Slowly×Slowly第2話
凍夜の転校日の翌日。
凍夜はいつものように音量MAXの目覚まし時計に起こされた。三度の飯より睡眠が
好きな凍夜はまた眠りに尽きたいが遅刻は嫌なので渋々体を起こす。
(……眠い)
寝癖が付いた頭をバリボリと掻きながら下のリビングに行く。普通の男子は母親に
作られた朝飯を食べるのだが、凍夜は一人暮らしのため食事は自分で作らなければ
ならない。小さい頃から料理をやっている凍夜にとっては自炊など簡単なのだが、朝は
別。頭があまり回転せずボーっとしながら体を動かしている。
(あぁ、眠い。それ以外何も思わん)
と考えつつもご飯を作る。
凍夜の家にはジャガイモや卵にベーコンなどがいつもストックされている。塩や砂糖などの
調味料を凍夜は一回も切らしたことがない。それに簡単に出来るコンソメスープの素や
料理用のお酒すらある。しかも男性の一人暮らしとは思えないほどキッチンは整理されている。
いや、キッチン以外もそうだ。リビングをはじめ階段に廊下、もちろんトイレだっていつも
キレイにされている。
「さて、今日はどうしようかな」
凍夜は冷蔵庫を開こうとしたが、
ピンポーン
家のチャイムによって阻まれた。
「誰だよ、こんな朝から」
時刻は午前7時。普通こんな早くから人が来るのはあり得ない。
ピンポーン、ピンポーン
「行く、行くから少し黙れ」
ピンポーンピピピピピピンポーン
その来客者は早く来て欲しいのか玄関のインターホンを連続で押す。
さすがにむかついた凍夜は足音をたてながら玄関に行き鍵をはずし、乱暴にドアを開けた。
目の前に立っていたのは玲奈だった。しかも表情はどこかムスッとしている。
「遅い!」
ガチャ
「ちょっと何で閉めるのよ!?」
「あぁ何だ玲奈か」
凍夜はまたドアを開け少し呆れたように言った。
「何だって何よ!?しかも思い切り目が合ったじゃない!」
「朝っぱらからテンション高いね。羨ましいよ。んで、どうしたの?こんな朝早く」
玲奈は肩をすくめため息を零しながら答えた。
「昨日約束したじゃない、今日の朝一緒に登校するって」
やっぱり忘れてるといった顔をしている。
凍夜は手をポンと叩いて思い出した。
「そういや言ってたな。悪い悪い、忘れてた」
凍夜は手を合わせつつ笑顔で謝罪した。反対に玲奈はもう良いといった感じだった。
「あれ?待ち合わせで来たのは解ったけど、それにしても早くないか?まだ7時だぞ」
「あんたが寝坊しないようにきてあげたのよ!感謝しなさい!!」
本当は楽しみで仕方なく昨夜眠れなかったのだ。その証拠に目の下には薄くくまが
出来ている。鏡を見てくまに気付いた玲奈は、肌が汚いと思われるんじゃないかと
心配だった。そして母親が使っている目元パックを貼りなんとか誤魔化そうとした。だが、
薄いくまなのでよーく見ないとわからないし、正直悩むほどのものでもない。それでも
悩んでしまう純粋な乙女が一人。
「ふーんそっか。んじゃあ中で待っててよ。飯も食ってないしまだ支度出来てないんだ」
ぐぅ~~~~~~
飯ときいた瞬間玲奈の腹が反応した。凍夜の耳に届いたのは玲奈の罵声ではなく凄まじい
腹の音。あまりにでかい音だったために、凍夜は聞こえない振りが出来なかった。
「…玲奈も食べるか?」
しばし沈黙が続きやがて恥ずかしく俯いていた玲奈は、そのままコクンと凍夜に頷いた。
* * * *
凍夜は玲奈を家に呼ぶのは数年振りだ。凍夜が引っ越す前までは毎日のように遊んでいた。
公園やお互いの家に行ったり来たりしていた仲だった。
「じゃあ適当に座って待ってて。すぐに作るから」
「…うん。ありがと」
先ほどの腹の音を聞かれたのが相当ショックな玲奈はいつもの元気がない。まあ、好意の
相手に腹の音を聞かれるのは女として凹むのは当然といえば当然だ。
玲奈は顔を赤くして俯き黙ったまま料理を待つことにした。
一方料理を2人分作ることになった凍夜は
(さてと、何作ろうかな。あっ弁当も作らないとな)
玲奈の凄まじかった腹の音は頭の中にはなく、何を作るか迷っていた。
(んー、昨日の味噌汁が残ってるからこれを温めて。んでご飯は冷凍のものをチンしてと)
味噌汁が入った鍋を火にかけ、冷凍庫から2人分プラス弁当の分の冷凍された飯を取り出し
レンジに入れる。その後冷蔵庫を覗き肝心のおかずを探す。冷蔵庫の中もきちんと整理されており
何がどこにあるのか簡単にわかる。
(あっ鮭の切り身が丁度三切れある。じゃあこれを焼いてと。あとはたくあんを切れば
良いか。あれ?玲奈はたくあん食べるかな?)
