Le souhait 智途編9(完結)
渋沢さんが運転する車の中では、会話は一切無かった。
まだ、自分たちのしでかした事が、しでかそうとしている事が実感できていないのか、無言だった。
――今なら、まだ戻れる。
そんな賢明な誘惑が、臆病な心の中には潜んでいた。
血迷った、なんて言われても仕方が無いさ。
別に今の生活が嫌だったから今の生活を捨てに走ったわけじゃない。
そうしないと智途を失う、というわけでもない。
だが、雪花さんを失う。
では、俺にとって雪花さんとは何なのか?
好きな人の姉でしかない。単なる姉じゃなく、可哀想な運命にあって、妹思いで、彼女にとっても大切な姉。
もし、智途が『雪花さんを見殺しにする決心がついた』なんて言ったらどうする?
それでも『俺たちと同じ運命に立たされるであろう不特定多数を助ける』だろうか?
そんな筈は無い。
端(はな)から、『誰かを助ける』気なんか無いんだ。
腹は決まってる。
凶弾が襲い掛かろうが、爆弾が落ちようが、例え四肢が無くなろうが、何があっても智途を守ってみせる。
絶対に。
大きな橋を渡り、高層ビルが立ち並ぶ見知らぬ土地まで車はやって来た。
幾つかの立体交差を越え――ここは本当に同じ世界かと、思うほどであった。
ビルを覆う無数の窓ガラスは、昇りかけた太陽の光を鏡面のようにギラギラと反射していた。
ふと、座席に置いた俺の手の甲に感触があった。
目を左手に遣る。智途の手が重なっていた。
俺は一瞬声を掛けそうになったが、やはり無言のまま、手を返し、智途の手を握った。
そしてまた、窓の外を見た。
道路の影が車を大きく覆って通り過ぎる。
そこから見えたビルは、無表情に朝日を反射し続けていた。
渋「もうじき、車を停める。停まったら緋柳の支持を受けろ」
車が街の中に入って数分。渋沢さんが口を開いた。
ハロ「わかりました」
車は角を曲がり、俺は視界に緋柳さんの姿を捉えた。
緋柳さんは相変わらずのメイド服姿だった。目立ち過ぎはしないだろうか。
車は何の合図も無しに停まった。
俺たちは急かされるように、互いのドアから素早く外に出た。
緋「こっちです。急いで下さい」
走って建物の入り口へ向かう緋柳さんを追って走る。
智途は俺の後からついて走ってきた。
昨日とは比べ物にならないくらい立派な施設である。
急いでいたのでよくは見えなかったが、少なくとも十階建てぐらいはありそうなビルだった。
立ち止まる必要は無い。
ハロ「智途」
手を差し伸べる。
智途はすがりつくように、差し出した手を握った。
俺は臆病な感情を噛み殺しながら、自らの進むべき道を走った。
緋柳さんの足は速く、俺たちより先にドアにたどり着いた。
数秒、ドアの前に立ち止まると、ドアは素早く開いた。
監視カメラのようなものも何も無かったが・・・その事は別に気にしないことにしよう。
再び走り出す緋柳さんの後を、俺たちは追った。
緋「もう大丈夫でしょう」
階段を上り、真っ白で無機質な部屋にやって来た。
部屋には、観葉植物とソファーと低いガラスのテーブルが一つ、整然と配置されている。
窓は無いが照明が十分に照らしているため、部屋は明るかった。
緋「どうぞ、お掛けになってください」
言われて、俺と智途はソファーに座る。
チト「姉さんは?」
智途が聞いた。
緋「今、センチネルの組員たちに作戦内容を伝えているところです。長くなると思います」
ハロ「どうしてですか?」
緋「おそらくこれが・・・」
そこまで言って、緋柳さんは口を噤んだ。
チト「姉さんには、会えるんですよね」
緋「はい」
智途は安堵の表情を見せた。
緋「私もそろそろ行かなければなりません」
そう言って、緋柳さんは部屋の奥のドアへ向かった。
緋「会議が終われば、私かせっちゃんがここに来ます。しばし暇願います」
ハロ「ルームサービスは?」
緋柳さんは微笑み、
緋「・・・邪魔してはいけませんでしょう?」
と言って、部屋から出て行った。
