『蒼い炎』(17)

103 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 14:44:25.66 ID:+MnDmPC90

「で、結局・・」

「出来てしまいましたね」

嬉しそうに母子手帳を見つめる律子に俺はただただタバコを吸うぐらいしかできない。あの後、何事もなく会社に 出かけて仕事をしていると突然、律子から電話がかかって子供ができてしまったという摩訶不思議かつ信じられ ない知らせを聞いてしまう。だけども律子の声色からしても真剣さを帯びつつも嬉しそうに喋っていたのでこれが 現実で起こった事実なのかと認識してしまうのに少しばかりの時間を要してしまう。

だけどもこんな出来事が起きても仕事に全くの支障がなかったのは不幸中の幸いともいえる、思えば律子と 出会ってから何もかもがゆっくりと変わって今の状況を安穏と享受している自分が不気味で仕方ない。 昔から思い続けていた人生を送り、1人で仕事をこなしながら死んでいくと思っていた将来だったのだが、今では どうだろうか? 成り行き上、押されたもののそれなりに結婚して共に人と生活を送りそして挙句の果てには自分の 不注意とはいえ子供まで出来てしまっている。昔から思っていたことと逆の道を歩んでいるのだからなんとも 皮肉めいて笑しかこぼれてこない・・

「まぁ、確認する必要はないと思うが・・産むのか?」

「覚悟はできてます。後、私のことでしたら今後とも気になさらず・・」

「・・そうさせてもらおうか」

力がなく若干の皮肉のこもった俺の返事とは対照的に律子の瞳は力強いものだった。そのままタバコを消して力なく 立ち上がると仕事部屋へと向かうことにする、偶然にも溜めておいた仕事があったためそれをこなすことを優先する、 現実逃避などは考えたくはないが今はこの事実から目を背けたい・・所詮は一時しのぎだが考える時間は少しは できているだろうと思いつつ俺は溜め込んだ仕事を片付けることにした。 今のプロジェクトは前のプロジェクトとは違ってかなりの大仕事らしい、しかし偶然にも担当責任者はあの女性の ようでどこか奇妙な心境だ。

105 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 14:45:33.72 ID:+MnDmPC90

パソコンで資料をまとめ市場の分析調査を欠かさずチェックする、こんな作業にももう手馴れたものだ。 だからかえって虚しく感じられる・・

(いくら自分の不注意とはいえこんな状況にまでなってしまうとは・・)

パソコンのキーを放すと俺は途方もない放心感となんともいいようもない気持ちがごっちゃになり、どうしようもない 感じだ。そのまま気分転換に一服をするがどうも気が晴れない、静かにタバコの本数が進む中で俺はだんだんと 気持ちを落ち着けていくがその先のことを考えるのは辛い・・ 頭ではわかっているもののこの現実を直視できない自分がどうも腹立たしいものでそれがさらに苛々を募らせ タバコの本数も増え続ける。

「・・こんな姿など誰にも見られたくはないな」

タバコを消しながら保身を確認している自分に嫌悪感を募らせながら再び仕事を再開した・・

106 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 14:48:58.36 ID:+MnDmPC90

妊娠と言う予想外のハプニングから脱しかけて1ヶ月程度、ようやく体のほうも理解してきたのか何とか今までと 変わりない日常を送りつつある。律子のほうも普段とは全く変わりない日常生活を送りつつあるようで妊娠した体にも かかわらずいつものように俺に朝食を用意して家政婦のように家事全般をこなしている。どうやら女体化していても 妊娠と言うのは普段の女性と全く変わらないようで少し重々しい動きとなっている。考えてみれば腹の中にいる 子供が成長するにしたがって家事のほうもままならぬ状態となってしまう・・いっそのことある程度成長したら病院で 入院させるのがいいのかもしれない。

「えー、この商品の最大の特徴は全国の主婦層をターゲットにしたつくりになっており・・」

プロジェクトのほうもだんだんと進んでおり、今日はその中の一つでとある商品についての会議が開かれている。 会議の話題となっているこの商品は全国の主婦層を狙ったものらしいが、見た感じとしては行かせんパッとしない ものでありどこか時代遅れと感じさせられるものだった。商品の概要のデータを見ながら俺は自分なりに調べた 別の会社の商品データや市場の調査結果などをまとめた資料と見比べながら自分の意見を頭の中で具体的に まとめておく。商品の説明が終わった後、個々の意見の場が設けられ順々に意見や商品についての品評が出たの だがそう簡単にいい意見など出るはずもなく文字通り平行線をたどったままでこのプロジェクトの総責任者である あの女性が不満そうにしながら全員にこう一言。

