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  • 作者 でぃすぱ氏

 観月の別荘がある駅に降り、歩くこと数十分。山道を下り森林を抜けたところに、そいつはドンと
構えていた。馬鹿でかい敷地。馬鹿でかい門。馬鹿でかい家が凍夜たちの目の前にあった。凍夜の家の
数倍はあるんじゃないかと思わせるほど大きい。凍夜の家は小さくはない。正直言って平均の少し上ぐらい。
 だが凍夜の前にずっしりと構えている別荘はそんなことを強制的に忘れさせてくれる。観月と去年の夏に
来たことがある克行の2人を除く4人は、口をだらしなく半開きにし、目を丸くしてポカーンと景色を
見続ける。言葉が出ない。それよりも頭の中が何もない状態だ。頭の中が真っ白という言葉そのものだ。
 自分たちがここに泊まることが理解できたら、急に恐くなった。
 (……『ドッキリ大成功!』って書かれたプラカードを持ったスタッフはいないよな)
 罠に嵌められているんじゃないかと失礼なことを考えてしまい、つい辺りをキョロキョロと見渡す。
もちろん、プラカードを持ったスタッフもカメラを抱えた人も探しても見つかるはずはない。正真正銘ここは
観月家の別荘だ。
 「すごいですね……観月先輩の別荘って…うちの何倍もありますよ、これ」
 菜月がやっとの思いで言葉を搾り出した。
 「そうかなぁ」
 「そうですよ先輩。ああもうダメ。なんだか眩暈が…凍夜君悪いけどお姫様抱っこで連れてって」
 菜月は右手で頭をを押さえ、凍夜に寄りかかった。
 「そのまま海に放り投げてもいいならお姫様抱っこしてやるぞ」
 「冷たいなー」
 凍夜に預けていた体を起こした菜月はある事に気が付いた。
 「近くに海があるのに何でプールなんてあるんだろ」
 「お金持ちの金銭感覚なんて私たちに解るわけないよ」
 「そうだね、玲奈…」
 玲奈と菜月は豪邸を再度見上げ、「はあ~~」とため息を吐いた。
 右手には若々しい葉を着た木々が生い茂った山に、左手には太陽に眩い光を受けて青く煌く海。そして目の
前には大豪邸。凍夜たちはまるで絵画の中の登場人物になった気分だった。

 予想通りというか何というか、この別荘の内装は素晴らしかった。三階建ての家となっており、玄関は
何かの部屋なんじゃないかと思ってしまうほど広く、壁には多分高価な絵が飾ってある。長い廊下を渡り、
リビングに入るとそこは、二十畳以上ある広々とした空間だった。こんなに大きくなくても良いのでは、と
思うプラズマテレビに高級感溢れるソファー。そして、凍夜の視線を奪ったのが外国製のシステムキッチン。
そして二階には寝室が8部屋もある。しかも、ベッドはキングサイズで3~4人が一緒に寝ても大丈夫な位に
大きい。
 まだまだ紹介できる部分が大量に残っているが、これだけでも観月家の別荘の凄さが解るだろう。
 「こんなに部屋があっても使いきれねぇだろ…」
 自分が使う部屋に荷物を置く凍夜。ボスンとベッドに座り部屋を眺める。正直一人では使い切れないこの
ベッドルームに眩暈を感じてしまう。天井にある何の理由であるのか解らないファンを見つめて思った。
 (どうやってあの2人を仲直りさせようかな……)
 ぼんやりと考える。最初は何の理由なしに参加したが、今は玲奈と緋莉の仲を戻すチャンスだと思う。
だが、方法が見つからない。 
 (……ダメだ…思いつかない)
 凍夜が起き上がるのと同時にコンコンとノックの音がした。
 「ハーイ」
 「準備終わったらリビングまで来て」
 「わかった、じゃあ行くか」
 ガチャと扉が開かれると、そこに居たのは克行。
 準備なんて何もない、ただ荷物を置くだけだった凍夜は克行と共にリビングへ向かった。
 「かつゆきぃ~。どうやったら玲奈と緋莉仲良くなるかな~?」
 凍夜は後ろから克行の両肩に手を置きながら聞く。その姿はまるで幼稚園児がする電車ごっこの様だ。
克行はその手を気にも留めず言った。
 「俺としては仲良く見えるけどな。息も合ってる」
 「息がピッタリなところは嫌っていうほど知っているけど、それは仲が良いって言わないだろ?」
 凍夜は自分の身体をもって言いきれる。確かに何回か絶妙なコンビネーションで腕を引きちぎられそうに
なったことはある。だが、いつも顔を合わせれば嫌な空気が辺りを覆い、目からはイナズマが走っている。
そして背中には黒い炎というかオーラがはっきりと映し出し、互いをジッと睨む。それは仲が良いと
言えるのか?