ハロ「遠慮されちまったな。流石はメイドだ。気が利いてる」
ソファーに深く腰掛ける。
チト「・・・音がしないな」
ハロ「そうだな、何も聞こえてこない」
建物の中とは言え、都会の真ん中にある筈のこの部屋は、息遣いが聞こえそうなほど静かだった。
チト「怖くないのか?」
ハロ「全然怖くない」
チト「はは・・・私は急に怖くなってきてしまった。駄目だな、私は」
智途は隣のソファーから身を乗り出し、手を差し伸べてきた。
チト「な、なぁ。手を握っててくれないか?」
ハロ「ああ。お安い御用」
俺が手を握ると、智途は再びソファーに座り直した。
チト「ハロは強いな。虚勢には見えない。どうしてそんなに泰然と構えてられるんだ?」
ハロ「ふむ・・・そりゃ、俺は智途を守らなければならないからだ」
チト「どうして私なんかを命がけで。究極のところは他人じゃないか」
ハロ「そりゃ、お前が好きだからだ」
チト「む、簡単に言うんだな。その、熱血と言うか何と言うか」
ハロ「嫌か?」
チト「い、嫌じゃない!私も、その、ハロの事が好き///と言うか何と言うか」
それに俺は熱血と呼ばれるほど実直でもない。
ハロ「簡単には言ったけど、俺の気持ちは偽りじゃない」
チト「ハロ・・・」
ハロ「智途が信じられないような俺の行動は全部、智途のことが好きだからやったんだと思ってくれて相違ない」
チト「好き好きって言うな。恥ずかしいじゃないか///」
ぎゅ、と握る手に力が入った。痛い。
チト「ふふ、でも嬉しい。昨日の晩、あんなに喘いでいたハロが嘘のようだ」
ハロ「それは言いっこ無しにしてくれ」
ようやく、智途の笑顔を見ることができた。
ハロ「・・・」
携帯電話で時間を確認する。
既に三十分が経過していた。
チト「長いな」
ハロ「ああ・・・」
ちょうどその時、ドアが開いた。
雪「・・・」
緋柳さんと雪花さんが現れた。雪花さんは俺たちを見るなり、真剣だった顔を悲しげな表情に変えた。
だが目を閉じ、決心したような顔で俺たちの方を見直し、口を開いた。
雪「作戦の内容を伝えるわね」
雪花さんは緋柳さんからペンとノートを受け取り、テーブルにそれを開いて置いた。
そして、淡々と説明を始めた。
雪「オミナス本社には、私たち特化人体を拒むバリアが張ってあるの。そのバリアは特化人体に組み込まれた
特殊な塩基対に反応し、それを変質させ激しい痛みを伴わせながら死に至らしめるものなの」
組み込まれた特殊な塩基対――本当にそんなものが存在するのか。
一瞬そう思ったが、存在するらしい。現に目の前でその人が作戦を説明しているじゃないか、と。
雪「それによって今まで特化人体たちは反乱を起こすことなく大人しくしてたのよ」
俺たちは黙って説明を聞いているしかなかった。
雪「で、ハロ君たちにはそのバリアの解除に向かって欲しいんだけど・・・って、前も言ったわね」
チト「ね、姉さんは何をするんだ?」
雪「・・・特化人体以外のセンチネルは、オミナスがやっている事をマスコミに発表して、私たち特化人体は・・・」
雪花さんは微笑した。
雪「今更、隠してもしょうがないわね。戦闘をするのよ」
チト「戦闘って!それじゃ――」
そう言って智途は立ち上がったが、何か続けて言おうとした言葉を噤み、再びソファーに腰掛けた。
チト「大体、こうなるんじゃないかと勘付いていた」
雪「やっぱりね。ごめんね、智途」
チト「いい。姉さんには、姉さんの信じたとおりにやって欲しい。別に、寿命が短いからとかじゃなくて」
雪「わかってる」
チト「それだけで、ここまで来たんだ。今までずっと一人で戦ってきた姉さんの役に立ちたい」
智途は、膝の上に置いた拳を強く握った。
チト「例え足手まといになっても、私は・・・!」
諦観していたように、微笑んで智途の話を聞いていた雪花さんの頬に、やがて涙が伝った。
…雪花さんは智途を静かに抱きしめた。
智途も涙を流し、雪花さんを抱き返していた。
