幼馴染は口が悪く、嫉妬深い

「あ、あの、本宮先輩……これ、読んでください!」

 放課後の下駄箱で、幼馴染の佐伯都(さえき みやこ)を待っていた俺に、
真っ赤な顔で手紙を差し出してきた女の子が一人。
こ、これは?……放課後の下駄箱。真っ赤に照れてる女の子。カワイイ字で『先輩へ』を書かれた手紙だと?
こ、この状況から察するに……ラブなレターってヤツか?
……えええええ?レターでラブなのか?この俺に?マジで?
彼女いない歴=俺の年齢の、この本宮明(もとみや あきら)にラブレターだって?

「こ、これっていったい何ナノかな?」
「い、いつでもいいですから!アタシ、本気ですから!」

 まるでトマトのように顔を染めて、走り去る女の子。
走り去る彼女のパタパタと揺れるスカートが、なんか愛おしく感じてしまう。
そんなショートカットで黒髪の、俺よりも10センチは低いであろう身長の小さな女の子。
都のように綺麗という印象はなく、どちらかというと、カワイイといった感じの子だ。
胸も都のように大きくなく、どちらかというと、貧乳の部類に入りそうだ。
……おっけ~おっけ~、俺が大きくしてやんよぉ~!貧乳を巨乳へと変える……それが男の浪漫だ!
そういや俺の事、先輩って言ってたな?ということは下級生なのか?
そうかそうか……俺の魅力は同年代には分からんのか。
手紙を手にニヤニヤしていると、後ろからガタンという大きな音が。
何の音だと振り返ってみると……はぁぁ~、またかよ。
俺の視線の先には、都が倒れていた。きっとまた足でも捻ったんだろうな。

「おい、大丈夫か?都、立てそうか?」

 手を差し伸べて、都を引っ張り起こす。
俺の問い掛けにフルフルと首を振り、立てないとアピールする。

「おいおい、また歩けないとか言うんじゃないだろうな?」

 背負って帰るのか?いくら家が近くても、夏に背負って返るのはちょっとした拷問だぞ?



「……何、もらったの?」

 俺の問い掛けを無視した都の視線の先は、俺へのラブで満ち溢れているであろうレターに向けられている。

「あぁ、これか?さっきな、下級生の子にもらったんだ。返事はいつでもいいって。アタシは本気だって。
これってどう考えてもラブレターだよな?いやぁ~困っちゃうなぁ?どうしようかなぁ~?」

 どうする?ここで読むか?いや、家に帰ってジックリと読んだ方がいいな。
そのほうが初めてのラブレターを堪能できる。うん、そうだ、そうしよう。
風呂上りにでもジックリと時間をかけて読むことにしよう。
きっと周りから見れば今の俺はニヤニヤとして、気持ち悪いんだろうな。
けどそんなの関係ねぇぜ!今の俺にはこのラブで溢れたレターがあるんだからな!
って、都、お前さっきから何してんだ?

「なぁ都。お前さっきから何してんだ?」

 目の前では上履きを履いたまま、靴を履こうとしている都が。
どう考えても入らないのに、必死に履こうとしている。
これはギャグのつもりなのか?それともいつもの天然なのか?さぁどっちだ?

「なぁ都。靴を履くんなら上履きを脱いだ方がいいと思うぞ?」

 俺の言葉に慌てて上履きを脱ぎ、靴下まで脱ぎだした。
靴下を脱ぎ現れたその素足は、透き通るように白く、スベスベとしていそうだ。
う~ん……一度でいいからその綺麗な素足で踏んづけてほしいな。
そして都は靴を履き、その靴の上から靴下を履こうとしだした。
なんなんだ?今日の都は様子がヘンだな?

