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グレーゾーンのメイドと家政婦-2

  • 作者 ◆Z.OmhTbrSo氏


 自宅に帰ってきて、自分の部屋を見たはじめは絶句した。
 目の前にはあるのは今朝までの塗料の瓶や雑誌が散乱する部屋ではなくなっていたからだ。
 足の踏み場も無かった――かろうじてあった――畳の上にはゴミひとつ落ちていない。

 ここまで完璧な掃除をする人間はこの家には一人しかいない。
 そしてその人物はすぐに見つかった。

「ふ~ふふ~ふふふふ~ふふ~ ふ~ふふ~ふ~ふふふふふ……
 あれ? おかえり。はじめ」

 マナだった。鼻歌を歌いながらはじめの部屋を掃除している。

「何してるんだよ。マナ……」
「見ればわかるでしょ。掃除よ掃除。
 今まで鍵が閉まってたから入ったことなかったけど、見たときびっくりしたわよ。
 同じ家に住んでるのにこんなところがあったなんて知らなかったわ」

 昨晩やよいに蹴破られてドアに鍵がかからないということをはじめは失念していた。
その結果マナが部屋に入り込み掃除を行った、というわけだ。
 普通なら感謝するところだろうが、はじめのような人間にとっては余計なお世話でしかない。

「何やってるんだよ!プラモデルを作りやすいように部屋のレイアウトを設定していたのに!
 雑誌なんかどこにあるかもわかんないじゃんか!」
「本とか雑誌は一箇所にまとめてあるわ。
 それに部屋のレイアウトはほとんど変えてないわよ。
 だいたい私がそんなへたくそな掃除の仕方すると思う?」
(言われてみれば……)

 道具などは整理されているもののほとんど位置は変わっていない。
雑誌は本棚に整理されきちんと並べられている。

 さらに、机の上もしっかりと片付けられている。何も乗っていない。

「ええええええええええええええ!?」
「きゃ!? な、何よいきなり」
「マナ! この上にあったものはどうした?」

 嫌な想像がはじめの頭をよぎる。

「ああ、あのバラバラになってたやつ?いらないと思ったからゴミ箱に入れちゃったわよ」
「どれに入れたんだ!?」
「たしか……あれの中に入ってるはず」

 マナが指を指したところに置いてあるゴミ箱にとびついて中を覗いた。
 バラバラになって他のゴミと一緒になっているが、確かに昨日まで机の上に
置いてあったプラモデルの部品が入っていた。

「はああああ。よかったあ。心臓が止まるかと思ったよ」

 実際、机の上に何も乗っていないのを見たときには心臓が止まってしまったような気分になった。

「おおげさねえ」
「おおげさってなんだよ。これを作るのに僕は――」
「僕は、なに? もしかして全身全霊をかけていた、とか?」
「……僕にだって理由ってものがあるんだよ」

 それも大事な理由だった。
 仕事とはいえ、はじめがやよいとマナに世話をしてもらっていることに変わりはない。
 そしてはじめはそのことを思うと肩身の狭い思いをしていたのだ。
 だからせめて、二人の誕生日ぐらいは心を込めたプレゼントを贈りたい。
 精一杯の感謝の意を込めて。

「理由って何かしら? 聞かせて欲しいな」
「……なんでもないって」
「言いなさいよ。ほら」

 マナがしつこく声をかけてきた。だから、さっきから苛立っていたはじめはつい
怒鳴り声を出してしまった。

「なんでもないって言ってる!!」

「えっ……」
(! しまった……)

 怒鳴り声を聞いたマナは固まっていた。自分の失態に気づいたはじめは声をかけられない。
 そのまま二人揃ってしばらく固まっていると、マナの表情が変化した。
 呆けた表情から怒りの表情へと。

「何よ……何怒ってるのよ!」
「ごめん! 怒るつもりは無かったんだ! 本当に!」

 はじめは深く頭を下げて謝った。しかし、マナの怒りはそれでおさまるようなものではなかった。

「怒るつもりはなかった、ですって?
 そんなこと言われてもね、怒鳴られた人がそれで納得できると思うの!?」
「すまない! もう言い訳しないから!」
「ふざけないで! さっきからなんなのよ! 
 部屋が散らかってるから掃除したらいきなりなにやってるんだ、ですって!?
 掃除してるに決まってるでしょ! 見ればわかるじゃない!」

