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8月3日 日本一過酷な駅伝、富士登山駅伝に参加してきました。
今年で33回を迎えるこの大会、古くは大正時代の登山競争、駅伝などに
起源を持つかなり由緒正しい歴史ある大会です。
僕が参加させて頂いているチーム「ルネサス」は、今年で6回連続出場。
僕が選手として出るのは今年で3回目となります。
この駅伝は、御殿場市内の陸上競技場をスタート/ゴールとして、富士山の山頂までを往復する
他に類を見ない独特の駅伝です。
当然登りと下りがある訳ですが、登った区間を同じ選手が下るというところも特徴があります。
選手は6人、山頂だけ連続で往復して、全部で11区間の駅伝です。
公式記録はまだ発表されていないのですが、非公式の発表では、
チーム成績は、4時間29分20秒(くらい)、一般の部 24位/75チームだったようです。
昨年は4時間35分台だったので、6分も短縮して、順位もかなりステップアップしました。
僕が任されたのは4区/8区、太郎坊という登山口から最初の山道区間に入るところです。
この区間、山の中では最短区間ですが、直線の登りが延々と続く箇所があり、
ここで上を見上げると嫌になってしまう登りでもあります。
この日は暑くて、襷をもらって登り始めると、息が一気に上がると同時に猛烈に汗をかきました。
この暑さにやられた選手が多いのか、案外周りのスピードは鈍く、
こぼれてきた選手を拾いながら登れたので、少しは気分よかったです。
それにしても、延々と登り続けるのは本当に苦しい。
ほとんど下だけを見て、前の選手をチラッと見ながら、中継点で待っている先輩のこと、
サポートに来てくれたチームメイト、6月から取り組んできた練習、メールで応援をくれた人達のことを考え、
それを勇気に変えてひたすら我慢の登りでした。
スタート時いつになく緊張していたのか、襷をもらってストップウォッチを押すのをしばらく忘れていたので、
自分の区間タイムも正確には分かりません。
多分33分台後半くらいだと思います。
1人には抜かれましたが、7人くらいは抜くことができたので、
チームには貢献できたと思います。
中継点にたどり着き、5区の選手に襷を渡すと、次の8区の下りまで1時間50分ほど時間があります。
登りに比べれば下りはあっという間です。中には7分を切る選手もいます。
でも、僕は下りが苦手。9分くらいかかってしまい、いつも何人にも抜かされます。
それだけに下りの前は逃げ出したい感覚でした。
7区・8区の中継点は、襷リレーの後、大車輪で転がる選手も多く(多くはわざとと思う)、
TV中継でも有名な駅伝の見せ場です。
僕は見ると怖くなってしまうので、トップレベルの選手が通過するところは全然見に行きませんでした。
遠くの方にポツンとチームのユニフォームが見えた、と思うと、あっという間に中継点まで来てしまいます。
「きたーーぁぁぁ!!」結構いい順位で先輩が駆け下りてきました。
ここから地獄の始まりです(笑)。
前の選手と僅差で襷をもらったのに、頑張って下っているのに、みるみる間を空けられてしまいました。
「あー、やっぱり下りはアカン」と思っていると、後から一人に抜かれてしまいました。
このままでは、また3番くらい順位を下げてしまうと思い、その選手にへばりついて走りました。
本当に心臓はバクバク、膝はガクガクです。へばりついているつもりでも、少しずつ差は開きます。
幸い、それ以上、後から刺されることはなく、順位は1つだけ下げただけで済みました。
多分たまたま後との差が開いていたんでしょうね。正直ほっとしました。
タイムは、中継直後の下りがあまりにも急で、ストップウォッチを押す余裕なんて全く無く、
自己計測はできませんでした。
ですので、個人成績、公式結果は、公式発表の後改めて。
後日談
駅伝の後は、箱根の強羅温泉に行って、温泉旅館で一泊。
打ち上げを兼ねて、美味しい料理を堪能し、温泉につかってゆっくりしました。
これサイコーです。頑張った甲斐があったって思えるひと時です。
そして次の日は、単に観光として富士山に登ってきました。
駅伝と同じ太郎坊からのコースを山頂まで往復。
標高差2300メートルくらいあるところを6時間10分で往復してきました。
駅伝の次の日で、登山なんてできるんかなあ?と計画時は不安でしたが、
歩いて登るくらいの体力は残っていて、結構楽しく登山できました。
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大会] - &trackback() - 2008年08月04日 23:33:02
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最終更新:2008年08月05日 00:49