アットウィキロゴ
 

グレーゾーンのメイドと家政婦-1

  • 作者 ◆Z.OmhTbrSo氏

 藤森はじめの両親は少しばかり変わった職業をしている。

 父親は料理人。テレビにも出演するほどの凄腕の料理人で出版した
本もたくさんある。もとより藤森家は裕福な家庭だったが、父親の
代になってさらに資産を増やしたようだ。
 母親は写真家。主に危険な場所――世界の悪路ベストテンに入る場所等――
を撮ることが多いため、世界中を飛び回っている。父親ほど有名では
ないものの、そっちの世界ではなかなかの好評を得ている。

 二人が会うことは年に数回ではあるが、夫婦仲は良好。二人共家に
帰ってきた日にははじめが気をきかせて外泊するほどである。

 このように部分的に見れば完璧な夫婦である。

 しかし完璧なように見える両親にも欠点がある。
 父親は料理バカであるため、はじめが父の後を継がないと言ったときには
親戚から後継者を探して来て家に住まわせた。
 母親は家をよく開けるため息子に対して心配性で、自分が面倒を見れない
代わりに、ということで近所に住む女の子にはじめの面倒を見るようにと
頼み込んだ。

 その結果、父の後継者の女性と近所に住むはじめの幼馴染が藤森家に
居候することになった。しかしそれだけならまだしも、面目を保つために
その二人を家政婦として雇った。
 はじめは二人が住むことに対して反対だった。二人がいい人だということは
知っている。しかし、二人とも性格がきついのだ。それさえなければずっと
一緒に住んでもいいというのに。
 とはいえ、反対したところで二人が住むことは両親によって決定済みであった
ため、はじめは二人の女の子と同棲生活をすることになってしまったのである。

 それ以来、藤森家に住む人間は三人になった。
 現時点で一人息子のはじめ、父親の後継者の藤森やよい、はじめの幼馴染の
古畑(ふるばたけ)マナが藤森家には住んでいる。



「ちゃんと乾いてるかな……」

 ゆっくりと、ゆっくりと爪の先で塗装面に触れる。
 触れた部分を見たら爪の跡は残っていなかった。
 もう一度触れる。今度は指の腹で。

「――うん。よかった。ちゃんと乾いてる」

 はじめは手に持ったプラモデルのパーツを台の上に置き、我慢していた息を
吐きだした。
 彼が手に持っていたのはバイクのプラモデル。先日難しい黄色の塗装を終えて、
デカールを貼ってからクリアースプレーを吹き終わったところだった。あとは
塗装面を鏡面仕上げにしてワックスをかければ終了である。

「明後日には間に合うかな」

 彼の趣味はプラモデルを作ることだった。12歳のころにのめりこんでから
五年少々。今では学校の友人に代理で作ってほしいと頼まれるほどの腕になっている。
 しかし今回作っているものは自分から人にプレゼントするために作っている。

「あいつ、もらってくれるかな。要らないとか言われなければいいんだけど」

 まさかそこまでひどいことを言われないとは思うが、普段のはじめに対する態度を
見ていると心配になってしまう。でももしかしたらプレゼントしたら喜んでくれる
かもしれない。そう思うと俄然やる気が沸いてくる。

 はじめが次の作業に移ろうとしたそのとき。

「はじめくん。ご飯の時間です。出てきてください」

 ノックの音と共に静かな声が聞こえてきた。

「やよいさん? ご飯にはまだ早くない?」
「もう七時です。早く出てきてください」
「先に食べててよ。僕やることがあるから」
「だめです。ご飯は必ず三人で食べるよう先生に言われてるんですから」

 やよいははじめの父親を『先生』と呼んでいる。彼女にとっては師匠のような
ものだからこう呼んでいるのだ。
 出てきてくれと言われてもせっかく乗り気になっているのだから途中で
やめたくない。そう思ったはじめはやよいの呼び出しを拒否することにした。

「今日は僕だけ遅くしてくれないかな?」
「いけません。理由も無いのに先生の言いつけは破れません」
「父さんの言いつけはやよいさんにとっては絶対なの?」
「絶対的ではないですけど、かなり優先されます」

 とりつくしまもない。しかし今の気分のままで完成させたいはじめとしては
ここは譲れなかった。だからつい今まで一度も言ったことの無いことを
言ってしまった。

「じゃあ今晩は僕のご飯は要らないよ」
「……わかりました。そこまで言うのでしたらもう何も言いません」

 意外なことにやよいが引き下がった。珍しいこともあるものだと思ったが、
今はありがたい。はじめは早速次の作業にとりかかることにした。

 しかし、ドアの向こうからまたしてもやよいの声が聞こえてきた。

「今度は力づくで引っ張り出します」

 は――?と声をあげようとしたら。

 ドガァン!!