 マナの怒声は止む気配を見せない。そしてさらに加熱していく。


「あんたに理由があるように私にだって、他の人にだって理由があるのよ!
 それなのに何? 自分だけが被害者みたいな言い方をして!
 馬鹿じゃないの! たかが――」

 マナの怒りは止まらない。そして――

「たかがおもちゃじゃないの!」

 勢いそのままに無思慮な言葉を発してしまった。


「…………ぁ……」
「! ……ご、めん。今、私……」

 そのときのはじめは喋れなくなっていた。言葉の内容にショックを受けたのではなく、
マナが冷静さを失くすほどに怒っていることが分かったから。

 ――僕はマナの喜ぶ顔を見たかったのに。
 ――なんで、喜ばせるどころかこんなに怒らせてしまったんだ?


「――ごめん! はじめ、ほんとにごめんっ!」

 そう言い残すとマナははじめの部屋から出て行った。廊下を走る足音が次第に
遠くなっていく。そして扉が開く音、次いで閉まる音が聞こえて静寂が戻った。
 部屋にははじめが一人で残された。


 その日の夜七時。夕食どきにやよいがはじめの部屋を訪ねてきた。

「はじめくん? 居ないんですか?」
「……居ますよ。ここに」

 はじめは部屋の明かりをつけずに座っていた。マナと喧嘩してしまったことで
何もする気になれなかったのだ。喧嘩したのは今日が初めてではないが、自分が
原因で喧嘩をしてしまったのは初めてだった。

「もしかして、マナと喧嘩したんですか?」
「……」
「マナも部屋から出てきませんし。
 今日はご飯は要らないと言っていましたから鉢合わせしませんよ」

 マナに会いたくないから部屋を出ないのではない。それなのにまるで拗ねている
子供をあやすようなやよいの態度にはじめは苛立ってしまった。

「やよいさんは、マナを無理やり連れ出そうとはしないんですね」
「はい。そのことについては何も先生から言われてはいませんから」
「また……父さんですか。そればっかりですね、やよいさんは」

 本当はこんなことを言いたくはなかった。でも口は止まらない。やよいを
責め立てるために棘のある言葉を続けて投げかける。

「先生先生って、父さんの言いつけなら何でもするんですか!
 僕の部屋のドアを壊したりするのは平気なんですか!」
「! そんなことはありません! 昨日だって仕方なくああしたんです!」
「やっていることは同じです! 結局やよいさんは父さんの言いなりじゃないですか!」
「……はじめくん。いい加減にしないと私も本気で怒りますよ」

 やよいの目の色が変わった。普段見せる冷静なものではなく、怒気を含んだものに。

「勝手ですねはじめくんは。今日だってマナはせっかく掃除をしてくれたのに
 それについてマナを責めて。そしてそのまま喧嘩をして。
 さらに私にまで八つ当たりをする。自分が悪いということを認められないんですか?」
「ぅ……」

 図星だった。自分が悪いということは自覚していたから反論することもできない。

「何も言えないでしょう? 本当は自分が悪いと思っているのでしょう?
 だったらなぜマナに謝らないんですか。意地を張っているんですか?」

 当たっている。はじめはマナに謝りたくなかった。それは本当にちっぽけな意地。
『なんとなくマナには謝りたくない』という子供じみたものだった。

「意地を張らずに謝ってください。私は二人といつまでもこんな状態でいたくありません。
 ……多分、許してくれますよ。マナは」
「…………」

 今の叱責はやよいなりの励ましだったのかもしれない。その時のはじめには
理解できていなかったが。

「少し、言い過ぎましたね。ごめんなさい。
 ……今晩は強制はしませんけど、後でご飯食べに来てくださいね」

 そう言うとやよいは部屋の前から離れていった。

「……ごめん。マナ……」

 一人でならば謝罪の言葉をいくらでも言えるというのに。
 はじめはマナの拒絶を恐れてそこから動くことができなかった。


 翌日の朝、朝食を摂らなかったはじめは家を出る前にマナの部屋を訪ねていた。

「マナ。起きてるか?」

 ……。返事は無い。
 いつもこの時間にはもう起きているから、たぶん無視されているということだろう。
 それでもはじめはドアの向こうにいるマナに向かって話しかけた。