チト「だから姉さん、無事で帰ってきて・・・」
雪花さんは智途の頭を撫で、それから体を離した。
雪「残念ながらもう、時間が無いわ。緋柳」
緋「はい」
緋柳さんは、俺たちに移動するようジェスチャーを送った。
それに従い、雪花さんから離れて行ってしまうのを感じながら、俺たちは歩き始めた。
雪「ハロ君」
呼ばれて、俺は振り返った。
雪「よろしく、頼むわね」
ハロ「・・・はい。必ず」
俺が力強く返事をすると、雪花さんは笑顔を見せ、踵を返した。
ビルを出るとすぐに高速に入った。
緋柳さんは時折誰かと連絡を取りながら運転している。
智途はまた窓の外を見つめ・・・俺からはその表情を窺い知ることはできない。
緋「通常・・・」
緋柳さんが突然、口を開いた。
緋「特化人体は『生まれる前』、オミナスの研究室で培養され、それから人体に移されます」
独り言のように続けた。
緋「とすればオミナス側は何らかの方法でバリアをクリアし、外界にそれをもたらしている筈です」
ハロ「一方通行なんじゃないですか?」
緋「かも知れませんが、オミナス側にバリアを解除する方法があると言うことは確かです」
ハロ「それはまあ、作った側ですから」
緋「それは、作った人間だけが解除できるという仕組みだそうです」
ハロ「はは・・・待て待て」
それは大きなミステイク。
ハロ「わかると思うけど、俺は普通の健全な男子学生であって、そんなバリア作った覚えは」
緋「不思議な事に・・・」
緋柳さんは俺の言葉を遮って言う。
緋「解析の結果、遥様は『解除できる体質』であるとの事です。当初、私たちも疑いを持って」
ハロ「俺の何を解析したんですか?」
緋「せっちゃんから色々採取してきてもらいました」
ハロ「例えば?」
緋「髪の毛や、汗、それと珍しいものではせいえk」
チト「それ以上言うな!」
緋「初めはサンプルになるかとさえ思」
チト「言うな!ああもう、姉さんも真面目なんだかそうでないんだか!///」
ハロ「落ち着け、ジョークだ」
チト「笑えないぞ」
って言う事は、俺の『せいえk』は緋柳さんを始めセンチネルの女研究員たちにも見られたのか。
『研究のためにあなたのせいえkが必要なの。出してぇ』とかそういうシチュ
待て待て。こんな時の妄想してどうする。一大事なんだぞ。
緋「もうじき着きます。お帰りの際、迎えを呼ぶにはこの玉を砕いて下さい」
そう言い、緋柳さんは後ろ手に小さな青い玉を俺に渡した。
光に透かして見るが、やはり青い玉だ。直径は3センチぐらい。
俺に分析できるわけが無いよな。
チト「ちょっと見せてくれないか?」
ハロ「おもちゃじゃないぞ」
チト「子ども扱いするな!貸せ!」
興味津津ですか。
緋「これ以上進めません。御武運を祈ります」
車は、塔のようにそびえるオミナス本社の前で停まった。
緋「ここからはバリア区域になります。車を降りたら脇の生垣の外から回って侵入して下さい」
ハロ「だ、大丈夫なんですか?」
緋「まだ我々の動きは覚られていません。もし覚られていたとしてもバリアシステムを過信しているでしょうから」
俺たちは半信半疑だったが、戸惑っている暇も無いようだ。
ハロ「行くぞ」
チト「わかった」
俺たちは決心し、車を降りた。
急いで生垣のほうに回り込む。もちろんバリアの影響は無い。
緋柳さんが乗った車は、すぐさまその場を去っていった。
敷地内には、誰も居ないし、何も無い。
見えない恐怖とプレッシャーを感じながら、俺たちは一心不乱に社内へと向かった。
すんなりと社内に入ると、きらきらと輝くダイヤのような球体が俺たちを迎えた。
これが、とても人・・・特化人体を激痛の末、死に追いやるものだとはとても思えない。
チト「これがバリアシステムなのか?」
ハロ「そうみたいだな。取り合えず触ってみるか」
俺が何気なくその球体に触れると、あたりは真っ白な光に包まれた。
ハロ「!わっ!?智途!」
俺はとっさに智途の手を握った。
