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『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦』-12

  • 作者 ロボ氏

第12話『金色の幼女』

 リリィの叫びから、十五分程前。

 ◇ ◇ ◇

「頑張ってるなぁ、オイ」
 虎蔵は煙草の煙を吐き、空を見上げて言う。シオリの居る方向には以前戦ったときより
遥かに巨大な砂の柱が立っているし、薫の居る管理局の方向からは砲撃音が響いてくる。
ムツエの居る方向からは無数の悲鳴と幼女の声での『愛しています』という声が聞こえ、
逆にミクの居る方向は異常とも思える程に静かだった。そしてリィタの居る空は、
「何だありゃ?」
 何故か局地的に花火が連発している。どれもこれも、普通とは言い難いものだ。
「しかし、不思議ですね」
「何がだ?」
 顎に手を当て、考え込むような仕草のリリィに目を向けると、こちらを見上げてきた瞳
と視線が合った。頬を一瞬だけ赤く染めたが、すぐに頭を振って表情を真面目なものへと
変えると周囲を視線で示し、
「ここだけ、別の世界みたいです。他の場所では皆戦っているのに、ここは静かで」
「気ィ遣ってるんだろうよ」
 リリィには言っていない、幾つかの事実がある。
 中央地区を虎蔵のみに任せるよう頼んだのは、他でもない虎蔵自身だった。理由は単純
なもの、この場所がDr.ペドとの因縁の場所であるというものだ。
 背後にある第5監獄都市のシンボル、二重螺旋を描いた塔のオブジェを見て吐息する。
くわえていた煙草の火を揉み消し、懐から次のものを取り出すと火を点けた。
「そんなに吸って……肺が真っ黒になりますよ?」
「今に始まったもんじゃねぇだろ」
 不味そうに煙を吐き出し、
「吸わねぇと、やってらんねぇよ」
 携帯灰皿に灰を落とし、もう何度目になるか知れない吐息。
「ですが、この戦いが終わったら」
 足音。
 二人が振り向けば、そこに立っていたのは小さな影。
『やぁ、虎蔵君』
 待機している虎蔵とリリィの前に、一人の幼女が現れた。

 漆黒の長い髪を後頭部で軽く結わえ、また黒のウエディングドレスを着た彼女の姿は、
肌の白さにも関わらず見る者に黒のイメージを抱かせる。服装が特殊なことと、ソプラノ
を奏でる桃色の薄い唇が三日月の形に歪んでいることを見なければ、単に避難から漏れた
子供だと思っただろう。しかし見慣れた表情に、虎蔵は顔を強張らせた。
 まだ長い煙草の火を消し、灰皿を懐に入れて幼女を睨み、
「てめぇ、とうとう人間辞めたのか」
『よく気付いたね、虎蔵君』
「そんな気持ち悪い顔をするガキが居るかよ」
 幼女は軽く手を打ち、納得したというように何度も頷いた。
『それはそうと、実際に会うのは二度目だね、虎蔵君。前は……そう、あの年増を殺した
直後だったか。いやいや、そう考えると随分と久しぶりじゃのう』
 虎蔵は歯を噛み、幼女、正確にはDr.ペドの精神がダウンロードされた幼女型機械人形
を睨み付けた。頭の中で暴れているのは、記憶の中でも特に強いもの。血に塗れて伏した
セリスの姿と、その傍らに立つ白髪の老人の姿だ。
「虎蔵さん、落ち着いて下さい」
「分かってる」
 ここで感情に身を任せても意味が無い、前回はそれ故に逃がしてしまったのだから。
 奥歯が圧力に軋む痛みを自覚しながら、一歩前へ出る。
「新しい体はどうだよ?」
『最高じゃよ、文字通り儂と幼女が一身同体。幼女の体が儂で一杯じゃ、エロいのう!!』
 馬鹿が、と吐き捨てるように呟いて吐息を一つ。
「せいぜい満足してろ、また胴体を真っ二つにしてやる」
『出来るかのう?』
 寧ろそっちこそ、と目を細めてリリィを見て、
『また、守れないかもしれんぞ?』
 嘲笑するように、言う。
 その言葉に虎蔵はキレた。
 憎悪と怒りに顔を歪め、腕輪を起動させる。
『FullmetalTiger:Enter;』
 三人しか居ない静かな空間に、音が響いた。