「昨日はごめん。言い訳はしない。僕が悪かった」

 …………。

「家に帰ってきたら渡したいものがあるんだ。
 僕なりにどんなものがいいか考えて用意した誕生日のプレゼントなんだ。
 だから……それだけでも受け取ってほしい」

 今のはじめにはそれだけ言うのが精一杯だった。

「それじゃ、僕は学校に行ってくるよ」

 はじめが部屋の前から離れていったときも最後までマナは声を聞かせてくれなかった。


「はあ・・・・・・」

 登校中、何度目になるか分からないため息をはじめは吐いていた。
 扉越しだったからマナに話しかけられたものの、家に帰ってきてから彼女を目の前に
して同じことを言えるかは分からない。はじめは自分の臆病者ぶりに落胆していた。

(結局は誕生日プレゼントを渡さないといけないんだけど。せっかく完成させたんだから)

 昨晩、一人になってからプラモデル作りを再開した。
 ゴミ箱から部品を全部拾い集めて組みなおし、最後の仕上げまで終わらせたのだ。
 普段作ったものに対しては必ず反省すべき点を見つけてしまうはじめだったが、
今回作ったものに対してはそれが無かった。
 自分の持てる力の全てを込めて作ったと言える出来だった。

(仲直りできたらいいな……)

 プレゼントを贈ったからといって許してくれるとは限らないが、一晩経って
少しは怒りがおさまっていたら望みはある。そうはじめは思った。


 通学路の途中にある商店街。高校生が登校する時間帯には買い物客の姿は無い。
いつものように路肩にワゴン車が何台か停まっているぐらいだ。

(うん。家に帰ったらマナに即謝って、その後はいつもどおりに話をしよう。
 それが一番だ。いつまでも昨日のことをひっぱっているのはだめだ)

 そんなことを考えながらワゴン車の左を通り過ぎたとき。

『ゴァァッ!』

 突然ワゴン車のドアが開き、中から大柄な男が飛び出してきてはじめの
制服の襟を掴み車の中に連れ込んだ。

「ええ! だ、誰だよあんた!」

 はじめは訳がわからず声をあげた。しかし。

「しばらく静かにしてろ。用事が終わればすぐに開放してやる」
「なにを! ――ぅあがあっ?!」

 男の持っていたスタンガンで体に電流を流されて気絶してしまった。


 はじめが気絶させられていた頃、藤原邸の玄関では自称メイドの小柄な女性が
膝を抱えて座っていた。

「……まだ、かな」
「さっき登校したばかりでしょう? まだはじめくんは帰ってきませんよ」

 その隣には自称家政婦の女性が姿勢良く立っている。
 ちなみに彼女たちの自称が違うのは「かわいいから」「私は家政婦です」という
それぞれの理由からである。それ以外の意味は無い。

「はじめが来たときにすぐ飛び出していればよかった……」
「まだ謝るチャンスはありますよ。――そうでないと困ります。
 私も昨日は厳しいことを言ってしまいましたから」

 マナははじめが朝訪ねてきたときに起きていたが、すぐに彼が学校へ行って
しまったので謝ることができなかった。
 同じくやよいも朝食を食べにこなかったはじめに会っていなかった。
 彼に昨夜のことをちゃんと謝るつもりでいたというのに。

「早く謝りたかったのに……」
「心配しなくても五時ごろには帰ってきてくれますよ。
 だって今日はマナの誕生日なんですから」
「……うん。そうだね」

 はじめは渡したいものがあるとマナに言っていた。それに彼女たちの誕生日に
彼が帰ってこなかった日など一度も無い。今日もきっと一緒に居てくれる。
 そう考えてはいるものの、不安は尽きない。もしかしたら今年は一緒に
過ごせないのではないかと二人は思っていた。

