ツルとカメ-5
「入りたくねぇなぁ」
「我慢しなさいよ、放っておいたらエラいことになるわよ」
確かにそうかもしれない、視線を下に向ければ血に塗れた足がある。今は体育の授業中
、準備体操の馬跳びで調子に乗った僕は50mの助走をつけて飛んだところうっかり転倒、
張り出していた石で膝を大きく切ってしまった。痛みには強い体質なので辛くはないのだ
けれども、流石に膝から下が赤く染まる程に出血してしまったので取り敢えず保健委員の
コイに連れられてここに居る。相変わらず出血は酷いものの血も少しずつ固まってきてい
るので僕は大丈夫だとだと思うのだが、生来の真面目な性分を発揮したコイの強固な説得
によって手当てされることは了承した。そこまではまだ良い、許容範囲の中だ。
「でもなぁ」
「ぐじぐじすんな、ちんこ付いてるんでしょ?」
あれ、そうだったかなぁ?
「付いてるんでしょ?」
「はい」
睨まれてつい頷いてしまったけれど、これは入らなければいけないということにも肯定
の意見を持ったことになる。一番したくないことをしてしまった後悔はあるが、今更悔や
んでも仕方がない。
吐息を一つして、視線を上へと向けた。扉の上方にはプラスチックのプレートがあり、
そこには『保健室』という文字が並んでいる。
「嫌だなぁ」
「うっさいわね、さっさと入りなさいよ」
言うや否や、コイは扉を開くと僕の尻を蹴って中へと放り込んだ。普段の僕なら何とも
ないのだが、足を怪我しているせいかバランスが簡単に崩れ倒れ込むような状態で部屋の
中へと入る。あまりの仕打ちに振り返ってみれば、コイはとっくに踵を反していた。あと
どうでも良い話だが、こうして低い視点から見てみるとコイの脚の線がとても綺麗なのが
よく分かる。
「って、お前は来ないのかよ」
「授業あるし、手当ては保健の先生の仕事でしょ?」
それはそうなのだが、だからこそ保健室には来たくなかったのだ。
「あら、いらっしゃいカメ君。犯されに来た?」
「治療をお願いします」
もはや僕としてはお馴染になった受け答えをしつつ、後方を向いていた視線を前へと戻
すと、白衣を着た女性の姿が目に入ってきた。漆黒の長い髪にYシャツ、ミニスカートに
白衣と分かりやすい格好のエニシ先生だ。いつも穏やかな表情を浮かべていて、僕以外の
生徒からの評判はすこぶる良い。しかし個人的には逆の評価、嫌いではないが苦手だった
りする。美人で巨乳で雰囲気もエロいので言うことなしなのだが、さっきの発言が示して
いるように少し下品なのだ。しかもそれが僕限定らしいので、余計に辛くなる。
いや、それだけならまだ問題ない。聖職者としては問題だし、人間としても多少アウト
気味だけれども、その程度ならその辺を探せば見付かる程度のものだ。
だが、それ以上に酷いものがある。
ある日のこと、僕は熱がある状態で登校したせいか酷く体調が悪く、保健室のベッドで
横になっていた。そうしたら、『風邪は汗をかくのが一番』という発言と共に逆レイプを
かましてきたのだ。確かに汗はかいたのだが、汗は汗でも冷や汗だった。エロ漫画などを
読んでいると少しは憧れたりもするが、実際に体験するとそうもいかない。これは人にも
よるのだろうが、僕はあまりの恐怖に逃げ出してしまった。結局その行為は未遂で終わり、
それ以来保健室にはなるべく近寄らないことにしている。
「どうした、カメ」
過去から僕を引き戻したのは、聞き慣れた声。その方向に視線を向けてみれば、アズサ
先生が机に突っ伏していた。朝のHRでもそうだったのだが相当体調が悪いらしく、グラス
の水を揺らしながらこちらを見つめている。中に入った氷が硬質的な音をたて、その度に
辛そうな表情をしていた。只でさえ冷たい印象のある切れ長の目は更に細められ、それは
不機嫌なツルと対等に渡りあえる程の迫力になっていた。
「どうした? 黙って」
アズサ先生が再度尋ねてくるが、
「アズサ先生の方が、『どうした?』ですよ」
「あのね、昨日友達から結婚するって電話があって」
「それ以上は言うな」
