「佐伯さん、さようなら~」
「お嬢、また明日ね~」
「本宮、お嬢を襲うなよ~」
夕暮れ迫る帰り道。
俺、本宮明(もとみや あきら)は佐伯都(さえき みやこ)と肩を並べて家路へと急ぐ。
都は挨拶をしてくれたクラスメート達に、軽い会釈をしながら俺の隣を歩いている。
都はおばさんに似て、かなりの美人だ。
カワイイとかじゃなく、美人。はっきり言って、俺の隣を歩いているのが場違いなほどの美女だ。
将来はとんでもない豪邸に住む大金持ちと結婚しなきゃいけないような、
もしくは、華やかな芸能界で伝説の美女と持て囃されなきゃいけないような美人だ。
その都は何故か『お嬢』と呼ばれ、学校での人気も高い。まぁ美人だから人気は出るよな。
そんな都とは家が隣で幼稚園からの付き合いだ。そう、俺達はいわゆる幼馴染というヤツだ。
家が隣同士でお互いに部活にも入っていない。
歩いて帰ることが出来る距離だから、自然とよく一緒に家に帰ることになる。
だから学校ではクラスメート達によく言われてる。
『お前、実は付き合ってるんだろ?お嬢と付き合ってるんだろ?』とね。
はぁぁ~……コイツ等知らないんだよなぁ、都がどんなヤツなのかを。
都はあまり喋ることがない。必要最低限しか話さない。
都をよく知らない人からすれば、神秘的に見える……らしい。
都のファンからすれば、その無口なところもたまらないんだそうだ。
……まぁ知らない方がいい事ってのはあるよな。
「なぁ都。今日おばさんはいないんだろ?メシ、俺の家で喰ってくか?」
「…………クサイ飯はイヤ」
「ク、クサイ飯?お前なぁ、お袋に知られたらシバかれるぞ?」
「…………ババアは返り討ち」
「返り討ちって……お前、前にシバかれて泣いてただろ?いい加減にしないと本気で殺されるぞ?」
「…………月夜ばかりとは限らない」
「いやいや、闇討ちでも無理だって!ウチの母親は!」
高校生の時、柔道でインターハイ3位。
高校時代は、オリンピックで金メダルを取った女子柔道家がライバルだったって威張ってた。
オヤジはそんなお袋に惚れたって惚気てた。
都はそんなお袋に敵意むき出しでいる。絶対に勝てないのに、なんでなんだろうな?
そんなおふくろ対して都は運動神経ゼロ。よく躓いてこける。そこが都マニアにはたまらないらしい。
家に帰る時も、三日に一度はこけて、足が痛いと半べそをかいている。
わざとらしく痛くて歩けないとアピールをするから、俺が背負って送ることになっている。
まぁ背中に柔らかい胸の感触を感じることができるから、役得といえば役得だな。
そういえば都のやつ、最近胸がデカクなってきた気がするな。
そんなことを考えながら、隣を歩く都を見る。……いない。
どこに行ったのかと思えば、後ろで足首を押さえ、蹲っていやがる。
はぁぁ~……また挫いたのか。仕方ないなぁ。
「お前はほんっとによく足を挫くな?ほれ、また背負って家まで連れてってやる」
「…………ありがと」
都を背負い、歩きだす。こいつ、最近重くなってないか?胸がデカクなったからか?
クソ、だんだん背負って歩くのが辛くなってきたな。
「…………重い?」
「あぁ、重い。お前、最近太ったか?年々背負うのがしんどくなってきたぞ」
「…………ごめんなさい」
謝る声に力がない。太ったと言われて落ち込んでんのか?
「別に気にすんな、俺とお前の仲だろ?」
「…………どんな仲?」
都の言葉にドキリとする。俺達ってどんな仲なんだろうな?
友人?仲のいい幼なじみ?それとも……
「どんな仲って……お前はどんな仲だと思ってるんだ?」
頭の中に浮かんだ最後の言葉を振り払い、逆に聞いてみた。
都、お前はどう思ってんだ?俺との関係、いったいどんな関係だと思ってんだ?
「…………下僕?」
……ざけんなよ?
ムカついたので上下左右に思いっきり揺らして、振り落とすフリをする。
都は突然揺らされて焦ったのか、俺の首筋をギュッと抱きしめた。
これは……なかなかいいな。背中に押し付けられる胸の感触がたまらないな!
もっとムニムニとした感触を味わう為に、さらに激しく揺らしてみる。
揺らしすぎたのか、都の手から鞄が落ち、『ガン!ガキン!』と金属音を出し、アスファルトの地面に落ちた。
……何故に金属音?
不思議に思い、鞄を拾って中身を見てみる。……なんだ、こりゃ?