「……大丈夫だよね? やよい」
「ええ。絶対に帰ってきてくれます」

 マナの問いに対して、やよいは自分に言い聞かせるように応えた。

「さあ、早く立って。今日はマナの誕生日ですからたくさん料理を作らないと
 いけません。もちろん手伝ってもらいますからね」
「うん。もちろん――」

『プルルルルルル ルルルルルルル』

 二人がキッチンに向かおうとしたとき、電話が鳴り出した。

「もしかして、はじめかな?」
「でも、この時間は授業中のはず……」

 不審に思いながらやよいは電話を取った。

「はい。もしも――」
『あ、やよいさんですか!? 俺です! 卓也です!」
「あら、卓也さん? 今日は学校のはずでは?」
「なーんだ。卓也かあ。期待して損した」

 電話の相手ははじめの友人の卓也だった。
 以前卓也は藤森家に遊びに来たことがあり、そのとき二人にも会った。
 それ以来、メイド好きの彼は二人にさまざまなアプローチをしてきた。
 しかし、全く相手にされていない。

『今の声はマナちゃん!? 損したって何を?!』
「マナ。そんな風に言ってはいけませんよ。聞こえないように言わないと」
『ちょ、そりゃ無いよ! やよいさん!』
「ああ、ごめんねやよい。卓也のために喋るのももったいないから今度から心の中で罵倒するわ」
『たった今罵倒してるじゃないか! 冷たいよマナちゃん!』

 こんな感じでいつものようにあしらわれている。

「それより、何故電話をかけてきたんですか?」

 電話をかけてきたときの慌てぶりが気になったやよいは卓也に質問をした。

『そうだった! 実ははじめがさらわれてしまったんです! 登校中に!』
「――え……」
「「ええええええええええええっ!!」」

 卓也の回答を聞いた二人の絶叫が、藤森家に響いた。


『――と、こういうことがあってはじめは誰かにさらわれてしまったんです』

 はじめがさらわれた経緯についてふたりは卓也から事情を聞いていた。

「わかりました。知らせてくださってどうもありがとうございます」
『やよいさん。あまり気を落とさないでくださいね。きっとはじめなら大丈夫ですから』
「はい、ありがとうございます。報せていただいたお礼はいずれ必ずいたします。
 それでは卓也さん。ごきげんよう――」

 やよいが受話器を静かに置いた。
 すると、すかさずマナが玄関に向かって駆け出した。

「マナ! いけません!」
「だって、はじめがさらわれたんだよ?! 早く助けに行かないと!」
「駄目です。はじめくんがどこにいるのかもわからないのに動いては。
 犯人から連絡が来るまで待って……」
「そんなの待ってられないよ! そんなことしている間にもしものことがあったら……
 どうしよう。私のせいだよきっと。昨日喧嘩なんかしちゃったからだ」

 マナが自分の肩を抱いて床にしゃがみこんだ。目には涙が浮かんでいる。

「嫌だよ。仲直りしないまま、もう会えなくなるなんて。
 今朝もはじめが謝ってくれたのに、私、何も言わなくって。
 帰ってきたらまたいつも通りに戻れると思ってたのに……」
「マナ・・・・・・」
「ごめん、はじめ。私が昨日掃除なんかしちゃったから……。
 ……ごめん。ごめん、う、ぅぅぅ……」

 謝罪の言葉を呟きながら嗚咽を漏らしだした。
 やよいはその姿を見て声をかけられなかった。彼女も本当は泣き出したかったのだ。
 親しい人ともう二度と会えないかもしれないという恐怖。仲直りをしなかったという後悔。
 その二つに押し潰されそうだった。
 ただ、自分まで座り込んでしまったら誰もはじめをこの家に連れ戻すことができないという
ことをわかっていたからなんとか立っていることができた。

「……部屋に戻って犯人から電話が来るのを待ちましょう。
 それから交渉を行って――」

『プルルルルルル ルルルルルルル』

 再び電話が鳴り出した。
 また卓也から電話がかかってきたのか?そう考えながらやよいは受話器をとった。 

「はい。もしもし」
『そこは藤森はじめの家か?』

 卓也ではなかった。そして、やよいには聞き覚えの無い声だった。

「――え? 失礼ですが、どちら様で……?」
『今、藤森はじめの身柄を預かっている者だ』
「――なんですって?!」


 聞いたことが無いはずだ。相手ははじめをさらった人間だったのだから。

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最終更新:2007年08月04日 12:12