 「本当に仲が悪かったらお互いを無視する。いちいち嫌いな人間なんかと話したりしない」
 「そうだけどさ~」
 「案外一緒にいたり、何か作業でもすると本音が出るかもよ。2人ともまだ最悪な状態じゃない」
 「何を一緒にさせるの?」
 「それは凍夜が考えるべきことだろ」
 「うぁ~」
 克行の両肩に体重を乗せ、凍夜は膝を落とし項垂れる。そのせいで克行の背中は大きく反るが、それでも
克行は気にせず歩く。凍夜もしゃがんだまま歩き続けた。
 凍夜のベッドルームから長い廊下を渡り階段を下りる。さすがに危険だと思った凍夜は克行の肩から手を
離し、自分の力で歩く。手すりに体重を乗せながら螺旋状とまではいかない少し曲がった階段を下りていると
克行が口を開いた。
 「…凍夜」
 「ん?」
 「ケンカの原因を解決すればなんとかなるんじゃないか?」
 「なるほど」
 「ゆっくりでも良いかもしれなぞ。急いだら逆効果の場合だってある」
 「うん」
 「すぐに解決した方が良いときもあるけど、こればかりはどっちが正解かは解らない」
 「だね」
 「ただ凍夜は出来ることをやっていけばいい。自分のペースで」
 「…そうかもね。ありがとう克行」
 会話をしているとリビングに着いた。そこにはもう女子メンバー4人がソファに座っており、これで全員が
集合した。
 「遅いわよ凍夜っ!何で荷物置くのにこんなに時間かかるの!」
 「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」
 「どーせ変なことでも考えてたんでしょ」
 (お前らのことで悩んでたんだよ)
 一番はやく凍夜たちに気が付いた玲奈はソファから立ち上がり、ペタペタとスリッパを鳴らして凍夜に
近づいた。玲奈の声で2人の存在に気付いた後の3人も談笑も止める。
 「ああ凍夜君!いいところに来たね。ささっこっちに」
 菜月が凍夜に向かって手招きをしている。コの字型した赤いソファには菜月と緋莉そして観月がなにやら
会議をしていたのか、高級感漂うガラステーブルに紙が1枚あった。
 凍夜はそれを手に取り見てみるとそこには
 「買出し班と掃除班…?」
 凍夜が手にしたメモ帳には2つの班が書いてある。買出し班は克行と観月の2人。残りの4人は掃除班と
書かれていた。買出し班は正しい班分けだろう。この周辺に詳しいのはこの別荘の所有者の観月しかおらず、
その彼氏の克行が買い物に付いて行くのは当然だ。
 また、掃除が得意である凍夜が清掃班になったのも納得がいくし理解も出来た。
 が、なぜ玲奈と緋莉が一緒なのか解らない。2人が一緒だと必ずと言って良い程、凍夜は身体的ダメージ
(主に腕)を受けていた。酷い言いようかもしれないが事実だから仕方ない。
 だから凍夜は自分の身体(というか腕)を守るために声を挙げた。
 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 「何よ凍夜?どうかした?」
 「どうかしたって…何この班分け!?」
 「どこかおかしいことでもあるのか、凍夜?」
 (お前ら2人が組んでいるのがおかしいんだよ~!)
