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グレーゾーンのメイドと家政婦2-1

  • 作者 ◆Z.OmhTbrSo氏

 藤森家には、男が1人、女が2人住んでいる。

 藤森家長男のはじめと、自称家政婦の藤森やよいと、自称メイドの古畑マナの、3人である。
 ちなみに彼女たちの自称が違うのは、
「はじめくんは家政婦という古風な言い回しのほうが好きそうだからです」
「はじめはきっとメイド萌えなのよ。間違いないわ」
 というそれぞれの理由からである。それ以外に理由は無い。
 しかし、はじめは家政婦という言い回しが好きなわけでも、メイド萌えなわけでもない。
 メイド属性を持っているのは、彼の友人の卓也だけである。

 ほんの数ヶ月前まで、3人は同じ家に同居しているだけの関係だった。
 しかし、ある事件――というよりは、身内が男達をけしかけて起こした茶番劇がきっかけで
その関係は劇的な変貌を遂げた。
 具体的に言えば、男女の関係に変わった。

 やよいは従妹でありながらも、はじめに強い恋慕の情を抱いている。
 マナは幼馴染であるが、はじめのことを身を焦がさんばかりに想っている。
 はじめは2人のことをわけ隔てなく、大切に想っている。
 しかし、彼はどちらかを選ぼうとはしない……というか、選ばない。
 2人ともが女性としての魅力を等量に持ち合わせているというのもある。
 が、それだけではなく2人の間に『2人』ではじめを所有しているという相互理解、
または協定が結ばれているように思えるからだ。
 そのことを知っているからこそ、はじめは2人のうちのどちらかを選ばなかった。

 結果、彼の心身――主に精力――はかなり磨り減ってしまった。
 原因は、1日交代でどちらか1人と体を交し合ったり、3人で一晩中まぐわったりしていることにある。
 自業自得である。

 ここ数ヶ月の間に変わったことと言えば、もうひとつある。
 今年の3月にはじめは高校を卒業し、4月に大学へ進学した。
 ちなみに、はじめの友人の卓也も同じ大学へと進学した。
 成績において、2人が足並みを揃えたようなレベルだったということもあるが、
2人はどこか言葉にできない部分でウマが合っている。だから同じ大学に進むことに決めたのだ。
 しかし、当然であるがアッチの趣味は二人とも持ち合わせていない。
 もしそんなことになったら、やよいとマナの手によって卓也の身は危険にさらされるであろう。

 だが実際には卓也が危険な目に遭うことはなく、またソッチの世界にいくこともなく、
はじめと卓也は親友であり、卓也は相変わらずやよいとマナの2人に冷たくあしらわれる、
といういたって良好な関係を築いている。

 しかし、はじめと卓也にとっては大学という場所は新天地である。
 高校とは違い、制服がなければ時間割もない。
 また、同い年、年上、社会人、初老の教授……色々な人達と出会うことができる。

 そして、新しい人間関係もできる。



「迷子のお知らせをします。町内にお住まいの大石様。お連れ様を受付にて……」

 町を歩く人達が半袖の服を着て歩き始める、6月。
 藤森はじめと彼の友人の卓也は、隣町の市民会館に来ていた。
 彼らがなぜここにいるのかというと、はじめが数日に渡って開催される模型の展示会に
参加したためだ。卓也ははじめに誘われてここまでやってきた。

「うわ、すごい……どうやったらこんなリアルな錆が作れるんだろう」
 壁際の机の上に置かれた、朽ちた自動車の情景模型を見てはじめは立ち止まった。
 作品に触れることは許されない決まりになっているので、はじめは観察することで
必死に技術を盗み取ろうとして目を凝らす。
 車体の縁から赤茶色に錆びているその車は、長い間そこにいたかのような存在感を持っている。
 これからもずっとここに居続けるのではないだろうか、とはじめは思った。

 はじめの趣味は模型を作ることである。
 数ヶ月前まではプラモデルだけを作っていたが、最近では情景模型も作り始めた。
 1つの情景に溶け込んでいくように模型を作るというのは、はじめはやったことがなかった。
 プラモデルのキットに色を塗り、組み立て、仕上げるのとは難易度が違う。
 はじめの性格は、難関は必ず乗り越えてみせるという前向きなものだ。
 もっとも、その前向きさは趣味以外に発揮されることがないのだが。

