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Slowly×Slowly第1話

  • 作者 でぃすぱ氏

 「…んあ」
 朝6時50分。
 部屋にウザッたい目覚まし音が鳴り響く。凍夜は頭をボリボリと掻きながら起き、ジリジリと
鳴る目覚まし時計に手を伸ばしスイッチをONからOFFにした。
 今日が休日ならこのまま二度寝してしまう凍夜だが欠伸をしながら布団から出る。
 なぜなら今日は平日で高校生の凍夜は学校に行かなければならないからだ。
 しかも転校初日のため遅刻は許されない。
 制服に着替え洗面台で顔を洗い、歯を磨く。それが終わると髪を濡らしタオルで水気を取り
ドライヤーで形を作る。そしてワックスを適当に指に付け、手のひらで十分に伸ばす。凍夜も
年頃の男子高生。オシャレに興味があるのだ。男子向けの美容雑誌を広げモデルと同じような
髪型にする。
 「まぁ、こんなもんか」
 スタイリングをし終えた凍夜はコンタクトレンズを取り出し、両手で右目を大きく開きレンズを
装着する。そして2、3回瞬きをし、完璧に装着できたことを確認すると右目と同様に左目に
レンズを付ける。
 「…ふぅ。これでいいか」
 洗面台から出てきた凍夜はリビングにあるテレビのスイッチを付け、毎朝見るニュース番組に
チャンネルを合わせ台所に向かう。
 トースターにパンをセットし、フライパンには油をひきベーコンを入れある程度経ったら卵を
落とす。数分後にはシンプルかつおいしい朝食の出来上がりだ。
 トーストをかじりながらテレビを見ていると胡散臭い占いのコーナーが映る。正直当たらない
テレビの占いだが何故か見てしまう人間の悲しい性。ついつい凍夜も見てしまう。
 「今日の運勢が最高なのは蟹座の人!大切な人と再会できます!!相手のことをあだ名や下の
名前で呼ぶと運気がUP!ラッキーアイテムは甘いもの。じゃあ皆さんいってらしゃい!」
 当たるはずがないと思っているのに喜んでいる単純な蟹座が一名。
 「…いや俺大切な人いないじゃん」
 あることに気付き独り言を呟く。
 実際に凍夜に大切な人はここにはいない。両親は仕事のため海外にいるしとても忙しいため
帰って来れないし、彼女なんていない。だから再会しそうな大切な人は凍夜にはいないのだ。
 食器を洗いテレビを消し学校に行く準備をする。
 玄関を出て鍵を掛け凍夜は天を仰ぐ。空は晴れていて透き通るような青さ。まるで絵の具を直接
塗ったかのようにキレイだ。転入初日には持ってこいだ。そんな青空。
 「よっし!行くか」
 昔いた街。だけど少し形変った街。
 凍夜は新しい学園生活へ向け一歩を大きく踏み出す。
 散り際の桜がヒラヒラと舞い散り凍夜の頭上に優しく降りた。まるで凍夜を歓迎するように。

     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆
「今日からこのクラスに入ることになった、春神凍夜君だ」
 「今日からこの学校に転入してきました、春神凍夜です。両親の仕事の都合で
こっちに来ました。よろしくお願いします」
――――――パチパチパチ
 担任の福原先生から紹介され凍夜は軽く頭を下げて挨拶をし、無難な自己紹介をした。
 「いいかお前ら、困っていたらちゃんと助けるんだぞ!彼も今日からお前らの仲間
なんだからな。春神もみんなと仲良くやってくれ。まぁこいつら全員良い奴らだから
すぐ馴染めるさ」
 担任の福原が凍夜にニカッと笑いかける。
「じゃあ、春神君は有澄の隣の席に座ってくれ。この列の後ろから2番目だ」
 福原が指差す席に凍夜はクラスメートに軽く挨拶しながら向かった。生徒たちもそれに
合わせよろしく等と返事する。
 自分の席に着き学校指定のカバンを机の横のフックに掛け、隣の有澄を見た。
 窓際に座っている彼女のサラサラした長い髪は、少し開いた窓から吸い込まれるように
流れてくる春風になびく。ミルク色した頬に華奢な手足。瞳は大きくまるで宝石のように
キラキラと輝いている。
 つまり簡単に言うと非常にかわいいのだ。身長は低いもののそこらにいるアイドルと対等
いや、それ以上かもしれない。
 「春神です。えっと、よろしく」
 「えっ……あっ、うん。有澄玲奈です。よろしく」
 2人が挨拶をしたのを確認した福原は
 「よーしお前ら今日も一日ダルイ勉学に励めよ!!」
 と、ガッツポーズを決め教師らしからぬ言葉を吐いた。

