Slowly×Slowly第3話
送信者:父
件名:調子はどうだ?
本文:凍夜が一人暮らしをしてから一週間が経ったが調子はどうだ?ちゃんと飯は食べてるか?
私たちはアメリカでなんとかやっている。こっちの仕事は予想以上に大変でとてもやりがいが
ある。母さんも愚痴を零しつつも、こっちの生活が気に入ったようだ。凍夜もアメリカに
来れば良かったのにと毎日のように言っているが、凍夜は凍夜で日本でやりたいことが
あるのだろう。凍夜は胸を張ってそれをすれば良いし、もし、まだ見つけていないのならば、
これからゆっくりと見つければ良いさ。
さて、今日メールをしたのは凍夜に私の友人に会ってほしいからだ。この前凍夜に
言ったとおりそこには私の友達、いや、大親友がいる。その人は弁護士をしていてとても
腕が良いので、何かあったら頼りなさい。きっと力になってくれるだろう。
これからお世話になるのだから挨拶をしに行ってくれ。日程は凍夜にまかせるが
なるべく早めの方が助かる。向こうも忙しいと思うので訪ねる際は連絡をするように。
連絡先と住所は下に書いてある。急な頼みで申し訳ないが頼んだぞ。
P.S
凍夜の口座に振り込んであるお金は自由に使っても構わないが、あまり無駄遣いを
しないように。あと健康管理を怠るなよ。
凍夜は父の和夫から送られたメールを見てパソコンの電源を落とす。そして椅子の背もたれに
ダラーンと寄りかかり、ふぅ…とため息を吐いた。
凍夜の両親はアメリカで宇宙に関する研究をしている。それなりに有名なのでお金に困ったことは
ないし、不自由なく暮らせるのも両親のおかげだ。昔からアメリカからの仕事の依頼はあったのだが、
凍夜が幼かったので断念した。家族3人でアメリカに引っ越すことも出来たが、自分たちの
都合で息子の環境を変えるのは気が進まないという理由で辞めたのだ。凍夜が高校生になった年に
またアメリカの研究チームからお誘いのメールが来た。凍夜に相談すると凍夜は2人で行くことを
薦めた。今まで自分のせいで自由に研究できなかった両親へのせめてもの親孝行だった。
凍夜はもう自立する力を持っていたので、一人暮らしするのに何の迷いもなかった。アメリカに
行くことが決まると、和夫らは仕事をやり残すことなくアメリカに旅立った。
凍夜はこの春に幼少の頃に住んでいた赤沙町に戻ってきた。家は売却しておらず昔より小さく
なっていた。いや、凍夜がその分成長したのだ。
赤沙町の景色は少ししか変っておらず、思い出の青葉公園以外は見覚えがあった。また、
凍夜と幼い日々を過ごした玲奈がいることも変わっていなかった。
「弁護士さんね……。明々後日にでも行くか」
凍夜はカレンダーを見て呟き、布団に潜った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ここか…」
凍夜の目の前には事務所へのドアと大きな看板。そこには『河原総合法律事務所』と書かれていた。
大きい看板のわりには建物は小さくこじんまりとしている。和夫が敏腕弁護士というものだから
大きいビルに事務所を構えているのかと思っていた凍夜は、少し拍子抜けしてしまった。
だが、そのおかげで肩に乗っていた緊張はなくなった。
「失礼しま~す」
「こんにちは。今日はどのようなご相談でしょうか?」
凍夜を迎えたのは凍夜と同世代の女の子だった。
その子の背中まで伸びた黒い髪は一本一本が細くとても煌き、目はキリっとしており意思が強そうな
イメージを与える。また、顔全体も整っており「かわいい」という褒め言葉より「綺麗」が当てはまる
ような顔だ。胸には『河原 緋莉』と書かれたバッジを付けている。
「えっと…今日こちらに御伺いさせていただくことになってる春神という者ですが、河原浩二さんに
お会いしたいんですけど…」
「畏まりました。ではすぐにお呼びしますのでこちらでお待ちください」
凍夜は緋莉の案内を受けソファに座った。周囲を見渡すと他の弁護士たちが忙しそうに書類の
作成などがされていた。弁護士たちの机の上はお世辞にも綺麗とは言えず、色々な書類が積み重なっている。
(普通もうちょい整理整頓されてるもんじゃないか?)
