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  • 作者 314氏

朝7時に会場に到着した俺たちは、全員で朝のアップに向かう。
種目前にだけアップに行くと量が足りなくて、思うように体が温まらないからだ。
この朝のアップを「一次アップ」、種目前のアップを「二次アップ」というところもあるほどである。
そして大抵の学校は朝トラックが開放されている時間帯に各学校の普段のアップメニューをこなす。
ナイス解説、俺。
最初の種目(女子100m予選なわけだが)が始まるのが、9時。
ということは、大体8時半くらいまでトラックが開放されるな……。
「みなさん!今日は7時半から8時半くらいまでアップの時間にするそうです!」
監督の指示がマネージャーから伝えられる。
「あ、杉野先輩!」
「ん?何?」
「今日の男子800なんですけど、実は私の同級生が走るんです。速いですよー?」
「マジで?2個下に負けるわけには行かないなぁ……でも華歩ちゃんのイチオシってことなら気をつけるよ。情報ありがとな」
「いえいえ!じゃ、一次アップ頑張ってください!」
「おう」
ちなみに俺の名前は杉野孝平。普通である。もっとカッコいい名前がよかったのだが。
華歩ちゃんは中学時代陸上をやっていたらしいのだが、なぜかマネージャーをやっている変わり者である。
気になって聞いてみたのだが、怪我ではないらしく学校の体育の授業はしっかり出ているらしい。
まぁ男子部員が部活に出る理由の1つになっているみたいだし、何も問題はないんだけど。

「久々の大会だな~。調子はどうよ、孝平」
「微妙だな。最近タイム良くないし」
「まぁ最悪県ランキングギリギリに載ればいいんじゃね?」
「去年は一応載ったしな。そんくらいが目標でいいか」
「まぁ俺は勝ちに行くけどね!」
こいつは狩野瞬。うちの学校の男子短距離エース。
去年までは幽霊部員だったが、今年からなぜか熱心になった。ちなみに練習でのタイムは相当いい。
実力から行くとこいつがキャプテンなのに、部活に出ていなかったせいで結局キャプテンは俺である。
「さて、んじゃ一次アップ行きますかね!」
「そうだな。行くか」

一次アップを終え、テントに戻ろうとしたその時だった。
テントって言っても楽しいキャンプをしてるわけじゃない。今日大会だし。
サッカーや野球ならベンチがあるけど、陸上にそんなものはない。
だから各学校がテントを用意して、そこを自分たちの陣地とするわけだ。
テントじゃないところだってあるが、まぁうちはテントなんだ。納得できただろうか。
それじゃ、話を戻そう。
テントに戻ろうとしたその時、声をかけられた。
「おい、孝平!」
「お、雄介か。今日何に出んの?」
「800だな。たまには5000とかにも出ろって言われてんだけど、長すぎるだろあれは…」
「まぁ俺も5000に出ろって言われたら丁重にお断りするだろうな。めんどい」
「だよなー。んじゃ、800予選で会おうぜ!」
「おう、じゃあまた後でな」
多田野雄介。800、1500m県代表。前年度中国大会ファイナリスト。つまりベスト8。
何でこんなすごいやつと知り合いかというと、単にいとこだからだ。それだけ。
さて、とりあえずテントに戻ろう。あと30分で女子100mの予選だ。

テントに戻る途中、アップを終えてスタート地点に向かうエレナと会った。
「アップお疲れ。予選だし力抜いて行けよ」
「言われなくても分かってるわよ。あんたは予選から全力で行かないと危ないんじゃない?」
「結構危ない。まぁ予選通過できたら万々歳ってとこかな」
「……そう。じゃ」
「お……おう」
何だあいつ。一気にテンション下がったな。
まぁ怒ってるんならいつものことだし気にする必要もないか。

テントに戻った俺は、プログラムでエレナが何組か確認する。
えーと、エレナは……予選5組か。
「ただいまより、3年女子100m予選を始めます」
「まず1組のスタートです」
1組のメンバーの中にうちの選手はいない。
ぼんやり眺めていただけだったが、俺はトップ選手のゴールタイムに目を疑った。