 ともあれ、趣味のレンジを広げたはじめは最近、暇さえあれば一心不乱に模型を作っている。
 しかし、寝る間を惜しんでまでは作らない、というか作れない。
 その理由は、はじめの眠そうな顔にあらわれている。
「大丈夫か、はじめ。めちゃくちゃ眠そうだぞ」
「ああ、平気平気。歩くだけならできるって」
「とてもそうは見えないんだけどな……」
 眉をしかめた微妙な顔をしているのは、はじめの親友の卓也である。
 はじめが模型を観察しながら船をこぎ始めた。
 倒れる寸前、卓也ははじめの肩を揺すって起こす。
「馬鹿、起きろ! 模型がぶっ壊れるぞ!」
「ん……ああ、悪い、卓也」
「やれやれだ……」
 うつろな目をした親友を見ながら、卓也はため息をついた。

 展示会の会場に入ったところからはじめはこんな調子である。
 歩きながら目をつぶって寝そうになったり、階段を踏み外しそうになりながらも、
はじめは展示された模型を観ることをやめない。
 そのたびに卓也ははじめのフォローをする。
 はじめが人とぶつかりそうになったらはじめの代わりに謝り、はじめが机に手をついて
体重をかけて机をひっくり返しそうになったら必死で支える。

「はじめ。今夜はやよいさんの料理をご馳走してもらうからな。じゃないと割りに合わない」
「うん……ああ、ごめんやよいさん。もう、僕は無理……」
 苦悶の表情を浮かべたはじめを見ながら、卓也は同情すると同時に嫉妬した。
 はじめがここまで眠そうにしている理由を、卓也は知っている。
 おそらくは昨晩、はじめは同居している家政婦かメイドとまぐわっていたのだろう。

 はじめとやよいとマナ。3人が深い仲にあることを卓也は承知している。
 なにせ、3人がまぐわっているときの声を卓也は間近で聞いてしまったのだ。
 付け加えるなら、当時の卓也はやよいとマナに惚れていた。
 彼が受けたショックがどれほどのものだったのかは、本人にしかわからないだろう。

 卓也は携帯電話を取り出して、時刻を確認した。午後3時30分。
 展示会最終日の今日は早めに片づけをするらしく、午後4時には閉会する。
 周りを見ると、いくつかの作品は作成者の手によって片付けられている。
「はじめ、そろそろ俺らも片付けしよう」
「あ、もう3時半か。早めに片付けたほうがいいかもね。帰りのバスは混むかもしれないし」
 はじめは今日、バスで隣町の市民会館まで来た。
 マナにバイクで送ってもらうことも考えたが、なんとなく乗るのが怖いのでやめた。

「帰りは俺の車に乗っていけよ」
「車? 卓也、車を買ったのか?」
「そんなわけないだろ。親の車を借りたんだよ」
「ふーん……でもなんで車で?」
「ちょっと野暮用があってな」
 それだけ言うと卓也は口を閉ざし、はじめの作品が展示されている方向へ歩き出した。
 卓也の背中に隠れるようにして、はじめは歩く。
 もし1人でこの場に来ていたらまっすぐ歩くこともかなわないかもしれない。
 親友がいるというのはすばらしいことだ、とはじめは思った。

 はじめがぼんやりしながら歩いていると、立ち止まった卓也の背中にぶつかった。
 いつのまにか自分の作った作品の展示場所に来ていたらしい。
「卓也、どうかしたのか?」
 はじめが卓也に問いかけても、返事はない。
 卓也は1人の女性を見つめていた。つられてはじめも同じ人物を見る。

 女性の身長ははじめと同じくらいで、体は全体的にフラットだった。
 服装は下がジーンズ、上が襟付きのカットソー。
 地味に見えないのは足がかなり長いせいだろう。
 黒い髪は短く、耳を少し過ぎたあたりまでしか伸びていない。
 横から見た顔つきは精悍で、なんとなく話しかけにくい。
 はじめは女性に対して、やよいや父に似たものを感じた。
 他人に隙を見せようとしない、もしくは他人に弱い部分をさらさない、という空気だ。

 女性ははじめが作った作品の前でじっと立っていた。
 まばたきをすることを忘れたように、はじめの作品を見ている。
 時々首を動かすと、はじめの作品を別の角度から見ようとする。
 あれを見たら誰でもそうするだろうな、とはじめは思った。