 なんて言えるはずもない凍夜は無難な答えを示した。
 「3人とも掃除って出来るの?」
 「掃除なんてよゆーだよ」
 と菜月。
 「愚問だな。こんなの出来て当然だ」
 軽々しく言う緋莉。
 「ふ、ふふふ普通に出来るわよっ、こんなの!馬鹿にしてんの!?」
 どもりながら答える玲奈。
 さて、問題です。この中に嘘つきがいますがそれは誰でしょう?
 (明らか玲奈はウソだろ……嘘を吐くならどもらないようにしろよ)
 シンキングタイムを1秒も使わず正解した凍夜は頭を抱えた。菜月と緋莉は実際うまいだろうが、玲奈1人
だけが失敗していては空気が悪くなってしまうだろうし、自分の責任だと考え込み1人で重荷を背負って
しまうだろう。
 緋莉と菜月は自分の部屋は自分で掃除する。緋莉の父・浩二の法律事務所はお世辞にもキレイとか、整理
されているなど言えない、正直資料などでゴチャゴチャしているが緋莉の部屋はいつ、誰が来ても良いように
整理してある。
 逆に玲奈は清掃が苦手である。というよりも家事全般が壊滅的と言って良いかもしれない。生まれ持った
ドジパワーのせいか掃除を始めればすぐに「ガチャーン」やら「ガラガラ」とか「ドンガラガッシャーン」や
「キャー」など、様々な破壊音と悲鳴が聞こえる。
 そして掃除をしたはずの部屋はする前よりも埃が舞い、粉々になった道具等が散乱し汚いのだ。見るに
見兼ねた玲奈の母は「二度と掃除機に触れないで!!」と言って、部屋の後片付けをしたとか。
 凍夜はそんなこと知らないが玲奈のドジパワーの存在は頭の中にあり、先ほどの嘘で本能が訴えている。
 ――玲奈に掃除はやらせてはいけない、と。
 「克行ちょっと来てくれ」
 「なに?」
 凍夜は克行を手招きし玲奈たちに聞こえないリビングの隅に移動し、メモを渡し反応を窺うが克行は表情を
崩さない。それもそうだ。買出し班は克行と観月の2人だけなので、誰にも邪魔されずにゆっくりと買い物が
出来る。
 買うものは食材と調味料にジュースを数本。スーパーで食料を恋人同士で買う姿は新婚生活を送る夫婦に
見えるかもしれない。新婚夫婦にはまだ年齢が足りないし、やはり他の人から見ればカップルか仲の良い
兄妹にしか見えないが、観月の頭の中では熱々の夫婦像が出来上がっている。というよりも作られたが
正しいだろう。あの3人に。
 「メンバー交換しない?」
 「なんで?」
 「俺の本能が訴えてるんだ…玲奈に掃除をやらせるなと。俺の勘と本能が告げてるから間違いない」
 「偏った勘だな」
 「偏っててもいいんだ。なあ、頼むよ。このとーり」
 凍夜は手の皺と皺を合わせ頭を下げた。
 「今月のお願い!!」
 「一生のお願いじゃないのか」
 「今日のお願い!」
 「低くなってるぞ」
 「マジで!頼む!」
 克行は頭を押さえて「はぁ~」とため息を吐いた。
 「有澄と河原を仲戻りさせるんじゃなかったのか?」
 「あ」
 「忘れんなよ」
 「そっか~それじゃ仕方ないか」
 腕を組んで考える凍夜に克行は追い討ちをかける。
 「でも2人が一緒だと凍夜の腕が千切られて大量出血、そして死亡」
 「怖いこと言うなよ!そうだよ…俺の腕が危ない」
 克行は何度も玲奈と緋莉に腕を我の物と言わんばかりに抱きしめ、凍夜に苦痛を与えている場面に何度も
出会い凍夜を救った。その救世主の克行がいないのは凍夜にとっては不安要素になってしまう。
 「でも今回は菜月もいるから大丈夫だろ」