 と、派手な音を立てて扉が開いた。――否。やよいに蹴破られた。

 はじめは唖然として声も出せない。いくらやよいでもここまで強硬な手段に
出たことは一度もなかったからだ。
 廊下に立っているやよいはいつもと変わりない。肩まで伸びたショートヘアーは
一切の乱れもない。いつも身に着けているロングスカートのワンピースも卸したての
ようにしわひとつない。ワンピースの胸元が大きく膨らんでいるのも相変わらずだ。
 ただ一ついつもと違うことと言えば、普段より厳しい、責めるようなまなざしで
見つめていることだった。

「先生からの言いつけです。
 『はじめが夕食を食べないと駄々をこねたら無理やりにでも食べさせろ』。
 悪く思わないでください。はじめくん」
「……」

 やよいに腕を引っ張られ、はじめは部屋を出て行った。

 出て行った後には、鍵を破壊されたドアがキィキィと音を立てながら揺れていた。

「はじめ! 遅いわよ!」
「ああ、ごめん。マナ」

 マナは居間に一人で正座して待っていた。テーブルの上には既に三人分の食事が
並べられている。メニューは白米、味噌汁、さば味噌、大根の煮物、そして漬物。
いずれもやよいが作ったものである。

「今日は大好きなさば味噌だったから楽しみにしてたのに。
 はじめのせいでおあずけになっちゃったじゃないの」
「だから悪かったって」
「反省の色が無いわね。だいたい何やってたのよ。最後にはすっごい音がしてたし」
「あ――いいや。別に何でもないんだ」

 マナにプレゼントするためのプラモデルを作っていた。とは言えなかった。三ヶ月も
かけて作ったのだ。ここでそのことがバレてしまっては今まで秘密で作ってきたことが
全て水の泡になってしまう。
 ごまかしたつもりだったがマナはさらに問い詰めてきた。

「ふーん。まさか人に言えないこと?」
「ま、外れではないかな」
「ほうほう。――なるほどね。
 そっか。はじめも男の子だからね。こんな可愛い女の子二人と同居してたら
 欲望を持て余すのも無理はないよね」
「たぶんマナの考えていることとは違うよ」

 人に言えないこと、というのは正解だがそれに続いた言葉はまったく見当違いの
ものだった。ものすごい勘違いをしている。
 しかし、可愛いという点においては否定できない。やよいは可愛いというより綺麗と
言ったほうがふさわしいが、マナは可愛いと言いたくなってしまう女の子だ。
 身長ははじめの肩に届くぐらいであるのに加え、ぱっちりと開いた黒目が黒のワンピース
と白いエプロン――いわゆるメイド服――を事務的なものからドレスのような愛らしさ
にまで引き立てている。さらに長い髪をポニーテールにしているリボンとの組み合わせで
彼女を少女のように見せてしまう。欠点といえば胸も少女らしい大きさだということ
だろうか。

「ごまかさなくてもいいわよ。でも、もし考えてることを実行に移そうとしたら
 バイクでこの辺一帯を引きずり回すからね」
「考えてもいないし、実行しようとも思わないよ」

 もう一つの欠点はこういうことを平気で言う彼女の性格であろう。

「二人とも。お話はそれぐらいにして夕食にしましょう。
 今日のさば味噌はせっかく美味しくできたんですから」
「そうね。私もおなか空いちゃったし」

 三人がそれぞれいつもの席につく。やよいとマナは隣同士に。はじめはテーブルを
挟んで彼女たちと向かい合わせの位置に。

「では、二人とも手を合わせて」

 やよいの言うとおりにして二人が自分の手と手を合わせた。

「「「いただきます」」」

 三人同時にいただきますをして、夕方の晩餐が始まった。



 三人揃っての夕食を終えたあと、はじめは風呂に入っていた。

「ふうううううう……」

 檜風呂に浸かりながら今日何度目かのため息を吐く。それは三人で
同棲生活を始めてからというもの、彼にとっては日課のようなものになっている。
 しかし今日はいつもより落胆が大きい。まさかドアを蹴破られるとははじめも
思っていなかった。この家はそれなりにお金をかけて建てられているので、
ドアと鍵もちろん頑丈なものになっている。はじめの部屋も例外ではない。
 それだというのにやよいは蹴りの一撃で鍵を破壊した。まさかこんなことをする
ような――いや、できるような人だと思わなかった。

