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ツルとカメ-50

  • 作者 ロボ氏

「おはよ、カメ」
 聞き慣れた声に振り向けば、こちらに駆け寄ってくる幼馴染みの姿が見える。
「おはよう、クラス表見たか?」
「うん。同じクラスだったね」
「これで五年連続か。それにしても」
 随分と女子の制服が似合っている、本物の女子以上だ。柔らかく揺れるセミロングの髪、
日の光を無視したような白い肌。柔らかく曲線を描く頬は薔薇色に染まり、その先にある
顎は小さく、品の良い三日月型の薄い唇は頬より尚鮮やかな赤を湛えている。大きな宝石
を削り出したような左右の瞳は僅かに蛍光灯の光を反射し、まるで透度の高い湖のように
輝いていた。どれもがこいつを美少女たらしめていて、大抵の男なら微笑みを向けられた
だけでオチてしまうだろう。残念なことに男だが。
「今日も可愛いな」
「そう?」
 水樹は小さく笑い、ターンを一つ。
 そしてこちらに笑みを向けた直後、ケッと吐き捨てるような声が聞こえた。声の方向を
見ればツルが汚いものを見るかのような、蔑みを含んだ視線を返してくる。かなり身長が
低いのでクラス表を見るのが大変そうに見え、代わりに確認してやった訳だが、その行為
がツルには大層不満だったらしい。女の子の日でもないのに普段から苛々としていて表情
は不機嫌なものが基本だし、昔からこうなので慣れてはいるのだが、しかし人前でこうも
露骨に八つ当たりされるのは何とも居心地が悪い。
 嫌われている訳ではない、というのは理解している。ツルがこの織濱第二高に通うこと
になり、僕の家に引っ越してくる前は嫌われていると思っていたのだが、実際に二人きり
で一週間を過ごしてみると嫌われていないということぐらいは確認出来た。特別好かれて
いるという訳ではないが、基本が普通よりもやや気難しい位置にあるだけで、それ以外は
意外と普通に接してくれるのだ。今はたまたま機嫌が普段よりも更に悪く、取っ付き辛い
だけだ。だが慣れていない水樹には、少し厳しいかもしれない。
 何か会話が弾むような良い話題は無いかと首を捻ると、不意に裾を引っ張られた。
「知り合い?」
 囁くように訊かれて、紹介していなかったことに気付いた。一回は会わせていたつもり
だったのだが、どうもうっかり忘れていたらしい。

 水樹は幼馴染み、ツルは同い年の従妹とどちらも長い付き合いなのだが、改めて考えて
みると意外と接点などは無いものだ。ツルが来たときは水樹達と遊ぶことはしなかったし、
ツルが住んでいたのも隣の市だったので、見事に会わなかった訳だ。
 ここ一週間の春休みの間も親が仕事で殆んど不在だった為、二人きりでの引っ越し作業
に手間取り、あまり外に出られなかった。つまり紹介する
暇も無かったから、今日が初めてのコンタクトになるという訳か。
「おいツル、こいつは水樹。ほら、たまに話してただろ?」
「あ、君が美鶴ちゃんか。カメからよく聞かされてるよ、可愛い従妹だって」
 そこで挨拶でもすれば少しは今の仏帖面のフォローも出来たのだろうが、ツルは一睨み
しただけで鼻を鳴らし、教室へと向かっていった。愛想もへったくれも無いが、あいつは
そんなに人見知りするような奴だっただろうか。どちらかと言えば気さくなタイプだった
ような気がするが、もしかしたら緊張しているのかもしれない。後で何かフォローをして
おいた方が良いかもしれない、何せあいつは大切な従妹だ。
「あたし、何か不味いことした?」
「気にするな、あいつはあれがデフォだ」
 気不味そうな表情をする水樹にもフォローをしながら、一つ思い出した。
「そう言えば一真は?」
 教室へは一緒に行く約束をしていたからその内来るだろうと思っていたが、何故か姿が
見えない。約束を破ったり遅刻したりするような奴じゃないから学校には来ている筈だが、
どうしたのだろうか。周囲を見渡してもまばらになってきた生徒が居るだけ、その中にも
見慣れた偽ヤンキー姿は見当たらなかった。
「あ、一真は停学だって」
 意味が分からない、停学と言っても今日が入学初日だろう。だが話を聞けば何とも一真
らしい理由で、登校中に喧嘩している先輩を見付けて仲裁に入り、そのまま喧嘩両成敗で
全員を殴り倒していたところを教師達に見付かって停学になったのだという。高校に入学
するに当たって暴力は封印すると言っていたのだが、いきなり破ることになるとは思って
いなかった。強すぎる正義感は一真の長所だが、それが原因で停学になるとは救われない。
運もガラも悪いのは仕方ないにしても、水樹と共に幼馴染みであるあいつには、是非とも
幸せになってほしいと思った。