107 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 14:50:03.42 ID:+MnDmPC90

「皆がこの商品についてどれだけ考えているかは大体わかった。だけども決定的な何かが足りない」

この言葉で全員が静まり返ってしまい空気のほうも重々しくなってしまう、だけども責任者としては当然の言葉なの だからそこら辺は仕方ないと言えば仕方ないだろう。すでに意見を言ったものはこれ以上自分にお鉢が回らない ようにと考える振りをし、まだ言ってないものは慌てて自分の資料と睨めっこしながら自分の意見をまとめている。 俺も確認のために資料を覗こうとしたのだが、運悪くも俺の番が来てしまう。

「じゃあ・・次は小林君」

「はい、まず商品についてですが明らかに二速社が出す新商品と酷似しております。 例え主婦層を狙ったとして市場的観点から見ても価格のほうも明らかに二速社より高くこちらが明らかに不利です」

周りからはざわめきに近い声が広がっている。ま、当然と言えば当然だろう、主任のほうは驚きつつも周りを静かに させて俺に更なる説明を求める。

108 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 14:51:24.07 ID:+MnDmPC90

「――ッ!・・続けてくれ」

「・・すべてにおいて二速社を上回るにはいっそのこと商品の方向転換を提案します」

「何だと――」

商品の方向転換・・この俺の発言に周りの声はさらにざわつく。そもそも俺自身から見てこの商品は明らかに ライバル会社である二速社が売り出す新製品と全く酷似してあったのだ、商品の使い道にターゲットとなる世代・・ ありとあらゆる部分が酷似しており、価格的にもあっちのほうが安いのでよほどの差別化を図らない限りはこちらと しては不利なほうだ。だからいっそのこと商品の方向性を変えたほうがいい、だけど周りからしてみれば一から 必死で組み立てあげた企画を潰してまた一から作り上げるなんて面倒だろう。そんな俺に対する視線はきつい、 だけども主任のほうは無言で俺にそれ以上の言葉を求める、ざわめく周りが落ち着いた頃合を見計らって俺は 再び口を開く。

「方向転換といっても商品の対象を主婦層から女体化した人物を対象に変えるだけです。 女性用という観点からすればこの商品には共通しますし、すでにデザインのほうも考えてあります」

「・・それで」

予め考えてあったデザインのほうを提示すると周りからは戸惑いとは別に驚きや驚愕といった感情が見受けられる。 このデザインは余り苦労はしなかったもので律子の様子を観察を参考に今の商品を少し男向けにアレンジしただけ なので差ほどは苦労しなかった。

主任のほうも少し驚きつつ、無言の姿勢は貫いたままでさらに俺に説明を求める。

109 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 14:53:11.14 ID:+MnDmPC90

「さらに商品にかかるコストも先ほどの商品より5%も安くなります。 これによって価格のほうも低く抑えられ二速社との商品に差別化が生まれ、会社によりよい利益につながると 思います。以上で終わります」

説明を終えると椅子に座り置いてあった飲み物に手を伸ばす。喋りっぱなしであったので自然と喉が渇いてしまう、 それに思いのたけをすべてぶつけたので思いのほか疲労感も感じられて椅子に座るだけで心地よく感じる。 すべての説明が終わったとき、周りのざわめき声が落ち着いたところで主任が言葉を上げる。

「・・さて、新しい提案が出たところで再び皆の意見を聞きたいと思う。確かに二速社ではこれと同じ商品が真っ先に 市場に展開されようとしている、それにうちの会社よりも価格が安い。先ほどあがった小林の提案だが非常に 魅力的な案だと私は思う、だけどもそれはあくまで私個人の意見だ。先程あがった女体化を対象とした商品が 当たるとも限らないしこの商品が外れるとも限らない。

