Slowly×Slowly-5
「母さん、来週のゴールデンウィークなんだが仕事休んでも良いかな」
「別に良いけど、珍しいわね。緋莉がお仕事の手伝いを休むなんて。どこか行くの?」
「友達に別荘に来ないかって誘われたんだ」
「そう、じゃあ楽しんできなさい」
観月から別荘に誘われた緋莉は凍夜が参加するのを知り、自分も参加することにした。毎年のゴールデン
ウィークはいつも事務所の手伝いをしている緋莉が休みをとるのは珍しい。平日、休日に関わらず仕事を
している緋莉には感謝しつつも申し訳なさがある由香里には却下する理由はない。
むしろ嬉しく思っている。今まで自発的に休みを取らずに友達とも遊ばないで高校生活を終わらせて
しまうんじゃないかと心配していた。
「おとうさーん」
「ん、なんだ?」
「緋莉ゴールデンウィーク遊びに行くから休むって。なんかお友達に別荘に誘われたらしいわよ」
「なにー!?別荘ってことはお泊りか!?」
浩二はテンションMAXで声を挙げる。由香里はしまったという表情をしている。
「お友達ってもしかしてもしかすると、凍夜君のことか!?」
「別荘に誘ってくれたのは先輩だが凍夜も参加する」
「聞いたか由香里!今緋莉が凍夜だって!男の子を呼び捨てにしたよ!あの緋莉が!!そっか~緋莉も
ようやく彼氏をゲットしたか」
「いや父さん、凍夜とはまだ付き合っていないぞ」
「あっ、こんなことしてられない。和夫に『これからもよろしく』ってメールしないと…それに結婚式の
準備にベビー用品も買わないと!赤ちゃんは十月十日後って言うけど今から準備しても損はないしな。あぁ
もうこんなに幸せだなんて死んでも良い!いや、結婚式のスピーチでいろいろ自慢したいからまだ死ねない!
そうだ、由香里!今日は鯛にお赤飯にしよう!なんなら出前も頼むか!こんな素晴らしい日だ、奮発するぞ。
あぁもう仕事なんてもういい!緋莉に比べればどうでも良いことだ!!なあ緋莉、今日は何が食べたい?
お前が主役だ。好きなものを頼んで、ブヒュラッ!ドヒュッ!アベラッ!」
浩二が振り返った瞬間、体に三連コンボが叩き込まれる。もちろん叩き込んだのは他でもない緋莉だ。
浩二はドサッと倒れピクピクと震え、頭からは星が大量生産され鈍い光を放つ。
緋莉は息を荒げ実の父を見下ろし一言。
「生まれてくるところ間違えたか…」
由香里は浩二の足を持ってズルズルと退かし血が付いた床を拭く。まるで毎日しているかのような手つきで。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あれから一週間が経ちゴールデンウィークがやってきた。
薫風が吹く5月の晴れた朝、大きめのバッグを両手に持ち、待ち合わせ場所のターミナル駅に向かう緋莉。
昨日買ったブルーを基調としたワンピースに身を包み、サラサラとした髪の毛は綺麗に整えられている。
彼女が動くたびに、ふわっ、と香水が空気に乗り風で送られる。
ふと、横のショーウィンドウに映った自分に足を止めた。学校では制服、事務所ではスーツを着ているため
あまり私服を着ることが少ない。
「変じゃないよな。店員も誉めてくれたし…」
(これは似合っているか?凍夜はどう思うのだろう…?)
