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1、依頼

数日の時が経過した。
今日は例のクライアントが事務所に出向きにやってくる日だ。
時刻は午前10時20分を回ろうとしていた。
空は雨天模様で、小雨がしとしとと降り注いでいる。
某国営放送によると、今夜中いっぱいまでは降り続けるとのことらしい。
「久々の依頼、わくわくしちゃいますよね~。」
そう無邪気にゆりは言ってみせた。
屋外の陰鬱とした雰囲気をどこへやら。
「ああ。」
私は気の抜けた返事をした。
「これを期に依頼がばんばん舞い込んでくるといいですね。」
「それだけ影響力のあるクライアントならいいがな。」
「私もここで働く女として、なんだかわくわくしちゃいますよ~。
あ、珈琲でも淹れてきます?」
「ありがとう、クライアントがきてからでいいよ。」
「わっかりました~。」
ゆりはどことなく浮かれているようだった。
彼女は依頼がくると、ほぼ毎回その様な態度をとってみせた。
三流の事務所とはいえ、仕事は度々舞い込んで来る、
彼女は屈託のない笑顔でそれらを迎えた。
彼女は探偵としての素質をもっていると私は密かに感じていた。
仕事でも私を円滑にサポートしてくれる。
もしかしたら私以上に才能があるのかも知れない。
ふとそんなことを思うことがあるのだ。
「クライアントがくる時刻まで、あと40分か。」

一時間後・・・

時刻は午前11時20分を少し過ぎようという頃だった。
接客用テーブルを間に挟んで私の対面にあるソファに、
今回のクライアントである伊藤が座っていた。
黒髪のショートカットに濃いめが流行っている昨今にしては薄めのメイク。
背丈は160cmあたりで、ゆりよりも少し低いくらいか。
それをカバーすることを拒むかのようなスニーカーにデニムとキャミワンピとラフな服装。
この間、電話で聞いた際は、声からしてだいぶ若いと思ったが、雰囲気はわりと落ち着いている。
「遅れてしまいまして、本当に申し訳ありませんでした」
そう伊藤が焦った様子で言うと、
「いえいえ、二度も謝られる必要などないですよ、
人それぞれに都合というものがありますからね。」
「はい・・・。でもそちらの予定を狂わせてしまったのでは?」
伊藤は言葉通り申し訳なさそうな表情をしていた。
「いえ、今日はこの事務所を訪れる人間は貴女くらいなので大丈夫ですよ。」
今日だけでなく明日明後日もという状況だったが、それも自尊心が自制させた。
「はい、どうぞ~。」
そこにゆりが珈琲を二人分用意して、私と伊藤の前に置いた。
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」

