スイーツ&ファンタジーツンデレ
「ルイーズ。お茶」
「自分でいれろ。」
「何で俺が。」
「……逆に聞きたいくらいだ。」
「えー。何を?」
「いいか、リカルド。私がお前の家に来ているのであって、私が客なんだ。
私は客。主人はお前。お前だ。いいな?
だから何故私がお前なんぞに、お茶を出してやらなくていけない?」
だらしくソファへ寝転がったまま動かないでいる男。
その旧友を赤味の強い瞳で睨みつける銀髪の女。
女は落ち着いた物腰をしていた。
滅多なことでは表情を崩さず、勿論この状況にも怒鳴ることはしなかった。
冷静に順序立て説明をすることで、愚かな男に分からせてやろうとする。
いつもの事だが、その落ち着き払いすぎている姿は何処か不可思議だ。
見た目の年齢は20歳そこそこだが歳不相応な空気を纏っていた。
同性でさえ見惚れる美貌を持っているというのに、冷厳な態度を崩さないせいで、誰も寄せ付けなかったが
「だってー」
男はびくともせず視線だけを女に向けて言う。
「俺がいれるより、ルイーズがいれてくれたほうが美味いんだもん。」
氷の様な眼差しで射られようと、男にとっては慣れっこな事であり動じることなど一つも無い。
駄々を捏ねてた後いつも通りニカリと笑う。
確信的に笑う。
「お前は子供か……」
「ガキでいいから、ね?おねがい。」
太陽のようにまぶしい笑顔を向けられたルイーズは、尚一層不機嫌そうに眉根を寄せる。
「……。」
先日、男の家に日本人の友人が訪ねて来た際、美味い茶葉を二人は譲り受けていた。
ホットの湯でいれるんだよ、と友人の嬉しそうな笑顔が忘れられない。
リカルドもルイーズも、日本産の「ぎょくろ」というのは口にした事が無かったからだ。
自分が二人に美味い物を紹介出来たのが嬉しかったのだろう。
友人はこの茶専用の独特のポットまで置いていってくれたのだ。
はじめ二人はどうして良いのか解らず、子供のようにただじっとその茶を並んで覗き込んでいた。
そして冷めきった頃にようやく作り終え、やっとリカルドがはじめの一口を。
「ルイーズ!美味い!美味いぞコレ!」
「うるさいぞ……だいたい紅茶葉と同じなのだから、味は大して変わらないだろう。」
言った言葉に反して興味があったらしい彼女も、キラキラとした瞳でいるリカルドの手にしたゆのみを見つめていた。
彼が「ほれ、飲んでみ」と手渡すと大切そうに受けとめる。
そして彼女もまた一口。
「……っぁ、」
大して感想を言わなかったが「少し残してくれよ。」と言う彼の言葉を無視して全て喉に通してしまった。
それからすっかり二人はお茶の虜なのである。
ルイーズが茶の準備をし終え階段をゆっくりと昇っている。
ついでに貰ったボンと言うらしい大きな皿(だと二人は思っている)に二つの湯飲みも乗せながら。
「っく、カップに比べ、ゆのみとやらは……」
縦に長いのだ。
慣れない手つきで不安定さゆえ、グラグラとさせながら階段を一歩一歩登る。
肩までついた髪が邪魔だった。結っておけば良かったと今更後悔しながら
「だから、何で私がこんなことを……!」
盛大に舌打ちをした。
「待ってました。って、あれ?」
「……」
「いい匂いがするけど、それクッキー?」
「……洗い物はお前だぞ。」
「わかってるよ。つうか、このチョコチップはわざわざ焼いてきてくれたんだ。」
「そうじゃない。出掛けになって時間が中途半端に余っていたから。」
「この間のベリィパイも旨かったけど、今回のも旨そー」
「別に、ぎょくろには合わないのだから、後ででもいいし、無理にとは……」
ぽそぽそと尻つぼみになっていく言葉を聞いたリカルドは、子供の様に無邪気に笑う。
先程までの無気力はどこへやら、ソファから勢いをつけて起き上がると
