グレーゾーンのメイドと家政婦-4
『はじめくん。私のおっぱいを触ってください』
『な?! そんなことできるわけがないじゃないですか!』
『嫌なんですか? ・・・・・・嫌だというのならば、無理矢理にでもやらせていただきます』
『うわ! そんな抱きしめられたら、息ができなく……』
『はじめくん。私の胸の中で眠ってください』
『そ、そんなのは――――』
「御免です!!!」
「きゃあ?!」
夢から覚めたはじめは上体を勢い良く起き上がらせて叫んだ。
彼が目を覚ましたときに見たものは見慣れた自分の部屋と、目を丸くしているメイドの顔だった。
「……大丈夫? ちゃんと起きてる?」
「……うん」
「なんだかうなされてたけど、何の夢を見てたの?」
「えっと、やよいさんが僕に――」
ここまで言って、はじめは言葉を止めた。マナの顔があからさまに不機嫌になり、半眼で見つめていたからだ。
そのまま両者ともじっと見つめ合ったまま動かなくなる。その場の空気がとげとげしいものに変わっていく。
居づらさを感じ始めたところでマナが口を開いた。
「……続きは? やよいが、何?」
「その、せ、折檻をする夢を見たんだ」
「ふうん……夢の中でも仲がよろしいことで。現実でも気絶するまで抱きしめられてるんだもの。当然よね」
腕を組み、はじめから顔を逸らして右を向いた。
「私はいいのよ、別に。二人がどれだけ仲良くしようと。どうぞご自由に。
でも人前でいちゃつくのはやめてよね。さっきみたいな場所でもご法度」
「さっきの場所、ってそうだ! あの人たちは?」
「聞きたい? ――聞かないほうがいいわよ。あまりに馬鹿馬鹿しいから知っても意味が無いわ」
マナが冷めた反応を見せた。てっきり誘拐犯の男たちに激怒しているものだとばかり
思っていたはじめは、彼女の様子に対して疑問符しか浮かばない。
それに馬鹿馬鹿しいとはどういう意味なのだろう。
さらわれた当事者でありながら何も状況を掴めていないはじめはその言葉の意味が分からなかった。
「教えてくれないか、マナ」
「それじゃあ、教えてあげる。あの男たちはおじさまに雇われたやつらよ」
「な、なに?」
「だから、誘拐事件を起こすようにあの三人に頼んだのはあんたの父親。――ね、馬鹿馬鹿しいでしょ」
「…………」
彼女達が誘拐犯に尋問をしてみたところ、黒幕がはじめの父親だと白状した。
男たちは金で雇われただけの無職の青年達で、本物の犯罪者ではない。
父親がなぜそんな依頼をしたのかは彼らにも知らされていなかったらしい。
「なんでこんなことをしたのかはやよいがおじさまに直接尋ねるそうよ」
「……聞かなければ良かったよ。ほんと」
誘拐事件の黒幕が父親だと分かると、あの三人に対して申し訳ない気持ちになる。
はじめはあまりのくだらなさに呆れ果てて嘆息するしかなかった。
「真剣になった僕の方が馬鹿みたいだ。一時は命の心配もしたのに……」
「こっちは慌てて損したわよ。まったく、何で私があんたの心配なんかしなきゃいけないのよ」
「ごめん。心配させて。」
「別に……謝らなくてもいいわよ。本気で怒ってるわけじゃないから」
マナははじめのことを心配してくれていたようだ。
今朝のことについて、はじめは言っておきたいことがあった。
「それに、昨日もひどいこと言っちゃって、ごめん」
「昨日? って何のこと…………あ!」
そのことに今触れられるとは思っていなかったのだろう。もしくは彼女自身もそのことを忘れていたか。
「……もういいのよ。そのことは。こうやってまた話せているんだから、蒸し返す必要も無いわ」
「うん。ありがとう」
笑顔を浮かべるマナにつられてはじめも微笑んだ。もう、二人の間に険悪な空気は流れていない。
いつも通りの二人の関係。近所に――いや、同じ家に住む幼馴染の関係である。
はじめはふと、思い出した。いつも通りと言えば今日のことを忘れてはいけない。
「そういえば、さ。朝僕が言ったこと聞こえてた?」
「ああ、渡したいものがあるって……え。本当にあるの?」
「当たり前だろ。僕がマナの誕生日を忘れてた日なんかあったか?」
「……無い」
はじめがベッドから下りて机の上に置いてあったものを持ってきた。
この日のために長い時間をかけて作ってきたプラスチック製のバイクである。
それを手渡されたマナは、最初のうちこそ怪訝な顔つきをしていたが、すぐにあることに気がついた。
「これ……私のバイクと同じの? もしかしてはじめが昨日言ってた
『言えない理由』って、これのことだったの……?」
「うん。今日まで内緒にしておきたくてさ。でもむきになって隠す必要もなかったかな……って!
