それは日本であって日本ではない、戦国時代の物語。
永きに続く戦乱の世のおかげで、大地は荒れ果て、人々の心は荒み、世の中の秩序は崩壊していた。
人々はその日の食料を確保する為に武器を手に取り、他国に攻め入り奪っていく。
そう……戦乱の世は、力なき者には決して微笑むことはないのだ。
ここにも武器を手に取り、他人から略奪を試みる者が1人いた。
長い黒髪。太ももを露わにするスリットの入った異国の衣服に身を包み、
その見事なプロポーションを見せ付け、妖しくも神秘的な雰囲気をかもし出している。
平和な世であれば、武器を手に取ることもなく、その美貌で一生を楽に暮らせていたことだろう。
この美女こそ、この地域一帯を支配している盗賊団……ムラサメ一味の頭目、ムラサメ嬢その人であった。
この地域を支配している大名でさえ、手を焼いているムラサメ一味。
幾多の戦いを勝ち残り、このあたりでは敵なしの状態になっていた。
その頭目であるムラサメ自らが武器を手に取り、かまえている。
普段は妖しい笑みを見せているその顔は、驚きと戸惑いの表情を見せている。
『何故こうなってしまったの?こんなはずではなかったのに……』と。
彼女の足元には、無残にも打ち倒されて、虫の息の部下達が転がっている。
まるで飛んでいるハエを叩き落すかのように、いとも簡単に次々と打ち倒された部下達。
彼女は内心、このまま勢力を伸ばしこの国を支配して、
戦国乙女として名乗りを上げようかとも考えていた。
しかし、その考えが甘いものだと思い知らされた。
……彼女の目の前で、笑いながら大剣を振るう化け物を見て。
「いい加減に名前くらい名乗ってはどうなのかしら?それとも貴女の様なゴリラに、言葉は分からないのかしらね?」
これ以上の犠牲を出す前に撤退をしなければ……ムラサメは不本意ながらも撤退を決意した。
連戦連勝のムラサメ団が、たった一人を相手に不覚を取った。
これが知れ渡れば、今まで力え抑えていた連中がムラサメを狙ってくるだろう。
負けたくない!負けてしまえば奪ってきたものすべてを失うことになる!……けど、相手が悪すぎた。
こんな化け物だと知っていれば、襲うなんてことはしなかったのに……後悔の念がムラサメを襲う。
しかし、いくら後悔してももう遅い。後悔するよりもこの場を逃げ切ることのほうが大事だ。
命さえあれば、いつかまた再起も出来る。みんなの傷が癒えたら、また一緒に頑張ればいい。
だからここは逃げることだけを考えなくてはいけない。
傷ついたみんなを逃がし、生き延びることだけを考えなければいけない。
けど、逃げる為にはこの化け物を相手に時間を稼がなければ。
それが出来るのはおそらくアタシだけ……このムラサメだけにしか出来ないはず。
覚悟を決めたムラサメは、相手を挑発し、隙を作って部下達を撤退させようとした。
このアタシならば少しは時間稼ぎも出来るだろう。
今までアタシを慕ってついてきてくれた仲間だ。こんな化け物相手に命を散らせたくない。
そう考えたムラサメは討ち死に覚悟で相手を挑発する。
さぁ、アタシにかかって来なさい!ただではやられないわよ。きりきざんであげる、と。
「ふ……はぁ~っはっはっはぁ!これが悪名高きムラサメ一味か。……ふん!くだらんな」
大剣についた返り血を振り落とし、鋭い眼光でムラサメを睨みつける。
その目を見た瞬間、ゾクリと背筋を寒気が走り抜ける。
背筋を寒気が走った瞬間、ムラサメは理解をしてしまった。
今、アタシが抱いているこの感情が何なのか、を。
目の前のゴリラを見てるだけで、体が固まってしまい、声が出なくなってしまう。
一歩一歩近づいてくる相手に、動くことすら出来ない。
そうか……これが恐怖という物なのか。
今まで幾多の戦いに身をおいてきたけれど、一度として恐怖など感じたことはなかった。
けど、このゴリラに睨まれただけで、恐怖に震えてしまうなんて。
アタシもここまでなのかしら?……諦めかけたその瞬間、恐怖とは違う感情が心の奥底から湧き出てくる。
……ふざけないで。このアタシが!このムラサメ様が!何をビビッているの!
せっかく手に入れた力……ムラサメ団という仲間。それをこんな化け物に潰されてたまるもんですか!