 ◇ ◇ ◇

「いや、実に素晴らしい演説だったな」
 数分前、体育館で僕達新入生に向かって気持ちの良いスピーチをしてくれた生徒会長の
姿を思い浮かべ、何度か頷く。実に素晴らしかった。少しSっぽい目は勿論だが、金髪だしガーターベルト付きだったし、
「特に乳が。目測で92だな」
「スピーチには関係無いよね?」
 夢が無い奴だ、これだから鏡を見てオナニー可能な奴は。正直に言うと羨ましいが。
「ちょっと、邪魔よ」
「あ、すまん」
 僕を押し退けた女子が、ツルの方へと向かってゆく。目付きは悪いが、生徒会長程では
ないにしろ乳が大きく、実際に押し退けられた際に当たった乳が何とも言えない柔らかさ
を示していたので直に揉んでみたくなる。
「ちょっと!! 何やってるのよアンタ!!」
 いかん、既に揉んでいた。格闘家が何度も反復練習を重ねた結果、その型の動きが体に
染み付いて無意識での行動が可能になるという。考えるよりも感じ、意思を走らせるより
先に拳が走るというものだ。その領域に達していたなんて、僕も捨てたものではない。
「あんたの場合は本能を制御出来ていないだけでしょ!?」
「ツル、この頭がおかしい奴は知り合い?」
 いきなり人を精神病患者扱いするなんて、随分と酷いビッチも居たものだ。いや待て僕、
ビッチと決めつけるのは早計かもしれない。世の中には多種多様な人間が居るし、文化も
様々なものがある。それを真っ向から否定してしまうのは馬鹿のすることではないのか。
現に『嫌われているから仕方ない』と諦めなかったからツルと曲がりなりにも共同生活が
出来ているのだし、もしかしたらこの娘もツルと同じタイプなだけかもしれないのだ。

「こっちはカメ、ほらたまに話してたでしょ? カメ、こっちはコイ。中学からの友達よ」
 友達の手前不機嫌を見せたくないのか、朝からの不機嫌が直ったのか。多分後者だろう、
ツルは珍しく普通の笑顔に近い表情を浮かべつつ紹介してくれた。ツルのこんなサッパリ
とした部分は大好きだ。
「よろしく。因みにこいつは水樹」
「よろしくね」
「うん、よろしく。だけどアンタは無理」
 水樹には笑顔を向けたと思ったら、こちらには物凄い表情を向けてきた。僕が一体何を
したというのだろうか、理不尽にも程がある。こんなに嫌われる覚えは無いのだが、この
コイという娘は実はレズなのではないだろうか。
「カメ、言い忘れたけどコイは男嫌いなの」
 予備軍か、通りで目が鋭くて乳がでかいと思った。こういうタイプの女は大体レズだと
相場が決まっているが、こいつも例に漏れなかったらしい。
 だが一つ誤解がある。
「水樹は男だぞ?」
「「嘘でしょ!?」」
 こんな場所で嘘など吐いても意味が無い気がするが、最初は誰でも水樹のことを女子と
思うから仕方のない話だろう。勘違いと言えば入学式の少し前、連れションに行った際に
トイレに入った男子達の表情は実に面白いものだった。トイレの中があんなに静かになる
光景なども、滅多に見れないだろう。
 だが二人の目は疑わし気で、
「嘘だと思うなら揉むか?」
 尋ねると、同じ中学の奴ら以外のクラスメイト全員が黙り込んだ。
「でも、アンタと仲良くする理由にはならないわよ?」
 それもそうだが、初日から嫌われ宣言されたのでは気分が悪い。
 考え、何か共通の話題がないかと思考を巡らせ、そして彼女の今のところ一番の特徴で
ある部分に思い至った。これならば文化の違いなども無いだろうし大丈夫だろう、とその
部分に視線を向け、確認の意味も込めて手を伸ばし、
「乳の二割は背中とか脇の下とかの……」
 何故かツルにブッ飛ばされた。