なんで泣いてるんだよ!」
はじめの前で、マナが泣いていた。
「……ぅえっ……ごめ……昨日、何も考えずにあんなこと言っちゃって。
私のためにって、考えて用意してくれてたのに、それなのにあんな、ひどいこと……」
膝の上で手を握り、俯いている。彼女の小さな握り拳の上に涙の雫が落ちてきた。
嗚咽をあげるたびにマナの肩が上下に揺れる。
「ひっ、く……う、ぇぇぇぇ……」
「あ、その……」
はじめが泣いているマナを見るのは初めてだ――この家に住み込むようになってからは。
二人で遊ぶことの多かった小学生のころには彼女はよく泣いていた。
それを泣き止ませるのが昔のはじめにとっては日常に組み込まれたパターンであった。
もっとも、マナが一足先に中学、高校と進学していってそれも無くなっていったのだが。
「なんで・・・私……っく、あんたにひどいことばっかり……言っちゃうのかなぁ……」
昔は彼女が泣いているとき、それを泣き止ませる役目を負ったのははじめだった。
それは何年も経った今でも変わらない。そう彼は思っていた。
腰を落としてマナと目線の高さを同じにする。
彼女の髪に右手を乗せて、髪形を乱さないように左右にゆっくりと動かす。
「ん……? は、じ、め……?」
「大丈夫。マナは何も悪いことなんかしてないよ」
「本当に……そう思ってる?」
「うん」
「…………あり、がと」
マナの嗚咽がおさまってきた。撫でられたまま、頬を紅く染めはじめの目をまっすぐ見つめてくる。
さっきまで泣いていた彼女の瞳は潤んでいて目尻が垂れ下がっている。
守りたいと、そう思わせてしまう瞳をしている。
そのまま抱き寄せてしまいたくなる衝動を抑えるために、はじめは彼女を撫でる手を止めた。
「もう、大丈夫か? マナ」
はじめがマナの頭から手をどける。
「……待って」
彼女の手がはじめの手首を掴んだ。
握る力は弱いが、決して離さないという強い意志がその手には込められていた。
「もう少しだけ、このままでいさせて……」
マナに手を握られながら、はじめは彼女について色々と考えていた。
古畑マナ。年は19才。家は藤森家の近所とは目と鼻の先ほどの位置にある。
家が近い上に同年代ということもあって二人はすぐに仲良くなった。
どれほど仲がいいのかという例をあげると、一緒に成長してきた、ということが挙げられる。
幼稚園から小学校へ。小学校から中学校へ。中学校から高校へ。
物心付く頃から一緒に成長してきたのだ。そんな二人の仲が悪いはずがない。
現在では、同じ屋根の下で暮らしているのだから。
「はじめ……」
しかし、男女の関係に発展することはなかった。それはもう一人同棲している家政婦の存在の
せいかもしれないし、ただ二人がその気にならなかっただけなのかもしれない。
「はじめぇ……」
それはつまり、二人がその気になれば男女の関係になることも可能だということでもある。
とはいえその気になる、というのが難しいのが幼馴染という関係だ。
長く一緒に居ると、お互いのことを知りすぎてしまう。
知っている、知りすぎている、というのは恋愛関係に踏み込むための道の『入り口』に水溜りが
広がっているようなもので、あえてその先に進む気分にさせないのだ。
しかし、その気になれば進むことはできる。きっかけと、覚悟さえあれば。
「なあ、マナ。そろそろ離してくれないか――」
「はじめぇっ!!」
はじめの手を握っていたマナが、その手を離すと同時に抱きついてきた。
突然のことに驚いた少年は、幼馴染の行動の真意を理解することができなかった。
しかし、すぐに理解することになる。
「あの……マナ?」
「……もう、我慢するのはやめる」
「え? それって一体……」
「はじめ。私――――」
一方、その頃――
「やよいさん。はじめは?」
「お部屋で寝ています。今はマナがついているところです」
学校帰りの卓也が藤森家に訪ねてきていた。
やよいが彼に「はじめが無事だった」ということを連絡したのだ。