 一限目の授業が終わると凍夜の周りにクラスの殆どの生徒がやって来た。そして転校生が
来たときに行われるどこの学校でも恒例の質問攻めの時間になった。
 「どこから来たの?」
 「東京から」
 「えっマジで!?良いな羨ましい!俺なんて修学旅行以外で行ったことないよ」
 「さすがにそれは無いけど…でも確かに羨ましいわね」
 「でも実は俺生まれはここなんだ」
 その一言に誰もが驚く。凍夜の隣の席に座って聞き耳を立てていた玲奈も驚いたが皆が
凍夜に注目していたため、誰も玲奈の表情の変化には気が付かなかった。
 (まさか…本当に彼なの…?)
 彼女の頭の中に映る男の子。無口とは言わないが子供のわりには落ち着いていた男の子。
急に姿を消した男の子の顔が映る。

 玲奈が『彼』のことを考えているあいだにも、凍夜たちの会話は進む。
 「小学校2、3年生までここで暮らしてて、その後引っ越したんだ。それでずっと
東京で暮らしてた」
 またしても玲奈が驚く。
 (たしか彼も小3の頃に引っ越した!しかも名前も同じだし。同姓同名?いやそれは
無いわ。こんな変った名前他にいないだろうし。でもやっぱり人違いの可能性が…。
聞いてみようかな。でもタイミングが…)
 いきなり転校生に「私のこと覚えてる?」などと聞けない。また、人違いかもという不安が
頭の中にある。そのため聞きたくても聞くタイミングがない玲奈は今まで通りに、クラスメートと
凍夜の会話を黙って聞くことにした。
 「春神君の両親て仕事は何をしているの?」
 「今は海外で宇宙に関する仕事をしている…はず」
 「はず?」
 「正直あまり詳しくは知らないんだよね。あはは」
 「つーことは今は家に親いないの?」
 「うん。しかも俺一人っ子だから今は家には誰もいないんだ」
 「えっ、じゃあ掃除とか食事とかってもしかして…」
 「全部自分でやってる」
 その一言にクラスがどよめく。辺りからは「スゲーー」や「有り得ねぇ」などの言葉が
飛び交う。それもそうだ。同い年の人間が1人で掃除し、1人で食事を作り、1人で
洗濯までしているのだから。
 「良いなぁ、俺も1人暮らししたいなー」
 「ばかねぇ。今の聞いてた?全部1人でやるのよ。ぜ・ん・ぶ。出来るの?」
 「無理だな」
 「でも馴れれば簡単だよ」
 凍夜が少し苦笑いを浮かべながらも答えた。
 そんなこんなで会話が続く。都会の人間に興味があるため東京がどんなとこか聞いたり、
前の学校で流行っていたこと、この学校で話題になっていること――先生の評判や今月から
準備をする文化祭など教えられたり、教えあったりした。
 そして誰かが言った。
 「ねぇ玲奈、春神くんに何か質問とかないの?さっきからあんた黙ったままじゃない。
隣の席なんだから少しは話したら?」
 玲奈に声を掛けたのは玲奈の大親友の水瀬菜月だった。
 玲奈は急な振りに戸惑った。まさかここで自分が出てくると思っていなかったからだ。
 「えっ?あぁ、うん。あのーえーっと……」
 玲奈は迷った。
 ―――偶然だね。私もここで育ったんだ。
 ―――青葉公園ってわかる?昔そこが子供の遊び場でね、春神君もそこで遊んだこと
あると思うの。
 ―――私いつも近所に住んでた幼馴染と一緒に遊んでたの。けど最近ビルを建てるって
ことで取り壊しになったんだ。わかるかな?青葉公園。