 虎の叫びを連想させる音と共に、虎蔵の体が変化してゆく。鍛え込まれた長身の体は、
細く幼いものへ。浅黒い肌は陶器のような白く滑らかなものへ。短い黒髪は波打つ金色の
長髪へと変わり、風に翻って夜の闇を照らすように輝く。身に纏うのは純白のワンピース、
空中に展開した桃色の装甲がそれを覆うように鈍い音をたてながら合致してゆく。
 虎蔵が空中に現れたステッキを掴み、構えると、極薄の単分子ブレードが伸びた。
『君の変身シーンは抜けるのう。もう一回、もう一回頼む!!』
 虎蔵とリリィは露骨に嫌そうな顔をした。
『無理か、仕方ない。だったら、殺して奪うかの』
『DragneelSystem:Enter;』
『HappyWeding:Open;(新世界展開!!)』
 Dr.ペドの叫びと共に、姿が変化した。
 最初に起こったのは翼、闇を凝縮したような二対の黒の大翼が背中から伸びた。次に左
の薬指に銀の指輪が装着され、瞳と唇が真紅に色付いてゆく。スカートの中から黒い薔薇
で構成されたブーケが四つ出現し、宙を舞った。最後に天空から降ってきた全長2m程の
黒いカッティングナイフを掴み、変化が完了する。
 全てが黒で構成された、黒の花嫁。
 Dr.ペドは歯を剥く笑みを見せ、
『どうじゃ、格好良いじゃろう? 儂は儂の嫁!!』
 意味の分からないことを叫んだ。
『行くぞ、虎蔵君。ケーキ入刀!!』
 翼が揺らいだと思った直後、一瞬で距離が詰まった。
 音速超過による衝撃波を撒きながら、Dr.ペドはナイフを振り降ろす。
 鋭音。
 刃を受け流し、その流れを利用しての斬激に移行しようとした瞬間。
 衝撃。
 血の飛沫で軌跡を描きながら、虎蔵の体が吹き飛んだ。
『我ながら素晴らしい性能じゃのう。その幼い体に穴を空ける……これもエロい!!』
 穿ったのは、ブーケから発せられたレーザーだった。貫くという意味では最も効率的な
それらは、虎蔵の体に無数の穴を刻んでいた。
 Dr.ペドの攻撃は、そこで終わらない。詰め寄り、レーザーとナイフで連打を叩き込む。
その度に虎蔵の装甲は砕け散り、体には赤の線と点が刻み込まれてゆく。

『ぎゃはは、儂の勝ちじゃ!!』
 高笑いが響く中で、虎蔵の体が地に堕ちる。
『こちらリィタ、敵の殲滅完了です』
『こちらシオリ、任務完了です』
『こちらミク、敵の姿は無し』
『こちらムツエ、敵を……こら!! そんなところ触るな!!』
 虎蔵の傍らに落ちた無線機から声が響くが、それに対する声は無い。
 勝負は一方の圧倒的な力により、完全に付いていた。
「そんな、嘘ですよね?」
 リリィは虎蔵に一歩近付き、震える声で語りかける。
「嘘だって言って下さいよ」
 声は、返ってこない。
「ほら、いつもみたいに憎まれ口を叩いて下さいよ」
 日常でなら、それはお前だと言い返していただろう。
 それは、叶わぬ願いだった。
 虎蔵の装甲は砕け、剣は粉々に散っていた。
 そこにある色彩は赤。
 虎毛色の波打つ髪も透けるような白い肌も、全てが鮮血の色に染まっていた。
 は、と吐息に似た声を溢しながら、リリィは虎蔵の傍らにしゃがみ込んだ。顔に浮かぶ
ものは無理に作ろうとして、しかし失敗した歪な表情。泣き顔という、負の表情だ。
「こちら、異常なし」
 通信機に細い声を出し、倒れている幼い体を揺する。掌に赤が付着していることなどは
気付かずに、ゆっくりと、赤子をあやしてやるような速度で。
「ほら、起きて下さいよ。死んだフリなんて、良いですから」
 何度も何度も、体を揺する。
『無駄じゃよ』
 もう一人、その場に居た幼女が呟いた。
『虎蔵君は、死んだ』
 それが、きっかけだった。
 ダムが決壊するように大粒の雫がリリィの目から溢れ落ちる。動きだした感情は止まる
ということをせずに、連続して涙を溢れさせる。
「嫌」
 汚れることなど構わず、虎蔵の体を抱き締め、
「嫌、嫌です」
 単純な言葉で構成された心を、ぶちまける。
「嘘です、嘘です、だって」
 ひ、と鼻をすすり、
「だって、虎蔵さん」
『もう一度言ってやろう、お嬢ちゃん』
 幼女は両腕を広げ、空を仰いだ。
 一拍。
『虎蔵君は、死んだんじゃよ!!』
「嫌あぁァーーッ!!」