「…………えっち」
「エッチじゃないだろうが!なんなんだ、この鞄の中身は?お前、こんな物持ち歩いてたのか?
そりゃ重いはずだ……こんな鉄板に鉄の棒、何に使うつもりだったんだ?」
鞄の中からは、厚さ一センチはあろうかという鉄板と、
直径2センチ程、長さ30センチ程の、鉄の棒が2本出てきた。
お前、こんな物警察に見つかったら補導されるぞ?
「…………月夜ばかりとは限らない」
「うぉい!お袋を襲うつもりだったのかよ!」
「…………撲殺」
物騒な言葉を口にしつつ、恥ずかしそうに頬を染め、コクリと頷く都。
いくら可愛くしてもダメだ!お前、これはシャレにならんぞ?
鉄で出来ているだけあって、結構ズッシリと重い。よくこんな重いもの鞄に忍ばせてたな。
っていうか、都が重くなったように感じたのは、この凶器セットのせいか!
「お前こんなもんで殴ったら事件だぞ、事件!だいたいあのお袋にこんなのが通用すると思ってるのか?
そもそもお前、こんな重い物、自由に振れないだろ?」
こんな重いもの、非力な都が扱える訳がない。
こんな物持って、一体どうするつもりだったんだ?
「…………それは下僕の仕事」
……俺かい!
凶器を所持していた都を、説教&デコピンで猛省させてから家へと帰る。
デコピンで、涙目になる都ははっきり言ってメチャクチャカワイイ!
だからデコピンは俺の密かな楽しみになっている。
目に涙を一杯に溜めた都の顔。俺以外の男は知らない表情だ。
他の男共に、ちょっと優越感を感じる俺。こんなことで優越感を感じるってどうなんだろうな?
しかし、昔はお袋と仲がよかったはずなんだけど、なんでこんなにこじれてるんだ?
確か……中学に入ったくらいまでは仲はよかったよな?2人にいったい何があったんだ?
「ただいま~。お袋~、都を連れてきた、都の分もメシも頼むね~」
「…………包丁で指を落とせばいいのに」
「こら!そんなこと聞かれたら俺までヤラれちゃうって!」
「お帰り~。晩御飯はもう出来てるから手を洗ってきなさいよ~。
都ちゃんも、その薄汚い手をきちんと洗ってね?汚いのは心だけで十分だからね~」
台所から聞こえてくるお袋の大声。
うおい!なんて大人気ないんだ!アンタがいちいちそういうことを言うから都が反発するんだよ!
「…………自分の顔を見てから言え」
「うぉい!だからそういうことは言うなって!」
これ以上余計なことを話さないように口を押さえ、モガモガ暴れる都を連れて行く。
さっさと手を洗って、メシを食わせて帰ってもらおう。
はぁぁ~……メシなんか誘うんじゃなかったよ。
けど誘わなきゃお袋がうるさいし……なんで仲悪いのに誘うんだろうな?
手を洗い、テーブルに着く。俺の横に都。都の対面にお袋。いつもの席順だ。
……なんで毎回向かい合って座るんだろう?お互いを監視でもしてるのか?
「さぁ今日は都ちゃんが好きなマーボー丼よ!たっくさん食べなさいね?」
お袋……都は辛いのがダメだって知ってるだろ?
わざわざ手の込んだ嫌がらせなんかして……まったく大人気ない母親だな。
「…………いただきます」
両手を合わせ、ぺこりと頭を下げて箸を持つ都。
あれ?今日は珍しく普通に食べるんだな、デコピンが効いて改心したのか?
「さ、召し上がれ。あ、そうだった、サラダも作ってたんだったわ」
一度席に着いたお袋は、冷蔵庫からサラダを取り出そうと席を立つ。……その時、都が動いた。
流れるような華麗な動きで、ポケットから真新しいラー油のビンを取り出し、自分のマーボー丼に大量に入れる。
そしてそのままお袋のマーボー丼と入れ替えた!その間わずかに5秒足らず!
まさに職人技の域に達している!……お前、あとでどうなっても知らないぞ?
っていうか、なんでラー油持ってるの?女子校生の間で流行ってるのか?
「は~い、ママの特製サラダよ?たんと召し上がれ」
目の前のマーボー丼が、ラー油地獄と化したことを知らないお袋。
サラダの出来がよかったのか、ご機嫌で皿に盛り付ける。
「あらヤダ、明のお皿を出すの忘れてたわ。都ちゃん、お皿出してもらえる?」
ラー油を上手く仕込めたのがよかったのか、機嫌のいい都は珍しくお袋の言う事に反発せず、頷いた。
そして後ろにある食器棚から素直に皿を取り出した。……その時、お袋が動いた。
目にもとまらぬ速さで、音も立てず、都と自分のマーボー丼を入れ替えたのだ!
……さすがはお袋だぜ!都の行動を読んでいたとは……恐れ入った!