 多少不自然かもしれないが玲奈にとってはこれが限界だ。
 だがこれで少しは伝わる。春神も自分のことを覚えているだろうし向こうもタイミングを
見計らってるかもしれない。――今の私みたいに。
 そして玲奈が意を決して口を開いた瞬間―――

 きーんこーんかーんこーん

 とテンポも音程も狂ったチャイムにさえぎられる。
 凍夜の周りを囲んでいたクラスメートたちは「あ~あ」と言いながら名残惜しみそうに
自分の席に戻っていく。
 そして完璧にこれ以上ないまでにタイミングを、チャンスを逃した玲奈は口を半分開けながら
呆然としていた。
 凍夜は凍夜で質問タイムはもう終わりと思い次の授業に使う教科書を机から取り出す。隣に
まだ凍夜に聞きたいことが山のようにある人間がいることに気付かずに。


     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆
 授業終了の合図のチャイムが鳴り四時限目の授業が終わった。先生の号令が掛かり生徒たちは
適当に礼をする。顔を上げると生徒の殆どは昼食を取るための準備をする。購買部で一番人気の
焼きそばパンをゲットするべく、埃を撒き散らすかの如く全速力で向かう者もいれば、机を
向かえ合わせにして弁当を食べる生徒もいる。また学食で済ませる人間もいる。
 凍夜は自分で作ったお弁当をカバンから取り出す。
 「へぇ~春神君もお弁当なんだ」
 凍夜は弁当の蓋を取るのを止め視線を上げると目の前にいた水瀬と目が合う。
 彼女の手には弁当が入った赤い巾着袋がある。水瀬は毎回昼食は弁当を持参している。ただ四時限目が
体育の場合量が少なく感じるためか、購買部を利用している。
 「ねぇ一緒に食べて良いかな?都会の話とか聞きたいんだ」
 凍夜にとってはこのお誘いは好都合だった。殆どの人は友人と仲良く話しながら食事をしているのに
1人寂しくこの教室で昼食を取るのも心苦しいし、早く女友達も作りたかった。
 それに水瀬も顔は整っておりかわいいと言うよりキレイだ。艶やかな黒い髪の毛に真珠のように輝いている。
口紅なしでも淡い桜色をした唇に切れ長く大きい瞳。有澄玲奈と系統は違うが男受けしそうな顔立ちだ。
 「俺は別に構わないけど」
 「やったね。お~い玲奈に克行~。春神君と一緒にご飯たべようよ~」
 現れたのは購買部人気No1の焼きそばパンに人気No2のコロッケパン、デザート部門1位の
プリンを手にした漆戸克行(うるしどかつゆき)とピンク色の巾着袋を持った凍夜の隣席の玲奈だった。