今回、はじめがさらわれたと連絡をしてくれたのは卓也だ。
彼のおかげでマナとやよいは慌てることなく事態に対処することができた。
普段卓也に対しては冷たいやよいも今回ばかりは彼に感謝しきりだった。
「いやー、ほんとによかった。やよいさんとマナちゃんが無事で」
「あら。はじめくんの心配はされないのですか?」
「どうせこんなことだろうと思ってましたから。
はじめみたいな高校生よりももっと小さな子供をさらうもんですよ。誘拐犯は」
うなずきながら卓也は玄関をあがり、廊下を歩く。
彼と並んで歩きながらやよいはからかうように喋りだした。
「あら? その割には電話をかけてくださった時に慌てている様子でしたけど」
「え? あ、あーーー……」
「本当は、はじめさんのことが心配だったのでしょう?」
ふふ。と嬉しそうにやよいが笑う。その顔を見た卓也は目を大きく開いて、同じく口を大きく開けた。
「や、やよいさんが、笑った?! 初めてだ、こんなことは……これが、デレというやつか……」
「今まで私の笑顔をご覧になったことが無かったのですか?」
「無いです。ただの一度も。
――おお、神よ。ようやく私のもとにやよいさんを遣わせてくださる気になられたのですね……」
恍惚とした表情で天を仰ぎながら祈るようなポーズをする。歩きながら。
涙を流しそうなほど――実際に心の中で泣いている――感動しているようだ。
そんな卓也の様子を気にもせず、やよいは廊下を進む。鍵が壊れているドアの前で立ち止まった。
「――あら? はじめくんの声がしますね」
「あのーー、なんでドアの鍵が壊れてるんでしょうか?」
「お気になさらず。勝手に壊れたのです」
「は、はあ……」
有無を言わせないその口調に卓也は口をつぐんだ。
「はじめくん。マナ。入りますよ」
やよいがノックをせずにドアを開けた。
すると。
「私、好きなの! はじめのことが! ずっと昔から!」
マナの大声がやよいと卓也の耳に届いた。
やよいはドアノブを握ったまま固まっている。
卓也は部屋の中を覗きながらやよいの右で固まっている。
部屋の中にいる二人は抱き合ったまま目を逸らさない。明らかに、普段とは様子が違っている。
誰も動かない。藤森家の中は一種の膠着状態に陥った。
「な……」
それを破ったのは客人である卓也の叫び声だった。
「なんじゃそりゃああああああああ!!」
卓也の上げた大声を聞いて、三人はそれぞれに違う動きを見せた。
はじめは肩を揺らした後に部屋の入り口を振り向いた。
マナはドアの向こうにやよいが立っているのを見ると、はじめから離れた。
やよいは右にいる男の顔面に裏拳を叩き込んだ。
「ぶげぇっ?!」
ごす! という音がしてやよいの拳が埋め込まれる。卓也は鼻血を吹いて仰向けに倒れた。
倒れた男を廊下に放置したまま、やよいは部屋のドアを閉めた。
音も立てずにまっすぐ歩き、部屋にいる二人の前で停止した。
彼女の様子は普段と少し違った。マナを責めるような目で見つめると、そのまま問いかけた。
「マナ。どういうことですか?」
「あの、これは、つい…………」
「つい、じゃありません。約束を破るだなんて、最低ですよ」
「ああぁぁぁ……」
無表情なのに怒りを感じさせる彼女の迫力に、マナは呻き声を洩らした。
「あ、あの……」
この声ははじめである。どうやらいろいろなことが一度に起こって混乱しているようだ。
マナが突然告白してきたこと、それについてやよいが何故か怒っていること。
どちらも彼にとっては予想外だった。
「はじめくん」
「は、はいっ?!」
「さっきのマナの告白についてですが。もう返事は決まっていますか?」
「…………いいえ。その、なんと答えたらいいのかと思って」
「それはつまり、決めてはいない。ということですね」
その問いに対して、はじめは無言でうなづく。
うなづくはじめを見てマナが俯いた。悲しそうな顔をして。
「……やっぱり、迷惑だったよね。私なんかが告白してもさ。ごめんね、はじめ――」
