グレーゾーンのメイドと家政婦2-6
はじめと千夏は、追いかけてくる不良たちから逃げ回り、バスに乗り込んでいた。
2人が追いかけてくる不良たちから走って逃げているときに、たまたま停まっていたバスを見つけた。
どこへ向かうバスなのか、そこまでは考えずに乗り込んだ。
バスに乗り込むとき、男達の姿は周囲に無かった。
もし見られていたとしても、バスと人間の足では比べ物にならないから追いつくことは不可能。
ここまですればさすがに追いかけることは諦めるだろう。
乗り込んでからすでに10分が経過。
空手で鍛えていた千夏の呼吸はとうに静まっている。
はじめは呼吸こそ普段どおりに戻っていたが、喋ることもままならない状態になっていた。
走り過ぎて、バテたのだ。
「そろそろ喋れるか? はじめ」
バスの通路側に座っている千夏が、窓際に座ってうなだれたはじめに声をかけた。
はじめは燃え尽きたような感じで頭を垂れて、返事をしない。
力なく、浅く、首を横に振るだけだ。
千夏は、はじめとバスに乗っているという今の状況を楽しんでいた。つまり、上機嫌だった。
千夏はこうやって異性と一緒にいるという経験が少なかった。
長い付き合いである卓也とも、一緒にバスに乗り合わせたことはない。
不良たちから逃げ回るというのは、千夏にとってはゲームのようなものだ。
昔から足に自信を持っていた千夏は、並以上の男にも負ける気がしなかった。
仮に男達に取り囲まれても、包囲網を突破するのは簡単。
拳も蹴りも繰り出すことなく、軽くいなしてまた逃げ回る。
暴力を振るうと父親から家を追い出されるからだ。
しかし、千夏は好き好んで不良たちを挑発したりしない。
先ほどのような、理不尽な理由で暴力を振るったり、マナーを守らない人間を見たときに限って口出しする。
挑発する時点ですでに子供と変わらないわけだが、千夏のこの癖は18歳になった今でも変わらない。
千夏は、大きな小学生、数歩譲って少し大きい中学生みたいなものだった。
昔から空手を習っていたせいで、千夏は同年代の男女とは話が合わなかった。
それをずっとひきずってきたせいで、人付き合いをあまりしてこなかった。
事実、高校を卒業してから会話した人間は卓也、はじめ、父親、空手で知り合った知人とその他少数。
高校で会話をする人間もいたが、友達はあまりできなかった。
卒業してからも連絡を取り合うような人間というと、皆無だった。
少ない人付き合いの経験は、千夏の人格形成に大きな欠陥をもたらした。
精神が、年相応に成長しなかったのだ。
言葉遣いこそ大人っぽいが、中身は寂しがりやの子供。
それが酉島千夏という女の正体だった。
けれども、自分が傷つけてしまった、と思った相手に対して謝ることを忘れるほどに子供ではない。
千夏ははじめが顔を上げるのを待っていた。
はじめに先ほど言ってしまった、二度と会わないでくれ、という言葉を取り消すために。
ようやくはじめが顔を上げた。
顔に気力を感じられないが、目の焦点は合っている。
謝るなら、今しかない。と、千夏はわかっていた。
しかし、2人きりになると上手く言葉を紡げない。
ごめん、という謝罪の言葉が、どうしても出ない。
千夏が覚悟を決められないでいるうちに、はじめが千夏に向き合った。
千夏は、声を出せずに固まった。
はじめは、まず頭を下げた。
「ごめん。千夏さん」
そして、千夏に謝った。
はじめが頭を下げるのは、今日は二度目だった。
千夏は狼狽した。
はじめは悪くないのに。謝らなければいけないのは自分の方なのに。
「はじめは悪くない。だから謝る必要は無い。悪いのは――」
ひどいことを言ってしまった、私の方だ。
という、続きの言葉を言えなかった。
プライドが邪魔をして言えなかったわけではない。
千夏は、怖かったのだ。