「玲奈ってたくあん食べられるかー?」
リビングでじっと待っていた玲奈に声をかける。ずっと先ほどの『腹の音事件』のことを
考えていた玲奈は体をビクッとさせ、慌てて答えた。
「食べる食べる!ぜ、全然大丈夫!」
「わかったー」
玲奈がたくあんを食べられることが解った凍夜はたくあんを適当な大きさに切り、皿に
移す。そして、鮭の切り身を焼きながら弁当の準備をする。
(弁当は海苔弁にしておかずは鮭とあとは……あっアレでも作るか)
凍夜がテキパキとご飯の準備をする中玲奈はキョロキョロ部屋の中を見ていた。家の中は
引っ越してきたばかりのためかダンボールがちらほら。中身は食器や服など。この家に着いた
ときはこの数倍のダンボールが家の中を占めていたが、凍夜の手にかかればほんの数日で
終わってしまう。また明日来ればダンボールなど無くなっているだろう。
(結構キレイにされているのね)
部屋中を見渡し終えた玲奈は勝手にテレビを付けた。やっと落ち着いたのかさっきまでの
恥ずかしさはもうどこにも無い。
朝のニュースでは昨日起きた事件や政治家の汚職問題を放送していた。そのほとんどは
昨夜のニュースと大差なかった。
「出来たぞ」
適当にボケーッと見ていた玲奈の前に朝食が運ばれる。
香ばしい匂いがする焼き鮭にふっくらしたご飯と湯気を放つお味噌汁プラスたくあん。
The和食といったメニューだ。
「よし、喰うか」
「「いただきます」」
2人は合唱しご飯を食べ始めた。
玲奈はご飯を口に運ぶと
「う、うま!おいしい!」
目を見開いた。
凍夜は何事も無く平然とご飯をモグモグと食べる。
「え、いや何これ!?おいしすぎ!ありえない!お味噌汁は……うまい!!」
玲奈はズズーッとお味噌汁を食べる。口に広がる味噌の風味は家庭の味を超え、料理の達人の
粋まで達している。お味噌汁のジャガイモもホクホクとして甘味がある。
「何でこんなにおいしいわけ!?ねぇ何でよ?」
料理が苦手な玲奈は若干キレながら凍夜に聞いた。
「何でって…ただの馴れだろ。小さい頃から料理してたし」
両親と一緒に過ごしていた時期もあったが両親共々仕事が忙しかったため、料理は自分で
やっていた。また邪魔をしたくない一心か料理の他に、掃除や洗濯まで自分でやるようになった。
最初は失敗もあったが経験を積むにつれ、失敗する数が少なくなった。
「私も練習すれば凍夜みたいに成れるかしら?」
「すぐに成れるよ玲奈なら。もし良かったら俺が教えるし」
「今の言葉本当?」
「あぁ本当、約束する」
凍夜の穏やかな声に照れたのか玲奈は勢い良くズスーッと味噌汁を吸ってしまい
「あつつ!」
火傷した。
* * * *
「ご馳走様」
「お粗末様です」
朝食を食べ終えた二人。凍夜はまだ身支度が済んでいないので準備する。まず洗面台に行き
寝癖がある髪の毛を直す。そして髪の毛にワックスを付けて整える。
一方玲奈は先ほどのニュースを見ていた。名物コーナーの『今朝のワンコ』がやっていて
画面には無数の小さい犬が飛び回っている。動物が好きな玲奈は「かわいい~」と言いながら
キャピキャピ騒いでる。
着替えも済ませた凍夜は玲奈に声をかけ家を出た。
「玲奈っていつも歩きで学校に行ってるの?」
凍夜は玄関の鍵をかけながら玲奈に尋ねた。