 はじめの作った作品は、家族のふれあいをテーマにしたものだった。
 家族の構成は父親と母親、そして一人娘。舞台は春夏秋冬に別れている。
 春は花見。ビニールシートの上に家族がいて、桜を見ながら弁当を広げている。
 夏は花火。壁に描いた花火を家族が見上げている。娘は人差し指で花火を指している。
 秋は焚き火。一箇所に集めた落ち葉の前では父親が火をつけようと苦心している。
 冬は雪の街。両親の手にぶら下がりながら娘が笑っているのが正面から見てもわかる。
 作品は4つのシーンに分かれているので、長机の3分の1を占拠するほどに大きい。
 はじめが家族をテーマにした理由は、くじ引きによるものだ。
 テーマがあまりに多すぎて、くじ引きで選ぶしか方法が残されていなかったのだ。

 女性がいつまで経っても動こうとしないので、はじめのほうから声をかけた。
「あの、すいません」
「えっ、あ……すいません、なにか御用でしょうか」
「いいえ、そろそろそれを片付けようかと思って。僕がそれを作ったので」
「え、あなたがこれを……」
 女性ははじめの顔と模型を見比べるように顔を往復させた。
 何度かその動きを繰り返し、はじめの顔を見てようやく動きを止めた。
「すばらしい作品です。綺麗で、繊細で、言葉まで聞こえてきそうでした」
「あ、と……そうですか。ありがとうございます」
「この家族は本当に、幸せそうに見えます」
 はじめは恥ずかしくなり、女性から顔を逸らした。
 ここまで褒められたことは、はじめにとっては初めてのことだ。
 友人からプラモデルを代理で作って渡しても、上手だ、リアルだ、という感想しかなかった。
 母親に見せても友人と似たような反応だったし、父親はプラモデルを見ても無関心。
 はじめの父にとっては、弟子になるはずの息子をとった模型に対してリアクションをとりにくいのだ。
 父の考えを知らないはじめにとっては無関心なようにしか見えないのだが。

 女性ははじめにまた何か言おうとしたが、はじめの横にいる卓也を見て表情を変えた。
 なんとなく不機嫌そうな顔をして、女性は口を開く。
「卓也、お前、その男の人と知り合いか?」
 女性の卓也に対する反応を見て、はじめは疑問を持った。
 結構厳しそうな性格の人だけど、卓也ってこんな人が好みだったか?
 確かにやよいさんやマナにひどいことを言われてもこたえてないみたいだけど。
 はじめは視線に疑問を乗せて、卓也に送った。
「誤解のないように言っておくけどな。こいつは俺の彼女でもなんでもないぞ。
 いたいけな俺をいたぶろうとする、最悪の女で――」

 卓也の台詞は、女性の拳によって遮られた。
 みぞおちを直撃され、呼吸もままならず卓也は床にしゃがみこんだ。
 はじめに助けを求めようとして手を伸ばすが、距離を掴めずに空気を切る。
「いたぶっているわけじゃない。これはスキンシップだ」
「あの……あなたは一体?」
 女性は卓也から目線を外すと、はじめのほうに向けた。
「……卓也の知り合いなら、かしこまる必要も無いか。
 私の名前は酉島千夏だ。お前の名前はなんと言う?」
「藤森はじめです。えーっと、酉島さん、あのさ」
「なんだ?」
「卓也が気絶してる」
 卓也ははじめの足に手を伸ばした状態で、床に脱力して倒れていた。
 頭は千夏の方に向けられていて、ひれ伏しているようにも見える。
 実際にそうなのかもしれない。
 先ほどのやりとりでは、卓也は千夏に頭が上がらないようにしか見えない。

 はじめにとって、卓也と仲のいい女性がいることは意外に思えた。
 前置きなくボディブローをすることが仲の良さを証明するのかはわからないが、
もしかしたら本当にスキンシップなのかもしれない。
 こんな友人関係もいいものだ。



 帰りの車では、3人一緒に帰ることになった。
 卓也の野暮用というのは、千夏のことだったらしい。
 近くの高校で空手の大会があり、千夏はスタッフとして参加することになっていた。
 千夏は交通費を浮かせるため、卓也に送り迎えをするよう頼んだ。
 卓也ははじめと市民会館で会う約束をしていたので、ついでに千夏を送っていくことにしたのだ。

 はじめは後部座席から、助手席に座る千夏に話しかけた。
「酉島さんは空手をやってるの?」
「ああ。いずれは父の跡を継いで道場の師範をつとめるつもりでいる」
「へー……すごいな」
 はじめにとって、父の跡を継ぐというのは特別な意味を持つ。
 本当はやよいではなく、はじめが父の跡を継いで料理人になるはずだった。
 はじめの手先の器用さは父親譲りのもの。
 遺伝した能力は料理の道に生かされるはずだったが、はじめが拒んだことで道は閉ざされた。
 だから、千夏のような人を見るといつも思うのだ。
 この人が自分の代理として、父の意思を継ぐことになったのではないだろうか、と。