 「そっか。それなら安心」
 「いや、右腕には有澄に左手に河原。そして頭には菜月。一軒の別荘には両腕と頭が引きちぎられた遺体が
あり、周りは血で赤く染められていた……2時間ドラマが限界だな」
 「こえーよ!怖すぎだろ!!つーか俺殺すな!!!」
 「まあ冗談はさておき、2人を仲直りさせたいんだろ?我慢しろ」
 「2人ともさっきから何話てんの?」
 ソファに座っていた玲奈がさすがに気になったのか凍夜たちに近づいて来た。
 「別に何でもないよ。じゃあ俺と観月は買出しに行くから掃除の方頼むな」
 克行はそう言い残して観月がいるソファに行ってしまった。克行がああ言ってしまうとこれ以上の交渉は
無理だ。
 「かつゆきーっ、俺が死んだら燃やした骨を海に流してくれー」
 凍夜はリビングから出ようとしている克行に向かって叫んだ。内容が掴みきれない玲奈たちはクエスチョン
マークを何個も飾り、首を傾げている。
 なぜ凍夜が死ぬのか意味が解らない。冗談なんだろうが、どういうネタなのかさっぱりだ。
 (なによ、凍夜ったら克行君とばっかり話して。まさか私よりも克行君が良いの!?ダ、ダメよ!そ、
そういうのは漫画だけで充分!凍夜が他の人、しかも、寄りによって相手が男なんて!絶っっっ対にダメ!!
それに私の立場が無いじゃない!っていうか何で私が凍夜に嫉妬しなきゃいけないのよ!?もう、全部凍夜の
せいなんだからっ!)
 嫉妬やあらぬ勘違いが玲奈の心でうごめく中、凍夜は気付かないでいた。
 「自然環境に悪いから止めとくーっ」
 克行が凍夜の(人生最後になるかもしれない)お願いをキッパリスッパリと断り、観月と買出しに行って
しまった。
 これでこの別荘に残ったのは凍夜に菜月、そして問題児の玲奈と緋莉の4人になり、この現実を受け
止めたくない凍夜は
 (そういや何で2時間ドラマのラストって崖の上にするんだろう?)
 などと考え現実逃避をしていた。
 「さて、私たちは掃除でもしましょうか」
 玲奈の一言により目を覚まされた凍夜は顔を青くさせ、がっくりと肩を落とし、顔を俯かせている。
 掃除と言っても年末に行うような大掃除でもなければ、終業式前にするカーテンを外し窓を拭きロッカーを
退かす面倒な清掃でもない。軽くササッとするものだが……背中に恐怖が取り憑くのは何故だろう。
 それは破壊の大魔神がこの中にいるからなど凍夜は知らない。恐怖を感じ取るのは第六感か、それとも
これまで培った経験がそうさせているのか。
 「それじゃあ誰が何をやるか、当番を決めましょ」
 「おっ、玲奈ど~したの?えらくやる気じゃん」
 「別に?そんなことないわよ」
 「ほんっとかにゃ~?」
 「本当よ」
 「ってか菜月、その語尾なに?」
 「萌えた?」
 「うん、とっても萌えたよ。わーヤラレタヤラレタ」
 死んだ魚のような色味のない瞳と棒読みで答える凍夜に菜月は「はいはい、予想通りの反応ありがとう」と
言い返した。
 「イヤイヤ、ホントニモエモエダヨ。キミノコエニマイハートワ、ドッキュンコサ」
 「じゃあ凍夜、今日から私の奴隷ね」
 などと話している後ろで玲奈と緋莉は野望を抱え、心をメラメラと燃やしていた。
 (今日は良いところがないから少しは役に立たないと。別にこれは凍夜のためじゃない、私のため。
私のプライドが許さないからやる気を出してるの。家庭的なところを見せれば、少しぐらい私を女として