「うん、いつも歩きよ。凍夜は?」
「昨日はチャリで行った。そっか玲奈は歩きか…」
「私が歩きだと何か問題でもあるの?」
少し怒りながら玲奈は言った。
「いやもし玲奈がチャリだったら俺もそのままチャリにするんだけど、徒歩だったら
玲奈と一緒に通学できんじゃん。それで」
ボンッと音を出し玲奈の顔が沸騰した。もちろん怒って顔が赤くなったのではない。凍夜と
一緒に登下校できるのがうれしくて瞬間沸騰したのだ。
「あんたがそう言うなら一緒に行ってあげるわよ!」
素直にありがとうとか言葉に表せば良いものの玲奈は素直になれずに、つい見栄を張ってしまう。
凍夜はそんな玲奈の頭を優しく撫で
「ありがとう」
と呟いた。
その優しい撫で方に玲奈は言葉が出なかった。理性がどこか遠くに行ってしまいそうで、
玲奈の心臓の音がドクンドクンと激しく鳴り響いていて、冷静にいられなかった。全身が
熱いのがわかる。
(な、なんでそこで笑顔なのよ!そんな優しい目で見られたらて、照れるじゃない!こ、
こんなの私じゃない!それになんで凍夜相手に照れなきゃいけないのよ!!)
いつもの様に強気で生意気なに口を開きたくても、胸が詰まって声が出てこない。
「じゃあ行こうか」
凍夜の言葉に頷くことしか出来ない玲奈は凍夜の後ろを黙って歩いて学校に行った。
「おはよう克行、菜月」
「克行君、菜月おはよう」
「あぁ、おはよう2人とも」
教室に着いた凍夜と玲奈の視界に入ったのは菜月と克行だ。克行の席で2人が何やら
話していた。その最中に凍夜と玲奈が来た。
「あ、あれ?あれれ!?2人とも何で一緒に登校してるの?え、もしかしてつ、付き合い
始めたの!?」
一緒に登校した凍夜と玲奈に菜月は驚いて声を挙げ、手をバンザーイしてオーバーリアクションを
起こした。それを見て三人は呆れ、克行が菜月に説明をした。
「お前が昨日『菜月と何とか』のために親睦を深めろって言ったんだろ。その条件が昨日の
下校と今日の登校を一緒にしなさいって、自分で提案したんだろうが」
「克行、『菜月とその他の仲良しs』よ。メンバーなら覚えておいて」
「何でそこは覚えてるのよ、菜月」
玲奈が肩をすくめため息を吐く。克行は日常茶飯事だと思い諦めている表情だ。そんな中凍夜は
「でも結構おもしろくて俺は楽しめたけどな」
と、にこやかに言った。
「良かったじゃん、玲奈」
菜月が肘で玲奈にグリグリと押すと恥ずかしくなったのか「もう、知らない!」と言って
自分の席に付いてしまった。でも幸か不幸か玲奈の席は凍夜の席の隣のため必然的に凍夜が
付いて来る。そうすれば菜月と克行もくるわけで。玲奈の逃げ場がなくなってしまった。
「それで、今朝はどんな会話をしたのかな?」
菜月がニヤニヤしながら玲奈に迫った。逃げたくても窓際の席+横には凍夜+目の前には
菜月+後ろには克行に囲まれているため=逃亡不可能の方程式が出来上がっている。
「いや特に変った話はしてないぞ」
凍夜の返事に菜月は「ふーん」と明らかにつまらなさそうな声を挙げる。だが、何かに
気付いたかのように目を大きくした。
「そういえば2人って幼馴染なんだよね?」
「へぇそうだったんだ」
「克行は情報が遅いわね」
「うっさい」
昨日凍夜と別れた後玲奈は電話で菜月に自分と凍夜は昔の幼馴染ということを伝えていた。