 「またあんたは人気3品を手にしたの?他の人に恨まれるわよ。少しは手加減したら?」
 「手加減なんかするか。俺はこれが楽しみで学校に来てんの。つーか実力が無いの奴が悪い」
 克行と菜月は喋りながら凍夜の周りにある空席の机を持ってきて着席し自分のご飯を広げた。
 また玲奈の場合机は凍夜の隣なので向きを変えるだけで充分だ。
 「ってか克行。春神くんに自己紹介した?挨拶は人として基本よ?」
 「あぁそういえば…。えっと漆戸克行。よろしく。克行でいいよ」
 「わかった。俺のことも下の名前、凍夜って呼んで」
 春神は頷き穏やかに微笑んだ。
 「私は水瀬菜月。私も下の名前で呼んで。というかそっちの方が馴れてるんだ」
 「わかった、よろしく菜月」
 「お前偉そうに『挨拶は人として基本』とか言っておいて自分も自己紹介してねーじゃん」
 「あっ、アハハハ」
 「笑って誤魔化すなよ」
 「アハハ、ところで聞きたいことがあるんだけど良い?」
 「良いよ良いよー。何ッでも聞いちゃって!スリーサイズ?胸のカップ?ゴメン! これは
乙女の秘密ってことで!」
 答えない時点で『何ッでも聞いて』が矛盾してしまうが、彼女はいつもこんなノリなので
誰もツッコマない。
 だがこんなノリであるから性別や先輩後輩など関係なしに人気があるのは確かだ。
 「上から90・90・90のAカップが何をほざいてる」
 「違うわよ!上から92・56・84の天然もののFカップよ!」
 「乙女の秘密をそんな簡単にバラして良いのか?菜月」
 克行のこの一言で聞かれてもいないスリーサイズをバラしてしまったことに気付き
 「だ、騙したなー!!」
叫んだ。顔は茹で蛸と同じくらい赤い。周りで食事をしながら談笑していた生徒たちは
会話を止め菜月の胸に視線を向けた。そしてその視線は羨ましそうなもの(主に女子から)や
脳内に永久保管するための視線だったり、この地獄の様な学校に(彼女なしの男子)
光をもたらす女神を崇めるような目だったり、変質者の視線だったり変態の目だったり…。
 一応言っとくがもちろん誰も騙してもいないし質問すらしていない。100%菜月が悪い。
 だがノリの良い菜月はこんなことにはめげずに反撃をする。
 「酷いわ克行!!うぇーん克行に汚された!!純真な心を弄ばれた~!!慰謝料として
プリンよこせ~~!」
 「えらく安い慰謝料だな。でもこのプリンは俺のものだ」
 念のためにもう一度言う。誰も騙してもいなければ質問すらしていない。

 「盛り上がってるところ悪いけどそろそろ良いかい?」
 先ほどからこの漫才を黙って見ていた凍夜が口を開く。
 「あぁ、ゴメンね。そんで質問てな~に?」
 興奮していた菜月は少し落ち着きを取り戻し本題に戻った。
 「2人って付き合ってんの?」
 「いや、んなわけ…」
 「そう!私はこいつからあんな手やこんな手で付き合う羽目に!!しかもこいつには
私以外にも彼女がいて!!私は結局この男に遊ばれていたの!!しくしく」
 菜月はしゃがんで「しくしく」と言いながら床いっぱいに「の」の字を書く。
 「変な妄想して誤解を与えんじゃねぇ」
 「あれっ?そうなんだ」
 凍夜は意外そうな表情を浮かべた。
 凍夜の隣で「の」の字を書いていた菜月が席に座り説明をした。
 「こいつ恐れ多くも会長に手を出したのよ」
 「会長って?」
 「生徒会長のこと。俺らの1個上の先輩でこの学校のトップ」
 「しかもしかもだよ!凍夜君!!」
 菜月は机から身を乗り出し人差し指を上げ凍夜に近づく。顔の距離がとてつもなく
近い。
 「生徒会長はこの学校で知らない者はいないほどの有名で、かわいくて人望が厚くて
運動はできなくて少し抜けてるんだけど、そこがかわいさに拍車をかけてるというか。
と・に・か・く、こいつは私たちの太陽を奪ったのよ!!」
 菜月は天を仰ぎながら叫んだ。それに続くかのように教室にいた生徒(主に男子)が
口々に「俺の会長を…」「何で漆戸なんかに」などと涙を流しながら言う。
 「へぇこんなに人気なんだ、会ってみたいな」
 「別に良いけど手出したら許さねえからな」
 克行はギロリと凍夜を睨む。そうとう大事に想ってるのが簡単にわかる。
 「大丈夫だよ、他人の彼女を取ったりするのは趣味じゃないし」
 克行は「そうか」と言いデザートに手を出した。
 「そういえば有澄さんには彼氏いるの?」
 凍夜が玲奈(久々の登場)に尋ねると「ブフゥ」と吹き咽てしまった。
 「ゴホッゴホッ」
 「だ、大丈夫!?玲奈、このお茶飲んで」
 玲奈は口を手で抑えながら菜月からお茶を受け取りゴクゴクと飲んだ。半分あった
お茶は全部玲奈の腹の中に入ってしまった。
 「わ、悪い。大丈夫?」
 「うん。なんとか大丈夫」
 玲奈は少し息を切らしていたが心配している凍夜に返事する。
 「で、彼氏いるの?」
 「彼氏は…いないわ」
 玲奈は俯きながら答えた。