チト「な、何だ!?一体――」
…。
ハロ「う・・・」
目を覚ますと、俺たちは空虚の中に倒れていた。
何も無い、真っ白な空間だ。
右を向く。
チト「どうやら、無事だったようだな」
ハロ「ああ。取りあえずは」
俺たちはその場に立ち上がった。
何だ。何も無い。
ハロ「俺はバリアを解除しなきゃならないのに!罠にかけられたか!?」
?「少年」
ハロ「誰だ!?」
後ろを振り向くと、白衣を着た男が立っていた。
無表情で、機械的で、その男が人間である事を感じさせない表情だった。
だが、俺にはわかった。
あの目つき、あの髪の色、あの態度、そして、智途のこの反応。この男はまさしく、
チト「長岡、雪那(せつな)!」
雪花さんの、智途の父親。
チト「よくも、よくも姉さんを実験台に使ったな!絶対に許せない!」
セツ「少年」
ハロ「智途のことは無視するのか」
セツ「今すぐ引き返せ。そうすれば我々は今後一切お前たちに手を出さない事を約束する」
本当に、こいつは――
ハロ「せっかくですけど、これは大事な約束なんですよ、雪那さん」
セツ「・・・」
ハロ「せめて最期くらい、自分の娘の好きにさせてやろうとは思いませんか?」
セツ「少年。お前はここに侵入こそできたが、バリアの解除の方法など知らぬ。それで終わりだ。約束は不履行だ」
ハロ「確かに俺は知りませんよ。でもあなたが教えてくれるなら、もしくはあなたがご自分で解除できますよね?」
セツ「・・・今引き返すならば、智途には手を出さない」
ハロ「――!」
その一言に、俺の心は大きく揺らいだ。
チト「・・・ハロ?」
俺は自分の事だったらいくらでも投げやりにできる。多少のリスクなんて屁でもない。
だが、この、かけがえのないこの人の存在だけは失ってはならない。だがバリアを解除しなければ・・・。
その時、辺りが再び光に包まれた。
元の場所に戻される――そう思った。だが、目を覆う輝きが止んだ時、そこはまた、白い空間だった。
ハロ「!ち、智途!?」
居ない。俺と雪那を残してどこかへ消えてしまった。
ハロ「貴様!智途をどこにやった!」
雪那の胸倉を掴んで叱す。
セツ「偶然ではない・・・」
ハロ「何!?」
セツ「智途は元居た場所に戻しただけだ。手を離せ」
ハロ「・・・」
俺は手を離した。
セツ「偶然では無いのだ。私が少年を呼び寄せた。私もお前と同じ、一対一で話したいことがあるのだ」
俺と同じ?俺の考えている事がわかるとでも言うのだろうか?
セツ「バリアを解くにはこのボタンを押せばいい」
雪那はポケットからタバコの箱程度の大きさの機械を取り出し、俺にそれを投げ渡した。
ハロ「何のつもりだ?」
セツ「昔、赤ん坊だった雪花を見て罪悪感に駆られた。それは表面上平静を保たねばならぬが故に大きかった。
追い詰められていった私は、普通の人体を特化人体に近づける筈の薬を自分に打った」
ハロ「・・・それで、罪は償われたか?」
雪那は続ける。
セツ「薬は、至極相応な効果を私に与えてくれた。身体能力、思考力、それらの向上はオリジナルに近いほどまでに。
だがその反面、罰と呼ぶに相応しい副作用が現れた。・・・感情の喪失だ」
ハロ「・・・」
セツ「感情は、徐々に失われていく。自己の能力が優れている事。反面、感情の無いこと。それはまるで自分が
機械になったかのような錯覚を見せる。人間に作られた『物』になっていくような錯覚だ」
そういう雪那の顔は、最初と変わらないまま、無表情で居た。
セツ「少年。私は殆ど感情を失くした今でも感じるのだ。その恐怖を。だから人の心のあるうちに、人間らしい事を
したいと願っているのだ。自分の娘の幸せを願う事を。それは表情にこそ表れないが・・・そうだ、少年」
雪那は、まっすぐな瞳で俺を見た。
セツ「この話は、雪花や智途には話さないでおいてくれないか?」
何故?俺はそう問いそうになった。
しかしこの人は失ったのだ。二人と人の心を持って接する機会を。もう二度と、その時間は還らない。
