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「……あれ?」
「どうした、懐?」
「いや、なんか靴箱に手紙が入ってる」
自分の靴箱に見慣れぬものを発見した懐ははてな? と首をかしげた。
可愛らしいハートマークのシールでとめられた封筒が目を引く。
「ラブレターだな、どう見ても」
友人にいわれ、そうだなと頷く。
靴箱にハートマークで止められた手紙。
成る程これはラブレター以外の何者でもないではないか。
「しかし油断はできんぞ懐。悪戯の可能性もある。ま、お前にそんなことをする奴がいるとも思えんが」
「んー、とりあえず開けてみるよ」
「おい、ここでか? ていうか俺が一緒に見てもいいのか?」
「ああ、こういうのは抜人のほうが慣れてるだろ? 本物ならアドバイスももらいたいし」
「いや、慣れてるっつっても俺は断るのが専門だし、つーかリアル女に興味がないだけだし」
「あはは、相変わらずだな」
友人の危ない発言にも引くことなく懐は封を丁寧に破り、中身を取り出す。
そこには
『今日の放課後、校舎裏で待ってます』
とだけが書いてあった。
「…シンプルだな」
「シンプルだね」
「んー、字の感じも女の子っぽいし、ほぼ間違いなく告白コースだとは思うんだが…不良さんたちの呼び出しって可能性も捨てきれないな」
「それはないよ。俺なんかにそこまでする価値があるとも思えないし」
「……いや、十分あると思うぞ」
「え?」
「いやいや、なんでもない。まあお前をボコろうなんて奴はそうはいないだろ。なんせ生徒会副会長なんだしな」
「とりあえず、行くだけいってみる。今日は生徒会の仕事もないし」
「で、かわいい女の子だったら付き合うのか?」
「うーん、それはあってみないとわからないかな」
「ふむ、全くの脈なしというわけでもないのか」
「そりゃ俺も一応は健全な男子学生だからね」
「その健全な部分を少しは会長や林野に向けてやれよ…」
「え、なんでそこで雲雀さんとタマがでてくるんだ?」
ハテナを頭上に浮かべた懐に抜人はやれやれとばかりに頭を左右に振る。
そして、まあがんばれよと一声かけて立ち去っていく友人に懐は首をかしげるのであった。

彼らは知らない、二人が立ち去った後に慌てて懐の靴箱を覗き、ガックリと肩を落とす一人の女子の姿があったことを。
懐は知らない、それが自分宛のラブレターではなく、手違いで送られたものだということを。
抜人は知らない、それは本来ならば自分宛のラブレターだったということを。


放課後、校舎裏。
鳴風真白は苛立っていた。
呼び出されたにもかかわらず、呼び出した当人がなかなか現れないからだった。
「人を呼んでおいて待たせるなんて…」
ウフフ、と不気味に笑う真白。
彼女は告白をされるべく、呼び出されていた。
覚えている限りでは入学してこれで十三件目だった。
「全く、うざったいったらありゃしない」
普段は外面よくにこやかに微笑んでいるはずの美麗な顔が不機嫌そうにゆがむ。
真白は容姿端麗成績優秀運動神経抜群、しかも人当たりもよいというと非の打ち所のない美少女だった。
当然、そんな彼女はもてる。
だが、近寄ってくるのは上っ面ばかりを見て駄目元前提で告白してくるバカばかり。
意図的に演じている部分があるとはいえ、『学校のアイドル』に騙される男になど興味はない。
「そうよ、あたしが求めているのは…」
浮かぶのは眼鏡をかけた一人の少年の姿。
同学年でクラスメートの彼は真白にとって気になる男だった。
いつも穏やかに微笑み、優しい空気をまとうその雰囲気は自分とは違う、演技ではない芯からにじみ出るもの。
人によってはナヨナヨした奴と言う者もいる。
だが、真白はそんな彼にどこか惹かれていた。
それは自分にないものを持っている少年が羨ましかったからなのかもしれない。
けれど、気がつけばいつも視線は彼を追っていて―――
「って違う! き、気になるのは確かだけど、恋愛感情とかそんなのじゃ……っ!?」
ジャリ。
と、背後に迫る足音に真白はビクッと体を震わせた。
恐る恐る振りむく。
もしや今の独り言を聞かれていたのだろうか?
ならば抹殺――否、口封じしなければならない。
この歳で人の命に手をかけるのかしらと悲壮な決意で振り向いた真白の目が、大きく見開いた。
「あれ、鳴風さん…?」
「へ…?」
なぜなら、そこにいたのはついさっきまで頭に思い浮かべていた少年だったのだから。