菜月曰く、電話口から聞こえる玲奈の声はとても興奮していてうれしそうだったとか。それを
玲奈に言うと『昔の幼馴染と一緒のクラスになったら驚くのは普通で、決っしてうれしかったわけ
じゃない』だとか。
菜月が顔をニヤニヤさせたまま玲奈に近づき言った。
「もしかして2人って小さい頃一緒にお風呂に入ってたりした?」
ボン ぷしゅ~~~~~~
「こりゃ本当らしいね。適当に言ったんだけどまさかマジだったとは」
「凍夜、一応否定する時間をあげるけどどうする?」
「否定しても嘘だってバレるだろ。この玲奈を見たら」
瞬間沸騰(しかも湯気付き)を見たら誰もが解る。この2人は一緒にお風呂に入ったことが
あるんだなと。凍夜は否定しても無駄だとわかってがっくりと頷いた。本人を目の前にして
お風呂に入っていたとバレると、凍夜でも恥ずかしくなる。だが言われっぱなしも嫌なので
克行に
「克行は彼女さんとお風呂に入ったことはあるの?」
と尋ねた。その瞬間クラスは凍りつき緊張が走る。そして教室にいる全員が克行に注目
している。克行の彼女はこの学校の生徒会長で、生徒の殆どが彼女に憧れ、男子は恋している。
だれもが聞きたく、でも聞けない質問を凍夜は堂々とした。もし、克行が会長と一緒にお風呂に
入っていたら男子はショックを受け、この教室の窓から身を投げ出し自殺してしまうだろう。
それぐらい危険な質問なのだ。
転校二日目の凍夜はまだ生徒会長に会ったことは無く、顔はもちろん知らない。例え会ったとしても友人の彼女を好きにはならないと、豪語している凍夜にとっては危険な質問でも何でもない。
クラスの全員が気になる中(沸騰のため気を失っている1名を除く)克行の口が動く。皆が
「ゴクン」と唾を鳴らす。そして克行の返答は――――
「よーしお前ら、席に着けー。ホームルームやるぞ」
これ以上のない程のタイミングで来た福原によって、克行の回答は遮られる。生徒からの
「うわー」や「ちょっと先生KY~」(空気読め)などの声が出るが福原は全て無視。マイペースな
福原はクレームなど一切受け付けない。というより聞く気が全くない。
「命拾いしたね」
「お陰様で」
生徒が自分の席に着く中凍夜と克行は腹にどす黒い何かを秘めながらニヤニヤと笑いあった。
隣の沸騰少女は未だに復活しないまま授業が進まれた。
* * *
午前の授業が終わり生徒達が楽しみにしている昼休みになった。克行はいつものように購買部に
行き、人気商品を独り占めしていた。克行曰く購買部を利用してから一度も人気商品を逃したことは
無いとか。いろいろな人から「弟子にして下さい!」などの声があがるが全て拒否。誰にも教えたくは
ないらしい。以前は生徒の間で「購買の人ともデキてるんじゃないか」とか「生徒会長の彼氏の
特権を利用している」だとかの噂があった。だが、購買の人が変ってもいつも勝利品を手にしている。
また、生徒会長と付き合う以前から常連だったので噂はすぐに消えた。そして生徒からはある意味
憧れの的になっていた。
「さ~てと教室に戻るか……ん?メールだ」
ポケットの中で振動しているケータイを取り出し画面を見るとそこには
「観月からだ、えっと…」
克行の彼女で生徒会会長の片岡観月からのメールだった。
『件名:一緒にお昼どう?