「我はムラサメ……名を名乗れ!」
怒りの感情が恐怖を打ち払い、ムラサメに化け物と戦う決意をさせた。
ここでアタシが無様な戦いを見せたら、あの子に合わせる顔がない、と。
「ほう……やはり噂は本当だったようだな。この私に震えることなく立ち向かうとは」
ブン!と、その手にした大剣を振るい、ニヤリと笑う。
「我はオウガイ!ムラサメよ、いざ尋常に勝負だ!」
「やっと名乗ったわね。……ゴリラさん、切り刻んであげるわ!」
先手必勝!あの大剣よりもアタシの攻撃の方が早く届くはず!
このゴリラの首をお土産に持って帰るからね。今日こそは笑ってもらうわよ?
ムラサメは、つい先日からムラサメ団で世話をするようになった、少女の顔を思い出していた。
何故だかは分からない。しかし、その暗い顔をした少女が、自分の妹のように思えてしまう。
そう、あの子の為にも……コタロウの為にも生きて帰らなければ。
このゴリラ……オウガイを打ち倒し、生きて帰るのよ!
生きて帰る……その思いを乗せたムラサメの攻撃は、オウガイに届くことはなかった。
ムラサメが渾身の一撃を振り下ろした瞬間、全身を衝撃が走った。
その衝撃にムラサメは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
次第に狭く、暗くなっていく視界。
剣を持つその手には力が入ることはなく、ただ、オウガイの笑い声だけが聞こえた。
『あぁ……これが『死』なのね?ゴメンね、コタロウ。アタシがいなくても強く生きるのよ……』
止めを刺そうとしているのか、オウガイが歩いてくるのが分かる。
オウガイの足音を聞きながら、ムラサメの意識は闇に落ちていった。
「う……うぁ……ううん……イタ!イタタタ」
体中を走る痛みがムラサメの意識を取り戻させた。
ゆっくりと目を開けると、そこには見知った顔が。
「大丈夫、ですか?ムラサメさん」
「あ、あら?何故コタロウがここに……い、いたたた」
そこには妹のように思っているコタロウの顔が。
何故コタロウが?そう思い、周りを見渡してみる。
すると、ここは自分たちのアジトとして使っている、小さな洞窟にあるムラサメの寝室であった。
どうしてアジトに戻ってこれたのかしら?そう思い、コタロウに尋ねようとしたが、コタロウの様子がヘンなことに気がついた。
その目は赤くはれ上がっており、涙を流し続けていたものと思われる。
そうか、アタシが意識を失っていたから心配して泣いてくれたんだ……やっぱりこの子、優しい子なのね。
起き上がり、ギュッと抱きしめて安心させようとしたのだが、身体がいうことを利かずに起き上がれない。
背中に腰、頭にも痛みが走り、腕をあげるのも辛い。全身に痛みが走り、1人では起き上がることも出来ない状態だ。
よくもこんな状態で帰ってこれたものね……ムラサメはこんな状態でもアジトに戻ってきた自分に驚きを隠せない。
「よかった……ムラサメさん、2日も寝たままだったんですよ?ボク、すごく心配で……ヒック、ホントによかったです」
ムラサメの意識が戻ったことで安心したのか、コタロウの瞳からポロポロと涙が溢れ出す。
「2日も?アタシ、そんなに意識を失ってたんだ……完敗、ね」
立った一撃で2日間も意識を失うほどのダメージを負わされた。
しかし、あのオウガイという化け物に恨みの感情など感じなかった。むしろ清々しい気分になっている。
何故かしら?手も足も出ずにコテンパンにやられちゃったのに、悔しくないなんて……何故なのかしらね?
「ホントによかったです。気を失ったムラサメさんが担がれて来た時には心臓が止まるかと思いましたよ。
また……ボクの大事な人が死んじゃったのかなって……ひっく、もう悲しい思いはイヤなんです」
昔を思い出したのか、ポロポロと涙を零すコタロウ。
コタロウには、誰にも言わない暗い過去があるようだ。
この荒れ果てた戦国の時代だ、誰かしら悲しい過去は持っている。
もちろんムラサメにもある。しかし、ムラサメは過去を振り払い、今を懸命に生きると決めた。
そう決めてからは、生きていくのが楽になった。
戦国の世を生きていくには、力が必要だと剣の腕を磨き、生きていく為だと略奪行為をもした。
力なきものは消えていく……それが今の世の中だと身をもって知っているからだ。
しかし、このコタロウにはその覚悟がまだない。
生きていく為だと、何度か剣を教えようとしたのだが、ことごとく断わられた。
普段のムラサメなら、こんな足手まといはいらないと見捨てるのだろうが、
何故かは分からないが、見捨てることが出来ずに養っている。
(ホントに何故なのかしらね?)