「ひ、ひ、火竹くん!?」
いきなり悲鳴のような声で名前を呼ばれた少年こと火竹懐は困惑した。
それはそうだ、ラブレターらしきもので呼び出されて校舎裏にきてみればそこにいたのは学校のアイドルと呼ばれている少女。
すわ彼女が自分に告白か!? とビックリするも、どうにも少女の様子がおかしい。
どう考えても真白の態度は今から告白をする女の子のそれではなかったのだから。

(な、なんでこの男がここにー!?)
一方、思わぬ人物の出現に心臓がばっくんばっくんと跳ねているのは真白だ。
自分はラブレターをもらって呼び出された。
今までの経験上、告白されるのは間違いない。
そこに現れたのは眼鏡をかけた温和そうな表情の少年。
つまり、今から自分は彼に告白されるわけで…
(ちょちょちょちょっと待って! タイム! たんま! それは反則! 想定の範囲外!)
どんな男がきてもいつものように悲壮な表情での『ごめんなさい』でばっさり斬るつもりだったというのに、思考は動揺一色だ。
一番ありえなく、だけど一番あってほしかった可能性の実現に少女の頬が見る見るうちに赤く染まっていく。
「あの…」
ビクッ!
かけられた声に思わず身がすくんでしまう。
まずい、上手く思考が回らない。
真白は本能的に口を開き―――
「か、勘違いしないでよね! 確かにここまできたけど、OKなんて言うと思ったら大間違いなんだから!」
脱兎のように駆け出した、というか逃げ出した。

(ああああ、あたしのバカバカバカバカーっ!?)
後ろを振り返ることなく駆ける真白は思い切り後悔していた。
まだ懐は何もいっていなかったというのに自意識過剰にもほどがある。
状況的に見れば告白なのは間違いなかったが、万が一にもそうでなければただのバカ女である。
しかも、思い切り素を出してしまった。
普段の清楚で穏やかな自分を見ていたであろう彼はさぞ驚いたに違いない。
(だ、だってだっていきなりだったんだもん! 仕方ないじゃない!)
頭に思い浮かべていた男子が突然現れれば女の子なら誰だって驚く。
そう自己弁護をしてみるものの、どう考えても先ほどのリアクションはまずかった。
彼がゴシップを言いふらすような人物だとは思えないが、下手すれば今まで築き上げてきたイメージが全て崩壊する。
それに、懐は真剣に自分に告白をしようとしていたのかもしれないのだ。
ならば自分の対応は失礼以外の何者でもない。
(なんて勿体無いことを…ち、違う、そうじゃなくて! ああ、明日どんな顔して顔をあわせればいいのよ~!?)
頭の中はぐちゃぐちゃでも体は一直線に学校の外へと向かう。
とにかく今はクールダウンすることが必要だ。
真白は盛大な勘違いをしたまま一心不乱に家に向かって陸上部顔負けのダッシュを続けるのだった。

「な、なんだったんだろう…?」
一人置き去りにされた懐はぽつりと呟いた。
これではドキドキしてやってきた自分がバカみたいではないか。
いや、彼女が手紙の差出人とは限らないのだが、それにしたとしても意味がわからない。

それに、あの口調。
普段の真白からは考えられない大声と表情が懐の脳裏で再生される。
「俺、幻覚を見たのかな?」
見なかったことにするか、それともあれは幻だったと自分を誤魔化すか。
懐は解けない問題を押し付けられたような気分でその場を去るのだった。
なお、その後に名もなき一人の男子生徒が意を決した表情で現れるのだが、すでに待ち人は立ち去った後だったのはいうまでもない。