ハロ「わかりました」
雪那は目を閉じ、頭を垂れた。その目からは、涙すら流れてこない。
俺はそんな雪那を前に、受け取った機械のスイッチを切った。
…。
?「・・・ろ!ハロ!」
目を開ける。
ハロ「・・・あ、谷間」
チト「ってどこ見てんだ!///心配して損した!」
胸元を隠しながら、さっと体を離す智途。
ハロ「ここは、元の場所か」
見渡すと、輝く球体があった部屋・・・の筈なのだが、その球体はどこにも無い。
ハロ「ああ、バリア解除したから消えたのか」
チト「ば、バリア解除できたのか!?」
ハロ「ああ!俺にぬかりは無いのさ」
チト「道理で警報が鳴ってるわけだ」
ハロ「言おうよ早くそういう事はもっと!連絡!玉!玉砕け!俺のじゃないぞ!」
チト「わかってる!もう、これだな?」
智途はポケットから青い玉を取り出し、床に置くとそれを踏み砕いた。
ハロ「いたそう」
チト「冗談言ってる場合か!とにかく、あとどうすればいい!?もし誰かがここに来たら・・・」
ハロ「大丈夫だって。俺は主人公なんだから死ぬわけ無」
雪「伏せて!」
発砲音とともに、伏せた俺の頭上を通過していく銃弾。
ハロ「せ、雪花さん!」
雪「ハロ君。よくやったわね。あとで褒めてあげるから今は下がって!」
そんな事言われたら尻尾もぶんぶん振れるほどの喜
発砲音とともに、伏せた俺の頭上を通過していく銃弾。
チト「何やってるんだ!早く逃げろ!」
こんなに本格的な戦いは、何年ぶりだろう。
こんなに迷いの無い戦いは、多分初めてだろう。
センチネルの部隊が合流。防衛システムに頼っているせいか、精強な社員こそ少ない。
だがシステムはもちろん、それによる罠や、やつらの知略にかかったら死は確実。
まずは如何に銃弾を届かせるか。
角が多いため、死角が広い。一つ一つに細心の注意を払う。
雪「後悔してない?」
緋「何をですか?」
雪「バカな事をした、無謀な事をした、って。私はただ、焦ってるだけなのに。・・・付き合わせてごめんって事」
緋「いいえ。せっちゃんは私の初めての友達ですから・・・」
前衛交代の合図をし、兵を先に進ませる。
緋「特化人体だと、理由もわからずに敬遠されてた子供の頃。自分と同じ人が居るなんて思いませんでした」
雪「言葉遣いも変わったわね。メイドとして働くようになってから」
緋「はい。理緒お嬢様が、ちょっとせっちゃんに似てるんです。見ていると、なんだか思い出されてきて」
雪「あのお嬢と?へえ・・・」
?「お喋りはそこまでだ」
二発の発砲。
私たちの背後の天井のタイルが二枚、床に音を立てて落ち、銃を持った人が天井からドサッと落ちた。
渋「お前たちはここで死ぬために生まれてきたのか?」
二丁のハンドガンを手に現れたのは、渋沢だった。
雪「随分遅い到着ね。重役出勤のつもりかしら?」
渋「ふっ・・・私もあのまま逃げても良かったんだが、無関係では済みそうでないんでな。誰かさんの『おかげ』で」
緋「これで三人揃いましたね」
にこ、と微笑む緋柳に、私と渋沢は顔を見合わせた。
渋「そう、だな。では行くか」
もう後戻りはできない。
でも私たちはいつだって、そういう気持ちで少ない残された時間を一秒一秒生きてきたの。
でも、それはハロ君たちにも同じ。
過ぎた時は、一秒たりとも戻ってくる事なんて無い。
だからあなたたちは、私たちとは違う、二人の時間を過ごして。
私はできるだけ多くの人に、大切な明日を残していくつもり。
緋柳と、渋沢と、センチネルの人たちと――。
ハロ「うむ、うまい」
チト「本当か?」
ハロ「智途はいいお嫁さんになれるな」
チト「・・・それってかなり的外れな」
ハロ「冗談だよ、冗談」
――熾烈な戦いが終わった。
俺たちは出立の二日前に居た、あの秘密の別荘にかくまわれた後、そのままそこに住んでいる。
だって誰も迎えに来ないんだもん。
今はのんきに朝食を摂っているわけだが、ほとぼりが治まったら学院にも顔を出そうかなと思っている。