 ◇ ◇ ◇

「すまんな、私一人では無理そうだったのでな」
 放課後になり、担任のアズサ先生が今日来れなかった一真の分の教科書やらを倉庫まで
持っていくというので手伝いを募った訳だが、見事に立候補する者は居なかった。確かに
美人ではあるし男子生徒ならば両手を上げても良さそうなものだが、残念なことにアズサ
先生が持つ独特の雰囲気が遠慮させていたのだろう。美人には美人なのだが、それは何の
関係も無しに傍目から見た場合だ。端的に言えばバリバリのキャリアウーマン、このまま
進めば言い方は悪いがオールドミスまっしぐらな感じだからだ。鋭利な瞳に知的な眼鏡、
凛々しい雰囲気を持つパンツスーツ。一部の人間に堪らない姿だが、どうやら僕のクラス
には僕も含め、下僕趣味の人間は居なかったらしい。実際に話してみれば思っていたより
ずっと気さくだと分かるのだが、今日が初日なので無理もない。因みに、僕が今こうして
アズサ先生と二人で歩いているのは誰も立候補者が居ない状態でランダムに選ばれた結果、
白羽の矢が立ったのが僕だったからである。今はその帰りだ。
「こんな面白くない教師と二人で、息苦しかっただろう」
「あ、いや、気にしないで下さい。困っている人が居たら助けるのは、当然のことですよ」
「立候補しなかった癖にな」
 痛い部分を突かれて言葉に詰まってしまったが、それが面白かったらしくアズサ先生は
小さな笑い声を出す。意外と言うか、思っていたよりも綺麗で優しい横顔だ。
「冗談だ、本気にするな」
「あら珍しい、アズサが笑っているなんて」
 優しい声に目を向ければ、白衣を着た美人が立っていた。確か保険医のエニシ先生だ。
半分うとうとしていた教師達の紹介時間だったが、サラサラとした長い黒髪やアズサ先生
とは比較にならない程の爆乳が強く印象に残っていたのでよく覚えている。自己紹介の際、
エロいラインだと思った脚のラインが、今は白衣で隠されているのが悔やまれる。

「こんにちは、君は靴紐が黒だから新入生ね。保健室ではカウンセリングとかもしてるし、
用事が無くても歓迎するから、これから三年間よろしくね? 後、アズサも見た目は堅物
だけと良いところは沢山あるから、出来れば仲良く……」
「も、もう良いだろ。ほら坂田、もう行くぞ」
 何か後ろめたい部分でもあるのか、アズサ先生は焦ったような表情でエニシ先生を睨み
つけると大股で歩いていく。僕もエニシ先生に礼をすると、慌てて追い掛けた。あら残念、
と背後から聞こえてくるが、これは聞かなかったことにした方が良いのだろうか。
 少し進むと、二人の女子生徒がこちらに会釈をしてきた。入学式でスピーチをしていた
生徒会長の重鞘先輩と、副会長のオウ何とか先輩だ。オウほにゃやら先輩は聞き慣れない
感じな上に微妙に長かったので覚えられなかった。褐色の肌と名前の響きから察するに、
中東系の人なのだろうか。結構個性が強い感じだが、しかし個性の強さならば重鞘先輩も
負けてはいない。乳は大きいし金髪だし、近くで顔を見てみると何だか両刀使い顔をして
いるのだ。確かめた訳ではないし確かめようもないが、そんな雰囲気がプンプンしている。
「お疲れ様です、アズサ先生」
「……お疲れ様です。……君は、新入生?」
「あ、はい。一年の坂田・孝道です」
 会釈をして気付いたのだが、靴紐の色は赤だから二人とも二年生。つまり学年が一つ上
ということだ。落ち着いた雰囲気を持っていたから、三年生だと思っていた。
「よろしく、坂田君。名前は……もう知ってますわね。ですが堅苦しいのは苦手なので、
ホウで結構ですわ、皆もそう私を呼んでいますし。こちらもオウと呼んで下さい」
「……よろしく」
 見た目からSっぽいという印象を持っていたが、思っていたよりもずっと砕けた感じの
人だ。それなのに声や話し方が上品で、何か一般人とは一線引いたような雰囲気がある。
流石はこのマンモス校の生徒の頂点に立っている生徒会長ということか。

