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ツルとカメ-43

  • 作者 ロボ氏

「どうも……何だかいつもと違いますね」
 今日も毎回の如くアズサ先生に呼ばれて飲みに来た訳だが、随分と驚かされた。
「似合わんのは分かっている」
 アズサ先生の服装が違う。学校で見ている黒いパンツスーツでも、飲みに誘われたとき
いつも着ている黒いジャージでもない。アズサ先生が着ているのはオレンジ色のニットの
セーターと、デニムのロングスカート。煙草の匂いもしない、代わりに甘い香水の匂いが
鼻孔を擽ってくる。いつもと変わらないのは、険しい目付きと眼鏡くらいだ。
 部屋に入ると、また驚かされた。
「綺麗になってますね」
 出されずに部屋の片隅に置かれていたゴミの袋は完全になくなっているし、どのように
消臭したのか分からないが煙草の匂いも消えている。コタツに乗っている肴なども、店で
売っている出来合の惣菜などではなく、手作りらしいのが見て分かった。出来立てなのか、
どれからも良い匂いが漂ってくる。唐揚げなど、かなり旨そうだ。
「ボサッとするな、飲むぞ」
 言葉を挟む暇もなく席に着き、グラスにビールを注ぐ。アズサ先生は織濱食品の新商品、
辛口焼酎『家の嫁』の水割りを。これは癖が強くツルが飲んで悶絶していたがアズサ先生
は平気らしい、一気に喉に流し込んでゆく。
「貴様も飲め」
 言われるままにビールを煽ったが、何が不満なのか鼻を鳴らして目を反らされた。


 ◇ ◇ ◇

 飲み初めてから、かれこれ一時間。
「あれ?」
 一つ、違和感があった。
「酔ってないですね?」
 おかしい、いつもならば今頃はトイレで吐くアズサ先生を介抱しているのだが、何故か
頬が仄かに赤いだけで殆んど素面に近い。泣くことも喚くこともせず、普段教室で見せて
いるクールな顔のままで静かにグラスを傾けているだけだ。
 他の皆が見たら、アズサ先生は酒を飲むときもクールなのだと思うだけだろう。
 だが僕の知っているアズサ先生は、こんなものではない。男が出来ないと愚痴を溢し、
煙草と酒に溺れ、弱さを丸出しにした悪い意味での『大人の女』なのだ。そのダメ人間と
言うべき、僕から見たらアズサ先生らしい部分がまるで無い。
「あの、大丈夫ですか?」
「何がだ? ゲロでも吐いたのなら分かるが、今の私はどこもおかしくないだろう」
 冷たい目を一瞬だけ向けて、すぐに反らす。取り付く島が無いというのは正にこのこと
を言うのだろう。しかも、いつもなら冷たいなりにも気遣いのようなものが見えるのに、
今回はそれすらも無いのだ。関わるな、と言っているようにすら見える。
 沈黙。
 グラスの氷が無機質な音をたてて、側面を滑る。その音はつまらないもので、この重く
沈んだ空気を変える程のものでもない。相変わらず部屋に響くのは真面目に働く時計の針
の音だけで、まるでこの部屋だけが世界から隔離されているようにすら思えた。せっかく
着ている暖色のセーターも色味を失い、いつも着ている黒い服装よりも暗く見えてくる。
 どこかに何か大切な何かを忘れてきたような、どこまでも空っぽの印象だ。

「さっき、私に大丈夫かと言ったな?」
「あ、はい」
 突然の言葉に驚いて視線を向けたが、相変わらず顔は背けられたまま。
「それは、何に対してだ?」
「そりゃ」
 言って良いものなのか、少し悩み、
「いつもなら泣いたり吐いたりエラいことじゃないですか?」
 ふ、と小さく唇の端を歪め、煙草をくわえた。今になって気付いたが、僕が来てからは
まだ一本も吸っていなかった。これも今の状況に何か関係があるのだろうか。
「格好悪いものだな、心配されるなんて。馬鹿らしい話だ」
 僕は、どう反応したら良いのだろうか。
「この前な、妹の結婚式に行ってきた」
 こちらを見もせずに、グラスを煽りながら呟くように言う。小さく漏らした言葉だが、
音が殆んど存在しないこの部屋の中、はっきりと耳に届いてきた。
「姉妹が居たんですか」
 どう返したものかと考え、出てきたのは無難な質問。
「二人姉妹だ。その唯一の妹が結婚し、大学の同期もエニシ意外は皆結婚してしまった。
エニシは仕方ない事情があるから例外、つまり本格的に嫁き遅れになってしまった訳だな」
 先を越されたのか、それは辛いだろう。
「焦るのはもう止めたが、せめて変わろうと思ってな。この服がその例だ。妹から貰った
という理由もあるが、まずは見た目から変わろうと柄にもなく着てみた訳だ」
 そんな理由もあったのか。
「酒も控えるようにした、煙草も減らすようにした」
「眼鏡はコンタクトにしないんですか?」
「あんな怖いもん、着けれるか。目に直接レンズを入れるなんて正気とは思えん」
 センスが最近視力が落ちてきたというのでコンタクトを買うようなことを言っていたが、
今の言葉を聞かせてやったらどんな反応をするだろうか。
「まぁ、下らない話は置いておいてだ。変わろうと頑張って、それで心配されるなんてな」