チト「な、なあ。こうしてると、なんだかふ、夫婦みたい、じゃないか?///」
ハロ「ああ、そうだな。・・・」
"今から丁度一週間前、ITIAで起こったオミナス爆破テロ事件ですが、反オミナス団体、通称センチネル・・・"
ハロ「誰も信じちゃくれないと思ってたが、案外、うまくいくもんだな」
センチネルが流した情報は、警察や専門化によってその信憑性が裏付けられ始めていった。
俺は智途に雪那が遺した言葉を伝えてはいない。
雪那が雪花さんたちと対峙したのかも、誰が亡くなって、誰が生き残ったのかも、俺たちは知らない。
数字が好きなテレビは、ただ被害状況をテロップで流しているだけだ。
…。
人々は歓喜の叫びを上げる。
オミナスは崩れ落ちた。まだ人々の興奮が冷めやらぬように、土煙もまだ宙を舞っていた。
渋「さ、そろそろ消えるか」
予てから計画していた、特化人体だけが住む、特化人体の理想郷。
私たちはこれから、そこに向かう事になる。
誰にもつけられない様に、慎重に慎重を重ねながら。
俗世を捨てる。もう私たちは完全に社会から見て異質な存在。
自分と違う存在に嫌悪感を抱く人間にとって、私たちはあまりに受け入れがたい存在。
賢い私たちは、そう判断して。
雪「ここでワイワイやってるやつら、本当に全員来るかしら?」
渋「さあ、な」
来ないにしても、彼らの持つ時間はあまりにも短い。
雪「さっきから、何情け無い顔してんのよ、緋柳?」
緋「いえ、別に」
雪「でっかい事やってのけたんだから、たまには笑わないとダメだぞ?」
どうしても、せっちゃんの笑顔を笑顔として見る事ができない。
私も、こんな顔してたらダメなのに。
渋「ふー・・・」
渋沢さんは大きくタバコの煙を吐いた。
渋「あの二人に会わなくていいのか?」
…せっちゃんはその言葉を聞いて、笑った。
雪「こんな時だけ優しい言葉を吐くのね?」
渋「手紙なら渡してやってもいいぞ」
雪「・・・。私はこれで本当に満足だから。今度会うときは、『死んだ』って伝えてくれない?」
渋「断る。私はもう戻らんのでな。そういうことは緋柳に頼め」
せっちゃんはすたすたとこちらに近付き、微笑む。
雪「冗談よ」
緋「せっちゃん・・・」
雪「緋柳も、理緒ちゃんに手紙でも書いたらどう?内容が喜べるものじゃなくてもいいから」
緋「はい。でも、私はせっちゃんについて行きます。私だって、せっちゃんの幸せを願う人の一人ですから」
雪「・・・ありがと。緋柳が友達でよかったわ」
渋「乗れ。そろそろ人が動き始めた」
私たち三人は車に乗り、誰にも見つからない、特化人体の理想郷へと進み始めた。
理想郷とは名ばかり。言っても待ち受けるのは残り少ないわずかな時間と、知人の死ばかり。
それでもいい。たとえ自分たちのした事が歴史に残らなくても、私たちは知る事ができる。
私たちと言う異端な存在は確かに存在したんだと、人間が犯した過ちから生まれた存在だったということを。
その罪を還し、罰を受け、・・・そこはまるで、あの世のようなところかもしれないね、せっちゃん。
一ヶ月経っても、雪花さんは戻らなかった。
理緒の力で俺たちが学院に留まらさせてもらってはいるが、あまり間隔が長くなるとまずい。
そして前々から、この日をこの隠れ家を出る出立の日にしようと決めていた。
懐かしい、熾惺学院前駅。懐かしい街並み。思わず、涙が出るほどに。
この日は平日。ツンたちに会う可能性は低い。が、それが逆に良かったのかもしれない。
ハロ「智途」
智途の家の前に立つ。
チト「・・・姉さん・・・」
ハロ「よしよし、泣くな。俺たちは、できるだけのことをしたんだ。した筈だろ」
なのに、涙がこみ上げてくる。
いつかこの日が来ると覚悟してはいたものの、それは口だけの覚悟でしかない。
その事を、智途と、俺と、雪花さんで三人で暮らしたこの家はわからせてくれる。
帰宅した俺は、由梨からの涙ながらの歓迎を受けた。