「この学校は変わった方が多いので最初は少し戸惑うかもしれませんけど、慣れれば割と
楽しいものですし。それに生徒の自主性を尊重していますから、意欲さえあれば充実した
生活を送れると思います。一緒に楽しい思い出を作りましょうね」
 感動した。判を押したようなと言えば聞えは悪いが、こんな綺麗な言葉を当然のように
言って、しかも何のおかしさも無い人が居るだなんで思いもしてなかった。完璧な人間と
いう言葉があるが、それはホウ先輩のような人のことを言うのだろう。笑みを向けられ、
僕もつい笑みを返してしまう。握手が出来ないことが非常に残念だ、掌が脂性でなかった
なら是非とも握手をしたかったのに。妙なコンプレックスを生んだ夜の恋人が恨めしい。
「ですが」
 ホウ先輩は急に目を鋭くし、
「ハメを外すのは許しませんわよ?」
 さっきの笑顔とのギャップに背筋が凍り、僕は何度も頷く。
「よろしいですわ、ではご機嫌よう」
「……またね」
 二人の先輩を見送った後に玄関でアズサ先生と別れ、校門に向かう。先に帰ったものと
思っていたが待っていてくれたらしい。街路樹に背中を預けて空を見上げていた水樹は、
こちらに気付くと笑みを浮かべ、小走りで寄ってきた。
「思ってたより遅かったね。大変だったんだよ、ナンパ断るの」
 逆ナンではないから恐ろしい。
「どうする、これから」
「僕は一旦帰る、ツルがメシ作って待ってるからな」
「そっか、残念」
 今日の昼飯は何だろうか、と考えながら歩いていると、隣を歩いていた水樹が横を向き
足を止めた。視線の先にあるのはジュースの自販機で、新商品と書かれたシールの枠の中
にはやけに光を反射する缶が置いてある。商品名は『中身は丸ごと寒天(ヨーグルト味)』、
言うまでもなく織濱食品の珍ドリンクだ。果たして飲めるのだろうかと疑問に思ったが、
水樹は「美味しそう」と言いながら財布を取り出した。

 それにしても、と言いつつ自販機に千円札を入れながらこちらを向き、
「カメって何かさ、ラブコメの主人公みたいだね。ツルちゃんとかチーちゃんが居るし、
コイちゃんも意外とコロッといくかもよ? さっきまでアズサ先生の手伝いしてたしさ、
その内にハーレムが出来たりしてね」
 水樹にしては珍しいタイプの冗談だが、僕は首を振る。アズサ先生は教師だし、コイも
男嫌いだ。何となくエロい雰囲気だなと思ったエニシ先生も同じく教師だし、少し話して
良い何か良いと思った生徒会長のホウ先輩も、一年生の内に今のポジションに落ち着いた
ような立派な人だ。それこそ高根の花というものだろう。懐いてくれていたチーちゃんも
この学校に進学するとは限らないし、多分付き合うのとは別の感情だ。ツルに至っては、
個人的な意見は別にするとしても本当に只の従妹なのだ。こうして初日から様々な女の人
に縁のようなものを持った訳だが、どれも恋愛に繋がるようなものではない。
「だから無理だって」

 ◇ ◇ ◇

 そう二年程前は思っていたのだが、
「実現するなんてなぁ」
 豪華な光景だ、と思いながら視線を回す。もちろん内装は普段見ているものと変わった
部分がない。ただ違うのは、この生徒会室の中に居るメンバーと、その人数だ。決して僕
が狙ってやった訳ではない、これこそ偶然の賜だろう。
 卒業式も幾つかハプニングがあったものの無事に終えることが出来て、今年度も幾らも
残っていないと感慨に耽りながら来たのは生徒会室だった。そこでのんびりとしていたら
ツルが来て、他の皆も示し合わせたかのように集まってきて、その結果、
「有り得ないだろうよ、これは」
 水樹、一真、コイ、センス、ミチル、ホウ先輩にオウ先輩。アズサ先生にエニシ先生、
チーちゃんにツルと、何故だが知らないがフルメンバーが揃っていた。

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最終更新:2007年10月31日 19:21