 漸くこちらに向いた顔に浮かんでいるのは、自虐的なものが混じったもの。鋭く意思の
強かった目は弱気に細められ、滲んだ涙が蛍光灯の光を反射して輝いている。眉も垂れ、
いつもはっきりと物を言う唇は開きかけのドアのようになっていた。
 酔っている、のだと思う。
 体ではなく、心が現実という強い酒に溺れている。
 ならば、
「そんなに、変わりたいですか?」
 高慢かもしれないが、
「そんなに自分を変えたいですか?」
 その酔いを覚ましてやるのは、僕の役目だ。
 近くに居るときしか出来ていないが、酒で潰れたアズサ先生の世話をしているのは僕だ。
 しかし逆に言うならば、せめて近くに居るときは世話をしているのだ。今は酒と現実と
いう違いがあるが、構うものでもない。目の前で苦しんでいる弱い女性を、僕は純粋に、
ただ助けたいと思っただけなのだから。
 向けられた目を見つめ返し、僕は疑問を繰り返す。
「変わる必要って、あるんですかね?」
 と。
 違う自分を演じ続けた結果、いつかは定着していくだろう。他人から見たイメージも、
それと本人の心にも。しかし所詮は作られたもので、それは本当のアズサ先生ではないと
思うのだ。変わろうとすることも変わることも、悪いことではないと思う。泣き虫だった
ツルは、もう最近は殆んど泣く姿を見せない。コイは一生懸命料理が出来るようになろう
と頑張っているし、ミチルは労働を楽しんでいる。ホウ先輩とオウ先輩は、二人で人生を
歩んでいくことを決意した。どれもこれも、良いことばかりだ。
 だがそれは、どれもこれも彼女達らしいものの上に成り立っているのだ。
 ツルは僕と一緒に幸せになりたいと思って、泣くことを控えている。
 コイはツルへの思いと僕への想いの葛藤の結果、導き出した料理を頑張っている。
 ミチルは今までに足りなかったものを埋めるため、そして楽しむ為に働いている。
 ホウ先輩とオウ先輩は自分達の人生を納得させる為に、二人三脚で行きている。
 だがアズサ先生のそれは、アズサ先生自身を変えるというもの。それは何かが違うのだ。

「変わらなくても良いんじゃないですかね?」
 少なくとも、僕はそう思う。
「僕は、いつものアズサ先生が好きです」
「な!? 好きって、お前」
「冷たくて無愛想な顔で、辛辣な言葉を吐くアズサ先生が好きですよ。いつも酒と煙草の
匂いを撒き散らしているアズサ先生が好きです。黒いスーツとかばっかりのアズサ先生が
好きです。二人のときは駄目な大人になる、そんなアズサ先生が大好きです」
 言葉を紡ぐ度にアズサ先生の顔は紅潮し、ついには茹で蛸のようになった。
「その意外に純情なところも良いですよ?」
「う、うるさい!! 大人をからかうな!!」
 また先程のように顔ごと背けられた。
「それがアズサ先生で、僕はそこが好きなんですよ」
 鈍音。
 どうやら僕の熱烈なラブコールに、容量がパンクしてしまったらしい。顔を赤く染めた
まま、コタツに突っ伏してしまった。板に派手に頭をぶつけたようだったが、それも全く
気にならないらしい。唇から煙草が溢れて板の上を転がるが、火は点いていなかったのが
幸いか。煙に塗れている方がアズサ先生らしいが、今だけは減煙運動に感謝した。
「カメよ?」
「何ですか?」
 体を動かさないまま、アズサ先生は声をかけてくる。
「それは私と付き合……結婚しても良いということか?」
 何故言い直して、しかも超飛躍させたのだろうか。
「式は洋風が良いな、小さな丘の上の綺麗な教会で純白のウエディングドレスを着るのが
小さい頃からの夢だったんだ。ブーケを投げるのが、とても楽しみだ」
 何と乙女な人だ。
「そうじゃなくてですね? これだけ僕が好きでいるんだから、他の人にも絶対に好いて
貰える筈なんですよ。素のアズサ先生を。これは僕が保証します」
 沈黙。
 一分程経っただろうか、アズサ先生は鼻を鳴らして口の端を歪めた。
「お前の保証、何を賭ける? 嫁に貰ってくれるか?」
 それは、無理だけど。
「冗談だ。さ、飲み直すぞ」
 微笑みを浮かべて、アズサ先生は豪快に焼酎をラッパ飲みを開始した。