(父さんが何か仕込んだのかな)

 はじめの父は大柄で、料理人というよりはプロの格闘家と言ったほうがしっくりとくる
風体をしている。昔格闘技のようなものを習ったという話を聞いたことは無いが、
聞いていないだけで真実は分からない。それはつまり、やよいに何か仕込んでいる
可能性があるということである。

(あの人にはなるべく逆らわないでおこう)

 そう結論づけてはじめは風呂から上がることにした。



 はじめの部屋にあるプラモデルを作成するための机。その上には作成途中の
バイクのプラモデルがバラバラになって置いたままになっている。
 やよいが部屋に訪ねてきたときには完成させたくて仕方がなかったが、今は
作る気分になれなかった。

「マナもあんなこと言うなよな。人の気も知らないで」

 今はじめが作っているプラモデルはマナが乗っているバイクと同じもの。
 何故これを作ってプレゼントするのかというと、明後日がマナの誕生日だからだ。
 なんだかんだ言ってやよいとマナには世話になっているので誕生日には何か
贈るようにしているはじめだが、一度も喜ばれたためしがない。

「今年こそは喜ばせようと思ったんだけど、やっぱりだめかなあ……」

 ついそんなことを考えてしまう。しかし、すぐに思い直した。

「いやいや。きっと、今度こそは喜んでくれるさ」

 そう自分に言い聞かせたはじめはそのまま部屋の明かりを消して
ベッドで眠りについた。




 翌日の昼。

 はじめは通学している高校の3-Aの教室で友人と食事をとっていた。

「知っているか? メイドさんの正しい表記は『メード』なんだ。
 しかし英語をしゃべるときには――――」
「もうそれは聞き飽きたよ。卓也」

 何故かメイドについてはうるさい友人のうんちくを聞かされながら
やよいが作ってくれたお弁当を食べる。これはいつもの光景だ。
そしてこの男が毎日同じ話を繰り返すのも同様である。

「卓也。メイドメイドって言うけどそんなにいいもんじゃないぞ。
 ものすごく昔ならともかくメイドさんだって仕事でやってるわけだし。
 それに自分の言いたいことははっきり言うんだぞ」

 それもはっきりと、ずけずけと言い放つ。現実を知っているはじめは
メイド、もしくは家政婦についていいイメージを持っていなかった。

「分かっていないのはお前だ。はじめ。メイドさんが自己主張するなど当然だ。
 無論人間な訳だから機嫌が良い日もあれば悪い日もある。
 しかし! その上で誠心誠意尽くしてくれる姿に俺は憧れる!
 メイドさんは人間的であるからこそ萌えがあるのだ!」
(少しは『素』を抑えてくれてもいいんじゃないかと思うけどね)
「そして今流行のメイド服はなっていない!
 メイド服はロングスカートでなきゃ認めん! ミニスカートなど論外っ!」
「あ、このきんぴらごぼう美味い。卓也も食べるか?」
「なんだその投げやりな態度は! 貴様自分が二人も美人メイドを
 侍らせているからと言って調子に乗っているな!」
「はいはい。ごちそうさま」

 やよいが作ってくれた弁当を完食して、手を合わせて軽く一礼をした。

「ふうう……美味しかった」
「くそう! なぜお前だけいい思いをするんだ! 
 神よ! もし天におわすのでしたら私にツン九割デレ一割のメイドさんを与えてください!
 ここにいるのんきな男の家でメイドをしている女性なんか理想です!」
「じゃ、卓也おやすみー」
「神よ! 何故現れてくれないのですか! やはりあなたはいないのですか!」

 ――いるわけないじゃん。いたとしても適当にサイコロを振ってるだけさ。

 声には出さずに心の中で呟き、はじめはひと時の休息についた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年08月04日 11:55