意識してくれるとか、安っぽい期待なんて絶対にしてない!……そういえば何でお母さんは、私に掃除を
させなくなったんだっけ?まっ、いっか)
 (ふふふ、掃除なんて簡単だ。ここで名誉挽回して有澄より一歩先に進む。そして凍夜にどちらが上か
見てもらおう。別に有澄より気に入られたいとか、女としての魅力に気付いてほしいとか、そんな馬鹿げた
考えなんて微塵もない)
 異常なまでにやる気を出す2人に何も気付かない凍夜。菜月はやる気出してるなーと思うぐらい。
 だが凍夜と菜月に緋莉はまだ知らないでいた。玲奈のやる気が3人の掃除を邪魔させ何十万の被害を
出してしまうなど、ここにいる人間は夢にも思わなかった。
 *   *   *   *

 「凍夜君ちょっといいかな?」
 「ん、なんだ」
 「…すごいやる気だね」
 「そう?普通じゃね?」
 「ゴメン、凍夜君の普通が解らない」
 作成時間たった15秒のあみだで決めた掃除当番により凍夜はトイレと風呂掃除をすることになった。
克行と観月が帰ってくるまで適当にするだけの簡単な清掃のはずが、家事全般大好きである凍夜は先ほどの
玲奈たち以上の情熱を燃やし、掃除用のアルコールにマイペットをバケツに入れ、後ろポケットには乾いた
雑巾。そしてゴム手袋を装着した手には濡れ雑巾が。
 また、どこから手に入れたのかマスクを完備して青春まっしぐらな高校生らしからぬ格好をしている。
もしここが家だったらエプロンも着けてたんだけどなーと。だが、エプロンはどこにあるのか解らなかった
ので、断念したというのは凍夜から聞いた菜月談。
 「で、用ってなに?」
 「いやね、キッチンからいや~な音がするんだよね。パリーンとかそういう音がずっと。気のせいかな?
っていうか気のせいであってほしいんだけど」
 「…いや、俺もさっきから聞くんだけど多分聞き間違いだろ。それか空耳だ。そうだ空耳に間違いない。
タモさんもびっくり空耳ア○ーだ」
 「そうだよね、Tシャツもらえるほどの空耳ア○ーだよね」
 「そうそう、これは空み…」

 パリーン!キャーー!!

 「…………」
 「…………」
 「………俺思うんだけどさ」
 「…なに?」
 「人間ときには現実逃避も重要だと思うんだ……例えばこういうときとかさ」
 「……私も思うんだけどさ」
 「…なにを?」
 「人間ときには諦めも重要だと思うんだ……例えばこういうときとかね」
 「…諦めるか」
 「じゃあ…行こうか」
 「…そうだな」
 キッチンへ向かう凍夜の姿はまるで犯罪を犯し、警察に捕まってしまい、パトカーに乗り込む人間の
ようだった。平たく言えば行きたくないのだ。地獄絵図が完成したキッチンへ。
 でも仕方ない、これが俺の運命なら!あっ、また嫌な音がした。

 そこには予想以上の地獄絵図だった。先ほど凍夜の頭の中で描いていた地獄は生易しいもので、皿が
何枚か割れていて床にその破片が落ちているぐらいの想像でしかなかったが、こちらの世界ではそれ
以上。皿の枚数の単位がまず違った。何枚とかそんな優しいものではなく、明らかに何十枚はいっていた
改め逝っていた。
 そして一番違ったのは落ち込んだ玲奈を怒鳴り散らす鬼がいる。地獄には鬼が付き物だから凍夜が想像
していたキッチンは生易しい世界であった。
 (私の『菜月とその他の仲良しs』にあんな鬼の娘いたっけ?あ~あ顔が真っ赤かじゃん。ありゃ赤鬼
だね。頭に角も見えるし……来るんじゃなかったー!)