床に置かれたボンの上をワクワクとして見つめだした。
乗せられたクッキーと、茶葉と、白い華奢な手を代わる代わる見ている。
「……やり辛い。」
真剣な眼差しをしたルイーズがで二つの湯飲みにこぽこぽと茶を注ぐ。
「気にすんなって。後蒸らすだけだろ。」
「……お前が見てるだけで、お茶が不味くなる。」
「そりゃすげぇな。」
「もういいから黙っていろ。」
そう言って、きっかり教えられた通りに腕時計で計っている辺りが彼女らしいなぁとリカルドはまた笑う。
「よし。」
「ok!じゃあ」
さぁ頂くかとなったその瞬間、二人きりのこの家の中にけたたましいベルの音が響き渡った。
「えー……誰だよ、これからって時に」
「向こうはこちらの都合を知らないのだから、文句を言ってないでさっさと行け。」
「はいはい。分かったよ。あ!先に飲むなよ!?」
そう釘を指して階段を降りたリカルドの足は少し急ぎ気味だ。
ドタドタと派手な音を立てたのを最後に、シンっと部屋の中が沈黙で満たされる。
「さて……」
「冷めないうちに頂くか。」
彼が帰ってくるのを待ちきれないわけではない。
そうではなく、何故待ってやらなくてはいけない。という思いが先にたった。
茶は自分でいれてきたわけだし、何より素直に待ってやるのが癪に障った。
そしてあの、太陽のような笑顔が腹立たせた。いつもの事だが……
「別に……」
何やら独り言をもらしつつ、自分の近くに置いてある同じ柄の湯飲みのうちの一つを手に取り、持ち上げた。
鼻腔をくすぐる茶の良い香り。
口をつける前に唇を細めて息を吹きかけた。
「ふぅ……ふぅ……ん?」
湯飲みの中を覗き、ピタリと動きを止める。
そして一瞬表情を変えた。
手にした湯飲みをもう一度降ろし、玄関先でまごついている彼の湯飲みとそっと入れ替え、置いた。
「おかえり。」
「明日町でバザーをするらしいから覗きに来てくれって連絡だった。」
「誰から?」
「市長から。」
「市長がわざわざ?」
「チャリティーらしいからなぁ。次の選挙活動絡みだろ?街中全部には回らないが、目ぼしい奴んとこだけ回ってんだよ。
嫌だねぇー建前だらけの『人間』とやらは。キライだよ。」
「我慢するかいい加減慣れろ。もう何年こっちにいるんだお前は……」
「だってさぁー」
「どうでもいい。そんな事を言っている内に冷める。」
「あ……」
湯飲みの中の茶は減っていない。わざわざ温めたらしいクッキーも、冷めてしまっていて手が付けられていない。
待っていろと冗談で言ったのだが
「悪い。」
待たせてしまっていたのだろうか。
そう思い彼らしからぬ真面目な態度で謝罪するが、彼女は鼻で笑っただけだった。
「突っ立っているなら先にいただく。」
「あー何だよ!んじゃ俺もいただきます!」
床に急いで腰を降ろし、リカルドも一つ湯飲みを持ち上げた。
まだ熱いその陶器。両手に抱えた瞬間、湯飲みの中の物に気がついた。
浮かんでいる、葉とは異物のその物体。
「なぁ!おい、見てくれ。」
「どうした?」
意気揚々と湯飲みから口を離し、ルイーズに小さく手招きをした。
屈託無く笑う彼が差し出した湯飲み。
その中に浮かぶ、小さな小さな――
「茶柱ってのが立ってるぜ。あいつ言ってたよな?
これが立つ茶はすげぇ縁起がいいって。じゃあ、きっと何かいい事が起こるよな。」
太陽のようにポカポカと微笑む男。
赤い眼は直ぐに視線を逸らしてお茶をすすり直す。
「運を使い切ったな。明日死ぬぞ。」
「えぇー!!」
茶は上品な音を立てて喉を下っていく。
湯のみで隠れてしまっている口角の端が緩やかに上がっているのを、彼女自身まだ気がつかない。
最終更新:2010年04月16日 00:52