「な、懐お兄ちゃん」
「……タマ?」
首をひねりながら校門を出た懐は自分を呼び止める声に振り向いた。
見れば、校門の影からちょこんと顔を出してこちらを伺っている一人の少女がいる。
林野珠美。
懐の幼馴染の少女だった。
「どうしたんだ、こんなところで? あ、俺を待っていてくれたの?」
「ち、違うのっ。たまたま懐お兄ちゃんを見かけたから、それで…」
「そうかそうか。じゃあ一緒に帰るか?」
「あ…うん、懐お兄ちゃんがそういうのなら」
おずおずと、それでいて嬉しそうな表情で小柄な少女が姿を現した。
懐がタマと呼ぶ少女は一つ下の幼馴染で小さなころからの妹分だった。
今でも自分を懐お兄ちゃんと呼んで慕ってくれる珠美は懐にとって大事な女の子である。
人見知りで怖がりな彼女は昔からいつも懐の後ろをついてくることが多く、今でもそれは変わらない。
思春期を迎えてからは流石にべたべたくっついてくることはなくなり、やや距離をとるようになったのだが懐はそれでもかまわなかった。
珠美が可愛い妹分であることは変わらなかったし、それを切欠に自分以外の人間と親しくなるのなら喜ばしいことだ。
こちらから近寄ると逃げるが、離れるそぶりを見せると近寄ってくるまるで子猫のような少女に懐はほほえましいものを感じていた。

「懐お兄ちゃん、こんな時間まで何をしてたの…?」
帰り道、不安気にそう訊ねてきた珠美に懐は言葉を詰まらせる。
ラブレターをもらって呼び出されていた、などとはこの妹分の前ではいいにくいのだ。
普段は懐のことなんて気にしないといった態度をとる彼女だが、その実彼に近寄ってくる女には厳しい。
ぎゅっと懐の腕に抱きつき、威嚇することすらしばしばなのだ。
珠美からすれば兄を取られたくない一身なのだろう(と懐は思っている)が、懐からすれば少々困りものでもあった。
何せ今までの人生で彼女ができなかったのは間違いなく珠美が一因だったのだから。
「いや、こんな時間って、そこまで時間はたってないだろう?」
「今日は生徒会の仕事はないっていってた」
「そ、それはその…そうだ。じゃあなんでタマはこんな時間まで残ってたんだ?」
「ふぁ!?」

懐の切り返しに珠美の肩がビクンと跳ねる。
勿論、懐を待っていたのは明白で、それは懐自身も重々承知だったのだが話題をそらすには有効だったようだ。
途端に落ち着きなくそわそわして目線を左右に揺らしだす珠美。
「どうしてなのかな?」
「ふぁ…そ、それは…」
動揺する珠美を見て、懐の悪戯心がうずうずとわいてくる。
見た目も正確も小動物っぽい妹分はついつい構いたくなってしまうのだ。
「し、質問を質問で返さないでっ」
「じゃあ俺が答えたらタマも答えてくれるの?」
「わ、わかった」
こくり、と頷く珠美に懐は仕方なく経緯を話すことにした。
勿論、真白の名前は伏せておいたのだが。

「……むー」
話を聞き終えた珠美はぷくーっと頬を膨らませて懐を睨んでいた。
懐としては自分に非がない以上そんな態度をとられるのは遺憾なのだが、兄を慕う妹分にはそんなことは関係ない。
「話したんだから、そんなに膨れるなよ…」
「だって、懐お兄ちゃんなんかがラブレターをもらうだなんて…」
「おいおい、なんかって酷いな」
「そうじゃない。懐お兄ちゃんなんてトロそうだし、ガリ勉だし、眼鏡だし、弱そうだし…」
「眼鏡は関係ないだろう…?」
「でも、凄く優しくて…そんな懐お兄ちゃんを知ってるのは私だけなのに…」
「褒めるのか貶めるのかどっちかにしてくれよ」
「ふぁ!? い、今の聞いてた!?」
「いや、普通に横にいたし…」
「だ、だめっ! 今のなし! 懐お兄ちゃんは極悪人っ!」
「物凄い格下げだな」
わたわたと手を振る珠美に懐は苦笑するしかない。
「と、とにかく。懐お兄ちゃんが彼女を作るなんてありえないんだからっ…」
「タマは俺に一生独身でいろと?」
「その時は私が―――あ、な、なんでもない!」
何かを言いかけて慌てて口をつぐむ珠美。
懐はそんな妹分の奇行を不思議に思いつつ、帰宅の途を歩くのだった。
ちなみに、珠美は最後まで懐を待っていたのだとは認めなかった。

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最終更新:2008年01月15日 18:03