「いい加減に笑えない冗談は止めろよ?なんで靴の上から靴下を履こうとしてるんだ?
お前、なんか様子が変だぞ?なにかあったのか?」

 フルフルと首を振り、靴下を下駄箱に入れて、上履きをカバンに入れる。
そして靴を履き、俺の手を引っ張り家路に着こうとする都。
ダメだ、今日の都はやっぱりどこかおかしい。
まぁいつもおかしいヤツだけど、今日は一段とおかしくなってる。
……どうでもいいが、靴下は持って帰りなさい。じゃないとマニアなヤツ等に盗まれてしまうぞ?



「ただいま~!おっふくろ~、俺、ちょっと部屋に篭るから~」
「あらあらどうしたの明?なんだかご機嫌ねぇ。都ちゃんが3キロ太ったから嬉しいの?」

 お袋の言葉にカバンを振り回し、襲いかかろうとする都を羽交い絞めにしてどうにか押さえる。
何故だかわかんないんだけど、都とお袋は仲が悪く、いつもケンカ腰で会話をしている。
はぁぁ~、毎回板ばさみになる俺の身にもなってくれよ?……まぁ面白いんだけどな。

「あらあら、カバンを振り回して、はしたない子ねぇ~。そういえば3キロは言いすぎだったわね、ゴメンね?
1キロだったわね。哀れにもダイエットしてるんでしょ?その無駄な胸の脂肪は取れるのかしらねぇ?」

 追い討ちをかけるように薄ら笑いを浮かべながら都を挑発するお袋。
だから止めなさいって!いい歳してなんで都に突っかかるんだよ!

「いい加減にしろっての!お袋も都も!いい加減にしないと……本気で怒るぞ?」

 俺の言葉にシュンとする2人。……そうか、都の胸が大きくなったと感じたのは1キロ太ったからか。
前に背負った時に、大きく感じたのはそのせいだったんだな。
都の胸の感触を思い出し、ニヤケてしまいそうになる。
……いかんいかん!ニヤケてる場合じゃない!俺にはラブなレターがあるんだ!

「実はさ、今日学校でラブレターをもらっちゃってさ。またくれた子がちっさくってカワイイ子だったんだよ」

 嬉しさのあまり我慢できずお袋にも報告する。俺がこんな話するのって初めてだから、お袋、驚くだろうな。
驚きのあまりなのか、台所からドタンバタンという大きな音が。

「お、お袋?でかい音がしたけど大丈夫か?いったいどうしたんだ?」

 慌てて様子を見に行くと、何故か真っ二つに割れているまな板と、グニャリと曲がったフライパンがあった。
な、なにが起こればフライパンがこんな風になるんだ?お袋、いったいなにをしたんだ?

「そ、そう、ラブレターをもらったの?よかったわねぇ。……一度その子を家に連れてきなさいな。
ママ、その命知らずを……コホン!そのカワイイ子を見て見たいわぁ」

 ニコニコと微笑みながら話すお袋の手には、無残にも形を変えていく中華鍋が。
なにをどうしたら中華鍋が2つ折に出来るの?
ねぇ、なんで中華鍋が4つ折に出来るの?……なんでそんな馬鹿力なの?
そもそもなんで殺気を振りまき微笑んでいるんだ?
何故か都もウンウンと頷いているし……お前らなんか企んでいるだろ?
あれ?まな板って、みじん切りするものだったっけ?
家の包丁は切れ味抜群なんだね!……お袋、鬼気迫る形相でまな板を切り刻むのは止めてくれよ。
都は都でカバンから鉄の棒を取り出してブンブン振り回してるし……まだ持ってたんかい!



「2人ともどうしたんだ?今日はいつにもまして様子が変だぞ?」

 おかしい。いつにもまして、2人の様子がおかしい!
時折視線を合わせ、何故か頷きあってるし……こいつ等絶対何かをするつもりだ!
……まぁいいや。どうせくっだらねぇことだろうしな。
そんなことより早くラブに満ち溢れているレターを読まなきゃな!

