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西国であるレンジャー連邦に、桜が咲いた。
災禍からようやく平穏を取り戻した連邦に、皆の心に少しでも希望をと矢神サクが願い。
他のフィクションノートたちも、それぞれができるカタチで協力し。
レンジャー連邦に、桜並木ができた。
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「結局楠瀬は何もしなかったんだね」
「いやまあ、適材適所って言うでしょう。現に俺ができることは右往左往することくらいだし」
のんびりとあくびをしながら、最近は幽霊国民と成り下がった楠瀬藍が、桜並木を歩いている。
頭には猫を乗せ、見るからに昼行灯である。
「この、根性なしめ」
「はっはっはー」
頭の上の猫にたしたしとパンチを喰らいながら、楠瀬は笑い飛ばした。
風が吹く。
その一陣の風は、桜の花びらを舞い上げ、あたりを一瞬、薄紅色に染め上げた。
その風景の美しさに楠瀬と猫は、いや、此処にいた者のすべてが息を呑んだ。
「わあ…」
「…風流、ってやつだな。とても、いい」
楠瀬は目を細め、自分に言い聞かせるかのように呟いた。
そのまま空を仰ぎ、そっと目を閉じる。
「……ますように」
「?」
口の中で小さく、何事か言う楠瀬。
その言葉は、しかし風の音と溶けて交じり合い、頭上の猫には聞き取れなかった。
「何か言った?」
「んにゃ?そろそろ疲れたからどっかで昼寝できないかな、って」
笑ってごまかす。
しかし、それはいつものこと。
「…勝手にすれば」
「へいへい」
近くの桜の根元に腰を下ろす楠瀬。
そのまま仰向けに寝転がる。
猫は、楠瀬の顔の上だ。
「いやその」
「なに?」
「や、降りてくれると助かるんだが…」
「やだ」
「…うりゃ」
楠瀬は猫つまみで強制的に猫をおなかの上に移動させる。
猫は「にゃう」と一声鳴くと、そのまま昼寝に入った。
「ま、いっか」
楠瀬はそのまま猫をなでながら、まっすぐ空を見た。
空は蒼。桜は薄紅。
ふたつが織り成すコントラストに、しばしまどろむ楠瀬だった。
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桜並木はできた。
が、まだ仕事は残っている。
散歩に訪れる人の中に、地味な作業を続ける人達の姿があった。
「だいぶできてきましたねー」
現場に出て働く双樹真が、同じく現場で指示を出す矢神サクに話しかけた。
「あと少しです、がんばりましょう」
笑顔で答えるサク。
腕には『現場監督』の腕章がある。
現場監督といえば聞こえはいいが、その実サクは実質的な責任者であり、裏方でもあった。
夫や子供もいる中でのこの仕事は激務であったが、しかしサクの顔は常に笑顔である。
「はいっ、がんばりましょー!」
双樹もここの所ずっと働き詰めであるのだが、双樹もまた現場ではいつも笑顔だった。
みんなを元気に。
この仕事が、みんなを元気にできる。
絶対そこにつながると信じているからこその、笑顔だった。
「サクさーん!暇そうな人見つけましたー!」
むこうから空馬が走ってくる。
「楠瀬さんが暇そうに猫と昼寝してたんで。今むつきさんと浅葱さんが見張ってますけど」
「「起きたらじにあちゃんところ行くように言っといて」」
意図せず双樹とサクの声がハモる。
三人は思わず笑う。
猫士たちは復帰してからこっち、それぞれがいろんな活動に首を突っ込んでいるのだが、じにあだけ何もしていなかったのだ。
やる気がないというよりは、拗ねているような、ていうかむしろ怖かった。
空馬が近寄りたくない雰囲気だった。
なぜじにあがそこまで不機嫌なのかは、みんなが知っている。
『楠瀬さんが悪いんだ』
つまりは、そういうことなのだ。
「了解です。まったくこっち来たなら昼寝なんかしてないで一番に会いに行けばいいのに…」
「「それも言っといて!」」
また声がハモる。
また笑う三人。
桜並木の整備は、賑やかに、着実に、進んでいる。
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「…で、また桜並木なわけだが」
「そうよ?」
夜。
月の輝く時間。
楠瀬は、猫士じにあと並んで桜並木に立っていた。
「何でまたくるかな?」
「夜は人が少ないから、二人で歩くのにちょうどいいかな、って」
しれっと答えるじにあ。
「別に昼間でもいいだろうに」
「んー、人目がある前でこういうことしたくないし」
じにあは楠瀬に腕を絡める。
「じゃあ昼間出かけなくても」
「お日様の高いときに見る桜も見たかったの!いいじゃない、わがままに付き合ってくれても」
言ってじにあはさらに腕にしがみつく。
「…まあこうして付き合ってるわけだが」
楠瀬はじにあがつかまりやすいよう腕の位置を調整しながら、やれやれとため息をついた。
「細かいことは気にしないの。んー、月明かりで見る桜もきれいー」
楠瀬の腕から離れ、桜の下をくるくると回るじにあ。
月明かりに照らされたそれは、まるで…
「幻想的で、いいね。綺麗だ」
思わず楠瀬は呟いていた。
「!…ねえ、それって桜?それともあたし?」
それを耳ざとく聞きつけたじにあがよってきて楠瀬を問い詰める。
「…どっちもだよ」
微笑みながら楠瀬。
照れるじにあ。
「えへへ…あ、でも、そういう時はお世辞でも『お前だよ』って言ってほしいなぁ」
「まあ、いいじゃないか…ところで人がまったく来ないな。せっかく綺麗な夜桜なのに」
「ん、そうだね」
レンジャー連邦に桜は珍しく、花見の習慣はまだ浸透していない。
ことに夜は冷え込むこともあり、遅い時間にあまりで歩く人はいないのだ。
だから、夜桜を楽しむ人が出てくるのはこれからだろう。
あたりに人の気配はなく。
月の光が、桜と二人を照らすのみ。
不意に楠瀬がじにあを抱きしめる。
「にゃ!?ちょ、ちょっと楠瀬・・・?」
「…元気になって、よかった」
かみ締めるように楠瀬は呟く。
かの災禍で、猫士も大変だった。
しかし迅速な対応がとられた結果、絶望的な悲劇は回避されたのだ。
「…ありがと」
あの時、多くのフィクションノートが奔走していた。
しかし、多くのフィクションノートたちがそうであったように、楠瀬が何かしたくても、ただ見ていることしかできずに悔しい思いをしていたことを、じにあは知っている。
だから今日は、素直に。
楠瀬の背中に手を回すじにあ。
「お帰り、藍」
「ああ、ただいま」
風が吹く。
舞い上がる花びらが二人を包む。
「…この桜を見て、みんなが元気になるといいね」
「じにあは、元気になれた?」
「…桜好きのバカが帰ってきてくれたから、元気出た」
「…ごめんなさい」
「そういう時は、態度で示して」
「ん」
月に照らされる影はひとつ。
月の光の下、桜が風に枝を揺らす。
「…なあ、じにあ」
「なに?」
「みんな、元気になってくれるかな?」
「だいじょうぶよ。昼間、見に来ていた人はみんな笑顔だったじゃない」
「そうだね…確かにそうだ。きっと、みんな」
楠瀬は空を見上げる。
漆黒の闇に、月の白。桜の紅は、昼よりも赤みを増して。
楠瀬は目を閉じる。
じにあの肩を抱き、二人で月に祈る。
『みんなが、元気になりますように』