涙を零しているコタロウの頭を撫でながら、その理由を考える。
……罪滅ぼしのつもり、なのかしら?
今までアタシ達がした略奪で、命を落としたであろう人達に対しての罪滅ぼし。
フフフ……そんなガラじゃないくせに、アタシは何をしているのかしらね?
「泣かないで、コタロウ。貴女が泣くと、アタシまで悲しくなるの。だから、泣かないで……」
痛みの走る腕で、コタロウの頭を撫で続けるムラサメ。
その顔は、優しい微笑を浮かべており、この表情を見て、これがあのムラサメ一味の頭目だとは誰も信じないであろう。
「ところでシロはどこに行ったの?コタロウといつも一緒だったでしょ?」
コタロウの頭を撫でつつも、普段ならコタロウに寄り添うように側にいる、人懐っこい白い犬がいないことに気づいた。
コタロウを拾った時に一緒に連れてきた白い子犬。
邪魔だから捨てなさいと何度言っても、コタロウは決して捨てようとはしなかった。
シロをギュッと抱きしめ、『この子はボクの妹なんです。家族なんです』と。
それ以来、シロはコタロウの妹として、ムラサメ一味の仲間となった。
今ではムラサメ自身、可愛い妹分だと思っている。そのシロがいない。
(アタシがこんなヒドイ目に遭ったというのに、側にいてくれないなんて……冷たいんじゃないの?)
ムラサメは少しムッとしてしまい、ついコタロウを撫でる手を荒々しくしてしまった。
「シロは今、お風呂に入ってます。オウガイさんがお風呂に入れたいと言ってきたんですよ。
あの人怖そうに見えて、結構可愛いところありますよね」
コタロウの頭を撫でていた手が止まる。今、なんて言ったの?オウガイと言わなかった?
「オウガイさん、シロの肉球触るのが大好きみたいで、ずっと触ってましたよ?『や、柔らかい』とか言いながら」
オウガイがシロの小さな前足を掴み、プニプニと肉球を触る姿を思い出したのか、クスクスと笑い出したコタロウ。
今までふさぎ込んでいて笑うことのなかったコタロウが笑っている!
普段のムラサメなら驚きと戸惑いの表情を見せているであろう。
しかし今のムラサメは、自分を打ち倒した相手、オウガイの名前を聞き殺気立ち、それどころではなくなっている。
「……今、オウガイと言わなかった?何故コタロウがその名前を知っているの?」
「え?だって気を失ってたムラサメさんを連れてきてくれたのってオウガイさんですよ?
ムラサメさんの友達だって言ってましたけど……どうかしたんですか?」
なんですって?オウガイがアタシを連れてきたですって?それも……友達?あんなゴリラが友達なんてありえないわ!
「コタロウ……アタシの剣を持ってきて。オウガイはお風呂にいるのね?」
いくら化け物でも、武器を持っていない状態ではアタシには勝てないはず。
何を思ってアタシを助けたかは知らないけど、アイツを倒すチャンスは今しかないわ。
ムラサメはそう考え、お風呂場でオウガイを討とうと布団から起き上がる。
まだダメージが抜けてはいないが、どうにか立ち上がることは出来た。
こんな状態で、いくら相手が素手でも、あの化け物に勝てるのかしらね?
でも、勝てなければ終わり。今度こそ終わりになるはず。
勝てなければアタシだけでなく、コタロウやシロまで……相打ちでもいい、必ず倒してみせるわ!