「じゃあ俺、部屋に篭るから。都、また明日学校でな~」

 俺に向かって手を伸ばし、何かを訴えかけてくる都を無視して部屋へと向かう。
何か言いたそうだったけど、どうせくだらない事だろ?
そんな事よりも早くラブレターだ!このアナログな方法での告白ってのがいいねぇ。
気に入った!カワイイ君を俺の愛で溺れさせてやるさ!
部屋に入り鍵を閉め、ドキドキしながら封を開ける。
そこには携帯のメールアドレスと、女の子らしいカワイイ字でこう書かれていた。

『先輩、いつでもいいので放課2人きりで会ってくれませんか?
アタシ、待ってます。先輩と2人になれる日を待ってます!お返事待ってます。  谷涼子』

 そうか、彼女は谷涼子ちゃんというのか。……いいねぇ!
放課後に涼子ちゃんと2人きり!……これはもしかしてもしかするシチュエーションじゃねぇか?
……解かねばならないな。今こそ封印せし、伝説の防具を封印を説かねば!
高速に近い速度で涼子ちゃんに『早速明日にでも会おう』とメールで返事を出し、
引き出しの奥に封印している箱を取り出す。ついに……ついに俺にもこの日が来たのか!
伝説の防具……薄いあまりに着けている事を全く感じないという、黄金伝説。
『うすうす君2008 夏』……ついに封印と解く日が来たんだ!
とりあえず練習の為、一つ取り出し明日の放課後のことを思い、既に全開になっているわが息子にセットする。
おおおお……このフィット感、まさしく伝説の名に恥じないコンドームだな。……練習しとこ。
伝説の防具を身につけ、明日の為に練習に励む俺。
イメージした相手が都なのは内緒だ。……背中に感じた都のオッパイは柔らかかったなぁ。

 イメージトレーニングで都と3回戦戦い終えた俺は、携帯にメールが届いているのに気がついた。
お?涼子ちゃんから返事がきたのか。どれどれ……うおおお!明日の放課後、柔道場で会いたいだってぇ~?
我が学校には柔道部はない!ってことは……放課後に誰もいない柔道場で2人きり?
え?カワイイ涼子ちゃんと2人だけでの柔道場?……い、いかん、3回も出したのにまたでかくなってきた!
仕方がない……今度は今日見た都の生足でイメージトレーニングするかな? 



 次の日の放課後、約束どおりに柔道場へと足を向ける。
後ろからコソコソと都が付いて来てたので、校内を3周ほど早足で歩く。
……案の定、歩き疲れて追いつけなくなってきたな。都は体力がないからなぁ。
そんな体力でよくもまぁお袋にケンカを売ってんな。
勇気があるというか、無謀というか……まぁ見てる分には面白いからいいんだけどな。
さらに歩くスピードを上げ、都をまいて待ち合わせ場所の柔道場へ向かう。
柔道場の扉を開けるとそこにはすでに柔道着姿の涼子ちゃんが待っていた。

「お、お待たせ!き、昨日の手紙についてなんだけど……あの手紙って、アレだよね?」

 俺の問い掛けに真っ赤な顔でコクンと頷く涼子ちゃん。
あまりのカワイイ仕草に、その使い込んでいるであろう、所々が擦り切れている黒帯の柔道着姿も可愛く見える。 
カワイイ子は何を着てもカワイイな!こんなちっちゃい子が柔道着を着るなんて……可愛くていい!
……あれ?なんで柔道着?

「先輩……いざ、勝負です!」
「へ?勝負ってなに?いきなりなんなん……どわぁぁぁぁ~!」

 真っ赤な顔をしていた涼子ちゃんの顔が一瞬で引き締まったかと思うと、目の前から消えた。
え?消えた?……そう思った瞬間、目の前の景色が一回転した。
なんだ?何が起こってるん……だっがはぁぁ~!
目の前の景色が一回転したかと思うと、次の瞬間、全身を物凄い衝撃走る。
まるで車か何かにはねられたような衝撃。
衝撃でグルグルと回る視界には、何故か天井が見えた。
なんで天井が見えるの?……あれ?もしかして俺、寝転がってるの?
グルグルと回っていた視界は、グニャグニャとなり、次第に真っ黒に染まっていった。
意識が暗闇に落ちようとした瞬間、涼子ちゃんの声が聞こえた。