自分が何を考えたのか気付き我に返る。
「いや、別に凍夜に良く思われたいとか考えているわけじゃない。初めて休日に会うのだし不潔な印象を
与えたくない。まぁただ凍夜がどんな感想を言うのかは気になる…男からどう思われているのか知りたがるのは
女として当然だ。別に凍夜だからではない。克行?…あいつは観月先輩がいる」
独りで呟きつつ、うむうむと頷く。
ショーウィンドウを鏡代わりにし髪を直し、スカートの皺を丹念に伸ばす。運が良いことにこの通りには
緋莉以外に人がいない。もし誰か緋莉を見たら間違いなく「この子はデートなんだな」と思うだろう。
一通り身だしなみを整えた緋莉は待ち合わせ場所に向かった。
* * * *
一方凍夜はいつもより早い朝ご飯を食べ終え、荷物の最終確認をしていた。洋服に下着、使い捨ての
コンタクトレンズにワックスはもちろん、何かあったための薬も準備していた。別荘には一通りの薬はあるかも
しれないが念には念を。備え有れば憂いなしだ。
(ケータイの充電器も入れたし……よし、完璧)
荷物確認が終わり、凍夜は家の窓全てに鍵をかけカーテンを閉じる。それと同時に電気がちゃんと切れている
かも確認する。火元のチェックだって怠らない。
この家には凍夜しかいないので、もし火事を起こしたり、泥棒に侵入などされたら全て凍夜だけの責任に
なってしまう。これは凍夜も十分理解しているため、全ての部屋を何回も行き来している。
そろそろ家を出ないと遅れてしまうので、凍夜は最後に電話を留守電にした。
「ただいま留守にしております。ファクシミリを……」
電話のスピーカーから淡々とアナウンスを背に旅行のバックを手にし家を出て玄関の鍵をかけた。これで
2日間は誰もいなくなる。
鍵をポケットにしまい凍夜が向かったのは待ち合わせ場所のターミナル駅ではなく、歩いて4秒、歩数に
すれば約6歩で敷地に入り、プラス5歩で玄関に着いてしまうほど近い幼馴染みの家。そこには玲奈が
立っていた。左手で眠そうな目を擦りながら右手を上げて朝の挨拶。凍夜も右手を上げ、挨拶を返す。
今朝、凍夜にメールがあった。差出人はもちろん玲奈だ。内容は「朝食はいらない。出発するとき私の家に
来て。来なかったら承知しないからねっ!(●`へ´●)」とお願いというより命令と怒りの顔文字。
なぜ今日は家に来ないのか不思議だったが聞くこともないと思った凍夜は、「了解」と一言返信した。
昨日の夕飯を終えた玲奈は自室に篭り、当日着ていく洋服をクローゼットから全て出し、鏡を前にして
独りファッションショーを開いていた。ワンピースにスカート・Tシャツから帽子etc.放課後にコンビニで
買った女性用ファッション雑誌を広げ、男受けするコーディネートを参考にし自分の洋服で写真と同じような
格好をする。
(かわいいかな…これ。似合ってるって言ってくれるかな?)
鏡の前で急に不安になる玲奈。頭の中では「モデルがいいから可愛く写るんじゃないか」などとネガティブ
思考が走っている。
(凍夜はどう思うかな……こういう服好きかな…?それに菜月や緋莉も来るし。観月先輩は克行君の彼女
だからライバルではないけど…3人とも私よりスタイル良いからな…やっぱり凍夜も胸の大きい人の方が
好きなのかな?………はっ、な、ななな何で私が凍夜のことを!?違う!そんなんじゃないっ!)
と、思いつつも2~3分後には同じことを考えてしまう。延々と思考がマイナスになってしまい、布団に
入っても不安で眠れなくなってしまった。結局玲奈が眠れたのは今朝の4時30分。2時間も眠れなかった。
朝起きることができたのは楽しみにしていた凍夜との旅行のせいかもしれない。
「…そういや玲奈の私服姿って初めて見るよな」
幼い頃は飽きるほど見てきた玲奈の私服だが高校生になれば別。凍夜の知っていた玲奈は遥かに女性に
なっていた。……童顔とストンとした平らな胸は触れないでおこう。
玲奈は待っていた話題に鼓動を速める。「そうね」と素っ気無い返事をしつつも内心凍夜の言葉が気になる。
「んじゃ行くか。今からならまだ余裕だけど」
玲奈はガッカリしてため息をつきながら肩を落とす。
「あんたに期待していた私が馬鹿だったわ……私の睡眠時間を返せっ!」
「えっ、なに?どういうこと?」
玲奈の顔は真っ赤で、目も真っ赤になっている。この原因は寝不足だけではないだろう。涙がちょっと
にじんでいた。
「凍夜のバカーッ!!普通ならここで似合ってるとか可愛いって誉めてくれても良いじゃんかー!!!」
玲奈は泣きながら、凍夜の胸をパカポコ叩きまくる。
「いやだってそんなの、必要ないじゃんか!」
凍夜の一言で玲奈のパンチの威力が急激に上がった。玲奈は叩くのを止めずにまだ涙を流している。
「酷い!!私なんてあんたに誉められたいがために夜遅くまで悩んでいたのに…」
「酷い!!」の後は口の中でモニョモニョと呟く。拳は止むことがなく凍夜の胸板に叩き込んでいる。
胸を叩き込まれているからか、凍夜は玲奈が何と言ったのか解らない。ただ解っているのは玲奈が怒っている
ことだけだ。
「元から可愛いのにいちいち可愛いなんて言う必要ないじゃんか!」
「え?」
玲奈は何を言われたのか解らなかった。
(もしかして可愛いって言われた?私が?可愛い?凍夜が本気で私のことを?べ、別に嬉しくないからねっ!