「わ!わわ!ムラサメさん、まだ寝てなきゃダメですよ!……え?なんで剣を持ってこなきゃいけないんですか?」
「いいから持ってきなさい!早く持ってくるのよ!」
今しかチャンスはないと焦るムラサメ。
訳も分からずにどやされて、渋々ムラサメの愛刀を取りに行こうとするコタロウであったが、その必要はなかった。
「はぁ~っはっはっは!さすがはムラサメだな!その身体でもう私に戦いを挑んでこようとは!」
大きな笑い声と共に、寝室のドアが開く。聞き覚えがある声に焦るムラサメ。
いや、聞き覚えがあるなどというものではない。
ムラサメを打ち倒し、何故かは分からないがアジトへと連れてきた張本人。
たった今、不意をついて打ち倒そうとしていたムラサメの敵。
ドアが開いたそこには、風呂上りでずぶ濡れのシロをギュッと抱きしめたまま笑うオウガイがいた。
「そう殺気立つな。お前では私に勝てない。身に沁みて分かっているだろう?」
シロを抱きしめたまま部屋に入ってくるオウガイ。
抱きしめられたシロは、ク~ンと泣き声を上げ、悲しげな眼差しでムラサメを見つめている。
「……アタシを倒しておきながら、助けるなんていったい何を考えているのかしら?」
「え?ええええ~!オ、オウガイさんがムラサメさんを倒した?ど、どういうことですか!」
オウガイはムラサメの友達。オウガイが吐いたウソを真に受け、信じていたコタロウは驚きを隠せない。
オウガイはそんなコタロウを無視してムラサメに話しかける。
「何を考えている?お前を気に入った!ただそれだけだ」
「気に入った?それだけでアタシを助けたというの?誰がそんな上手い話を信じられるものですか!」
言い争う2人を見て、オドオドとするコタロウ。
その足元には、オウガイの手からどうにか逃げ出したシロが寄り添い、心配そうにコタロウを見上げている。
「はぁ~っはっはっは!いいぞ!その強気なところがますます気に入った!
私はキサマのような女を探していた。……共に戦える武士を」
「……共に戦う、ですって?」
2人の雰囲気に声を出すことも出来ないコタロウ。
そのコタロウの足をペロペロと舐め続けるシロ。どうやらお腹が空いた様だ。
「そうだ、私と戦う武士を探していた。共に戦い……共に戦国の世を奪い取る仲間を」
「う、奪う?戦国の世を奪うですって?」
「そう、奪い取り、戦乱の世を終わらせる。この戦乱の世の中を終わらせる為に、私について来い、ムラサメ!」
動揺するムラサメの問い掛けにコクリと頷き、ついて来いと強く誘うオウガイ。
オウガイの言葉にコタロウも動揺し、ツバを飲み込んでしまう。
それもそのはず、今の戦国の世は、各地で争いが起こり、戦争が絶えることはない。
つい最近になって、その戦いを終わらせようとする戦国乙女達が現れたぐらいだ。
そう簡単にこの戦国時代が終わるなんて考えられない。否、考えもしなかった。
それはコタロウだけではなく、ムラサメもそうだった。
ムラサメ自身、戦国乙女と呼ばれる存在となり、広大な領土を手に入れることが夢だった。
しかし、戦国時代を終わらせるなど、考えたこともなかった。否、考えられなかったのだ。
それほどまでに今の世の中は荒れ荒み、戦いが終わるなどと考えるヒマもなかったのだ。
しかし……ムラサメはオウガイの考えをバカにすることも、否定することも出来なかった。
何故なら、オウガイの戦国の世を奪い取るという言葉を聞いた瞬間、胸の奥が高揚し、
体中の血液が沸き上がるのを感じてしまったからだ。
「この戦乱の世の中を奪い取る?……そうね、いい仕事になりそうね。そこらで略奪するよりもよっぽどいい仕事ね」
にやりと笑い、手を差し出すムラサメ。差し出された手をギュッと握り締め、強く握手を交わすオウガイ。
「ああ、やりがいはあると思うぞ。我等3人でこの戦国の世を奪ってみせようぞ!」
片手でムラサメと握手を交わし、もう片方の手で、呆然としているコタロウを引き寄せる。
「え?ええ?ボ、ボクも入っているんですか?」
「当たり前だ。キサマもムラサメ一味の一員であろう?」
「あら?一員だったら、このシロもそうよ?」
シロを抱き上げ頬をすり寄せるムラサメ。
その頬をペロペロと舐めるシロ。どうやらお腹はペコペコのようだ。
「はぁ~っはっはっは!これは頼もしい味方だな!」
大きな声で豪快に笑うオウガイ。つられてムラサメも笑い出す。
何故だかコタロウも笑みがこぼれ、シロはワンワンと吠え出した。
「よし!では、我等3人と一匹、力を合わせ……この戦国の世を奪い取る!」
オウガイの力強い宣言に、ムラサメ、コタロウ共に頷き声をあげる。
シロもワンワンと鳴き声をあげ、ここに戦国最強軍団の一つ、オウガイ一味が誕生した。
なお、オウガイ達が戦国の世を騒がせるのはこれから数年の後の話である。
最終更新:2008年09月15日 19:03