学校でも大騒動になって、理緒とツンのケンカも見納めにはならなかった。
蕪雲も通常の三倍の速さで智途に近付いたが、俺が光の速さで跳ね除けた。
それからは殴り合い取っ組み合い、東雲てんてーに叱られ職員室に呼ばれ、いろいろな事がありました本当に。
俺たちがあのテロ事件に一役買ったと言うことは、誰も知らない。
毒男に渋沢さんの事を聞く、あるいは理緒に緋柳さんのことを聞くと、
毒「ま、確かに居なくなって見るとちょっとは寂しいかな。あんな叔父さんだけど」
理「せめて、緋柳にありがとうくらい伝えたかったですわ・・・」
などと、なにやら適当な理由をつけて別れられたらしい。
雪花さんを追う手がかりも――全く残されていなかったということだ。
――当初の予定からは、ちっとも外れていない。
敢えて智途と一緒に雪花さんを助けると言う名目でセンチネルの作戦に参加。
もちろん、雪花さんを普通の人間に戻すとか、そういう気はさらさら無い。雪花さんの死は前提の上だ。
ただ、何もしないで死なすよりは、何かして、できるだけベストを尽くしたような感じで死なせてしまったほうが、
智途にとって印象が良く、心に根ざすだろう罪の意識も軽くて済む。時間が罪の意識を取り除いて、終了。
雪那に俺の心情を多少読まれてしまっていたかのようなフシはあったが、結果的には問題ない。
俺は、すべてを智途を中心に行動していた。
俺は智途が好きだから。エゴでも構わない。俺は智途のものだ。
ハロ「ぅ・・・も、もう・・・」
チト「情け無いやつだな。そんな調子でいつ私の中に挿れられるんだ?」
智途は精液にまみれたニーソックスでさらに扱くスピードを上げた。
ハロ「――っ!」
俺は耐え切れず、またも智途の足に射精してしまう。
チト「あっ・・・///こらこら、どうしようもない変態だな。仕方ない」
朦朧とする俺の前で、智途は服を脱いだ。
チト「さて、ちゃんと子供ができるように中で出してもらわねばならん」
そう言いながら、智途は俺に跨り、手で竿を固定しながら・・・挿入した。
チト「ぅ・・・///ふう、無駄にでかいな、お前の・・・は///」
やや前かがみになり、両手で俺の両手を抑え、封じる。
チト「ふふ、せいぜい早漏呼ばわりされないように耐えてみる事だな。・・・んっ///」
ハロ「すでに呼ばr・・・ぅあっ!?」
智途はそのまま腰を動かす。
俺は両手を押さえられたことで妙な束縛感を覚え、動けない事が逆に興奮してしまう。
更に、目の前で揺れる豊満な乳房を見せ付けられ、耐えようと目を閉じれば今度は膣の感触が気になり始めて、
簡単に言うならば耐えられない。耐えるどころか、もっと犯して欲しいと思ってしまう。
ハロ「あ、ぁ、ああ・・・」
チト「んん?お前のがカチカチだな。もう・・・あっ、ああっ!///バカ、まだ出せって、言ってな・・・!///あ・・・///」
俺は智途の中に射精してしまった。
チト「・・・ふぅ、まったくお前は、・・・ハロ?・・・寝たか」
俺は智途と結婚し、幸せな生活を送っていた。
智途は誰からも好かれる。
蕪雲もしのたは今でもたまにうちに遊びに来る。尤も、俺は由梨を江川家に返してしまったが。
それでも江川家に行く時は、智途は当然『おねえちゃん』なので、智途も可愛い妹ができたと嬉しそうだった。
俺はどうも長期出張に耐えられず、同僚からはよく『父親の鑑だ』などと笑われたりもした。
まあ、これも智途への愛を以てすればの事だ。
ハロ「これからも愛を以て接する事にするぞ」
チト「な、なんだ突然///」
智途の過去に曇りは無い。俺が命がけでバリアを解きに行った、何度も俺が勇気付けた事しか。
だが、俺が踏み消した空白の過去を――あの父親の気持ちを、俺が捻じ曲がった画策をしていた事を、
その曇りが心の中から消え失せる日は、
果たして、来るのだろうか?
-Le souhait-
最終更新:2007年08月04日 10:08