「じゃ、食べましょうか?」
スプーンで一掬い、マーボー丼を口に運ぶお袋。
それを見てニヤニヤしながら都も口に入れた。
「…………~~~~!!!!!」
「今日のマーボー丼、都ちゃんの為に辛さ押さえたのよ。これだったら残さず全て、綺麗に食べれるわよね?
残さず全部、食べられるわよね?み・や・こ・ちゃん?」
……勝負あり、だな。
試合結果 マーボー丼バトルロイヤル選手権試合
○お袋(丼すり替え返しからのラー油固め)佐伯都● チャンピオン、10度目の防衛に成功。
「なぁ都。お前なんでお袋に突っかかっていくんだ?」
メシを食い終わった後、2時間ほど俺のベッドでウンウンと唸ってた都。
どうやらおばさんが仕事から帰って来たみたいなので都を背負い、家へと送り届ける。
おばさんも慣れたもので、都がボロボロになって帰ってきてもまったく動じない。
それどころか『また負けたの?情けない娘ねぇ』と都の戦意を煽るくらいだ。
そんな哀れな都に、何故果敢にもお袋に戦いを挑んでいるのかを聞いてみる。
いったい何が都を戦いへと駆り立ててるんだ?
「…………ほへひゅうほへのはははい」
ラー油で舌をやられたのか、何を喋ってるのかまったく分からん。
「はははは!なに喋ってんだ?ラー油で舌をやられたか?」
「…………へははひはへへへはい」
「よく分からんけど……ま、ガンバレや。俺は生暖かい目で見守ってるぞ」
そう、見てる分には面白い。だから怪我をしない程度に頑張って戦え!
都よ。……俺は面白半分見守っているぞ!
俺の応援する熱い気持ちが届いたのか、首筋をギュッと抱きしめてきた。
……この背中の柔らかな感触は、役得だな。
「おばさん、こんばんわ~。都を届けに来ました~」
都の家の玄関を開け、挨拶をする。
いくら隣同士の知った仲といえど、挨拶くらいはきちんとしなきゃな。
「あら、明ちゃん、ありがとうね。で、今日こそは勝ったの?……って、これを見れば結果は一目瞭然ね」
俺の背中でぐったりとしてる都を見てため息を吐くおばさん。
前から思ってたんだけど、都の暴走をなんで止めないんだ?
「相手が悪いですよ。おばさんからもそろそろ諦めろって言ってくださいよ。
そのうち学校でもボロが出ますよ?……せっかく美人で通ってるのに」
「あら?明ちゃんは都が人気者でいいの?ちょっと寂しいとか思ったりしないの?」
「そりゃまあ、ね。そのうちコイツともこうして遊べないのかなって思うと、少し寂しいですよ」
「だそうよ?都、よかったわね」
なんだ?なにがよかったんだ?
おばさんの言葉に何故か都はギュッと強く抱きついてきた。
なにを言っているのかはよく分からんが……柔らかいなぁ。
おばさんの前で胸の感触を堪能するわけにもいかず、都を降ろす。
「じゃ、おばさん、俺帰りますから。都、また明日な」
おばさんの横で、何故か赤い顔して小さく手を振る都。
なんだ?なんで照れてるんだ?……ま、いっか。
それより早く、感触を覚えているうちに部屋に帰って……すまん、都。お前の幼馴染は最低なヤロウだ。
「で、都。嫁姑の戦いに勝てる策はあるの?策を弄しないとお隣さんには勝てないわよ?」
「…………どうしよう?」
私の言葉に頭を抱え、ウンウン悩んでいる愛娘。
ホント、我が娘ながらいい女ね。こんな女に愛されている明君が羨ましいわ。
……本人は全く気がついてないみたいだけどね。
「どうしようもなにも……自分で考えなさいね?あの強敵に勝たなきゃ幸せな結婚生活は出来ないわよ?
ああ見えて彼女、明君を溺愛してるからね。あなたがお嫁さんになったら苛められるのは目に見えてるわ」
「…………だから勝つ。あらかじめ勝っておく」
「ならガンバンなさいな。お母さん、応援してるからね」
「…………うん」
うふふふ、我が娘ながらホントにカワイイ子。
明君と幸せな結婚生活を送る為に一生懸命ね。
けどね?都もお隣さんも全く気がついてないようだけど……2人ともまだ付き合ってもいないのよ?
なのになんで先に嫁姑の戦いをするかなぁ?……まぁ面白いからいいんだけどね。
……いいお酒のあてになるわ。面白すぎるわね。
頭を抱えて策を練っている愛娘を見ながらビールを飲むのは最高ね!
娘の幸せを祈りつつ、美味しいビールを頂く私はいい母親ね。
最終更新:2008年03月07日 00:26