「はぁはぁはぁ……お母さんのライバルだった人の息子さんって話だけど、すっごく弱いんだぁ。
お母さん……涼子は敵を討ちました!」

 お母さんのライバル?息子さん?敵を討った?あれ?もしかしてこれって……お袋のとばっちり?
もしかしてあの手紙はラブレターなんかじゃなく、果たし状?ならなんであんな可愛い字で書いてくるんだよ!
っていうか、女子校生が果たし状ってなんなんだよ!
ラブレターをもらったとテンション上がってた俺はいったいなんだったんだ?
ちっくしょう……お袋!恨むからな!……がふ!



「都、待っててくれたのか?先に帰ってたらよかったのに」

 柔道場で投げ飛ばされ、意識を取り戻してみたら……真っ暗な柔道場で1人きりだった。
涼子ちゃん……せめて目が冷めるまで待っててくれよぉ。
ていうか、投げ飛ばさないで。メチャクチャ痛かったから。
トボトボと下駄箱まで来てみたら、俺の下駄箱の前で三角座りをしている都がいた。
おいおいおいおい、正面から見たら、パンツが見えるんじゃねぇのか?
……クソ!見えそうで見えねぇ!ちょっとしたイリュージョンだな。

「グスッ……どこ行ってたの?」

 上目遣いで俺を見つめる都。
その瞳には涙がいっぱいに溜まっており、潤んだ瞳で俺を見つめるその表情は、はっきり言って反則なくらいに可愛い!

「え?い、いや、それはだな、あれだ……そう、昨日のラブレターくれた子に会ってたんだよ」

 さっきの事をどう説明したもんかな?
ラブレターじゃなく果たし状でした。しかも一発でのされて今まで気を失ってました。
……なんて言いたくないなぁ。だってあんなちっさなかわいい子にやられたなんて、男としてカッコ悪いじゃん。 

「まぁカワイイ子だったけど、俺には合わないな。だからあの子と付き合うとかはナシだな」

 下駄箱から靴を取り出しながら都と話す。
ぼやかした表現だけど、ウソはついていない。だって付き合うとかいう話は全くなかったんだからな。

「ホ、ホント?ホントに付き合うとか……きゃん!」

 俺の言葉に驚いたのか、勢いよく立ち上がった都。
だがそれは運悪く、俺が下駄箱の扉を開けている時だった。
で、都は俺の下駄箱の前で三角座りしてたわけで。立ち上がるとそこには下駄箱の扉が開いていたわけで……

『ゴチン!』

 勢いよく立ち上がった都は下駄箱の扉に思いっきり頭をぶつけてしまった。
頭を押さえ蹲る都。あらららら、これは痛そうだな。血、出てるんじゃないか?

「ヒック……あ~ちゃんに傷物にされた」
「傷物ってなんだよ!人聞きの悪いこと言うなよ!」
「……たんこぶ」

 涙をボロボロとこぼしながら自分の頭を指差す。
タンコブが出来たっていうのか?で、なんでそれが俺のせいなんだ?

「ほら!もう遅いからさっさと帰るぞ!」

 まだ座り込んでいる都の手を引っ張り、無理やり立たせる。
……あれ?なんで絆創膏なんて貼ってるんだ?さっきまではこんなのなかったよな?

「なぁ都、お前、指を怪我でもしたのか?」
「……画鋲で怪我した」
「画鋲?さっきまでは怪我なんてしてなかったよな?しかも画鋲って……先生に何かを手伝わされたのか?」

 先生もこんなドンくさいヤツによく手伝いをさせたなぁ。
そう思ってたところに俺を投げ飛ばし、気絶させたままいなくなった涼子ちゃんが現れた。



「や、やぁ、君も今帰りなのかい?ボクもついさっき意識を取り戻してね、今から帰るところなん……あれ?
足、引きずってるけどどうしたんだい?」

 また投げられるんじゃないかとビクビクしながら話しかけてみると、彼女が足を痛そうに引きずっているのに気がついた。 
もしかして柔道場で怪我でもしたのか?俺が怪我させちゃったのか?