はじめに怒られるかもしれないと思って。
言ってしまったら、今度こそ口も聞いてくれないのでは、と思って。
「悪いのは……その……わ、わ……」
はじめの顔色は変わらない。千夏が続きの言葉を言うのを待っている。
千夏が、空手着を着た父親の懐に飛び込むような、追い詰められた心境で、
「悪いのは――」
謝罪の言葉を言おうとしたとき。
プシュー、というコンプレッサーの音と共に、バスのドアが開いた。
続いて、運転手のアナウンスの声が聞こえてくる。
「ご乗車ありがとうございます。ここは――」
アナウンスが言ったバス停は、はじめの家の近くだった。
「千夏さん、ここ、僕の家の近くのバス停だよ」
「え……ああ、そう、なのか。いや、そんなことより」
「話なら僕の家でゆっくり聞くから。今は降りよう」
「いや……あの」
「いいから、早く早く」
渋る千夏を椅子から押し出し、2人分の料金を払うと、はじめは千夏を連れてバスを降りた。
バスを降りてから藤森家の庭の前につくまでの道を歩きながらも、千夏は口を開かなかった。
一度謝るタイミングを逃してしまうと、誤りにくくなるものだ。
ましてや、千夏は空手と無関係の知人に謝ったことは一度もない。
さらに緊張し、言葉を発することすら難しくなっていた。
そんなふうに歩いているうちに、2人は藤森家の目の前にやってきていた。
はじめは普段家に帰る通りに庭の門をくぐった。
しかし、千夏はその後をついていかなかった。いや、行けなかった。
脚が竦んでいたのだ。
「あの、はじめ……やっぱり私はここで帰るよ」
「ええ? でも、僕だって言わなきゃいけないことがあるのに」
「いや、いいんだ。なんでもなかった。すまない」
千夏はきびすを返して、立ち去ろうとする。
だが、一歩進む前に歩みは止められた。はじめが千夏の手をつかんで止めていた。
「なんでもない、なんてことないでしょ」
「いや、本当に、本当になんでもないんだよ。だから、手を離してくれ」
「いやだ。千夏さんが話をしてくれるまで、この手は離さない」
ここにきて、はじめが強情な姿勢を見せた。
千夏が手をふりほどこうとしても、はじめは掴んだ手を離さない。
「離せ! 離せって言っているだろう!」
「いやだ」
「なんで離してくれないんだ。なぜ放っておいてくれないんだ!
私には、仲のいい知り合いなんていらないんだ! だから仲直りなんてしなくっていいんだ!
空手の強い父がいて、空手を習っている門下生がいれば、それで!」
「じゃあ、卓也は?」
ぴたり、と千夏が動きを止めた。
畳み掛けるように、はじめが言葉を続ける。
「卓也は、千夏さんの友達じゃないか」
「あいつは……そんなやつじゃなくて」
「友達じゃないの? 全く知らない、他人?」
「……違う。あいつは、知らない奴でも、仲のいい友達でも、ただの昔からの知り合いでもない」
「悪友でもない?」
「……そうだ」
「それじゃあ、どんな存在なの?」
真剣な表情に、少しだけいたずらの色を混ぜて、はじめは言った。
庭の中に立つ、男の存在に気づきながら。
このときの千夏は、すでにかなり追い詰められていた。
だから、後々後悔することを言ってしまった。
大きな声で。半径200メートル以内にいる人間なら、誰でも聞き取れそうな声で。
「卓也は、私のものだ! だから、そんな軽い関係じゃないんだ! あいつを殴っていいのは、私だけなんだ!」
圧倒的な声量に押されて、思わず耳を押さえながらはじめは後ろに下がる。いや、左斜め後ろに下がった。
そうすると、先ほどまではじめの背中に隠れて見えなかった光景が見えることになる。
そこに千夏が見たのは、巨大な建物である藤森邸と、嫌そうに眉をひそめ、口元をひくつかせている卓也だった。
次の瞬間に起こったこと。