本文:予定していた生徒会の会議がなくなったんで一緒にお昼どうかな?というか…』
「あれ?ここで終わってる…。あっまだ下に続いてる」
本文は一行で終わってると思ったがどうやら違い、下にスクロールするとまだ続きがあった。
『予定していた生徒会の会議がなくなったんで一緒にお昼どうかな?というか…
実はもう克行くんの教室に来てま-す!!みんな待ってるから早く来るんだよ。』
「んなっ!?マジかよ?しょうがない走るか。……走んの嫌いだけど」
克行が教室の前まで来るとそこにはたくさんの人だかりが出来ていた。殆どの人間は観月を
目当てに集まっている。
「うわ~キレイ。しかも顔ちっちゃ~い」
「ほんとよね~。私も一緒に食事したいなぁ」
「あぁ~何で観月先輩の隣が俺じゃなくて漆戸なんだよ!納得いかねー!!」
「はぁ?観月先輩に相応しいのは俺だろ」
(相変わらず人気だな観月は…)
教室に入りたくてもじゃじゃ馬魂を燃やす人が大勢いるため、ドアの前が塞がれており簡単に
通れない。しかも全員が観月に注目しているため誰も振り向かず、観月の彼氏に気付かない。
(よくまぁ彼氏の目の前でこんなこと言えるな、こいつら)
克行が呆れながらそう思っていると
「あっ克行く~ん!おっそいよ~。早くみんなとお弁当食べよ!」
廊下にいる克行に気が付いた観月が手を振りながら笑顔で呼ぶ。廊下で克行に気付かなかった
じゃじゃ馬の顔が引きつり、そぉ~っと振り返る。そこには満面の笑みを浮かべているのにも関わらず
後ろに黒い炎をまとい、その場にいた全ての人間を南極にいるような気にさせる克行の姿があった。
「いま行く」
克行がそう告げるとドアの前にいた人がササッと道を開けた。克行は教室に入る瞬間さきほどの
男子にこっそり
「負け犬は黙ってろ」
低いドスがかかった声で軽い脅迫をした。脅迫を受けた男子は震えあがり「すいませんでした!」と
謝罪し、ものすごいダッシュでどこかに消えてしまった。
「おまたせ」
「わお克行くん、また焼きそばパンゲットしたの?やるなぁ~」
「あんた確か少食よね?しょうがない、ここは私がそのプリンを食べてあげよう」
「いや、ここは俺が」
「アホ、お前らにやるもんはねぇよ」
凍夜たちは弁当組みなので克行が帰ってくるまで、近くの机をくっ付けお弁当を取り出し
待っていた。
克行が空席に座り準備が出来ると観月の号令でそれぞれのご飯を食べ始めた。
「そういえば会長、何で今日はこちらに?」
菜月がふと思い観月に問いかけた。
「ん~、克行くんのお友達と食事してみたくなったから、かな?あ、あと」
観月はご飯粒を頬に付けながら菜月をビシッと指し
「会長ってのはダメ!観月って呼んで、菜月ちゃん」
にこりと微笑みそう言った。
「だ、駄目ですよ!そんな観月だなんて…。ってか会長何で私の名前を知ってるんですか!?」
「だって克行くんの友達でしょ?知ってて当然だよ」
観月はえっへんと言わんばかりに手を腰に当て、それなりに育っている胸を突き出した。
「それはわかりました。けど、会長のことを呼び捨てってのはやっぱり…」
「だったら間を取って『観月先輩』で良いんじゃないか?」
今まで自分の弁当をモグモグと食べていた凍夜が口を開いた。観月は「おおぅ」と言って
凍夜の手を取り
「すっご~い!ナイスアイディアだよ、凍夜くん!!」
歓喜の声を挙げた。他の人間も納得した表情だった。一人を除いては……。
(ちょっとちょっと!なに観月先輩に手を握ってもらってんのよ!?しかもデレデレしてない?
他人の彼女は好きにならないとか言ってたくせに!隣に私がいるのに!というか、私という者が
在りながら!…えっ、ちょっと待て。何でここで私が出るのよ!?それに何で嫉妬してるみたいに
なってるの?あぁもうっ!これは全て凍夜のせいよ!そうよ、全部凍夜が悪いのよ!くそぅ
凍夜のくせに~!)
確かに凍夜は微笑んではいるが、デレデレという表現には当てはまらない。だが、若干妄想壁が
ある玲奈はデレデレしているように見えてしまう。
「どうかしたか?」
「えっ?う、ううん何でもないよ」
「そっか」
心配した凍夜だがこの言葉さえも玲奈にとっては
(何がどうかした、よ。こっちはあんたのせいで悩んでるってのに~!!しかも、私があんたに
心配されないように、何でもないって言ったのに「そっか」の一言!?それだけ!?少しは
悟りなさいよ、このバカ!!)
