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『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦』-10

  • 作者 ロボ氏

第10話『交わらぬ色』

 キッチンからは二つの音が響き、異なる種類の香りが届く。片方はカレーを鍋で煮込む
音と、独特のスパイシーな香り。もう片方は麺と野菜を炒めるもので、焦がしたソースの
香りのは待つ者達の食欲を刺激してくる。キッチンに立つ者は二人、カレーを作っている
リリィと、ヤキソバを作っているリィタだ。
「楽しみだねー。リリィお姉ちゃんのカレーも、リィタちゃんのヤキソバも、大好き!!」
「そうだな」
 虎蔵は膝の上で楽し気に笑うサユリを濁った瞳で見つめ、軽く頭を撫でた。
 あの告白以来、リリィは頻繁に訪れるようになった。最初は週に二日というペースで、
次第に三日四日となり、三ヶ月経った今では殆んど毎日となっている。虎蔵は構わないと
言っているが、流石に泊まるのは気が引けるらしく夜には帰っているものの、それは寝る
為だけのもの。言うなれば半同居状態となっているのだった。そのことにしても、管理局
の局員は全員宿舎に住んでいるので大した違いにはなっていない。意識とケジメ、モラル
の問題のようなものだろうと虎蔵は思う。
「しっかし、リリィも」
 ヤキソバを皿に盛り付けながら、リィタは鍋を見た。
「他のものを作ろうとしませんね」
 良いですか、と姉に菜箸を突き付けて、
「通い妻やってる今だったら、それで済むかもしれません。得意な料理を作って喜ばせる
のは悪くない作戦です。虎蔵さんもサユリちゃんもリリィのカレーが気に入っているのは
私も認めます。ですが、もう三ヶ月ですよ? 三ヶ月!! 飽きますよね?」
 突然振り向かれ、虎蔵は言葉を詰まらせた。
 どう言って良いのか悩み、
「取り敢えず箸を下げろ。サユリの教育に悪い」
「誤魔化さないで下さい!!」
 ぴしゃりと言われ、ぐうと声を漏らす。

 そう、いつかは立ち向かわなければいけない問題なのだ。それは分かっているのだが、
なかなか言い出すことは出来なかった。自分を慕ってくれている娘が喜ばせようとして、
得意な料理を一生懸命に作ってくれている。それ自体は嬉しいことでもあったし、否定を
するどころか幾らでも受け止めてやろうと思っていたのだ。だが一つ残念なことがあると
すれば、そのレパートリーの数だった。リリィの出来る料理は一つだけ、カレーだけなの
である。キャンプのときにリィタが言っていたことだけならば、冗談や、時間の隔たりに
よる認識不足というもので片付けることが出来た。だがこの三ヶ月間、カレー以外の料理
を作っている様子を見たことが無いことが、何よりの事実を証明したのである。
 リィタの忠告を聞くか、それともリリィにもう少しの自由を与えるか。
「仮に虎蔵さんと結婚しても、毎食カレーだけじゃサユリちゃんが悲しみますよ」
「サユリちゃんを引き合いに出すのは卑怯です。それにリィタだってヤキソバ以外は」
「私は他のも作れます。最近はレパートリーが三桁になりました」
 妹の思わぬ進歩を聞かされ、リリィは虎蔵に猜疑の視線を投げ掛けた。どう声をかけて
良いのか分からず、虎蔵は言葉を発せずに頷く。リリィが来るのは仕事が終わった後のみ
なので知らないだろうが、守崎家の朝食はリィタが作るようになってから、殆んど被った
ことが無い。一人で暮らしていたときには味わうことが出来ない、自分以外の者のために
作る料理の楽しさというものを知ってからというもの、リィタのレパートリーはヤキソバ
とコンソメスープの二種類のみから飛躍的に増しているのだ。
「そんな、だって、リィタも昔は」
「あのね、あたしもお料理出来るよ!! 卵焼きと目玉焼き!!」
 二種類。
 数にして、二倍。
 それを聞き、リリィはとうとう膝から崩れ落ちた。