「で、今回の依頼内容というのは?」
「ええ、それなんですが、あの~知人の行方を捜していまして。」
「お知り合いと連絡が絶たれてしまったのですか。」
「ええ・・・。」
「で、今回はその捜索を依頼したいと。」
「はい・・・。」
「そのお知り合いとはどういった関係で?」
「それが・・・・その~・・・ネット上で知り合ったんです。」
「そうですか・・・ネットね~。」
私は渋い表情を隠せずにいた。探偵としては情けないことかも知れないが、
私はそういったネットやらに対しては割かし疎い部類に入る人間なのだ。
「あ、探偵さん・・・。」
「有働でいいですよ。」
「あぁ、、有働さん・・・、たぶん貴方が想像しているようなこととは多少ちがうかも・・。」
「どういうことですか?」
「たぶんですけど・・出会い系サイトとかをイメージされたのかと・・・。」
「まあ遠からず近からず・・・申し訳ないのですが。」
「いえいえ、まだ充分に説明していませんから。」
「そうですね。では続きをお願いいたします。」
私はそう言うと、ゆりの淹れてくれた珈琲に口をつけた。
それを伊藤が少し上目で様子見したあとにこう切り出した。
「はい・・・。私とその人とはネット上で出会ったんですけど
まだ実際にあったことはないんです。」
「え?・・・」
「とある掲示板でその方とやりとりをしていただけなので、
あ・・語弊がありました。PCのメルアドも交換した仲なんですよ。」
「しかし。ネット上だけの関係には変わりありませんよね。」
そう私が冷徹ともとれる言葉を躊躇なく浴びせると、
「でも!その方とはもう半年以上やり取りを続けていたんですよ!
私の顔写真も見せたし。」
伊藤は少しばかり逆上したような素振りをみせながら熱弁した。
「向こうさんのは・・・?」
「あの人は恥ずかしがり屋だから・・・。」
「それにしてもその状況を踏まえると・・・。」
「私が利用されただけだとでも?」
「そう考えるしか・・・。」
「そんなことしてなんのメリットがあるって云うんです?それに向こうは女性なんですよ!」
「う~む・・相手が性別を偽ってあなたと連絡していた可能性は?」
「あの人、顔全体は嫌がったけど、目とか唇とか横顔の一部とかパーツはみせてくれたんです。
あれは男性のものじゃありません。」
「ふむ・・・それにしても相手が女性である証拠には・・・。」
「とにかく相手の性別がどうであろうとその人を探して欲しいんです!」
「どうして、そこまで・・・。」
私がそう言うと、伊藤は落ち着きを取り戻したかのように、
「あの人、連絡が途絶える前に私にちょくちょく相談してたことがあったんです。」
「相談・・・その内容は?」
「最近ストーカーに纏わりつかれて怖いと・・・。」
「ストーカーですか・・それで貴女もその方の身を案じて心配になったわけですな。」
「はい・・・きっとそのストーカー絡みの事件に巻き込まれたんじゃないかって・・・。」
「しかしネット上の情報だけでは警察も動いてくれないし。動きようがない。」
「はい・・それで御社に調査を依頼したいと思いまして。」
「なぜうちの事務所に?」
「近頃評判なんですよ、ネット上じゃ。」
「うちの事務所が・・・?」
そんな話は耳にしたことがなかった。
「ちなみにどんな噂だったんです?」
「普通の探偵じゃ取り扱ってくれない依頼も扱ってくれると。」
そんな噂流されるようなまでの仕事したことあったかな~?
私は右手で後髪を掻きながら、心の内でそう呟いた。
以前担当したクライアントの誰かしらが、そんな情報を流したのかもしれない。
評判を挙げてくれるなら有難いが。こう厄介な依頼まで舞い込んでくるとなると・・・。
私がしばし沈黙を続けていると、

「是非、もっと詳しい話をうかがわせてください!」
そう口火を切ったのは、ゆりだった。
「はい。」
伊藤は戸惑いながらも返事をした。
そのとき。事務所内の電話が音を発した。
「誰だろう?少し待っていてもらえます?」
私はそう伊藤に言ったあと、
ふと思いついたようにアシスタントの方へ振り向きながら、
「それかゆり、私の代わりに話しを聞いてもらうことはできる?」
と、ゆりに頼んでみた。すると、、
「もちろんです!所長!ゆっくりと電話されても大丈夫ですよ。」
ゆりは不適な笑みをうっすら浮かべたようにみえた。
私はその対応に戸惑いをおぼえながらも、受話器を取った。
「はいはい、ん!あ!どもども、お久しぶりですな~。
え?依頼?緊急を要する?いますぐ会いたい?そんなこと云われてもなあ・・・いま取り込み中で・・・そう仕事で。」
電話の相手は、以前も依頼を担当したことのあるクライアントだった。
こう満足にスケジュールも埋まらない当事務所にとって、大事な顧客だった。
新規顧客獲得も必要だが、このような既存顧客、
つまりはリピート依頼をしてくれる存在も貴重なのだ。
「所長、伊藤さんの話は私が伺っておくので、所長はそちらに向かってください。」
「そうは言ってもだな・・・。」
「ネットが絡んでるのなら私の方が詳しく話しを聞けると思うんです、ね?」
「確かにそうかもしれんが・・・」
私は電話の話し相手と妙に浮き足立っているアシスタントに板挟みの状態にされて決断を迫られていた。
「しかし~う~ん・・・わかった、ここはお前に任せる。
伊藤さんが宜しければの話だがな。ね?伊藤さん。」
「私はこの方・・・」
「ゆりでいいですよ。」
「はい。。ゆりさんに話を聞いてもらう分には全く構いませんけども。」
「そ、そうですか。」
私は愕然とまではいかないながらも賦に落ちない気分になったが、
電話の向こうの相手も私を待っている。
こればかりは仕方がないので、そちらを優先することにした。