11秒99……?
全国トップクラスのタイムじゃないか…。
ちなみにエレナの自己ベストは12秒12。充分速い。
事実、去年の夏の県大会はエレナが制した。秋の新人戦だってそうだ。
一体誰だこの超新星は。
「ただいまの記録、11秒99は大会記録と同時に県新記録となります。城谷紗枝さん、おめでとうございます」
聞いたことがない名前だ。瞬のような幽霊部員だろうか。
いやそんなことより、とりあえずエレナが心配だ。動揺していないだろうか。
そんなことを考えているうちに2組、3組そして4組が走り終わり、エレナが走る5組がスタンバイを始めた。
「位置について。よーい……」
――パンッ!
ピストルの音が鳴り響くと同時に8人の選手が横一列にスタートを切る。
横一列……?
エレナはどちらかというとスタートが速い選手だ。序盤にリードを作り、その加速力を保ってゴールまで走りきる。
つまり序盤のリードがエレナにとっての生命線、というわけだ。
やはりエレナ本来の走りが崩れている。いくら力を抜くと言っても、そのタイミングはゴール直前だろう。
考え込んでいたらいつの間にか5組の面々は走り終えていた。
「もう、先輩。どうしたんですか?いつもならもっと声出して応援するのに」
「……ごめん、ちょっと考え事してたんだ。エレナ何位だった?」
「ゴールシーンも見てないんですか?2位でしたよ。エレナ先輩どうしたんでしょう……」
「1位のタイムはどれくらい?」
「12秒75です」
となると2位のエレナのタイムは……ベストより0.5秒以上遅い。動揺しているみたいだ。
「でもエレナ先輩、何とか準決勝には進みましたね。本調子じゃないのにさすがです」
3年女子100mは全8組。各組2位までが準決勝に進めるわけだからエレナは何とか駒を進めたわけだ。
悔しい。エレナの本来の力が発揮されなかったことが。
だけど今一番悔しがってるのはエレナだ。悔しがるべきなのは俺じゃない。
改善点だってエレナには分かっているはずだ。
俺は今すぐエレナを励ましに行こうかと考えたが、その選択肢には横線を引いた。

「次の種目は3年男子100mです」
女子100mが終わり、男子100mが始まろうとしていた。
瞬は1組だ。さっさと走ってさっさと退散。あいつらしい。
「3年男子100m、スタートです」
「位置について。よーい……」
――パンッ!
「狩野先輩、頑張ってくださーい!」
「瞬、ファイト!」
予想通り瞬は無事1位でゴールした。
しかしこいつが2年間幽霊部員だったとはな。考えられない 。
タイムは11秒40。それなりってところだ。

エレナも瞬も予選通過を決めた。
次は俺の番だ。
俺は二次アップに向かった。種目開始まであと1時間。

二次アップを済ませた俺は、800mのスタート地点に来ていた。
「孝平とは違う組か。面白くねぇなぁ」
「お前と走ったら俺が段違いに遅く見えるから勘弁してくれよ」
「まぁ多田野様の速さは尋常じゃねぇからな!ハハッ」
「何も言い返せない自分が悔しいよ、全く」
「まぁまぁそう落ちんなって!まぁ俺の走りを見て元気出せよ!」
「元気が出るかどうかは知らんが見るよ。どれくらいのタイムで来るか見とかないとな」
「了解!んじゃ行って来るぜ」
「おう」
手をひらひらと振りながら雄介は1組の面々とスタンバイを始めた。
「位置について……」
――パンッ!
雄介がスタートした。段違いに速い。何となく部活をやっているような奴らとはレベルが違いすぎる


2分1秒27。ベストタイムより5秒以上遅い。余裕だな。これで1位とは恐れ入る。
「どうよ、孝平!」
「さすがだな。俺も続いてやるよ」
冬を耐え抜いて春が来る。そうして迎えた今シーズン最初のスタートラインに、俺は立った。

スタートラインに立った途端にレースを走りたくなくなるのはいつものことだ。
自信がないからだろうか。自分が怖いからだろうか。エレナが怖いからだろうか。
さすがにエレナはないか。ただエレナをがっかりさせてしまうのでは、という不安はあった。
そんな不安が的中しそうな雰囲気になりだしているこの空間が怖い。
「位置について……」
――パンッ!
しかしスタートしてみると意外と走れるもので、あれよあれよという間に俺は先頭に躍り出た。
「孝平ー!頑張ってー!」
「杉野!ファイト!」
心に余裕があるのか、みんなの応援がはっきりと聞こえる。ペースも落ちそうにない。
負ける気がしなかった。今なら雄介とも互角に渡り合える、そう思うほどだった。
1位でゴールした俺のタイムは……2分4秒84。
ベストタイムよりは遅いが、力を抑えて走った俺にとっては最高の結果だった。
「どうよ、雄介」
「まだまだ余裕っぽいなー。決勝が楽しみだぜ!」
「そうだな。昼からだしお互いゆっくり休もうぜ」
「だな!じゃ、また決勝でなー」
「おう」

無事に800m予選を終えた俺は悠々とテントで過ごしていた。
家でダラダラしていると時間が長く感じられるが、試合会場だとどうも短く感じられる。
そこまで気を遣う空間ではないが、自宅気分でリラックスできる空間でもない。

エレナの準決勝まであと40分。

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最終更新:2010年02月12日 16:42