「幼女に負けるなんて、私はどうしたら……仕方ないじゃないですか。だって普通に料理
しているつもりなのに、何故か墨や毒物になっちゃうんですよ。無理なんです。最初は、
確率システムが誤作動してたと思ってたんですよ。でも違うんです、どこにもバグが無い、
極めて正常な状態だったんです。つまり才能の話になるんですよ。これはもう、どうにも
出来ないじゃないですか。生まれ持ったものだし、変えられないんです。はい、私なりに
頑張りましたよ。でもね、新しい調理機械を作ろうとしても、あの憎き大罪人がですね、
文明のレベルを固定しちゃったじゃないですか。どうやらそれに触れるらしくて、作る度
に制御機能が発動して壊されてしまうんです。もうお手上げですよ、お手上げ」
 一体誰に語りかけているのだろう、虚ろな瞳で空中を見上げ、リリィは呪いの言葉でも
吐くように言い訳とも独白ともいえる言葉を長々と紡いでゆく。得体の知れない妙な何か
を感じたのかサユリは虎蔵に強く抱き付き、血を分けた実の姉妹であるリィタも目を背け、
一歩後退した。リリィを大切にしたいと思い、先程まで擁護をしていた虎蔵ですら直視を
することが出来ずに窓越しに外に視線を向けれてみれば、
鴉が集団で飛び交って黒のカーテンを作っているのが見えた。近所の犬や猫も不穏な空気
を察知したらしく大声で鳴きわめいているし、これは正に本物の地獄だ。
 だが、それよりも恐ろしいのは、
「カレー以外の料理なんて、この世界から消えれば良いのに」
 真顔で意味の分からないことを呟いているリリィだ。
 こんな小さな音量なのに、何故他の音よりも強く聞こえるのか。
「聞いてますか?」
「勿論、聞いてる。大丈夫、ゴミでも何でも俺が食ってやる」
「それ誉めてないですよ!?」
 呪いあれ、とリリィが叫んだ直後。
 衝撃。
 大きく地面が揺れ、停電が起きた。
「え!? まさか、そんな呪いとか非科学的な!?」
 本人も現実になると思わなかったのだろう、暗闇に支配された部屋の中に驚くリリィの
声が響いた。軽くパニックになっているらしく、振り回された拳が虎蔵の頬に直撃した。

 轟音。
 窓の外を見て、虎蔵は先程の喧騒の理由を理解した。
「どうなってやがる」
 隕石が降ってきている。
 それも片手の指で数えられるような数ではない、雨の如く降り注いでいるのだ。動物は
世界の異常を感知する力を持つと言われているが、その通りだった。犬や猫が反応をして
いたのは精神が暗黒面に突入しかけていたリリィなどではなく、これに対するものだった
のだろう。先刻までは予兆すら感じなかった明らかな異常、それは射線上にある建築物を
ことごとく破壊し、侵食していた。
「ぱぱ、怖いよぅ」
「大丈夫だ、俺が居る」
 原因は何かと考え、一瞬の内に結論が出た。このような異常事態を起こすことが出来て、
更に明確な理由が存在する者は虎蔵の知るところでは一人しか居ない。
 答え合わせをするようなタイミングで、部屋の中に一つの明かりが浮かぶ。
『諸君!!』
 自動的に点けられたテレビ。
『絶望しているかね!?』
 画面の中には見慣れた老人。
『悪役が来たぞい!!』
 高笑いをするDr.ペドが映っていた。
『儂は決めた、いや覚悟を決めた!! これから全勢力を持って世界を滅ぼすと!! 画面の
前の幼女の皆は安心しておくれ、君達は殺さん!! ただし、それ以外!! 具体的には十歳
以下の女の子以外の存在は、ことごとく滅ぼしてくれるわ!!』
「本格的にボケたか、糞爺」
『儂は神になり、桃源郷を作る!! 因みに桃源郷の桃は、幼女の尻じゃ!!』
 意味はないと分かっているが舌打ちを一つ。画面を睨み、ふざけるな、と毒づいた。
「こんな馬鹿な理由で、世界を潰させるかよ」
『特に虎蔵君、怒っているかね? 今は好きなだけ怒れば良いじゃろう、もうすぐ死体に
なるのじゃからな。生きている間に、思う存分苦しむのじゃからな!!』
 カメラが引いたのだろう、Dr.ペドの異様な姿が映されると共に、背後の光景が明らか
となった。どこかの格納庫のようで、仄暗い白色が全体に渡って続いている。内部は広く、
その空間の端は映しきれていないが、それよりも目を引くものは、
『これを止めきれるかね!?』