まず、千夏が卓也を震える指で差した。開いた口ががくがくと小さく揺れ動く。
そんな千夏の様子を見て、卓也が口を押さえた。笑ったのだ。
一瞬で鬼の表情になった千夏は、はじめの手を強引に振りほどき、卓也へ向けて猛ダッシュ。
当然、卓也は動いた。バッタのような瞬発力で左へと飛びのく。
だが、千夏の反射神経は卓也以上だった。
全力疾走の状態から慣性の法則をねじまげたような、90度の方向転換。
卓也の顔が驚愕の色に染まる。
獲物をしとめる鷹の目をした千夏が、卓也の眼前に迫る。そして。
「カハアァァッ!」
という短い気合と共に、突進の勢いの乗った正拳突きが、卓也の腹に突き刺さった。
踏み込みもタイミングも狙いもバッチリの一撃。
卓也は2メートルほど宙に浮いて吹き飛び、背中から着地し、1回転、2回転、さらに半回転し芝生の上にうつぶせになった。
ここまで、わずか8秒。
初めてリアルで秒殺劇を見せられたはじめは、恐怖を抱くよりも、むしろ感心した。
卓也はというと、芝生に顔面を伏せていた。
その顔は、青かった。芝生の青さとは別の、本物の青色だった。
「おーい、卓也ー。起きろー」
どことなく間延びした声に導かれ、卓也は目を覚ました。
卓也は地面に仰向けになっていた。目の前には親友である、はじめの顔がある。
「はじめ……今度こそ俺は、天国に来てしまったのか?」
「……何言ってるんだ? それに、今度こそ?」
「だって、さっき俺は鬼に……鬼に……ひいいっ!」
卓也は体を起こすと、頭を抱えてうずくまった。
ぶるぶると震える。本物の恐怖を味わった、と言わんばかりの震え方だった。
そんな卓也を見下ろす人物が1人いる。
卓也の頭を踏めそうな場所で、腕を組みながら立っている。
「鬼だ……あれは本物の鬼だった。そうじゃなきゃ、あんなに目が尖っているはずがない」
「おい」
「いや……あの顔はどこかで見たことが。あれは、あれは確か……」
「卓也」
「なんだよ、さっきからうるせえな……」
と、卓也が顔を上げた。
ひっ、と声にならない悲鳴をあげると、卓也は腰を抜かした体勢のまま後ろへと下がる。
「ちちち、ち、千夏!」
「情けない声を出すな。近所迷惑だ」
「すまん。笑ったのは謝る。ただ、ただ俺はお前の驚いた顔が面白かっただけで」
「……さっきの言葉」
「ん?」
「さっき私が言った言葉は、忘れろ」
「さっき? ……どの時点での?」
「しらばっくれるつもりか?! ……聞いて、いたの、だろう……?」
千夏の勢いが、少しずつ弱くなっていく。
そんな千夏の様子に、卓也は疑問符を浮かべた。
「悪いけど、さっきのお前の攻撃で、記憶が曖昧なんだ」
「……なに? 本当か?」
「なんつったっけ、お前。たしか……俺を殴っていいのは私だけだとかほざいて……軽い関係じゃないとかなんとか。
あと、その前に何か言っていたような……なんだっけ?」
首を傾げる卓也。演技をしている様子は見て取れない。
さっきの千夏の渾身の一撃で、卓也の記憶は飛んでいたのだ。
なにせ空手道場の跡取り娘の正拳突きだ。定着する前なら記憶の一つや二つ、飛んでいてもおかしくない。
千夏は、ほっと肩をおろした。そして一変、強気ないつもの表情に戻る。
「そんなことは気にするな。だいたい私は何も言っていないぞ」
「そうか? それならそれでいいけど」
「さっさと立て。あれぐらいの一撃なら、痛くもかゆくも無いだろう?」
「……まだ腹筋に突き刺さるような痛みがあるのは気のせいか?」
「気のせいだ」
立ち上がった卓也に背を向け、千夏は立ち去ろうとした。
「ちょっと待ちな。千夏」
と、兄貴ぶった口調で喋りだしたのは卓也だった。
しかし千夏も負けてはいない。普段の凛々しい口調を意識して男らしく変え、卓也に返事をする。
「なんだ。さっさと帰るぞ」