 ◇ ◇ ◇

「嘘……」
 無線から響いた声に、リィタの思考は白く停止した。
「そんな、虎蔵さんが……」
 下を見下ろしたが距離があるせいで何も見えない、事実を伝えてくるのは無線の声のみ
だった。しかし姉の叫びが、視覚よりも強い力で情報を与えてくる。
「待って下さいよ」
 まだ、足りない。
「せっかく、家族が出来たのに」
 思い返すのは、出会ってからの日々。
 虎蔵は、月のように表に出ることなく過ごそうとしていた自分を救ってくれた。決して
二度と過ごすことは出来ないと思っていた、姉との生活を与えてくれた。失っていたと、
そう思っていたもの全てを与えてくれた。
 そしてこれからも、様々なものを与えてくれると思っていた。
 家族というものの温もりや、大好きな虎蔵自身の体温。サユリと一緒に学校に行ったり、
もしかしたらリリィを母として複雑な日々を送るかもしれない。どれもこれも欲していた
ものだし、きっと与えられるものだと思っていたのに、そんな期待に満ちた未来が頭の中
で音をたてて崩れていった。
「死んだ?」
 未来の中で一番大切な虎蔵が死んだ。
 命を失った。
 二度と、戻らない。
 冷たい言葉が、思考を蝕んでゆく。
 数年前にもリィタとリリィは家族を失ったが、今はその比ではなかった。
「何で、こんな……」
 頬に、涙が伝う。
「せっかく、頑張って敵を倒したのに」
 これでは、意味がない。
「誉めて下さいよ、頭を撫でて下さいよ。いつもみたいに!!」
 声は返らない、返ってくるのはDr.ペドの笑いだけだ。
「許せない!!」
 周囲を見ると、あるのは敵だったものの残骸だけ。もうこの区域に縛られることも無い
だろう、そう判断してブースターを全開に、リィタは中央地区へと向かった。


 ◇ ◇ ◇

「嘘でしょ、虎蔵ちゃん」

 薫は地下に降りるエレベーターの中で、リリィの悲鳴を聞いた。
 一人しか乗っていない鉄の箱の中では声がよく響く。それ故に虎蔵の敗北を必要以上に
意識させられ、膝から崩れ落ちた。薫は立ち上がろうと手摺に指をかけるが、立ち上がる
どころか足に力を込めることすら不可能だった。
「どうすんのよ?」
 パネルを見れば表示されているのは地下十階の文字、あと十数秒もすればサユリの居る
地下三十階に辿り着く。そのことに頭を抱え、薫は細い声を漏らした。
「どうやってサユリちゃんに会えば良いのよ?」
 悩み続け、時間が経ち、エレベーターは到着を知らせる軽い電子音を無慈悲に鳴らした。
「おかえりなさい」
 ドアが開いた直後、見えたものがある。
 絵だ。
 暇を持て余さないようにと虎蔵がサユリに新しく買い与えたクレヨンとスケッチブック
のセット、それをふんだんに使ってサユリは絵を描いていた。描かれていたのはドラゴン
と戦う男の姿。きっと虎蔵のことだろう、と薫は思う。
 それを見て言葉を詰まらせたが、薫はしゃがみ混んでサユリと目線の高さを合わせ、
「サユリちゃん、もし虎蔵ちゃんが負けたら」
「ぱぱ、大変なんだ?」
 返ってきたのは、残酷な一言。
 数秒。
 言葉を完全に失った薫に対し、大丈夫、とサユリは胸を張った。
「ぱぱは負けないよ、だって格好良いもん」
 意味の通らない理屈を、瞳を輝かせてサユリは言う。まるでそれが世界の真理だとでも
言うように、疑うことすらしない強い意思を含めてサユリは言い放ったのだ。
「そうね、そうよね」
 サユリを抱き締め、薫は呟く。
「ほら気合い入れなさいよ、虎蔵ちゃん。貴方には待ってる素敵なレディが居るんだから、
こんな変態相手に殺されてる場合じゃないでしょ?」