アズサ先生はエニシ先生を睨み付けたが、すぐに頭を押さえて目を伏せた。エニシ先生
もアズサ先生が抵抗出来ないことをしっかり把握しているらしく、気にした様子もなしに
僕に笑顔を向けてくる。どうしようか少し迷ったが、僕も笑顔を返した。いざというとき
には親友であるアズサ先生が多分止めてくれるだろうし、苦手な相手とはいえ人を邪険に
扱うのはあまり好きではない。
「でね、アズサったら悲しみのあまり」
「それ以上は言わなくても良いです」
どうしてアズサ先生がこうなっているのかは、大体予想がついた。昨日の夜のことだ、
ツルがアイスを食べたいと言い出し、コンビニに行ったときにアズサ先生が酒や肴をしこ
たま買い込んでいたのを目撃してしまった。そのときは理由も分からず、そもそも気にし
てもいなかったのだが、さっきのエニシ先生の発言で合点がいった。つまりは、そういう
ことなのだろう。外見や性格が関係なくそんな立場になってしまう人というのは、今の世
の中には以外と多いのだ。だから差別をしたり、むやみに突っ込んだりしてはいけない。
それがマナーというものだろう。
僕が理由を悟ったのをエニシ先生も理解したらしく、特に何も言ってこなかった。鋭い
目でアズサ先生が見てきたのは、敢えて気にしないでおこうと思う。
「で、話がずれてたけど何しに来たの?」
いけない、怪我の治療を頼みに来たのにすっかり忘れていた。痛みに鈍いとこんな風に
なってしまうことが多い、全く困ったものだ。
取り敢えず膝を指差すと、エニシ先生は露骨に眉根を寄せた。中身は少し問題有りでも
根の部分は聖職者らしい、非難するような視線を僕に向けながらも手早く手当てをして、
すぐに処置が終わった。そして仕上げとばかりに患部を軽く叩く。そう言えば、この行動
を最初にしたのは誰なんだろうか。
「全く、気を付けなきゃ駄目よ?」
「すいません」
「君だけの体じゃないんだから」
考えてみればそうだ、折角両親から貰った大切な体だ。傷が付けば二人とも悲しむだろ
うし、意外と心配性なツルも悲しませることになるだろう。普段から発生している生傷の
殆んどはツルが付けたものだが、それは気にしない。
エニシ先生も軽く頷いて、
「あたしのものでもあるんだから、ね?」
「ないですよ!!」
何が『ね?』なんだろう、一瞬本気で肝を冷やしてしまった。深い関係になる前に逃げ
出しておいて正解だったと思う。こんなジョークを普段から聞かされているだけで冷や汗
ものなのに、実現されたらどうなるのか想像も出来ない。
「元気だなぁ、カメは。私にもその変態脳を少しで良いから分けてくれ」
「僕は変態じゃないですよ!?」
「そうだな、お前は普通だ。お前以外の皆がバラつきの少ない変態なだけだな」
「そりゃ僕が変態ってことじゃないですか!!」
声が二日酔いに響いたのかアズサ先生は辛そうに目を伏せた。そしてグラスの水を口に
含み、目を細めて吐息を一つ。あまりの様子に目も当てられずに視線を反らすと、相変わ
らず笑みを浮かべているエニシ先生の顔があった。
「別に、何でもないわよ。それよりもアズサ、そんなことばっかり言ってると、カメ君に
嫌われるわよ。ねぇ、カメ君?」
「構わん、どうせ嫌われてる」
「ンなことないですよ」
これは教師の前だから取り繕って言った訳ではない、確かに僕に対して酷い発言を繰り
返すが嫌いではないのだ。その部分はたまに辛いと思うときがあるが、人格者で、いつも
凛としていて、生徒の為に頑張っているアズサ先生が僕は結構好きだったりする。しかし
アズサ先生もやはり人間、今の発言や二日酔いを見て分かる通り、気弱な部分もあるのも
事実だ。普段が強く見える分、その陰である弱さはより脆く儚く見える。今日だけで二つ
も知ってしまった弱さを守るためなら、多分ガス抜きである普段の発言に対しても多少は
我慢しても良いかと思った。
「そう、良かった」
僕の言葉に反応したのは、アズサ先生ではなくエニシ先生だった。
「これからも嫌わないであげてね、カメ君。それにカメ君は知らないと思うけど、アズサ
