『女将』(1)

桜咲く4月・・世間は恐ろしいほど気ままで人はその荒波に流されながらも懸命に生きております。こんな事を申しておりますが、私もまだこの世に生まれて16年・・両親が切り盛りするこの旅館は昔から手伝っております。

こういった商売をしているといろいろなお客様が足を運んでくださいます。そして今日もお客様がやってくる・・

あ、申し送れました。私、森野 楓(もりの かえで)・・実家である森野旅館のアルバイトでございます。

 「お待ちしておりました、こちらのお部屋です」

「お、助かるね。それにこの旅館はサービスもいい」

「お褒めに預かりありがとうございます。では・・ごゆっくり」

障子を閉めると後はお客様の時間・・私たちの職業は従業員のサービスが売りです。豪勢で味もしっかりとした料理に舌鼓を打ちながらゆっくりと温泉につかりながら日々の疲れを忘れさせる。そして晩酌の酒と共に芸者と快楽を味わって静けさな夜を終える・・普段は堅気の職業をしているお客様にとってはまさに至福のひと時。

 私どもはそういったお客様の満足を見られるだけで本当に幸せでございます・・



「さて、今度は厨房でお手伝いをしなければ・・」

旅館業というのはたとえアルバイトでも気の休まる暇もございません。だけど私は幼い時からこの職業に楽しさを感じております。それに厨房の作業が終わったら学校の宿題とやることがたくさんあって困るものです。やはり学業とこの職業を平行してやっていると、どことなく辛さを感じてしまいます。

高校へ入ったのは父の進言で“ちゃんと人並みの学はつけろ!”だそうです。それに私としても学友とまた一緒に過ごせるだけでもどことなく楽しい感じがします。

 「お客様が2名入りました」

「「「わかりました!!」」」

厨房へ向かうと、いつものように威勢のよい掛け声が私を出迎えてくれました。やはり旅館をやっているとこういった掛け声になってしまうのでしょうか?

それはともかくとして、こうお客が多いと人手が足りずにいつもは女将である母と一緒に接客をしている私もお客が多いと、こうして裏方に回って人手の少ない厨房の手伝いをしなければなりません。



「楓!野菜を切ってくれ!!それが終わったら茶碗蒸しの準備だ!!」

「はいはい・・」

ここの旅館の厨房を一手に仕切る父と共にお客が多い日は私もここで厨房の人たちと一緒に料理の手伝いをします。旅館の手伝いをするとき、母には接客業を叩き込まれ・・父には料理の基本を叩き込まれて・・今では両方を一気にやる何でも屋みたいな形になりました。

 でも、普段は接客をすることが多いので厨房の手伝いをするときはお客が多い日に限りますが・・



「楓ちゃん!!ちょっとこっちを手伝ってくれ!!」

「あ、は~い」

野菜を切り終えて茶碗蒸しの準備それに急な料理の盛り付けや煮つけの支度など・・こう右も左の作業だと気を抜いたら目が回りそうです。

この調子だと今日は宿題する時間が余り取れなさそうです。

 旅館の朝ほど早いものはないと父は申しておりました。旅館の朝はとても早く、従業員は5時には殆どは起きております。それは私も同じことで、威勢のいい厨房の皆様とお客様に運ぶ朝食の準備をしなければなりません。

それに昨日はかなり多かったので朝食といってもかなりの量を作らなければなりませんでした。

 「はぁ、果たして今日は学校に間に合うのでしょうか・・?」

「楓!!悪いがこっちも頼む!!!」

「あ、はいはい!!!」

活気のよい厨房に私の吐いた吐息はすぐに消え去ってしまいました。こういう場面だと女性というのは儚い生き物なんですね・・



「女将、今日は調子悪そうだね」

「あ、明美さん。まぁ・・何とか」

やはり昨日のお客は数が多すぎです。結局、最後まで旅館を手伝っていたら疲れて温泉に入ったらあっという間に勉強なんてやる暇がなくて眠ってしまいました。こんな私ですが、家から出ればただの女子高生です。流石に部活はやっていませんが、何とか学業をおろそかにせずに頑張っている次第です。

あ、女将というのは昔からの私のあだ名でこの職業を昔から長年やっている由縁でつけられたものです。最初はからかい半分に言われたものですが、私自身が気に入って今ではこのあだ名が定着しています。

「ま、旅館が忙しいのはわかるけどさ・・女将もたまには息抜きしなきゃだめだよ。何せ女体化してるもんね」

「女体化は関係ないんじゃ・・」

この世には奇妙な病気があります。15、16歳で童貞だったら女体化してしまう病気・・その名も女体化シンドノーム。こんな漫画でありそうな病気がもう60年近くも人類を悩ませているなんて驚きです。



実は私も女体化した身でそのときは確か10歳でした。なんでも専門家が言うには、女体化というのは何も15、16歳の男性に限った話ではないようで・・15、16歳はあくまでも女体化が比較的多い年齢であって、童貞なら誰にだって関係なく女体化の恐れがあるらしいです。