 ◇ ◇ ◇

『さて、まずは非幼女一人目を殺すかのう』
 泣き叫ぶリリィに、Dr.ペドは一歩近付いた。
『全く、惜しいのう。あと五歳若かったら』
 また一歩。
『殺さずに済んだのにのぅ?』
 また一歩。
 二人の距離は1mを切った。
 ナイフの一振りで首を跳ね飛ばせる距離だ。このままDr.ペドが無造作に腕を振れば、
リリィの命は簡単に断たれるだろう。この光景を思い浮かべ、リリィは目を閉じる。
『サラバじゃ、少し年増のお嬢ちゃ……』
「待て、よ」
 細く、枯れた声。
「人の、連れを、勝手に」
 だが力強さを感じさせる声。
「殺そうと、してんじゃねぇよ」
 それは、紛れもなく虎蔵の唇から発せられていた。
 最初は、指を軽く動かしただけだった。
 次に小指を丸め、薬指、中指と拳を握り込んでゆき、
「おらよ!!」
 地面を殴り、それを反動にして一気に立ち上がり、
「俺を勝手に死んだことにしてんじゃねぇ!!」
 天を仰ぎ、叫ぶ。
 途端にバランスを崩しかけたが、とっさにリリィが体を支えた。その顔には満面の笑み
が浮かび、開いた唇から溢れ出してくる言葉は、
「馬鹿!! いつまで寝てるつもりですか!! 危うく死ぬところだったんですよ!?」
 いきなりの罵倒だった。
「随分な言い草だな、俺は死にかけだぞ?」
「うるさいです、この駄目中年!! 虎ぞ……ヘドロさんのアホぉ!!」
「何か久々に聞いたな、それ」
「私を悲しませた罰です、不名誉なあだ名くらい我慢して下さい!!」
 悲しんでくれたのか、と虎蔵が呟くと、リリィは頬を赤く染めてそっぽを向き、
「別に、悲しんでなんかいないです」
 戻ってくるって分かってましたから、と小さく言った。

 自分で言って照れたのか、リリィは虎蔵を押し倒すと馬乗りになって連打を繰り返す。
その度に虎蔵は悶絶し、傷口からは大量に血が溢れ出した。
『お嬢ちゃん、お主今現在進行形で虎蔵君殺しかけとるぞ?』
「わぁ!! 死んだら駄目です虎蔵さん!!」
 何故かリリィは連打の勢いをアップさせる。
 虎蔵は目をヘドロのように濁らせ、
「セリス、何か元気そうだな?」
「昔の女は忘れて下さい!! 悪霊退散悪霊退散!!」
「痛ェ!?」
『そこのアホップル二人、そろそろ儂攻撃したいんじゃが』
 虎蔵とリリィは小芝居を止め、立ち上がり、Dr.ペドから距離を取った。
「ちょっと待ってろ!! おい、何か良い方法はねぇのか?」
「有るには有りますが」
 言い淀み、
「それは」
「あるなら使おうぜ、いや寧ろ使え」
 更に表情を曇らせる。
「でも、これを使うと命が」
「構わん」
 絶句するリリィを見た後、Dr.ペドを睨み、
「使わなかったら殺される、だったら俺は戦って死ぬ」
 お前はどうだ、と言って言葉を待つ。
 一秒。
 二秒、三秒。
 四秒目で漸くリリィは唇を開いた。
「分かりました」
 頷き、リリィは両の手を振るう。
 左右の手指、計十本全てに指輪が填められ、
『InfinitKey:FullOpen;(無限鍵盤大展開!!)』
 起動の和音が鳴ると同時に空中に光で出来たキーが出現した。
 七つの白鍵と五つの黒鍵をワンセットとした、それらが成すのは格段二十セット、高さに
して五段、計七百もの鍵盤の配列による超巨大な光のオルガンだ。
 それを高速タイピングしながら、歌を紡ぐようにリリィは唱える。
『SunshineHeartTiger:Enter;(金色の虎大展開!!)』
 砕かれた装甲が飛散し、代わりに現れるのは純白の装甲。その表面に刻まれた溝に光が
流れてゆき、それは数秒をかけて全体に満ちた。虎蔵の体が、金色の光に包まれてゆく。
例えるなら、人を照らし出す太陽のように。
 閃光。
 虎蔵を包んでいた光が弾け、その姿が明らかになった。
 金色の鎧に、黒い溝が走るそれは正に虎。
 見る者へ恐怖よりも強さと誇りを感じさせる、勇壮な騎士の姿がそこにあった。
「持って三分です、その間にカタを着けて下さい」
「そんだけありゃあ充分だ。覚悟しろ変態爺、第2ラウンドだ!!」
 戦闘が始まった。

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最終更新:2007年08月04日 18:48