消え去り、今度は不安そうな物腰で俺に語りかけてくる。やはり今までに俺に女体化の 事を隠していたと言う引け目があるのかもしれない、それに俺と結婚することによって今後の不安や恐れがあるの だろうか?
23 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:38:20.69 ID:URel8KTP0
「・・別にあんたが女体化を隠してようが隠していまいが俺には関係ない。それに俺は男のことをいつまでも 引き摺っている奴が嫌いなだけだ」
「ですが、私は一樹さんに――・・」
「それに、そんなことでいちいち気にしてたら気が滅入る・・」
そういって俺は再び窓のほうに視線を向ける。立ち並ぶ景色・・ビルばかりだがそれがどこか懐かしくも奇妙に感じて しまうものでそれらが絶妙に入り混じり、俺に落ち着きを与えてくれる。そのままじっと外の景色を見続けるととある 建物に目がいってしまう、周りからでもよくわかる高級感溢れるその外装は・・いつぞやの理嗚とのデートのときに 行ったあのホテルであった。 夜のときとはまた違った姿に驚きつつも俺は自然と窓から写るホテルを食い入るように見つめてしまう。もうあの女と 会わないでかなり久しいがふと大学の卒業式での出来事を思い出してしまう・・
“花嫁修業をしてほかの家に嫁がされるだけ・・金持ちの娘の末路なんて大抵はそんなものよ”
あの女も今頃どこかの家に嫁がされているのかもしれない。だけどもいつも人形みたいに無表情で静寂ともいえる 雰囲気を漂わせているあの女が俺の結婚を知っていたらいったいどんな顔をしてしまうのか少し知りたくもなって しまう・・ だけども理嗚については思い出してもなんら得すらならない、むしろ思い出すだけでかえって苛立ちが募るばかりで 関わり合いをもっただけでも信じがたい。
ホテルから視線をそらすと気持ちも落ち着き楽な感じなのだが、どこか納得もいかない。まだ俺の頭の中には 少しだけだが理嗚が住み着いているようでなかなか追い出すことができないようだ。 だんだんと思い出すのも億劫になってきた俺は外の景色を見るのをやめるとそのままぐっすりと眠ることにした・・
24 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:39:36.40 ID:URel8KTP0
役所に着くと律子が持っていた婚姻届を提出する、これで俺と律子は立派な夫婦になったと言うことだ。 タクシーではなかなか吸えなかったタバコを吸いながら俺はこの現実をじっと見据えるように考える・・
(くだらないな・・)
現実が全てだとは当の昔から自覚はしているが、どこか抵抗を感じているのかもしれない。タバコの煙が俺の 気持ちをを落ち着けるが現実は変わりはしないもので言いようのない気持ちがあふれ返ってくる。 婚姻届を提出して細かい手続きを済ませてる律子を見ると本当に結婚してよかったのだろうかと思ってしまう、 俺には結婚と言うものは余り実感がわかない。タバコを吸いながらどこか嬉しそうに手続きを済ませる律子に少し 複雑な気分だ、タバコの本数が進んでいく中で手続きを終えた律子が俺の元へとやってくる。
「・・終わったのか?」
「はい。・・帰りましょう」
「ああ・・」
タバコを消して手続きを済ませた律子を迎えると必要な書類を貰い律子と共に役所を後にする。帰りもタクシーでも いいと思うのだが律子がこのまま歩いて帰りたいと言うので仕方なしにこうやってアパートまで一緒に帰っている。 じっと無言で歩きながら家へと向うそこには会話などはない、ただ何もなく無言で歩いていく・・それだけの話だ。
25 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:41:06.49 ID:URel8KTP0
「あの・・」
「何だ?」
「私たち・・夫婦なんですね」
「そうみたいだな」
乾いた言葉が余計に虚しさを増徴させる。そこには幸せや温もりなどというバカバカしくも下らない言葉はない、 書類にサインをして結婚をしたと言う事実しかなかった。だけども律子はそんな事実にもかかわらず、ただひたすら 俺に呼吸を合わせながら歩いている。この事実に何も感じないのかと思うと不思議に思ってしまう・・
「・・逆に聞こう、お前は俺と結婚しても後悔はないのか?」
「後悔なんてしていません。・・今の私にはこうやって一樹さんと2人きりで過せることだけで十分です」
こうまで言われると逆に反論する余地すらなくしてしまう。俺とは違って律子はこの結婚に後悔すらなく希望を持ち ながら前向きに生きようとしている、その瞳はまっすぐで純粋さをあらわしておりどうも俺とは対照的だと思う。 純粋にこの結婚を受け入れている律子とは違って俺はどこか躊躇しているように思えてくる・・
そんな俺を見ながら律子は歩を休め、改めて真剣な顔つきとなり俺に深々と礼をするとこう一言・・
26 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/09(火) 20:42:02.82 ID:URel8KTP0
「一樹さん・・不束者ですがよろしくお願いします」
「――ッ! あ、ああ・・」
意表を突かれて戸惑う俺をただ優しく見守っている律子・・これからの生活は一体どのように進んでいくのだろうか? 混沌を更に深めながら物語と言う足踏みはどのように進んでいくのか・・それは俺にもわからない。
最終更新:2008年09月17日 20:20