 ◇ ◇ ◇

 三分後。
 う、と口を掌で抑えながらトイレへと向かい、
「ぎ、give」
 何故かネイティブな発音で胃袋の中身を派手にぶちまける。
 やはりと言うか、予想通りのオチだ。
「うぁ、エニシに借りた服がぁ」
「そこまでですか!?」
 いかん、予想外だ。
 どんな惨状になっているのか、見なくても大体想像が出来た。あまり見たくないのだが、
無視をする訳にもいかない。僕はコップに水割り用のミネラルウォーターを注ぎ、便器に
顔を埋めているアズサ先生の元へと向かった。
「一気に飲むからですよ」
「すまんな、毎度毎度」
 口をハンカチで拭い、水を飲ませる。
「なぁ、これ落ちるか?」
 指差した先は控え目な胸元の中央、褐色のゲロが幾つか染みを作っていた。これは少し
難しいかもしれない。固形物だったら被害が少なかったかもしれないが、結構深い部分に
まで染み込んでいる。色も目立ちそうな感じだ。
「取り敢えず浸け置きしますので、風呂場行きましょう」
 立ち上がるのも大変そうなので、抱え上げる。背負わなかったのは背中への乳当たりが
期待出来なかったからではなく、ゲロを浴びたくなかったからだが、それでも純情乙女の
心を持つアズサ先生は嬉しかったらしい。コタツ板のやりとりのときのように耳まで赤く
染め上げると、そっと首に腕を回してくる。密着したせいで強く感じる体温と香水の匂い、
それらがアズサ先生の女の部分を意識させてくる。
 いかん、介抱と染み抜きを考えなければ。
 脱衣所の扉を開いて風呂場へと直行、バスタブに背中を預けさせる。
「はい、万歳して下さい」
 セーターを脱がし、ついでにスカートも脱がす。吐いた物は下着にまで染み込んでいた
ようで、レース地の白いブラにも僅かに色が浮いていた。

 ついでに下も全て脱がそうか、どうせ体も洗わねばならない。濡れるのだったら同じだ。
「いつもはシャワー、何度くらいですか?」
「カメが来るときは三回は浴びる」
 嬉しい告白だが、今はどうでも良い。
「温度ですよ」
「43度だ……年寄りだから高いとか良いと思ったな?」
 深読みのしすぎです。
 設定を高めにして湯を浴びせかけ、まずは体を軽く流す。浸け置き洗いも最初は温度が
高い方が汚れが落ちやすいので手間が省けた。
 そして体を洗っていると、
「ちょっと、何してるんですか?」
「礼をしなければと思ってな。嫌ではないだろう、その証拠に大きくなっているぞ?」
 アズサ先生の裸を見て、しかも手で洗っていたのだ。大きくもなる。これは生理現象の
ようなものだ、逆に勃起しない方が男としておかしい。久々に見るが細く引き締まった脚
や腹筋のラインは変わらないし、しなやかで強い、全体的に豹を思わせるような造形は誰
でも心を奪われるだろう。
「安心しろ、今まで通り誰にも言わん。ただ、感謝の気持ちとして受け取ってくれ」
 襟元を掴まれ、唇を重ねられた。煙草の匂いはしない、するのはアズサ先生の匂いだけ。
冷静な部分が、うがいをさせておいて良かったと考えていた。
 その考えも、絡んできた舌
で掻き消された。
 僕も舌を伸ばしてアズサ先生の口内を貪り、胸へと手を伸ばす。ボディソープで摩擦が
消えたそこはよく滑り、不思議な感触を与えてきた。小さい代わりに張りが強く、上手く
掴めずに周囲を指で撫でる感じになる。結果的に全体を愛撫する形になり、アズサ先生は
気持ち良さそうに声を漏らした。ハスキーな嬌声は、酷く色気がある。