も結構カメ君のことが好きみだいだから」
「何を言ってるんだ」
顔を赤く染めながら、椅子を鳴らして立ち上がった。それの衝撃でグラスが倒れて水が
テーブルに広がり、慌てて布巾でそれを拭く。これも今まで知らなかった一面だ。
「とにかく、あまり妙なことを言うな」
「事実でしょ? 『いつも酷いことを言ってしまうのに、カメはそれを笑って流してくれ
ている』『優しい奴だ』『冷たい印象の私がクラスに馴染んでいられるのもカメのお陰だ』
『あれが本当の人の優しさだ』って、何回聞かされたと思ってんのよ」
アズサ先生は限界まで顔を赤く染めて何かを言おうとしたけれど、それは突然の電子音
に遮られた。続いて聞こえてくるのはエニシ先生の呼び出しだ。盛り上がってきたところ
だったので、エニシ先生はその呼び出しに不満の声を漏らしながら渋々席を立つ。
数分。
妙な気恥ずかしさだけが残り、沈黙が続いた。先程はエニシ先生が会話の中心だったの
で上手いこと行っていたのだが、いざ当事者だけになると意外に何も言えなくなってくる。
どうにも意識してしまい、視線を向けることも出来ないので相手がどんな表情を浮かべて
いるのかは分からない。ただ時折聞こえる氷が鳴る音で、グラスを傾けているのが分かる。
「すまんな、エニシが妙なことを言って。迷惑だろう」
「そうでもないですよ」
先に沈黙を破ったのは、アズサ先生だった。視線を上げると幾らか冷静になったのか、
いつもの冷たい美貌が無表情に浮かんでいる。若干赤みは残っているが、特に気にしたり
指摘をしたりする程でもない。余韻の一言で充分だ。
「それよりもカメ」
「何ですか?」
長居しすぎたことへの注意だろうか、しかしそれも言いかもしれない。このまま二人、
しかも変な気分で居るよりかは良いかもしれない。保健室を出る大義名分としては、それ
が一番無難だろう。
数秒。
「年上の女に興味はないか?」
全然冷静じゃなかった!?
確かに年上の女という言葉には甘美なものを感じるし、本能でつい頷きそうになったが、
それでも肯定の言葉は出なかった。アズサ先生は美人だけれども、そう簡単に誘いに乗る
のには抵抗がある。倫理や常識なんてものを言い訳にする訳でもないし、ツルが居るから
というのも少し違う気がする。それは言葉には出来ない、もっと複雑なもの。
「駄目か」
「すみません」
だからただ謝るしかなかった。理由が分からない今は、変に言葉を出すよりもそうする
のが一番良い。つまらないことを言ってしまったら、それこそ相手に失礼だ。
「なら煙草と酒を愛するクールガールなんてどうだろう、安定した収入の公務員なんての
も悪くはないと思うぞ。あ、スレンダー系のお姉さんなんてのもあるな」
それって皆アズサ先生ですよね?
「焦りすぎですよ」
僕の言葉に肩を小さく震わせて、アズサ先生は視線を伏せた。
「本当に、すまなかった」
吐息をすると視線を上げ、僕の目を覗き込んでくる。
「私には、そんなに魅力がないだろうか」
「安心して下さい、アズサ先生は充分魅力的ですよ。頭も良いし、真面目だけど頑固じゃ
なくて気さくだし、他人のことを考えることが出来る人だし。見た目だって、美人だし、
スタイル良いし、背も高くて格好良いし」
他にも長所は沢山ある、と考えたところで気が付いた。
何故、アズサ先生を口説いたりしているんだろう。慰めている筈だったのに、いつの間
にか妙な流れになってきている。思考の奥では危険信号が大音量で流れているのに、舌の
動きは益々滑らかなものになってきている。
「だから、大丈夫です」
「だが大学の同期の連中が次々結婚している中で、私だけが、その」
「だから、焦りすぎなんです。結婚ってのは人それぞれで、他人を気にするもんでもないですよ」
「カメ、ありがとう」
「アズサ先生だったら、すぐに良い人が見付かります」
よ、と言い切る前に言葉が途切れた。あまりの衝撃に身をのけぞらせると、頬を染めた
アズサ先生の顔がある。だが浮かんでいる表情はエニシ先生が居たときと違い、恥じらう
ようなもの。潤んだ瞳で僕の顔を見つめ、手指の先で自分の唇をなぞっている。