 白の空間に彩りを示す幼女達、機械人形の群れだ。こちらも部屋の奥行き同様に、端を
見ることが出来ない。千単位で構成された集団は数だけでも力を表し、画面の向こうだと
いうのに強い圧力を与えてきた。
『数にして一万二千五百三十七。この大軍勢は、明後日零時を持って総攻撃を仕掛けると
宣言しよう!! まぁ、それまでは先鋒の娘達の攻撃にせいぜい逃げていることじゃな!!』
 最後に再び高笑いを残し、唐突に画面はブラックアウト。一瞬だけ静寂が訪れるものの、
再開された隕石の轟音により周囲に崩壊の音が満ちてゆく。
「ごめんな、サユリ。仕事が出来た」
 時計を見ると午後六時三十分、Dr.ペドが告げた時刻まではニ十九時間と三十分だ。
 虎蔵は目に涙を浮かべたサユリを一度抱き締めた後、携帯を取り出した。手慣れた操作
で呼び出したのは薫の番号、待ち構えていたかのように2コール目の途中で繋がった。
「分かってるな、サユリを頼む」
『えぇ、これから迎えに行くわ。ついでに敵のポイントも割り出しておくわ』
「助かる」
 短く言葉を交わし合い、通話を切った。
「サユリ、これから薫が迎えに来る。ちゃんと言うこと聞くんだぞ?」
 ねぇ、と不安そうな色を瞳に浮かべ、虎蔵のシャツを掴んだ。
「ぱぱは居なくなったりしないよね?」
 心臓に、鈍い痛みが走った。
 相手に勝てる保証などは、どこにもない。寧ろ勝てないと考えた方が普通だ。『D3』
は『N.E.E.T.』時代ですら単体でも一個中隊並の戦闘力を持っていて、今ではそれよりも
遥かに高い力を持っているのである。それが一万三千弱、考えすら及ばない数値だ。
 だが、負けられない。
「心配すんな、俺は死なねぇ」
 歯を剥き、瞳の濁らない笑みを見せて、
「これが終わったら、一緒に旅行にでも行くか。セリスの生まれたところによ。初めての
海を体験させてやるよ。景色も綺麗で最高だぞ、楽しみにしてろ」
 一拍。
「うん!!」
 サユリは元気に返事をした。

 ◇ ◇ ◇

「待たせたな、変態人形」
 荒れ果てた公園の中央、ジャングルジムの上に立つ幼女は虎蔵の姿を見るなり口の端を
狂暴に歪め、飛び降りた。身に着けていたものはワンピースのようだったが、違うらしい。
それは小さな粒の砂の群れで、幼女の動きに追随する形で纏わり付いてくる。数秒かけて
服の形になったが、先程のものとは若干デザインが違うものになっていた。砂鉄を操る力
『MetalWoulfeChaose』の改良版のようなものだろう、と虎蔵は考える。
『漸く来たか、待ちくたびれたぞ。この都市は広いから、暇潰しには困らなかったがな』
 小馬鹿にしたように笑い、幼女は宙に浮かび上がると、
『俺はクウ、幼女四天王の一人だ。まぁ、名乗りの意味は無いかもしれんがな。貴様達は
今ここで、俺に殺されるのだから。せいぜい俺に倒されたことを冥土で自慢しな』
『DragneelSystem:Enter;』
『HolyStone:Open;(流星群展開!!)』
 クウの叫びと共に、遊具が浮かび上がった。それらは空中で不可視の力によって曲がり、
圧縮され、鉄球へと姿を変えた。これが隕石の正体だったのだ、と理解する。
「こっちも全力でいくぞ、リリィ、リィタ!!」
『FullmetalTiger:Enter;』
『MoonBrea:Enter;』
 鉄球が襲いかかる僅かな瞬間に虎蔵達は変身を完了。
『Type-P:Enter;』
 リィタが持った巨大盾が無数の攻撃を防いだ。
 だがクウの表情に驚きは見られず、それどころか楽しんでいるようなものすら見える。
愉快そうな表情のままクウは胸元からタクトを形成すると、鼻唄を歌い始めた。作法など
最初から頭に無いのだろう、気まぐれに紡いでゆくジャズのようなリズムに合わせて適当
にタクトを振り、それに合わせて鉄球が揺れる。不規則な軌道で揺れるそれらはぶつかり
合い、鈍く硬質な協奏曲を奏でていた。
『どうだ? 良い音だろ?』
「うるせぇ!!」
 叫び、虎蔵は大剣を一閃。
 機械仕掛けによる高速移動する刃は、しかし空を切った。
『そんな大振りな攻撃、当たる訳が無いだろう』
 衝撃。
 飛来した鉄球は脚を擦るのみで終わったが、相手は質量が百㎏を越える鉄の塊だ。
 脚部バーニアは砕かれ、小さな体は吹き飛ばされる。残った左足のものを全力でふかし、
大剣を地面に突き立てて辛うじて姿勢を整えたが、間を置かずに第ニ波が来た。
 虎蔵は舌打ちを一つ。
 迎撃の為に構えようとするが、
「何だ!?」
 抜けない。
 固定された刃を見ると、盛り上がった地面が根元付近にまで絡み付いていた。
『ここら一帯は俺が支配した。良いよなあ、コンクリートとかで舗装されてない場所は』
 虎蔵は柄から手を離すとパワーアシストのアームを全力で起動、至近距離にまで迫って
いた鉄球を強引に受け止めた。片足のバーニアでは出力が足りずに吹き飛ばされ、アーム
も砕けてしまったことに苦い表情を浮かべ、背後に控えたリィタとリリィを見る。
 問題は自身の装備が砕けたことではなく、使えなくなったということだ。戦うだけなら
他の装備でも出来るし、それにより突破口が見付かるかもしれない。だが今の矛盾装備を
解除すればリィタのものも解かれてしまう。リィタの他の装備では、鉄球を避けることは
可能だが代わりにリリィを守れなくなってしまうのだ。
 悩んでいる間にも鉄球の勢いは加速し、周囲の建築物から集めてきたのか数も増加して
きている。今はまだ幾らか隙間は存在するが、空を埋め尽くす程になってしまったら到底
避けることは出来なくなる。その前に倒さなければいけない。
「私に構わないで下さい」
 唐突に、リリィが盾から身を出した。
「私は」
 轟音。
 襲いかかってきた鉄の雨をリィタが防いだが、それが間に合わなかったら今頃リリィは
肉片になっていた。しかしリリィは怯むことなく、目に強い意思を浮かべて前進する。
「私は例え、殺されても構いません。ですが、守られるだけなのは絶対に嫌です!!」
 一歩。
 また、一歩。
 破壊の豪雨の中を抜け、とうとうリリィは虎蔵の元へと辿り着いた。安堵の息を溢した
後に笑みを浮かべて、ほら見たことですか、と薄い胸を反らして叫ぶ。
「あんな幼女の攻撃なんて、全然余裕です」
 だが、虎蔵は気付いた。
「足、震えてるじゃねぇか」