「一部記憶は飛んでるけどな。お前とはじめのやりとりははっきりと覚えてんだぜ。
お前、まだはじめに謝ってないのか?」
「うっ……」
「やっぱりな。はじめ、ちょっとこっち来い」
手招きする卓也に誘われて、いぶかしげな顔をしながらもはじめは歩き出す。
卓也は後ずさる千夏の肩を掴み、そしてはじめの肩を掴むと、二人を向き合わせた。
千夏の顔色が赤になる。はじめの顔色は変わらない。
助けを求めるように見つめてくる千夏に、卓也は言う。
「ほれ。言いたいことあるんだろ」
「う……いや、もう、それは」
「いいから言えって。大丈夫だ。心配すんな」
卓也は千夏の肩を2回、軽く叩いた。そして、2人を残して後ろに下がる。
はじめは、千夏が喋りだすのをじっと待っている。
千夏は、自分から喋りださなければいけないことをわかっていた。
だが、どうしても言葉がでない。
なにか、なにかきっかけがあれば。
その祈りは、天に昇った、いや、天に昇ったが引力に引かれて地上に向かい、軌道を描いて一人の男に届いた。
その場に居る、卓也のもとに。
「おらあ! 行ってこーい!」
何を思ったか、卓也が千夏の背中を、まるで恨みでもあるかのように力強く押した。
あまりの勢いに、千夏は前のめりになる。そうすると、当然。
「うわわっ! 千夏さんっ!」
「んなっ!」
という感じで、千夏がはじめを押し倒す形になる。
図らずも押し倒してしまった千夏と、押し倒されてしまったはじめ。
2人は、体と体を密着させている。もちろん、顔を向き合わせている。
こんな状況になっては、いくら女性に慣れているとはいえ元がシャイなはじめは、顔を紅くするしかない。
男性に慣れていないうえそもそも友達がろくにいない千夏も、顔をリンゴのように紅くするしかない。
「ふはははは! そういうわけで、上手くやれよ、千夏! 俺は俺を待ってくれている人のところへ行くからなー!」
2人をこんな赤面させる事態に置かせた張本人の卓也は、2人を置いてその場から立ち去った。
あとに残されたのは、はじめと千夏だけ。
状態は、体を密着させ、千夏がはじめを押し倒している。
しかも、周りには誰もいない。千夏が助けを求められる人間は、誰もいない。
「くそっ、卓也のやつめ……」
と言ってはみるものの、本当はきっかけを作ってくれた卓也に感謝していた。
あとは、最後の一歩を踏み出すだけだ。
「はじめ……」
「は、はい……?」
「あ……ぁ……ぅ……ん、んん。……はじめ、え…………私、は……」
千夏は色っぽい声をだした。
理由はない。そもそも色仕掛けなど、千夏は覚えていない。
それ以前に、謝らなければいけないときに色仕掛けをする意味がない。
途切れ途切れの言葉が、たまたま色っぽくなっただけなのだ。
「はじめ……さっき、私が……会わないでくれ、と言ったのは、嘘、なんだ……」
こくり。はじめは無言で頷く。
「お前に、本当は弱音を吐きたかったけど……そうしたくなくて……だから……あんなことを言ったんだ」
すがるような千夏のまなざしを受けて、はじめは参っていた。
今日は気温が高いから密着していたら暑いし、それに体の芯までが熱い。
今にも愛の告白でもしそうな顔で見られては無理も無い。
それでもどうにか暴走する熱を抑え、千夏の言葉を待つ。
千夏は、とうとう覚悟を決めた。
今まで誰にもさらけ出したことのない感情を込めて、言葉を口にする。
「すまなかった。はじめ。許してくれ」
たったこれだけの言葉。
しかし、これだけの言葉を言う勇気すら、千夏は持っていなかったのだ。つい、さっきまでは。
「すまない、はじめ……」
千夏は、はじめの言葉を待った。
己の体を支える腕が震えているのは、疲労か、はたまた拒絶の恐怖か。
その答えは、後者だった。
声を殺して笑うはじめを見て、千夏の腕の震えが止まった。