「すごいなんてもんじゃないぞ。こいつがあの鬼道場を継いだら、さらに恐ろしいことに」
「黙って運転しろ」
 千夏にすごまれて表情を固くする卓也。
 なんだかんだ言って、この2人は仲がいい。
 はじめは2人にわからないよう、少しだけ笑った。



 はじめが家に帰り着いたとき、玄関にはやよいとマナが立っていた。
「お帰りなさい、はじめくん」
「おかえり、はじめ」
 車から降りて、はじめも挨拶を返す。
「ただいま、2人とも」
 はじめはやよいとマナの手を借りて、玄関に模型の箱を置いた。
 玄関の前までたどり着くとはじめは眠たくなったが、卓也と千夏に別れの挨拶をするために
もう一度車のほうへ戻った。

 そしてはじめは、少しの違和感を覚えた。
 卓也はマナにいつものように愛想よく話しかけていた。
 マナは卓也にいつものように薄い反応を返していた。
 それ自体はいつもの見慣れた光景だった。

 はじめが違和感を覚えたのは、やよいと千夏に対してだ。
「はじめくんを送ってくださって、どうもありがとうございました」
「いや、気にしなくてもいい。私たちが帰るついでだったしな」
 2人の会話にも、おかしい点は見当たらない。
 結局、はじめに違和感の正体はわからなかった。

「卓也、帰るぞ。私は早く帰って稽古をしなければいけないんだ」
「お前は走って帰れよ。俺は今からやよいさんの料理を食べないといけないんだ」
 卓也の反抗は、千夏にとって不快なものだった。
 千夏は卓也の左手首を握ると、強く握り締めた。数秒のうちに、卓也の手が紫に染まる。
「あっ――ちょ、てめ、やめろ……」
「とっとと発進しろ。私は暇じゃないんだ。お前と違ってな」
 千夏の手から開放された卓也は、震える手でシフトノブを1速に入れた。
 あの手で運転して事故に遭わなければいいんだけど、とはじめは思った。

「はじめ。今日はありがとう。久しぶりにいい思いをしたよ」
「……ありがとう。それじゃあ、酉島さん、また」
「ああ。また会おう」
 はじめと千夏の挨拶が終わったところで、卓也は車を発進させた。
 車はのろのろと路地を進んで行き、徐行する教習車よりも遅く角を曲がり、見えなくなった。

「あの女性は何者ですか、はじめくん」
「卓也の友達らしいよ。恋人じゃないみたいだけど」
「それは見ていてわかります。私が言っているのは、あの女性――酉島さんの正体です」
「正体って言っても……空手道場の跡取り娘ってことぐらいしかわからないけど」
 はじめの言葉を聞いて、やよいは顎に手を添えた。
 考えるように空を見上げ、呻いてから視線を下ろす。
「酉島道場。聞いたことはありませんが、調べておくとしましょう……」
 やよいはぶつぶつと呟きながら、家の玄関へと向かって行った。

 はじめがやよいの後を追おうとしたら、マナがはじめの手を掴んだ。
 半眼の、不機嫌そうな瞳がはじめに向けられる。
「はじめ。いい思いって……どういうことかしら?」
「ああ、なんだか僕の作った模型を見て感動したみたいで――」
「そうは見えないわね。あの目を見ている限りでは。
 まあいいわ。今日は私の番だから、後でゆっくり話しましょ」
「……なあ、今日は休養日にしないか?」
 はじめは精一杯の笑顔を作ってマナに言った。マナも、負けじと満面の笑みをつくる。
 その笑顔を見て、よかった今日は休める。とはじめが思ったのもつかの間のこと。

「だめ。昨日は私、休養日だったから。また新しいやつを考えたから、試させて」
「待ってくれ、本当に僕は……」
「何も言わなくていいわよ。私に任せておけばいいの」
 そう言うと、マナははじめの手を引いて玄関へ向けて歩き出した。
 かすかに眠気の残った頭は、早足で歩くマナの速度に合わせて足を動かさない。
 ハミングしながら歩くマナの体力は、自分の何倍残っているのだろう。
 現状で既にグロッキーである自分の体力を情けなく思いながら、はじめは思った。

 今夜は何時間眠れるだろう。

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最終更新:2007年08月04日 18:31