「どうしたんだい?もしかして俺が怪我させちゃったのか?」

 俺の言葉にキョトンとした表情を見せた涼子ちゃんは、お腹を抱え笑い出した。
あれ?俺、ギャグなんか言ってないぞ?何が面白いんだ?

「あははは!先輩何も出来ずに一発で失神したじゃないですか。
これは誰かがアタシの靴の中に画鋲を入れてたんですよ。……絶対に犯人を捕まえてブン投げてやります!」

 あ、そういやそうだったな。彼女に一方的に投げられて気絶してたんだった。
……気絶した人間をほったらかしにするのは、人としてダメだと思うよ?もっと優しくなろうよ?

「画鋲なんか入れられたの?今時そんな古風なことするバカなヤツもいるんだなぁ」

 俺以外にも彼女を恨んでるヤツがいるんだ。画鋲を仕込むなんて勇気があるなぁ。

「ですよねぇ?こんな馬鹿なことする人間なんて、よっぽど器が狭いんですよ。人として最低ですね」

 確かに最低だ。……その手があったかと思ってしまったことは秘密にしておこう。

「ホント、最低なヤツだな。でも明日から気をつけたほうがいいと思うよ。
こんな最低なことをする人間は同じことを繰り返しそうだからね」

 俺だったらそうする。ていうか、そうしたい気分でいっぱいだ!

「あはははは!願ったり叶ったりですよ!またするようでしたら捕まえて本気でブン投げてやりますよ!」

 ……やっぱり陰湿な事はしちゃいけないよね?バレたら本気でブン投げられるのかぁ。
……え?本気?じゃあさっきのは手を抜いてたの?あれで?ウソだろ?



「ホ、ホンキ?じゃあ今日はもしかして手加減してくれてたの?」
「当たり前じゃないですか。様子見で軽く投げたのに、先輩ったら気絶しちゃうんですもん。がっかりでしたよ」

 がっかりなのはこっちの方じゃい!ラブレターだと思って喜び勇んで会いに行ったら、ブン投げられたんだぞ!

「じゃ、先輩、さようなら!……犯人らしき人を見たら教えてくださいね?……絶対にブン投げてやる!」
「あ、あぁ、分かった。でもやり過ぎはよくないよ?じゃないと相手が死んじゃうから」

 手加減してあの威力だと、本気で投げられてたら俺、死んじゃってたかもしれないなぁ。
涼子ちゃんは俺の言葉にアハハハと笑いながらペコリと頭を下げ、足を引きずりながら帰っていった。
……手加減する気、ゼロ、なんだ。犯人に同情してしまうなぁ。
しかしあんな恐ろしい子の靴に、画鋲を仕込むヤツなんているのか?
そう思い、どんなヤツが画鋲なんか仕込むのかを考えてみた。
あれ?画鋲?そういや都は画鋲で指を怪我したって言ってたな?
そう思い、都を見てみた。……涼子ちゃんの後姿を物凄い形相で睨んでいる。
……もしかしたら犯人は身近な人間なのかもしれない。ていうか、俺の隣にいるのかもしれない。

「なぁ都、お前その指の怪我、画鋲で怪我したんだよな?」

 都は痛そうに大げさに指を擦り、コクリと頷く。
そんな演技したって心配はしてやらないぞ?っていうか、別の意味で心配になってきた。

「もしかして、お前が涼子ちゃんの靴に仕込んだのか?」

 まさかと思いながら尋ねてみた。いくら都でもそんな陰湿なことはしないだろう?っていうか、する意味がないだろ?
しかし俺の考えを否定するかのように、都はコクリと頷き、即答した。