そう言ってマナははじめの前から立ち去ろうとする。が、その進路をやよいが塞いだ。
「? やよい……?」
やよいに進路を塞がれたマナが疑問の声をあげる。
「マナが告白したのならば、私もしないわけにはいきませんね……」
「や、やよいさん?」
はじめも疑問の声を上げる。その顔に向けて、やよいが声をかける。
頬を紅く染め、真摯な眼差しで見つめながら。
「――はじめくん。その、実は……私もあなたのことが好きなんです」
「え」
「聞こえませんでしたか? ではもう一度。――私は、はじめくんが好きです。以前からずっと」
「え、えぇえええええええ?!」
その言葉は、今度こそはじめの思考を混乱へと導いた。
やよいさんが僕のことを好きだって、今言ったのか?いやいや。おかしいぞこれは。
いや、おかしいと言えばそれだけじゃない。さっきマナも同じことを言った。
二人ともが、僕のことを、ずっと昔から好きだったなんて冗談だとしか思えない。
そう考えたはじめは、告白の真偽についてやよいに聞き返すことした。
「あの、それって本気、なんですか……?」
「私は本気です!」
はっきりとしたやよいの口調。その言葉に冗談が入り込んでいるようには思えない。
「はじめくん。返事を聞かせてください」
「あ、の……やよいさん……」
はじめは答えを出せなかった。
もちろんやよいのことは好きだ。しかし、やよいは親戚であり、従姉なのだ。
従姉でも婚姻関係を結ぶことはできるということは知っていた。
恋愛関係になることが「社会的」には許容されているということも理解していた。
そうは言っても簡単に受け入れられるものでもない。だがやよいの告白は嬉しい。
好きではあるが、受け入れがたい。この感覚をどう言葉にして伝えればいいのかと考えていると。
「はじめっ!! もちろん私も本気だから!」
マナがやよいと同じく、冗談が入り込んでいない真剣な表情ではじめの前に割り込んできた。
そして、またはじめの腰に手を回した。今度は、先ほどよりも強い力を込めて。
「もう、約束なんて守ってられない……。私ははじめが好き! 絶対に離れない。
ずっと、ずっと昔から好きだったんだから。やよい、はじめは渡さないからね!」
「ちょっと、マナ……」
マナから熱烈な愛の告白を聞かされて、はじめが困ったような声を漏らす。
その姿を見たやよいがマナに向かって声をかけた。
「ふむ――ではどちらがはじめくんを手に入れるか勝負しましょうか。この場で」
「勝負?」
抱きついたままのマナが聞き返す。
「はい。この場で――はじめくんからより多く寵愛を受けたものが勝ち。このルールでどうです?」
「ふうん…………悪くないかも。そのルールなら、私たち二人の約束も破られないしね」
「……約束?」
さっきから出てくる「約束」という言葉についてはじめは疑問を持った。
首をかしげるはじめに向かってやよいが声をかける。
「約束というのは、はじめくんに対して抜け駆けを行わないという内容のものです。
はじめくんから、私たち二人のどちらかを選んでもらうために作りました」
「でも、はじめがいつまで経ってもなんにもしてこないから」
マナがはじめの体から離れた。
「このままずるずると家人とメイドのままの関係でいるのかと思ってた。
だけど、考えてみればそんな回りくどいことをせずにこうしていればよかったわ」
そう言って、マナがはじめのシャツのボタンを外し始めた。
「え」
「はじめ、じっとしてて。大丈夫。すぐに私のことを好きだって言わせてあげる」
「ちょっと、待って! 何をする気なんだ!」
「とぼけなくてもいいじゃない。わかるでしょ?」
怪しい笑顔でマナが笑う。その顔を見て、はじめにはある予感がした。
「まさか、僕を……」
「おそらく、はじめくんが考えている通りです」
とやよいが言った。白いエプロンを脱ぎながら。
「私たちで、はじめくんの体を満足させてあげます。初めてですけど……出来る限り、何でもしてあげますよ。