これは、つまり、
「キス?」
「すまん」
言うなり僕の顔を両手で挟み、再び唇を重ねてきた。今度は激しく貪るように、舌をも
侵入させてくる。味わうように舌を絡め、歯の裏や口内の粘膜をなぞり、唾液を僕の中へ
飲みこめと言わんばかりに流し込んでくる。口の中の異物感はすぐにとろけるような快感
に変わり、体の力が抜けていく。刺激だけでなく、アズサ先生がこうしているという興奮
のせいか股間が素直に反応しているのが、目を向けなくても分かった。
「私でも、反応してくれるのか」
そりゃあ、美人にこんな腰が抜ける程のキスをされたら嫌でも立つだろう。
アズサ先生はしゃがみ込むとベルトを外し、ジッパーを下ろした。パンツを降ろすと、
股間の肉棒が独特の弾力で跳ね上がって顔を出す。最近の経験から少し予測はついていた
ものの、それと覚悟が出来るかということはまた別物。照れ臭さや羞恥のせいでまともに
顔を見ることが出来ずに、僕は天井を向いた。
「カメ、私はお前が好きだ」
かなり顔を近付けているのか、竿に吐息が当たり擽ったい。
「だが無理に応えて貰おうとは思わんしな、今のこれもテストの一貫だと思ってくれても
構わない。私が好きで、やりたくてやっていることだ」
「それは」
そう思うのは、駄目だろう。
「それも嫌なら、寂しい女を助ける為だと思ってくれ」
言われて、先程のアズサ先生の言葉に対する気持ちが見付かった。要は、正しく応えた
かったのだろう。だからこそ言葉が見付からず、理由を模索していたのだ。弱い人だから
という理由で助けて良いのか分からなかったし、寂しい人だからという理由で隣に居ても
良いのか分からなかった。だが今膝まずいて股間に顔を埋めようとしている人は、間違い
なく僕を求めているようだから、覚悟を決めた。
「お願いします」
そう言うとアズサ先生は嬉しそうに目を細め、肉棒を口に含んだ。最初に先端にぬめる
感触が来て、続いて全体を温かいものが包み込む。肉感的ではないが、しかし滑らかな唇
が一気に根元まで滑り降りると、今まで味わったことのない感覚が走った。考えてみれば
ツルもコイも僕のものを口でした訳だが、やはり経験が豊富なのかそのどれよりも気持ち
が良い。歯が当たらないとかそんな次元ではなく、今までのものとはまるで別物のように
思えてくる。
「慣れてますね」
「勘違いするなよ、自慢じゃないが今まで男が居たことはない」
本当に自慢できない。それに以外だった、今こそこんな状況だがそれなりにモテそうな
ものなのに。だとしたらこれ程の技術があるのは何故だろう。
「だからいつも一人寂しく道具で……これ以上は言わせるな!!」
言わせるなも何も。
だが突っ込むのは無理だった。器用にも口に含んだまま喋っているが、その度に舌が竿
に絡み付き絶え間なく快感を与え続けてくる。僕は射精感を堪えるので精一杯だ、無駄口
を叩ける程の余裕などはない。あまり早いのは格好悪いので我慢しているが、体は正直で
今にも出せよとばかりに思考を削り取ってくる。
「ん、出そうなのか?」
早いな、という呟きが聞こえてきた。気を遣ったのだろうか、本当に小さな声だったが
何故かはっきりと聞こえた。意地になって耐えようとしたが、更に激しくなった口責めに
限界はすぐに近付いてきた。
「すいません、出そうです」
「構わん、口に出せ」
一番奥までストロークをして、喉で挟むように締め付けてくる。それに堪えきれずに、
思わず出してしまった。アズサ先生は少しむせたけれども、それでも吐き出さなかった。
そのまま喉を大きく鳴らして飲み込むと、こちらに向けて笑みを浮かべた。
「不味いな、これは」
そう言いながらも、僅かに唇に溢れた精液を赤い舌で舐めとる。対照的な色がやたらと
いやらしく見え、僕自身に起きたことだというのに一瞬現実を忘れてしまった。
「アズサ先生、その」
「何も言うな、すまなかったと思っているんだ。これでも」
だがアズサ先生は視線を軽く伏せると、ありがとう、と呟いた。
最終更新:2007年08月04日 09:23