ほんとに…嬉しく…なんて)
やっと頭が追いついたのか言われたことを理解する。心の中では強がってはいるが、顔は先ほどよりとても
赤い。耳まで真っ赤だ。
攻撃がおさまり凍夜は胸を擦りながら歩き出す。
「そろそろ行かないとマジで遅刻するぞ」
照れているのか玲奈は耳の後ろを擦りながらコクンと頷くしか出来なかった。
(なんでいきなり赤くなってるんだ?それにしても『可愛い洋服』着てるな。まあ女の子ならこんぐらいが
普通なのかな)
思い切り誤解が生じているがこの間違いが訂正されることは一生なかった。
* * * *
そうしてなんとか待ち合わせ時間に間に合った2人を迎えたのは
「遅い!」
緋莉だった。だがあまり良い迎えではないが。
後ろには菜月に克行・観月がすでにいた。凍夜と玲奈は一番最後に到着したのだ。
待ち合わせの時間には間に合ったのだが凍夜と玲奈が一緒なのが気に食わないのか、緋莉は少し機嫌が
悪く、腕を組んで顔をプイとさせている。ゴールデンウィーク初日のせいか旅行客や家族連れ、カップルが
多く緋莉の先ほどの怒号に周囲の視線が集まるが、電車の時間が近いのかすぐに散った。
「遅いって…時間ぴったりじゃない」
「なに言ってるんだ!お前ら5分前行動を知らないのか?…まったく2人一緒に来て…私だって
本当は…」
最後の方は口の中でゴニョゴニョと言葉を濁す。もちろん凍夜と玲奈には聞き取れなかったが、勘の良い
観月たちは
「嫉妬だね」
「嫉妬だな」
「嫉妬ね」
と口を揃えた。
「だ、誰が嫉妬なんて!?違うからなっ!そんな事より早く電車に乗るぞ!……まったく何故私が
嫉妬なんて…ブツブツ」
緋莉は1人ホームに向かって歩き出した。克行たちも肩をすくめ荷物を手にして歩き始める。事態がよく
解らない玲奈と凍夜は目を合わせ首を傾げた。
観月の別荘は特急列車で約2時間。
6人は3人がけの席をゲット、向かい合わせになるようにイスを回転させ、グループ席にする。
ゴールデンウィーク初日なので自由席の殆どが埋まっている。6人分の席を確保できたのは運が良かったせい
だろう。
凍夜と克行は自分の荷物を荷台に放り上げ、女子のバッグをその上に乗せた。女子はさりげない優しさに
胸を焦がす。これは玲奈たちにも当てはまることで、玲奈に緋莉、もちろん菜月も胸をキュンとさせていた。
(やっぱり男の子なんだ…私のバッグ重いはずなのに軽々と持ち上げるなんて…なにこれ?胸がこう、
キュンとした感じは…いや!そんなはずないわっ!私が凍夜相手に…そんなこと絶対に…)
(私のカバン重いのに…でも凍夜はそれを簡単に乗せるのか…やはり男なんだな。凍夜は私のこと女として
見てくれているのか…?今の行為はちゃんと私を女の子扱いでしてくれたのか?……いやっ!何を考えてるんだ
私は!!別に凍夜はただの友人だ!そうだ…ただの…友人)
(やっぱし克行も凍夜君も男の子だな~。私たちのバッグ全部乗せてくれるなんて。こういうさりげない
行為ができるなんてカッコイイな。ま、克行は観月先輩の彼氏暦がそれなり長いからできるんだろうけど)
「ありがとう克行くん」
克行はコクンと頷き窓際の席に座る。観月はその隣に腰を下ろし、凍夜も座ろうとするが玲奈と緋莉に
毎度のごとく腕を掴まれる。緋莉が凍夜を引っ張り席に座る。必然的に凍夜は緋莉と玲奈の真ん中に座る
羽目になる。そして菜月も必然的に余った観月の隣に腰を下ろす。
(なんかわからんけどすげぇ圧迫感が…挟まれて死亡とかないよな?電車内だからいつもみたく両腕を
引っ張られたりはしないだろうけど…あれ?何か嫌な予感がする)
左右に玲奈と緋莉がいると必ずと言って良い程何かが起こる。それは凍夜にとってはうれしいものでは
なく、悪夢のような出来事だ。いや、悪夢のほうがまだマシかもしれない。夢ならいずれ覚めるが凍夜に
降りかかっているのは全て現実だ。
「あれ?凍夜君、顔色が少し悪いけど大丈夫?もしかして電車とか苦手?」
「酔い止めの薬あるよっ」
青ざめた顔をする凍夜に気付いた観月と菜月。ポケットの中から酔い止めの薬を出した観月は、それを
凍夜に手渡す。
普段車などに酔わない凍夜にとって、薬なんて必要ないが