「お前マジか?シャレにならないぞ!お前、いったいなにやってんだよ!」

 お前、バカか!この事を涼子ちゃんに知られたら、俺が命令してやらしたと思われちまうかもしれないじゃないか!
そうなったら、俺が本気の投げを喰らうハメに……お前、なにしてくれとるんじゃぁぁぁ~~!
怒りのあまり、都の頭をヘッドロックで締め上げて、出来立てのタンコブにデコピンをペシペシ喰らわせる。
タンコブをペシペシするたびに、「ひぎ!ひぎゃ!」と可愛い悲鳴を上げ、手足をバタバタさせて暴れる都。
……こ、これはなかなか可愛いな。都のこういう可愛いところも大好きだな。
そう思い、たんこぶペシペシを楽しんでしまった。
……ゴメン、痛かったよな?だから号泣するのは止めてくれない?帰りにアイス奢るからさ?



「なぁ都。いい加減家に帰れば?っていうか、帰ってくれ!」

 真夏の放課後、都を背負い家まで帰りついた俺は、帰りが遅いと心配していたお袋に事情を説明した。
昨日の手紙はラブレターじゃなく、果たし状だったって。
その果たし状を渡してきた相手はどうやらお袋のライバルの娘さんみたいだって。
で、一瞬で投げられ一発で気絶しちまったって。……気絶したことは黙ってりゃよかったよ。
俺の話を聞いたお袋は、奇声を上げながらどこかへ走って行った。
どこかじゃない、絶対に涼子ちゃんに何かをするつもりなんだ。

『クソ弱かった分際でアタシの可愛い明ちゃんに手をかけるとは!殺してくださいと言わせてやるぅぅ~!』

 ……道行く人たち全員が振り返るような形相&雄たけびを上げての疾走。
こんなことを叫びながら疾走してるんだぜ?あれが自分の母親かと思うとブルーな気持ちになっちまう。
俺は途中で追いつくことは不可能だと諦め、家に帰ることにした。
……途中でまた足を捻って蹲ってる都を拾う。
はぁぁ~、また背負って帰らなきゃいけないのか。……まぁ、背中のこの感触があるから役得なんだけどな。
家に帰って都を送り届けたら、部屋でゆっくりと胸の感触を思い出して下半身の自主練習に励もう!
そう思い、都を背負い早足で家に帰りついたんだ。……自主練習したいから早く帰れなんて言えないよなぁ。

「…………今頃ババアに殺されてるはず。ババアは殺人で逮捕」

 おいおいおいおい、物騒なことを言うもんじゃありません!
いくらお袋でも殺すとかはしないって!……しない、よね?

「お前なぁ、殺すとか物騒な言葉は使っちゃいけません!だいたいなんで涼子ちゃんの靴に画鋲を仕込んだんだ?」

 都はお袋の前以外だと、口数が少なくて大人しく、とてもいい子なんだ。
そんな都がなんであんなヒドイことをしたんだ?涼子ちゃんに何か恨みでもあったのか?



「…………取られると思った」

 はぁ?取られる?涼子ちゃんにか?都はいったい何を取られると思ったんだ?

「…………あ~ちゃんが取られると思った」
「は?俺を取られると思った?」

  コクリと頷く都。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、
その表情は、都が冗談ではなく、真剣にそう思っていたことを物語っている。

「俺をとられるかと思ったって……だから画鋲を靴に仕込むなんて嫌がらせをしたのか?」

 コクリと頷く都。……いかん、マジで可愛い!都、メチャクチャ可愛いじゃねぇか!
あまりの可愛さに一瞬見惚れてしまった。
都のヤツ……メチャクチャ俺に懐いているな。まぁ毎日相手にしてやってるから当たり前か?