私は暫く電話を続け、ゆりはクライアントの話を聞いていた。
間もなく、私が電話での話をつけると、
「ゆり!すまんが別のクライアントのところに云って来る。此処を任せたいんだが、大丈夫そうか?」
「わかりました。しっかりと任務は遂行するのでご安心を。お気をつけて。」
そう挨拶を交わしたあと私は事務所を飛び出し、近隣にある駐車場まで一っ走りし、
自家用車のオートロックを解除し乗り込んだ。
エンジンキーを回し、バック、サイドのミラーを軽く確かめ、ギアをローにしアクセルを踏んで
半クラッチ状態で、僅かに車を発進させたところで「あ、煙草一本吹かしておけばよかったかな・・・。」
そんな考えが過ったが、すぐさま吹き消しギアをチェンジし更にアクセルを踏んだ。
ワイパーのスイッチをいれ、気紛れな雨雲から降り注ぐ小雨を退かせた。
いつもの交差点を右折し、左折右折を二、三度繰り返したあと直進し、
そのまま横浜環状線をひた走り、急に仕事を舞い込ませたクライアントの元へ急いだ。

一方、うぐいす探偵事務所内ではゆりが依頼人との話し合いを続けていた。
「ふむふむ、なるほどね~。」
ゆりが、そう頷いてみせると、
「わかりますよ~その気持ち!」
と、相手に合わせた。
「あ~やっぱり同じ女性ですね。悪いけどさっきの方・・・あ、有働さん、あの方より話易いです。」
伊藤はそう言ってのけたあと、ハッとしたような表情をして、
「あ、ごめんなさい・・・。」
「いえいえ、いいんですよ~、あの人探偵としての腕はいいんですけど、
ちょっとした特に自分が苦手とする分野での依頼にはなかなか器用に対応してくれないのは事実ですから。」
「あの噂は嘘だったのかな~。」
「いえいえ、この仕事、私達が責任をもって調査させていただきます。」
「そうですか~ありがとうございます!」
「私も探偵の端くれのようなものですし。
結果はどうなるかわかりませんが、できる限りの仕事はさせていただきますよ。」
「はい、たとえあの人の行方がわからなかったとしても納得できればそれでいいかなと思えました。」
「そうですか。」
ゆりは卒のない笑顔で対応した。
「貴女みたいなひとがいてくれてよかった~。」
「とんでもないですよ。」
二人に笑顔が零れる。
「それにしても綺麗ですよね~、ゆりさん。」
「いえいえ。とんでもない。」
「道端であったら女優さんとかモデルさんに間違われることとかありません?」
「さすがにそれは~・・・。キャバ譲とか風俗関係とかの嫌らしい勧誘はたまにうけますけど。」
「そうですね~、それは私もあるんですよ。。私と違ってそんなに綺麗なのに・・。」
「伊藤さんも綺麗ですよ~、誰かのために一生懸命になれるし素敵ですよ」
「そんなことないですよ、それならゆりさんだって~」

そんな建設的と云えるか疑問符のつく取り留めもない会話が暫く続いたあと

「でも本当に綺麗・・・。メイクはどこのブランドの使ってるんです?」
「う~んファンデは○×とかアイシャドーなら×○とか。」
「へ~、私も今度試してみようかな~。」
伊藤はこう続けながら、
「でも冗談じゃなくて、なんで貴女みたいなひとが探偵事務所で働こうと思ったんです?」
「理由は諸処あるんですけどね。でも意外と私みたいなのでも探偵として活躍できると思ってるんです。」
「でも美人探偵でキャリアウーマンっていうのも素敵かも、」
「美人かどうかわかりませんが、これが意外なところで女を利用できることもあるんですよ。」
「へ~、じゃ今回も期待できますね。」
「私が女としての立場を利用することになるかは、まだわかりませんが期待はしておいてください。」
「はい。」
「伊藤さん、今回は詳しいお話を聞かせて頂いてありがとうございました。
これで調査もだいぶしやすくなったと思います。」
「本当ですか~。よかった~。」
「では動きがあり次第、またご報告させていただくかたちで。」
「はい、今度は一緒にオチャしながらでも。」
「いいですね~。」
「では失礼致します、有働さんにも宜しくお伝えください。」
「わかりました、本日は有難う御座いました。」

いまはただ依頼人の元へ車を走らせている有働には想像もつかないだろう。
今回の依頼が順調でありながらも意外な話として進行していることを。
そして伊藤の言っていた当事務所の噂を、
アシスタントである冴島ゆりが吹聴していたという事実。
それだけでなく、彼女には此処以外にも繋がりがあるということを。

依頼 完
最終更新:2009年04月18日 23:57