だから、はじめくん――私のこと、好きになってくださいね?」
そう言い終わる頃には、やよいは既に白い下着だけの姿になっていた。肌の色と、見分けがつかない。
はじめは彼女の肢体の美しさに体を熱くしたものの、それを振り払って声を出す。
「待って! 僕は二人とも好きなんです! だから、そんなことしてもらっても選ぶことなんか――」
「できない、って?」
はじめのシャツのボタンを外し終えて、ベルトに手をかけながらマナが言った。
「そう言うと思ったわ。はじめは私たちには優しいから。
――でもね、いい加減に私もそれに我慢できなくなってるの。
そしたらもう無理やり……じゃなくて、こっちから積極的にいかないとね」
「今、『無理やりにでも』って言おうとしただろ?!」
「もう、観念したら? この部分みたいにさ」
そう言いながらマナがはじめの股間を下着の上から撫でてくる。
股間のその部分だけが、下着を着たままでもわかるほどに大きく膨らんでいる。
はじめから突き出しているモノの先端を、マナが親指の腹を使って撫でる。
「うあっ、マナ、やめろよ……っ?!」
はじめがその快感から逃れようと後ろに下がる。しかし、後ろにはやよいが立っていた。
「駄目です。どちらが好きか、はっきり答えるまでは逃がしません。
――でも、私のことが好きだと言ってくれたら逃がしてあげます。
そのあと、私の部屋でゆっくりと二人きりで、語り合いましょうね? ふふふ」
「そうそう。素直に『マナのことが好きだ』って言ってくれたら、ココから手を離したげる。
その後で今度はじっくりと、たぁっぷりと楽しませて、それから、はじめの欲望を受け止めてあ・げ・る。
何回でも、何十回でも――して、いいからね?」
二人がそれぞれにはじめを誘う。しかし、はじめは諦めなかった。
「ええぇっと……そうだ! やよいさん、父さんに事情を聞きましたか?!」
「ええ。私がはじめくんを守れるかどうか、それを試したかったらしいです。
そんなことをしなくても、私ははじめくんを守り抜きますし、離しはしないんですけど」
耳元で囁きながらやよいがはじめを抱きしめた。
「そんなどうでもいいことではごまかされませんよ。はじめくん。――――大人しく、私の」
「私のものになって! はじめ!」
はじめは、やよいとマナ、その二人に押し倒された。
ドアの向こう側では卓也が目を覚ましているところだった。
「う……あれ、やよいさん?」
目の前にいたやよいが消えたことに卓也は驚いた。
「うん? なんで俺倒れてるんだ? たしかあの時、最後に見たのは――――あぁぁっ?!」
卓也ははじめの部屋の中を覗いた時の光景を思い出した。
「はじめ! 貴様俺のマナちゃんによくも!」
卓也は勢い良く立ち上がる。
マナちゃんを、俺のメイドさんを穢すのは許さん!
頭の中でそう叫んで、目の前にあるドアのノブに手を当てようと、したら。
「いっちゃ、ああ! いあああはぁぅぅぅぅぅんんっ!!」
女の声が聞こえた。
「……へぇ?」
この声は卓也である。口を半分開けて固まった。
(なんだ今の声は? 聞いたことが無い。じゃない。聞いたことはある。
けど、この類の声は聞いたことが無いぞ。今までの人生で一度も。喘ぎ声なんて。
なんで、マナちゃんと、同じ声で喘いでいるんだ?)
不審に思ってドアに聞き耳を立てる。
「はじめくん。 次は私ですよ」
「はあ、はあ、はぁ……待ってやよいさ、ん。今、だしたばかりだから……」
「それなら、こうします」
「え、何で手を……って! そんなところに当てちゃ」
「うあっ! ん、んぅ……はじめくん。指を、動かして……」
今度ははじめと、やよいの声が卓也の耳に届いた。
(ま、さ、か。こ、れ、は……)
卓也は自分の耳を疑いたかった。もしくはこれが夢である。と思いたかった。
「うん……すっかり大きくなりましたね……。では、いただきます。んっ――」
(うそだろ……?)