このように捉えてしまう。
凍夜はもちろん玲奈の気持ちなど気付かずに弁当を食べ続けている。
「あっ、ヤベ。アレ出すの忘れてた」
凍夜は何かを思い出し自分のカバンからもう一つ弁当箱を取り出した。
「凍夜ってそんなに弁当食うっけ?食いしん坊だな」
「あんたに言われたくないだろうよ、克行」
「そうよ凍夜いくらなんでも食べすぎよ」
「克行くんも凍夜くんも高校生だもんね。これくらいが丁度いいんじゃないかな?」
新たな弁当に驚いた4人が様々なことを言う。
「あぁこれ?実は皆に作ってきたんだ。自由に食べて」
凍夜が弁当箱をパカッと開けると、そこには卵焼きがぎっしりと詰まっていた。
「凍夜、何でこんなに卵焼きを?」
卵焼きいっぱいの弁当に疑問をもった菜月が尋ねる。
「いろいろな卵焼きを作ってみたんだけどおいしいかどうか聞きたいんだ。いわば試作品」
凍夜の言うとおり様々な卵焼きがある。グリーンピースが入ったものもあれば、ほうれん草や
ニンジンをペーストし卵と混ぜたものもあり、色とりどりだ。
玲奈たちは早速試作品をいただいた。一口食べると皆が顔を合わせ「うまい」と叫ぶ。凍夜の
料理スキルは普通の高校生と比べ物にならないほど高い。一噛みすると口の中には卵のほどよい
甘さが広がり、トロッとしてとてつもなくおいしい。
「すっご~い、おいしいよ凍夜くん。ね、克行くん」
「ああ、これはマジでうまい」
「ほんと、ほんと。このほうれん草の卵焼きなんて私好きだなあ。玲奈はなにが好き?」
「私はこの普通のが好きかな。他のもおいしいんだけど……なんでだろ?これが一番好きだな」
玲奈が箸で持ち上げたものはドコにでもあるような卵焼きだった。シンプルに作り上げられた
卵焼きを玲奈は食べた。他の3人も玲奈に続いて食べる。
「うん、確かにおいしいね」
「ほんとだ~。すごいな凍夜くんは料理出来るなんて。男の子がエプロン着て料理するって
ちょっとカッコいいよね」
観月はそう言って克行を見つめた。それに対し克行は
「精進します」
と目を泳がせながら言った。
「すっごいなぁ凍夜は。ねえ私の嫁にならない?私こんな旦那欲しいなぁ。ね、どう?」
「そ、そそそそ、そんなの駄目よ!!!」
菜月の冗談にいち早く反応したのは玲奈だった。玲奈はガバッと立ち上がり首を千切れて
しまうんじゃないかというほどブンブンと横に振る。その行動に皆がポカーンとなり、自分が
何を言ったか気付いた玲奈は
「こ、こいつは一緒にいるだけで相手を妊娠させるから、絶対にダメ!!」
「へぇ~、じゃあ今日一緒に登校した玲奈はもう妊娠しちゃったのかな?」
菜月がニヤニヤしながら玲奈に尋ねる。克行と観月はクスクスと笑い合う中、凍夜は冷静に
弁当を食べている。
「ばっ、バカ言わないでよ!なんでこんな奴の子供なんてわ、私が!?それに菜月には
凍夜より良い男がいるわよ!!」
「私は凍夜でも構わないけど?」
菜月がそう言うと玲奈はカーッと顔が熱くなり、克行と観月はオーと声をあげる。凍夜は
黙々と弁当を食べる。
「そ、それでも絶ッ対にダメーー!!」
玲奈の叫びと同時に昼休み終了のチャイムが鳴る。玲奈がハー、ハーと息を切らす中他の4人は
食事の後片付けをする。観月と克行はおもしろいものが見れたねと言い合っている。凍夜は
試作品の卵焼きが好評だったのに大変満足していた。
観月がまた「今度一緒に食事しましょうね」と言い残し、教室を去った後凍夜たちはそれぞれの
席に戻り次の授業の準備をする。玲奈も次の授業に使う教科書をカバンから出していると
「何で玲奈があの出し巻き卵を選んだか教えてあげようか」
と、凍夜に話しかけられた。玲奈は少し意地を張り
「凍夜がそんなに言いたいなら聞くわよ」
などと上から目線で言い放った。本当はかなり知りたがっていたのだが、素直に聞くことを
プライドが拒んだ。
「だってアレ玲奈の好きな味付けだから。昔さあ、玲奈の家に行ってお昼ご馳走になったとき
俺の分の卵焼きまで食ってただろ?その時一個しか食べられなかったから、思い出すのに少し
苦しかったけど、その分自分流にアレンジしてみたってわけ」
(ウソ?私の好きなもの覚えててくれたの?やだ、すごい……うれしい)
玲奈はほんのり赤くなり俯いて
「……ありがと」
と呟くようにお礼を言った。だが凍夜は聞き取れなく疑問に思ったが聞くまでもないと考えた。
さきほど菜月に言われた「さっきのこと結構本気だよ」この一言もどういう意味か聞かなくても
良いかと思った。
最終更新:2007年10月31日 20:33