それにうちの従業員の中にも女体化した人が多数働いているので女体化は意外にも馴染んでいるようです。

 女体化したときはあまり実感はありませんでしたが・・母が大いに喜んでいたのと父がなにやら諦めていた表情をしていたのが印象的でした。そして私の目の前にいる女性が宮田 明美・・昔からの幼馴染にして大親友です。彼女には昔からいろいろとお世話になって来ました・・彼女からのご恩は数え切れません。

友人とは何と真に素晴らしいものなのでしょうか・・

 「女将、呆然としてないでさっさとノート写しなさい」

「は、はぁ・・」

明美さんに言われると私は宿題を写すことにしました。やはり接客と料理とも違う学業はいまだに苦手です・・



さて、学校も終わり今日も友人たちと楽しく過ごすと・・また旅館の仕事に戻らなければなりません。学校から帰って、制服から旅館の着物に着替えるとまずは母のところへいつものように挨拶に行かなければなりません。小学校の頃は着物を着るのにかなり苦労もいたしましたが、今では手馴れたものです。継続は力なりとはまさにこのことですね。

こうして早く着替えてほっとするのが数少ない唯一の自由時間です。こう見えてもアルバイトでやっていますのでちゃんと父からお給料は貰っています。今月はどのように使おうか迷ってしまいます・・

あ、母のところに向かう前に厨房の人たちに挨拶をしなければなりません、私は厨房へと向かうといつものように皆さんに挨拶をすることになりました。

 「ただいま戻りました。父の姿が見えませんね・・」

「お、楓ちゃんか。お帰り!! おやっさんは今仕込だよ」

「ありがとうございます玄さん」

私に威勢のいい声をしてくれる渋めで昔風ののいいおじさんは実質上、父の次に厨房で偉い玄さんです。

小学校の時には幼い私によく勉強とかも教えてくれました。私にとって玄さんは第2のお父さんって言う感じです、どうも後から本人に聞いてみると幼い娘さんがいるとか・・だから私のこともその娘さんに重ねているのでしょうか?



「では、私は母のところに・・」

「おう!今日も頑張ってな!!」

玄さんに見送られながら私はいそいそと母の元へと向かいました。

うちの旅館はほかのアルバイトでも同様にシフトがあって、ちゃんと午前と午後にきちんと従業員別に別れています。

私の場合は午前は学校なので午後の部で仕事をこなさなければなりません。この旅館の女将である母は誰に対しても厳しくて、私なんかはかなり接客術やお酌の仕方などかなり叩き込まれました。

そんな母は時間厳守で遅刻をしてしまえばかなりの大目玉です、だから私はいつも急ぎながら母の元へと向かっていきます。

 (ふぅ、間に合いましたね・・)

私が懸命に急いだ結果でしょうか・・何とか午後の挨拶には間に合いました。午前、午後の開始の時間になるとこうして女性の従業員同士で挨拶をしてお互いにやる気を高めるのだそうです。でもこうして挨拶だけでやる気が高まってくるのですから人というのは不思議なものです。

 あ、そうこうしている内に母がやってきました。



「皆様、午後も気合を入れて旅館を盛り上げて・・お客様には行き届いたご配慮を忘れずに頑張ってください。では!!」

「「「「はい!!!!」」」」

鶴の一声と言うべきでしょうか・・やはり上に立つ人はそれだけ影響力が大きいんですね。

 「楓ちゃん、今日も頑張ってね」

「今日もよろしくね。楓ちゃん」

「はい、今日もよろしくお願いします」

ここの従業員の皆様もおばちゃんで馴染みやすくてとてもいい人ばかりです。小さいころからよく可愛がってもらってわからないことがあったら優しく私に教えてくれました。そんな皆様も殆どは既婚者で家に帰れば立派な母親です。だからこうしてみんな楽しく仕事をやっているのですね。

 さて、気合も入ってきたことですし・・私も今日一日、しっかりと頑張らなければいけません。



「あ、鳴華さん。今日も頑張りましょう」

「おう、頑張ろうぜ」

彼女は天王寺 鳴華(てんのうじ めいか)さん。一見、美人で怖そうな人ですけどとても優しい人です。それに彼女は女体化した人なので私ともどこか気があっていい友人の一人です。

鳴華さんは最近入って来た人ですがとても接客とかがうまくてお酌も手馴れたものです。何でも本人曰くここでバイトをする前は水商売のほうで働いていたとかとか・・その経験が接客に裏づけされていたのですね。それ故に鳴華さんはとても気品でお客様からの人気もかなり高いです。私も鳴華さんのように女性としてお客様に好かれたいですね・・

 さて、みんなそろったところで今日も1日頑張りましょう!!皆様・・またのお越しをお待ちしております。











―fin―


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最終更新:2008年09月17日 20:23
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