(何もないよりマシだよな。治る見込みは少ないけど)
一応もらうことにした。
「ありがとうございます、先輩」
薬を受け取り口に入れようとするが、飲み物がない。あることはあるんだが、凍夜が持っているのは
炭酸飲料。正直薬を呑み流すには適さないだろう。薬局では噛み砕いて呑む薬というタイプも売っているが、
あいにく観月が持っているのは粉末タイプしかない。これを水無しでは少しキツイ。
水がないことを知った玲奈と緋莉は持っていたペットボトルを凍夜に差し出す。
「それじゃ飲みづらいだろう、仕方ないからやる」
「ソーダなんかじゃ飲みにくいでしょ?これ、飲みなさい」
ある意味これ以上ないほどのコンビネーションで
(そのコンビの良さはバスケの試合でやれ。くそー、絶対嫌なことが起きる)
凍夜の不安を掻き立てる。あぁ俺の勘ってこういう時には当たるんだな、と。先ほどの嫌な予感はやはり
現実になってしまう。
「有澄、凍夜には私のをあげるから有澄のはいらないぞ」
「なに言ってるの河原さん。凍夜は私のがあるから大丈夫よ」
玲奈と緋莉はお互いを睨む。目を合わせれば電気系の魔法が使われているんじゃないかと思うほど、
2人の間にバチバチと電気が走っている。その中間にいる凍夜はその魔法に耐えられず
「自販機で買ってくる!」
と言って席を立ち逃げた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
「あっ、こら待て!凍夜!」
2人の声は聞こえているが、凍夜はそれを無視し自動販売機まで走った。
「だめだよ~2人とも」
「そうよ、凍夜君を恐がらせて。しょうがない。凍夜君の心を私の体で温めてあげよう」
観月と菜月に怒られた2人は俯きばつが悪い顔をする。
凍夜がミネラルウォーターを手に持ち戻ってきた。先ほどまで騒いでいた2人はおとなしく、凍夜が
席に着いても何も言わない。
反省しているんだろうが、黙ったままでは空気が冷えてしまい旅行ならではの盛り上がりがなくなって
しまう。この空気で2時間の列車移動はキツイ。この状況を打開する話題を探すも凍夜はどんな話題を
振れば良いか解らず、悩んでいた。観月と菜月も同様に何を話せばいいか模索している。しかし何か
話さないといけない。
「なぁ観月。これから行く別荘って、俺行ったある?」
「えっ、ああ、うん。去年の夏にいっしょに行ったとこだよっ」
「ああ、あそこか。俺以外は行くの初めてだよな」
「うん、克行くん以外に呼ぶの初めてだよ」
「よかったな。向こうに着いたら驚くぞ。家はでかいし、プールもあったし」
克行は顔を凍夜に向け、顎で玲奈をさした。それを見て最初は何がしたいのか解らなかった凍夜だが
俯く玲奈を見て理解できた。
「すごいぞ玲奈!観月先輩の別荘ってプールあるんだって!!」
「え?そうなの?」
「マジ、マジ!!すごいよな~家にプールがあるなんて。な、緋莉?」
「あ、ああそうだな」
「こりゃあもう泳ぐしかないな!!」
凍夜は拳を握り真剣な表情で言うが
「凍夜くん、残念だけどまだ5月なので寒くて無理だね。寒中水泳になってもいいならプール出すよー」
「ちょっ、先輩すいません前言撤回します」
あっけなく真面目な表情が崩された。
「アハハ」
「クスッ、フフ」
玲奈と緋莉が笑みを零す。先ほどまでの暗い雰囲気はどこかに行ってしまい、今あるのは暖かな空気。
凍夜は克行に「サンキュ」と口パクでお礼を言った。ちゃんと伝わったらしく克行はこくんと頷いた。
思いも寄らなかったトラブルもあったが克行と凍夜のフォローにより、『菜月とその他の仲良しs』の
旅行は順調にスタートした。
すると不意に
「あっ――」
緋莉が声を上げた。
トンネルから外に出たため、窓から眩い光が降り注ぐ。緋莉の声に気付いた一同は窓の外に目を向けた。
そして今以上に瞳を輝かせる。
「すんごーーーい!きっれーい!」
菜月が外の世界を見て叫んだ。他の人間も同じことを考えたのか、菜月の言葉に顔を頷けた。6人を
乗せた列車の外は青く煌いた海が見える。太陽の光を受けた海は凍夜が今までに見たことのないものだった。
最終更新:2007年11月23日 00:13