ウソハキムスメ-2
軽音。
扉を開くと昔ながらのカウベルが鳴り、客を出迎える。いかにも喫茶店という雰囲気が
して快い、ここのマスターは実に分かっている。学校近くの喫茶店というだけあって客の
殆んどが高校生だが、あまり煩く感じないのも雰囲気のお陰だろう。
「いらっしゃ……また来たんか。珈琲なんか家で飲んだら良えやろ、パパさんもママさん
も無駄にお金を使わせる為にお小遣いくれとるとちゃうねんで?」
俺を出迎えたのはうちの高校、織濱第二高の制服の上に黄色のエプロンを纏った雇われ
ウェイトレスだ。一瞬だけ浮かべた接客スマイルはすぐさま崩れ、眉根を寄せたいつもの
ドス黒い、人を小馬鹿にしたような笑みに戻った。これだけでも噴飯物だが、それに加え、
こんな喫茶店の意味を根底から覆すようなことを関西弁で言う知り合いなぞ俺の友達の中
では一人しか居ない。と言うか、客を減らすような真似をしてよくウェイトレスなんかが
勤まるものだと思う。いや制服のYシャツの上にエプロンという姿は確かに雰囲気も出て
いるし、かなり似合っているが、もしかしてこれがクビにならない理由だろうか。
「何や、そんなにジロジロ見て。早く何か注文しいや?」
「コトを一人、お持ち帰りで」
「はいはい、マスター! アホ一丁!!」
随分と良い根性をしているじゃねぇか、この嘘吐き娘が。こんなにクールに嫌味を言う
女子高生なんて滅多に居ないだろう。だが俺も長年付き合いのある幼馴染み、こんなこと
くらいてヘコんでしまう程弱くない。強く、タフでなければ今まで生きてこられなかった。
「なぁ、コトさんよ」
「あ、ちょっと待っててな」
鈍い音をたててテーブルに置かれたのは、先程コトが注文したお冷やだ。そこまでは、
まだ良い。だが何の目的があって、2リッターもありそうな巨大ジョッキなのだろうか。
いかん、泣きそうになってきた。
「あぁもぅ、そんなに暗くならんといて。うっといわ!!」
何て理不尽な。
何故か少し霞んでいる視界の中に、白い陶器が置かれた。匂いから考えて中身は珈琲か。
「ほな、ウチは仕事せなアカンから。これでも適当に飲んどいて」
これは、つまり、そういうことか。
こちらと目を合わせようとしないコトの太股を見ながら、俺は理解する。どうあっても、
やはりコトはコトなのだと。ツラは良いが、性格も悪ければ口も悪い。今日は珍しく嘘を
吐かなかったものの、代わりに超ド級の嫌味をかましてくれたけれど、
「可愛いな、お前」
「あ、あんさんに誉められても何も嬉しくないわ!! 馬鹿!! アホ!! ちんこ!!」
言うと一瞬で頬を赤く染め、体ごと背けてきた。しかしコトは「あ、後な」と前置きし、
「それ、水飲み終わるまで帰さへんから」
言うと猛ダッシュで逃げてゆく。スカートの裾が翻り、今日は何か勝負をする日なのか、
珈琲色の下着が見えたのだが、これは俺に対するサービスなのだろうか。流石近所の主婦
や学生一同を引き付けて止まない名店『極楽日記』、店の名前に恥じない良い仕事をして
くれる。煎れたての珈琲も、水(コップ一杯分を飲み、残りは大体1.8リットル)も美味い。
そんな馬鹿馬鹿しいことを考えながら珈琲と水をちびちび飲み過ごし、またジョッキに
水を足され、パンパンになった腹を抱えて帰ったのは別の話。
最終更新:2007年10月31日 19:15