「ほら、お前も濡れただろ。脱げ」
「いや、そんなには……熱い!?」
 僅かに泡が着いていただけだったが、意地悪くシャワーを浴びせられたせいで濡れ鼠に
なってしまった。普段浴びているものよりも熱い上に、それを含んだ服が肌に張り付いて
酷く不愉快だ。シニカルに唇を歪めているアズサ先生から目を反らし、僕も全裸になる。
「すまんな」
 衝撃。
 ついさっきまで酔いどれグロッキーだったとは思えない程に強い力で押し倒され、それ
を意識したときには既に騎乗位の体勢になっていた。胸と同様に強い張りの尻が腹に乗り、
そのまま股間へとゆっくり移動していく。
「礼と言ったがな。実は私も洗って貰っている間に、すっかり火照ってしまったんだ」
 だから、と言いながら腰を浮かせ、
「遠慮は要らんぞ?」
 一気に腰を降ろしてくる。
 入れた途端に愉悦に顔を歪め、激しく腰を動かし始める。遠慮は要らないと言ってたが、
とんでもない。僕が何をせずとも、アズサ先生が充分に動いてくれている。シャワーの音
が消える程に喘ぎ声を響かせ、体重をかけて深いところまで呑み込んでくる。
 正直このままでも良いと思ったが、アズサ先生にばかり負担をかけるのも良くない。
「動きますよ」
 腰を掴み、突き上げる。
 それで達したらしく、一際高い声を漏らして背を反らせた。
 しかし動きが止まったのも僅かな時間、すぐに動きが再開する。達したばかりで動くの
は大変な筈なのに、もっと快楽を求めるように、達する前よりも激しくグラインドをする。
連続でイき続けているのか締め付けは強く、腰を動かすのもきつい。しかしアズサ先生は
重力と脚の筋力にまかせて強引に身を揺すり、抜き差しを休むときも前後や左右へと腰を
揺すって、動きを止めることはない。

 僕もそれに応えるべく、がむしゃらに腰を動かした。
 止まらない、のではなく、止められない。
「カメのが、中でビクビクしてるな。そろそろ、出そうか?」
 そろそろも何も、数分前からずっと出そうだった。
「私も、本格的に、限界が、近い。腰が……抜けそうだ」
 個人的脳内データバンクによれば今日は大丈夫だったような気がするが、中に出しても
良いのだろうか。そう考えて視線を送ると、頷きが返された。それどころかアズサ先生は
深く体を沈めた後、腰を掴んで深いところで固定してくる。膣内に出してほしい、でなく
膣内に出さなければいけないということか。
 そのまま全体を飲み込んだままの揺れ幅の少ない高速ピストンが連続し、一気に射精感
が近付いてきた。さっき言われた通りに、アズサ先生も潮時が近いのだろう。僕としても
これ以上は流石に大変だ、我慢出来そうもない。
「もう」
「良いぞ、出せ、出してくれ」
 堪えきれなくなって、射精する。
 それを受け止めた、溶けたようなアズサ先生の声が耳に長く残った。
「また随分出たな」
 言って腰を浮かせると、視界の中央にある割れ目から精液が溢れてきた。自分の精液を
浴びる趣味は無いので身を起こして避けると、受け皿を失ったそれは出しっぱなしだった
シャワーによって排水溝まで流れてゆく。
 意味もなしにそれを眺めていると突然頭を抱き締められた。
 そして頭上から響く、
「ありがとうな、カメ」
 とても暖かく穏やかな声。
「何がですか?」
「このまま、もう少し頑張ってみる」
 そう、それで良いのだ。今のようなことは勘弁だが、いつか、そのままのアズサ先生が
ちゃんと結婚出来るまでは支えてあげよう。幾ら駄目になっても、幾ら潰れても、自分を
貫いてゆけば本当の意味での幸せが訪れる筈だ。
 それまでは、
「応援します」
 風呂場でのリバーブが効いた、クールな笑い声が響いた。

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最終更新:2007年08月04日 18:34