超綺麗好きな凍夜は周りの汚さに少しイラついていた。右足はカタカタと貧乏揺すりをして、両目で
じろじろと周囲を見渡す。頭の中ではどのように掃除をすれば早く片付くかシュミレーションを行っている。
(あのファイルはあそこの棚に。あそこにある分厚い本は…)
綺麗になっていく部屋を妄想し少し幸せそうに顔を歪める。そんな凍夜の目の前に中年の男性が現れ、
凍夜の部屋掃除大会が強制終了される。
「はじめまして、キミが春神凍夜君だね。私はここの所長の河原浩二だ。よろしく」
「あっ、はじめまして春神凍夜です。今日はご挨拶に来ました。あと、これ。つまらない物ですが」
凍夜は立ち上がり紙袋からお土産を取り出し浩二に渡す。
「これはこれは。どうもありがとう」
浩二が向かいのソファに座り凍夜も促されソファに座る。
今日は法律相談や手続きをしに来たわけではないので、2人は適当に世間話をしていた。浩二と和夫は
小学生からの知り合いのため2人の過去の話が中心だった。好きなアイドルが重なってしまいどちらが
幸せにできるか本気で討論したり、好きな女性の仕草について本気で話したり、女性は胸だ!やら、
いや女性はお尻だ!などと、正直息子の凍夜にとっては聞きたくない、耳を塞ぎたくなるような話だった。
会話が弾む中(浩二にとっては)先ほどの女の子がお盆にお茶と和菓子を乗せ現れた。
「あぁ、凍夜君。紹介がまだだったね。この子は私の娘の緋莉だ。こちらは私の古い友人の息子さんの
春神凍夜君だ」
「先ほどの」
先ほどの女の子―河原緋莉―を見上げ凍夜は軽く挨拶。緋莉もそれに合わせ会釈をする。
「確か凍夜君は高校生だね?」
「はい、高校2年です」
「実は緋莉も高校2年生なんだよ。まぁ落ち着きがありすぎて大学生や社会人に間違えられることが
しょっちゅうなんだが」
「あっ、俺と同い年なんですか」
自分に関する話が嫌なのか、緋莉は頬を赤く染め俯く。浩二はそんなこと関係なしに話を進めた。
「いやぁ、親馬鹿かもしれないが緋莉は顔が整っていて実にかわいい!だが、この子はなぜか彼氏が
いないのだ。最初は彼氏など作って欲しくはなかったが、今となっては別。正直彼氏でも男友達を
手に入れてほしい。そして私と君のお父さんの和夫のような青春を送ってほしい!!」
拳に力を入れ語る浩二を見て凍夜は
(親馬鹿ってよりただの馬鹿なんじゃ…)
と、お茶をすすりながら考えた。
「ということで凍夜君!緋莉の彼氏にならないか!?」
「ブフゥゥゥゥッ!?」
「ちょっ、ちょっとお父さん!?何勝手に変なこと言ってるの!!?」
凍夜は口に含んでいた全てのお茶を噴出し、浩二の隣で俯いていた緋莉は声を荒げた。しかし浩二は
なにくわん顔で続ける。
「なぁどうだい?凍夜君。緋莉はそんじょそこらのモデルより良いぞ。緋莉を自分色で染めるってのは?
いやぁ私も由香里を自分色に染めまくったなぁ」
腕を組んでしみじみ思い出す浩二。由香里というのは緋莉の母で浩二の妻だ。
(馬鹿だ。初対面で失礼だけどものすごく馬鹿だ)
凍夜はあんぐりと口を開け呆然としている。緋莉は顔を赤らめプルプルと震えていたが、ついにキレた。
「と、父さん!頼むから変なことを言わないでくれ!春神さんも困ってるだろ!!」
「や、やだなぁ緋莉。緋莉は勘違いをしているぞ」
「どういうことだ?」
ずいっと緋莉が浩二に責めよる。
「例え緋莉が何色に染まろうとも、緋莉は私の娘だ!」
「そういうことを言ってるんじゃない!こっっんのバカオヤジ~~!!」
怒号とともに一つの星が生まれた。
* * * *
「父が済まないことをした」
「いや、もう気にしてないよ」
浩二が緋莉にKOされ事務所で頭から星を大量に生産している。もう話すことが出来なくなったので、凍夜は
帰ることにした。緋莉は浩二をそのままにして凍夜を見送ることにした。
暮れる太陽が空を赤く染める。2人の顔は夕日に照らされて金色に染まる。
「それにしても河原さんが同い年とは思わなかったよ」
「それは…よく言われる」
緋莉は恥ずかしそうな、そして寂しそうな顔を見せた。だがそれは凍夜の言葉で一瞬にして崩される。
「でも河原さんってかっこいいよな。クールビューティーっていうの?河原さんみたいな人あまり
見ないからかもしれないけど、俺はかっこいいと思う」
「ありがとう……初めて言われた」
緋莉は気品があり(たまに浩二を殴るが)冷静沈着で真面目な性格プラス成績優秀。そのためか、
男も女もあまり近寄らず、友達が限られている。
(かっこいいって…今)