 「あれ?克行君は玲奈のことをもしかして…?」
 ニヤニヤしながら菜月が凍夜のそばに寄る。玲奈は顔を赤くしながら俯いたままだ。
 「いや、有澄さんとは全然話してないからってのと、話の流れ的に」
 「なーんだ、そっか」
 菜月はどこかつまらなさそうに言いタコさんウィンナーを口にした。
 そしてモグモグ、ゴクンと飲み込んだあと目を見開き声をあげた。
 「玲奈!あんたまだ克行君と話してないの!?どうするの、このまま『菜月と
その他の仲良しs』が解散したら!?早く親交を深めなさい!これはリーダーからの
命令だからね」
 「克行いつこんなの結成したの?んでもっていつからメンバーになってたの?
そしてこの名前はないだろ…」
 「今結成したんだろ。ネーミングセンスについては諦めてくれ。菜月だから」
 2人に軽く馬鹿にされながらも菜月は気にも止めず、玲奈に軽い説教をしている。
 克行は目の前のことを「いつものこと」と言ってケータイをいじる。凍夜も
気にせず大きめにカットされたサトイモを箸で刺し、口の中に入れる。
 「凍夜君!」
 白飯を口に運ぶ途中に菜月から声がかかった。口の中にはまだサトイモが
あるため最低限の「ん?」としか返事ができなかった。
 「凍夜君てここら辺に住んでるだよね?具体的にはどこら辺?」
 「えーと、あの馬鹿でかいビルの向こう。赤沙町に住んでる」
 ゴクンとサトイモを飲み込み自分の住所を教える。
 「本当!?玲奈もそこに住んでるんだよ!」
 ドキッとした。玲奈も昔の幼馴染もそこに住んでいたからだ。
 「よしっ丁度良い!凍夜君、玲奈。今日は2人一緒に帰りなさい。そして明日も
一緒に登校して親睦を深めるのよ!うん、我ながらナイスアイディア♪」
 「なっ、何言ってるの菜月!?」
 「だってこのままだとつまらないじゃない。私はもっと皆で話したいし遊びたいの。
でも誰かが面白くなかったら駄目なの。お願い、今日と明日だけで良いから。ね?」
 「…わかったよ、菜月」
 ふぅとため息をつく玲奈だが心の中はチャンスが来たと少し喜んでいた。
あくまでも心の中は。心の内は表情には出さず「菜月がそこまで言うなら」といった
顔をしている。
 「そういうわけで凍夜君お願いね」
 「ああ、構わないぞ」

      ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆   
 六間目の授業が終わり帰りのホームルームも終わった。かえろかえろと言って教室をあとに
する生徒やまだ帰る気がないのか机を合わせて喋ってる生徒もちらほら。校庭にはもう
サッカー部の人間がコートの準備をしている。
 昼休みに玲奈と一緒に帰ることになった凍夜は隣で帰る支度をし終えた玲奈を呼ぶ。
 「んじゃ帰ろうか?」
 「そうね」
 そっけない返事かも知れないが今の玲奈にとってはこれが限界。簡単に言ってしまうと緊張
しているのだ。
 さっきまで青かった空は赤く染まっている。
 そのせいか玲奈の顔が熟れたトマトのようにとても赤い。
 「……」
 「……」
 お互いに口を開かない。玲奈は確かめたいことがあるのだが心の中では気付いてもらいたい
気持ちがある。
 (もし気付かなかったら私から確かめよう)
 玲奈がそう決心した瞬間だった。
 「有澄って俺のこと覚えてる?」
 心臓の鼓動が早くなった。顔がもっと赤くなった。
 「いやぁ名前聞いた瞬間驚いたよ。まさか有澄と一緒のクラスになるとは思わなかった
からな。そういや昔毎日のように遊んでたよなぁ。青葉公園だっけ?いやぁ懐かしいな」
 覚えていてくれた。それだけでもうれしい。だけど言葉が出ない。
 「あれ?俺のこと忘れちった?もしかして人違い?」
 返事をしてくれない玲奈に不安になった凍夜は顔が少し青くなってしまう。
 そんな凍夜を見た玲奈は全力で顔を横に振り否定した。それを見て凍夜はほっとして顔を
先ほどまでの和らいだ表情に戻す。
 「よかった~。忘れられたらどうしようかと…」
 「忘れるわけないじゃない!!」
 玲奈が凍夜を見上げ叫んだ。身長差が20cm近くあるのにも関わらず迫力があった。
 「なんでさっき言ってくれないのよ!?私がどれほど緊張していたか解る!?授業は
集中出来ないわ、体育の時間にはボールに躓いて転んだり顔に当たったりするわ、これ全部
あんたのせいだからね!?」
 「そ、そうなんだ」
 「そうよ、いきなり引っ越してその次はいきなり現れて同じクラスで、しかも
となりの席なんて」
 「それも俺のせいか?」
 「あんたのせい!!」
 勢いにまかせて喋る玲奈迫力がありどこか凛々しく見えた。