「おい? なぜ笑う」
「いや……おかしくって……」
「なにがおかしい! これでも、私は真剣に悩んだんだぞ」
「いや、千夏さんがおかしいんじゃなくて、とばっちりを受けた卓也がおかしくって。
さっきなんか、2メートルも吹き飛んで2回転半したし」
「あ、あれは! 卓也が自分から吹き飛んだんだ。私の拳ではあそこまで吹き飛ばないぞ」
「それに、告白までしてたし」
「んなっ!」
「卓也、愛されてるなあ。ちょっとうらやましいかも」
顔を紅くしながらも、千夏は反撃に出る。
少し怖い、だがどうしても聞きたい、はじめの言葉を聞くために。
「――ええい! そんなことより、どうなんだ! …………私を、許して、くれるか?」
こんなときにはじめが返す言葉など、一種類しかない。
「うん。これからも、仲良くしてね。千夏さん」
その言葉を聞いて、千夏は脱力した。緊張の糸が切れたのだ。
思い込みすぎて強く張られた糸は、千夏の体から全ての力を奪い取った。
そうなると、当然。
「千夏さん? あの、体がくっついてるんだけど」
「ん、ああ……すまない。少し気が抜けてしまってな」
「そ、そう。で、どれぐらいで回復する?」
「ん……はじめの体の上は寝心地がいいな」
「千夏さん? なに言ってんの?」
「もう少し、あと5分だけ……」
千夏ははじめの体の上に乗ったまま、目を閉じた。
はじめの胸の上には千夏の頭が乗っている。
豊かなふくらみが無いせいで局所的な柔らかさは感じないものの、やはり女の子の体。上質な枕のように柔らかい。
千夏の手ははじめの頭の左右にだらりと伸ばされている。
脚はというと、はじめの股間のちょうど上のあたりに乗っていた。
固くなっているわけではないが、もしかしたらジーンズの生地のせいで誤解されているかも、とはじめは思った。
はじめは、あと数分の辛抱、と思いながら首を横に向けた。
空を見ようと思ったのだ。
しかし、見えたのは――青い空ではなかった。
「ちっ、ちちち、千夏さん!」
「ん? なんだ、卓也の真似か?」
はじめの視線の先に居たのは、2人の女性。
「違うって! まずいんだってば!」
「何がまずい? 何もやましいことなどないだろう?」
1人は、百合の花を思わせるようにしとやかな顔をしている、細い体に女中服をまとった女性。
「そりゃ、やましいことなんか何一つないよ!? うん、絶対にない!」
「やけに必死だな。言い訳でもしてるみたいだぞ」
もう1人は、フリフリのスイートピーのようにかわいらしい、メイド服を着た小柄な女性。
「いや、言い訳じゃないんだって! 違うからね、2人とも!」
「はじめ、さっきから誰に言っているんだ?」
2人は立ったまま、芝生の上に倒れているはじめと千夏を見下ろしていた。
小柄な方の女性が、口を開く。彼女は怒りに頭全体を小刻みに揺らしていた。
「はじめ、ただいま。無事だったんだ、よかったぁ。でもぉ……」
続いて、家政婦のような女性が口を開く。彼女の両手は、固く握り締められている。
「心配して損しました。まさか、先に家に帰っていて、それもこんなことをしているなんて」
はじめは自分の置かれている状況がどれだけ絶望的か自覚しつつも、希望は捨てなかった。
「違うんだよ、これは。卓也が千夏さんを後ろから押して、それでこんなことに――」
「はじめくん」
家政婦の女性が握り締めたままの両手を前に持ち上げた。拳を開く。
手からこぼれ落ちてきたのは、無数のピアス。中には万力で潰されたような指輪まであった。
「今日は、久しぶりに――」
「三人で遊ぼっか? はじめ?」
言うまでも無く、そこにいたのははじめの恋人にして藤森家の使用人。
藤森やよい、そして、古畑マナの、2人だった。
最終更新:2007年08月04日 19:16