 そう思う菜月の横で凍夜は無数に転がる鍋やフライパンを眺め
 (あっ中華鍋がある。あれで炒飯作ったらどんな味になんのかな)
 現実から目を背けていた。だって何か変な生き物がいるんだもん。
 「どうやったらこんなに皿を割ることが出来るんだ!!しかも全て観月先輩のものだぞ、信じられん!」
 「だって…」
 「だってじゃない!!」
 「うっ…」
 「まったく…ん?凍夜に菜月か。丁度いいところに来たな、見ての通りキッチンはこのありさまだ。
まったく掃除どころか逆に汚しているじゃないか。凍夜からも何か言ってくれ」
 (ああ、あれ緋莉だったんだ…)
 2人は鬼の姿が緋莉だと知ってほっとした。なんというか喉に刺さった魚の骨が取れたような感覚。
 「えーと、玲奈」
 「……」
 玲奈は凍夜の顔を見てすぐに気まずそうに視線を外し、俯いた。まるで悪戯が親にばれてしまった子供の
ように。

 「怪我はないか?」

 凍夜はゆっくりと優しく尋ねた。我が子を慰める母を思わせるような声で。
 「…………」
 玲奈は無言でふるふると首を横に振った。
 「そっか。そりゃ良かった」
 「凍夜!それよりも玲奈を…」
 「そうだ、緋莉」
 「ん、なんだ?」
 「緋莉も怪我してないか?」
 「んなっ!?な、お前何を言っているんだっ」
 凍夜の声に緋莉は唖然とする。そんなことよりももっと他に言うことがあるだろう、と。だが、緋莉の
気持ちに気付かない凍夜は言う。
 「だって、緋莉の足元にも皿の破片があるから」
 凍夜の言うとおり、緋莉の足元というよりキッチンの全体が玲奈が割った食器の破片でいっぱいだ。
どこぞの国の地雷が埋まった草原のように、一歩踏み込んだら即アウトの床に立つ緋莉に怪我があっても
不思議ではない。
 「…別に。傷なんてない」
 緋莉は自分が心配されていることにようやく気付き頬を染める。そして、凍夜に顔を見られているのが
恥ずかしくなったのか、視線を合わせないようプイと目を逸らしてしまう。
 「ふう、良かった~。んじゃあ後は俺がやるから3人は退いてくれ」
 ゴム手袋を着けているのはこの4人の中で凍夜のみ。玲奈と緋莉はその場から退きリビングに行って
しまった。残ったのは凍夜に菜月。
 菜月は凍夜ほど熱意を燃やして掃除をしていたわけではないので、ゴム手袋は持っておらず素手のまま。
何も着けていない手で皿拾いなどできない、というより凍夜がさせない。それに玲奈を叱らず真っ先に
身体の心配をした彼なら、絶対に止めると菜月はわかっていた。
 でもどうしても力になりたい菜月は、廊下清掃に使用していた掃除機を持ってきた。
 「凍夜君、これ使って」
 「おっ、サンキュー。助かるわ」
 大きい破片を四重にもしたビニール袋に入れ終わった凍夜は近くにあるコンセントにプラグを差し込み、
掃除機を動かせ細かい破片を吸い込ませる。
 菜月の大きな働きによって後片付けはほんの数分で終了した。
 「マジ助かった。ありがとな菜月」
 「別に気にしないで。それよりと~や君、キミはなかなかのプレイボーイだね~。あの状態であんなこと
言えるもんじゃないよ」
 掃除機を手にした菜月が冗談のように言った。
 「そうか?普通だろ」
 「いやいやそんな簡単なもんじゃないよ、絶対。あの2人はもうあれだね、凍夜君の言葉にドッキュンコ
だね。もう間違いなし」
 ドッキュンコかどうかはさておき、菜月の言うことは的を得ている。事実あの2人は凍夜に少なからず
好意を抱いているのは確かだ。菜月もそのことを知っている。玲奈とは長い付き合いというのもあるが、
彼女たちを見ていてすぐに解る。
 そんな菜月に凍夜は真面目な顔つきで言った。
 「でも、もし菜月があの状況になっていても同じことを言ってたぞ、怪我されたら嫌だし。つーか菜月も
大切な人には変わんねーし。まぁ何か困ったことがあったら相談しろ。力になるから」
 「ええっ!?」
 「んじゃあ後はまかせるわ。まだトイレ掃除終わってないから」
 ――――ゴトン
 凍夜がキッチンから去った後菜月は手にしていた掃除機を落としてしまった。
 「どうしよ、玲奈……」
 菜月は天を仰いで誰かに告げるように続ける。
 「私も……凍夜君のこと好きになっちゃった……」

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最終更新:2007年12月10日 07:14