 「でも俺はうれしいよ。有澄と一緒の学校、一緒のクラスで隣の席なんて。めちゃくちゃ
うれしい」
 凍夜は微笑みながら玲奈に答えた。
 ズルイと思った。何度もドキッとさせるなんて。卑怯だ。勝手にいなくなったくせに。
 「わ、私はそんなにう、うれしくなかったわよ!」
 「そっか」
 「そうよ」
 ふんと言って顔を横にする玲奈。頬はまだ赤い。これは太陽だけのせいではない。
これは誰でもない凍夜のせいだ。うれしいと言ってくれた目の前にいる少年。あの日から
ずっと玲奈の心の中にいた幼い男の子は、いつの間にか大きくなっていた。
 玲奈は顔が赤いのを悟られるまいと俯き歩き出した。凍夜もそれに続き歩き始める。
 「そういやさぁ有澄は何で話かけてくれなかったんだ?」
 ギクッとなり体が一瞬飛び跳ねた。
 「私もいろいろ忙しいの。あんたに構ってる時間はないの。以上」
 「あ、なるほどね」
 実は嘘だ。話しかけようと思ったのだが一時限目の授業後の休み時間はあんな形で終わり
二時限目後は三時限目が体育の授業なので、体育着に着替えなければいけないし、そうすると
必然的に三時限目終了後も制服に着替えるため話せなかった。五時限目はパソコン室での
移動教室で凍夜が先に行ってしまい時間がなく、終了後も話しかけようとしたが克行の方が
一歩早く声をかけ、一緒に先に教室に戻ってしまったのだ。
 この真実を知っているのは玲奈ただ1人だけ。
 「着いたぞ」
 「あっ…」
 家から学校が近いためすぐに自宅に着いてしまった。凍夜の家に着くということは斜め
向かいに住む玲奈の家にも着いたということになる。
 「んじゃまた明日な」
 「う、うん」
 先ほどのうれしさはどこへやら。別れることに気付き少し悲しくなる玲奈。心の中では
またいきなり消えてしまうんじゃないかと不安なのだ。
 「あのさぁ…」
 「何よ?」
 「有澄のことこれから玲奈って呼んでいいかな?
 「え?」
 「いや菜月や克行のこと下の名前で呼んでるから有澄ことも下の名前で呼んでもいいかなぁって」
 「……わよ」
 「え?」
 「いいわよって言ったの!ただし私も凍夜って呼ぶからね!」
 「あぁわかった。それじゃまた明日な、玲奈」
 「バイバイ凍夜」
 凍夜が家の中に入ったのを確認すると玲奈はほっと息を吐いた。学校にいたときの緊張は
もうなくなっていて顔はとても優しく暖かい。
 「玲奈、か」
 凍夜が自分のこと玲奈と呼んだ。それだけでこんなにうれしくなるだなんて。
 夕焼けが世界を照らす。学校や公園、商店街を歩く主婦も。そして玲奈も暖かい夕焼けに
包み込まれる。
 「今日は早く寝ないとな」
 それは明日の朝凍夜を迎いに行くためだから―――――。

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最終更新:2007年10月31日 20:41