「あ~……コホン!安心しろ、都。俺はこれからもずっとお前の側にいるから」

 ……いつまで側にいてやれるんだろうな?
コイツもそのうち好きな男が出来て、その男の所に行っちまうんだろうな。

「安心しろ、都。俺はお前の側にいる。お前が許す限り側にいてやるよ」

 都の頭を軽く撫でながら話す。
都は瞳を潤ませてながら俺の話を真剣に聞いている。……コイツにこんな目で見つめられる男が羨ましいな。  

「ずっと側にいてやる。都……俺は一生、お前の友達だ。だから、な?もうヘンなことするんじゃないぞ?」
「…………と、友達?」
「そう、友達だ。俺達は一生涯変わらない友達だ」
「…………い、一生、友達?変わらない?」

 都はなぜかガックリと肩を落とし、そのままトボトボと部屋を出て帰っていった。 
……なんだ?いったいなんなんだ?俺、なにかヘンなこと言ったっけ?
ま、いいや。帰ってくれたから結果オーライだ。
背中に感じた感触を覚えているうちに……すまん、都。お前の一生涯の友達は最低なヤロウだ。



「……ただいま」

 仕事から帰り、シャワーで汗を流してスッキリした後のビールを飲んでいると、愛する愛娘が帰ってきたわ。
やっと肴のあてが帰ってきたわね。……ん?様子が変ね、明君と何かあったのかしら?

「都、落ち込んでいるけど、何かあったの?お母さんに話してみなさい。力になるわよ?」

 さぁ、早く話しなさい。貴方たちの話を聞かなきゃ美味しいお酒が飲めないじゃないの。

「……友達」
「は?友達?」
「……一生涯友達だって言われた」

 がっくりと膝から崩れ落ちる都。
都の落ち込みようから察するに、どうやら明君にずっと友達でいようと言われちゃったみたいね。
なるほどねぇ、明君にとっては都はまだ恋愛対象じゃないのね。……あぁ、ビールが美味しいわ。

「大丈夫よ都、そんなに落ち込みなさんなって。明君、気づいてないだけよ。絶対に貴方のことをお嫁さんにしたいはずよ」
「……ホント?」
「えぇ、本当よ。恋愛というものはそういうものよ。今は友達でもそのうちお嫁さんに昇格するわ」

 まぁ赤の他人に降格することもあるんだけどね。

「だからね、諦めず今は自分を磨くことを考えて……あら?メールだわ。都、ちょっと待ってね?」

 携帯に届いたメールを見てみる。送信者は……え?谷さん?
あら、珍しい。あの子からメールが来るなんて初めてじゃないの?どれどれ、何の用事なのかしらね?

『たすけてころされる』

 ……は?なに、これ?夫婦喧嘩でもしたのかしら?
でもあの子は柔道3段。お隣さんの自称ライバルだった子よ。
夫婦喧嘩で殺されるなんてありえないわ。……いたずらかな?ま、無視してもかまわないわね。
古い友人からのいたずらメールを削除して携帯を閉じ、都にアドバイスをする。

「明君からは恋愛対象にされてなく、嫁姑の争いには歯が立たずに連敗中。う~ん……前途は多難ねぇ」

 私の言葉にがっくりと肩を落とす都。あぁ、ビールが美味しい、何本でもいけちゃうわね。

「でもね、その困難を乗り越えた先に、貴方と明君の輝かしい未来があるの。
お隣さんを打ち倒し、明君を物にした先に貴方たちの幸せな結婚生活があるのよ。
ラブラブな新婚生活を送りたいのなら、がんばりなさいな」

 私の励ましに元気が出たのかウンと強く頷きいた都。
……だからね、まだ貴方たちは恋人でもないのよ?何で結婚を前提で考えているのかなぁ?
ま、面白ければどうでもいいんだけどね。

「ま、がんばんなさいな。お母さんは応援しているからね?」

 力いっぱい頷き、やる気に満ち溢れた表情を見せる愛娘。
あぁ、面白いわぁ、日本酒もいっちゃおうかしら?

 愛娘の幸せを祈り、日本酒をコップに注ぎ込む。
愛する娘を幸せを祈りつつ美味しいお酒をいただく私はいい母親ね。我ながら惚れ惚れしちゃうわ。


 ……またメール?『いっそのこところして』ってなんなのかしらね?
最終更新:2008年09月21日 13:24
ツールボックス

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