ここは今一度、もう一回対応を慎重に検討した上でゆっくりと決めるべきだと思う。・・今日はそれでよろしいかな?」

主任の提案に俺も含めこの場にいた全員は無言で肯定の意を示す。確かに主任の言うように俺が示唆したのは あくまで確立の話であって必ずしも商品がヒットするとは限らない、だったらここはもう一度両方の商品を厳重に 検討したうえで改めて結論を下すのがベターな方法だと思う。 そのまま主任は全員の意図を察すると今後のプロジェクトの打ち合わせや概要などを俺たちに説明するとそのまま 会議の解散を命じた。 それにちょうど昼飯の時間だったので皆がそれぞれの部署に戻る中、俺も周りに紛れて自分の部署に戻ろうと 思ったのだが、主任からお呼びがかかる。

「小林君、ちょっとお昼付き合ってもらえないか? さっきの件で君とは話もしておきたい」

「は、はい・・」

俺は部署に戻ろうとした歩みを止めるとそのまま主任と昼を共にすることになった。

113 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 14:58:23.23 ID:+MnDmPC90

主任ばかりが一方的に話していても楽しくないのでこちらも少し話題を提供することにする。

「そういえば主任はどうして今の仕事を・・?」

「ああ、昔の話だ。女体化して急にころっと態度が変わった親から縁談をせがまれてな・・それに反発して 今の会社に入社したのさ」

どこか懐かしみながら主任は昔の話をちょろちょろとし始める。 まことに過去を話してくれるのは勝手なのだが、上司と部下と言う柵がなければ俺は間違いなく主任をけなして 見下していただろう。この人は俺が最も嫌う女性の部類に入る、女体化しても染み付いた名残で男言葉を使うし 自分の縁談を断って下らない意地を張り、茨の道を体験しながらこの会社へと入社する。

俺からしてみればかなりの変わり者か苦労好きと思われる、顔には出さないが余計に苛々がたまってしまう。

114 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 15:00:24.13 ID:+MnDmPC90

「悪い、話が反れたな。・・さっきの会議のことだがどうして君は商品の方向転換しようと思ったんだい?」

「・・今の商品ははっきり言って二速社の二番煎じです。私はそれらを踏まえて以下にコストを下げつつ差別化を 図るにはどう知ればいいかと思い考えた末で決断いたしました」

「そうか・・あのアイディアは正直言っておもしろい案だと私は思う。今の商品より効率がいいのは確かだしそして なによりもどこの企業も未だに開拓していない女体化した人をターゲットにしているのが非常におもしろい。 だけども先程言ったとおり、軽々しく体制を変えるわけにも行かないし顧客のニーズにもよるからな」

「ええ、ですから私としてみても厳重な検討が必要だと思いました。いくら差別化を図っても元の商品より劣っている 部分はありますし、ヒットするかわかりません」

「その通りだ。君はなかなか良い観察眼を持っているようだね」

そういって主任は俺を評価してくれる、表面上は喜んでみせたのだが内心は余りいい気分ではない。 それに自分の上司がこんな下らない思考の持ち主なのだから尚更いい気分はしないだろう。数分の会話が嫌に 長く感じられる、そんなときに某博士の出した有名な理論が頭の中を駆け巡る・・

117 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/29(月) 15:02:05.35 ID:+MnDmPC90

「そういえば君は前のプロジェクトにも参加してたね。確かあの時は市場調査が主だったみたいだけど・・」

「・・自分はただ与えられた仕事をこなしていただけです」

「そうだったな。・・なぁ、私の部署へ移転しないか?  今の部署よりも君の能力が活かされる仕事がたくさんできるし、正直言って私としても君の力がほしい」

まさかいきなりこんな話を突き出されるとは思ってもみないもので突発的というかあまりよくわからない気持ちだ。 だけども答えのほうは考えなくてもすぐに決まっている、考えるほうが無駄というものだ。

「私を評価してくれるのは大変ありがたいですが、今の部署のほうが手馴れているので・・」

「・・そうか、変なことを聞いてすまなかったな。君みたいな優秀な人物が私の部下になってくれれば仕事が もっと楽になるだけどな・・」

どこか残念そうな表情のまま主任は話を切り上げる。俺をここまで評価してくれるのはありがたいものだが俺は 自分の嫌いな上司の下につくつもりはない、はっきり言ってこんな申し出などありがた迷惑に過ぎない・・ 出世街道まっしぐらとは行かないが、俺にとっては会社に居続けるほうが重要なのだ。

俺にとっては出世よりも安定した生活が何よりの望みなのだからしかたがない。このまま静かに夜を待とう・・


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最終更新:2008年09月17日 20:21
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