誰かに心をひらくのが苦手な緋莉はあまり人と話さない。かっこいいなど他人から言われたことなど
ないし、同い年の人から褒められたことはない。教師や事務所の人から褒められても心の中はなぜか
潤わなかった。成績だけしか見てないんじゃないか、私が所長の娘だから言ってるんじゃないかと、
褒められるたびに心の中で問いかけていた。
凍夜のこの言葉は違うと思った。いや、違ってほしいと願った。
「春神君、もし良かったらさっきの件…引き受けてくれないか?」
「さっきのって?えっ、彼氏になってほしいってやつ!?」
「ちっ、違う!そっちではなく、友達になってほしいって言ってるんだ!」
凍夜の問いに首を振りながら否定する興奮してしまったせいか頼み方がおかしくなってしまった。
「あぁ、そっちか。良いけど条件が一つ」
「条件?」
「俺のことは下の名前で呼ぶこと。よろしく緋莉さん」
「わかった、が、緋莉さんは他人行儀すぎないか?緋莉って呼んでくれ。私も凍夜って呼ばせてもらう」
「了解。バイバイ緋莉、また今度」
「ああ、さよなら」
凍夜は手を振り事務所を後にする。緋莉は凍夜の姿が見えなくなると胸に手を当て考える。――あの時
否定せずにいたらどうなっていたか。私を彼女として受け入れてくれたか、と。
(って、私は一体何を考えているんだ!?今日会ったばかりの人間にこんなことを思うだなんて…
疲れてるのかな、私)
鼓動をトクントクンと早めながら緋莉は事務所に戻った。頬を赤く染めながら。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
凍夜が浩二の事務所に訪れた翌日の月曜日。日課になった玲奈との朝食に、玲奈との登校。同じような
学校生活が始まったと思った。だが、凍夜の教室の前でそれは少しだけ変わった。
「緋莉!?」
「凍夜!?何でこの学校にいるんだ!?」
「いや俺は一週間くらい前に転入したんだ」
「転校生がいることは知っていたが、まさかお前だったとはな」
「つーことで学校の方もよろしく頼むわ」
「ああ、任せろ。私と凍夜はもう他人じゃないんだからな」
「凍夜、仲良く話してるとこ悪いんだけど私のこと忘れてない?」
玲奈は右頬をピクピクと震わせながらも笑顔で凍夜に声をかけた。その背中には黒いオーラがちらほら。
「この人は河原緋莉。俺がこれから(家のことで)色々とお世話になる人(の娘さん)だ」
「へぇ~、他人じゃない…色々とお世話になる人…ねぇ。凍夜、少し詳しく話してもらいましょうか」
「詳しくって、今話したとおりだって」
「ふ~ん。否定しないんだぁ」
「だって事実だし。なあ、緋莉?」
「そうだぞ、有澄」
「そっか、事実なんだ…認めるんだ……凍夜、ちょっと来なさい!!」
玲奈が凍夜の右腕をガシッと掴み歩き出す。いきなりのことで転びそうになる凍夜だが、空いている
左腕が緋莉に掴まれなんとか立ち止まれた。
「どこに行くんだ?有澄」
「少し凍夜と話があるの。だからその手を離してくれない?河原さん」
「いやダメだ。この手を離すと凍夜に良くないことが起きるのは目に見えている。それに有澄が手を
離せば済むことじゃないのか?」
お互いギチギチと凍夜の腕を思い切り握る。お互い怒りを隠すように笑顔を作っているが、正直
隠しきれていない。二人の間でなにやらバチバチと電気が交錯しているのは気のせいと凍夜は思い込む
ことにした。
「二人とも痛い!マジ痛い!!千切れる前に早く離して!!!」
「ほ、ほら凍夜が苦しんでるだろ。素直に離したらどう、だ!」
ムギ~~~
「河原さんが話したら良いんじゃない、の!」
ギチ~~~
「痛てててっ!!ヤバイ!マジ切れる!!」
凍夜の肩からブチっと音がする前に救世主が現れた。
「なにやってんの?お前ら」
「克行!?良いところに!助けてくれ腕がヤバイ!!」
「もう少しこのまま見たいけど…仕方ない。ほら二人とも早く離さないと愛する凍夜が死ぬぞ」
二人ははっとして凍夜の腕を離す。バランスを失った凍夜はバタンと倒れてしまった。
「別に私は凍夜なんて愛してないからね!」
「わ、私は人を殺めて囚人になりたくないから離しただけだぞ」
凍夜にとってはもう理由なんてどうでも良かった。腕を離してくれれば。
チャイムが鳴り四人とも教室に入る。緋莉は別のクラスだ。
凍夜は地獄から解放されたためほっと安堵する。しかし本当の地獄はこれからだった。授業中に横の席
の玲奈からチクチクとシャーペンで刺される、ジッと睨まれることになるとは凍夜まだ知らなかった。
最終更新:2007年10月31日 20:33