「でも!!」
「私からもお願いします。それに私はノーマル状態でも、パワー重視なので幾らかは防ぐ
ことが出来ます。だから虎蔵さんは、自分のことを考えて下さい」
 リィタすらもしてきた無茶の肯定に、虎蔵は頭を掻いた。思い出すのは亡きセリスの姿、
命を張って無茶をしてくるところが嫌になる程に似ていると思う。外見も違うし、性格も
全然違う。本来ならば似ている部分などはどこにも無いというのに。
「どうして、俺に惚れる女は皆馬鹿なんだろうな?」
「それは虎蔵さんが馬鹿だからです」
「違いねぇ」
 しかし虎蔵の思考は、そこで止まらない。
「だが、リリィの馬鹿はリリィだけのもんだ」
 思うことは二つ。
 似ていてもリリィはリリィであり、セリスではないと。
 そして、そのリリィは絶対に死なせないと。
「見ててくれ。俺が、こいつを倒すところをよ」
『Type-F:Enter;』
 空間に展開した重装甲は、虎の叫びに似た音をたてて瞬時に合致。堅牢な要塞のように
すら思える姿をした虎蔵が長杖を構えると、先端部のドリルは回転を始めた。
 限界までスラスターを稼働させ、虎蔵は先程のリリィのように前へと進む。装甲の頑丈
さを頼りに鉄球をその身で受け、向かう先はクウの真正面だ。突撃兵の持つ目的と役目は
等しい、ただ相手に向かい槍を突き立てるだけだ。それ以外のものは無い。
 だから、虎蔵は前へと進むことだけを考える。
「くだばれ!!」
 背後のことなどは全く気にする必要は無い。リィタはリリィを守ると約束し、リリィは
自分に対して平気だと言ったのだから。力は無いが、意思と覚悟を持って敵に立ち向かう
馬鹿であると。守られるだけの状態が嫌な馬鹿であると、そう宣言して隣まで歩いてきた
者なのだから。後は、自分がそれを信じるだけだ。
「この、性悪人形!!」
 叫び、長杖を突き出す。
 音速超過の衝撃波によって衣服を構成していた砂が消し飛び、
『馬鹿な!!』
 先端が、クウの中心を貫いた。
「馬鹿だよ、だが馬鹿だから強いんだ」
 そのまま体をぶち抜き、虎蔵は姿勢を整えながら振り返る。
 視線の向かう先には、満面の笑みを浮かべたリリィとリィタが立っていた。

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最終更新:2007年08月04日 18:19