そう、卓也は祈った。
だが、――次の瞬間に聞こえてきた喘ぎ声というより、叫び声に近い声は嘘ではなかった。
さらに続いて聞こえてきた断続的な声は、普段のやよいの静かな声ではなく、喜びに打ち震えている声だった。
もう、疑いようがない。ドアの向こうで、はじめとマナとやよいが、三人でまぐわっている。
「んっ、んっ、んっあ! はぁっはっ、はっ、あ、あああ!」
「はじめ! やよいばっかりにしてないで私にもしなさい!」
卓也の耳に、マナの怒声が聞こえてきた。
「いや、どうやって、ってええ! 待ってくれ、それは……んむっ」
「はあ、あぁんん。いいよ……。もっと、舌動かしてぇ……」
(ぅぁぁぁぁぁぁぁぁ……)
卓也は心の中で呻いた。友人と、友人と同居しているメイドさんとの情事の邪魔はしなかった。
というより、ショックで打ちひしがれてしまい、それどころではなかった。
「はあっ、はぁっ、あぁっ! はじめくぅん! もう、だめぇ!」
「ひぅ……う、ひぃぃぃん……ら、め……くるぅ……」
女性二人の、甘い声が卓也にも聞こえてきた。
「もう、やめてくれぇ……」
卓也は、再び仰向けに倒れる。目から涙のしずくがあふれ出し、目じりから零れ落ちる。
彼はそのまま、目を閉じた。
卓也がやよいとマナに抱く淡い恋心は、失恋と言う形で幕を下ろした。
その日の夜。
藤森家ではマナの20歳の誕生日パーティが開かれた。
テーブルの上にはご馳走が並んでいる。やよいが腕によりをかけて作った料理だ。
居間には、四人が同席している。
「20歳の誕生日おめでとう。マナ」
部屋の入り口に近い位置に座っているやよいが、マナにお祝いの言葉を言った。
「ありがと。やよい」
その言葉を聞いて、やよいの向かいに座っているマナが笑顔を浮かべた。
「おめでとー、まなー」
はじめがマナのほうを見ずにお祝いの言葉を言った。彼は机に突っ伏している。
彼はやよいの右、マナの左に座っている。ちょうど二人に挟まれている形だ。
「ありがと、はじめ。それにしてもだらしないわね。もっとしゃきっとしなさい」
「あー、うん。そうするよ」
マナの注意に対して突っ伏したまま、はじめは投げやりな返事をする。
「おめでとー! マナちゃん! いやーめでたい! 本当にめでたい! あははははははははははは!」
はじめと向き合って座っている卓也が、マナの目を見ずにお祝いの言葉を大声で言った。
「一応、ありがとうって言っておくわ。……一番おめでたいのはあんたの頭だけど」
「いやー、マナちゃんは相変わらずのツンっぷりですなあ。いや、まったく素晴らしい!」
卓也はうんうん、と二度頷いた。
「あら? このから揚げ美味しい。どうやって作ったの?」
「知りたいですか? では、明日にでも教えてあげますよ」
「無視かい? 二人とも俺のことは無視してるのかい? じゃあ俺はピエロだ!
俺はピエロなんだ! 皆、俺のことを笑え! あっはははははははははははは!」
卓也は笑っていた。天井を見上げながら、声高らかに、笑っていた。
やよいが大皿の上に並ぶ白身魚のフライを取り分ける。
白身魚のフライは四つの皿に乗せられ、四人の前に置かれた。
いつも通りのマナの誕生日だ。
ただ、(ピエロが居ることを除いて)いつもと大きく違うところがある。
「はい。はじめ。あーん」
「はじめくん。あーんしてください。あーん」
「いや、待って。二人とも」
「私が先よね? は・じ・め」
「はじめくん。お口を、開・け・て」
藤森家に住む家政婦とメイドが、二人とも幸せな顔をしているということである。
おしまい
最終更新:2007年08月04日 16:53