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失踪

「はい。もしもし。」
女が電話にでると、
「あ~俺だで。どうだいそっちは?順調かい?」
名古屋弁と思わしき言葉で男が電話越しに話しかけた。
「はい・・・。指示通り吹聴したところ、早速反応が。」
「そうかい、そうかい。本来なら架空の事務所を立ち上げて、
そこに依頼を舞い込ませるようにしても良かったと思うんだが・・・。
そうしてたのなら、君にこんな苦労をさせずに済んだかも知れんわな。」
男がそう哀れみにも近い言葉を掛けると、
「う~ん・・・。」
女は少し戸惑ったような声色をあげた。すると男が、
「あの人の考えは未だに掴みきれんわ。」
それに女は答えるように
「でも意外と居心地いいですよ。まあ、二足の草鞋は大変ですけど。。」
「しばし探偵気分を味わえるというのは良いかも知れんな。」
そう男が茶化しともとれることを言うと、
「探偵じゃなくてアシスタントですけどね」
女はそう微笑んで対応してみせた。
「そうだでな・・。本命が釣れるまで頑張ってちょ。俺もできるだけサポートするつもりだで。」
「ありがとうございます。調査報告はメールで送付しておきますね。」
「ああ、頼む。こっちも何か情報を掴んだらそっちに伝える。」
「はい。ではまた。」
「ああ。」

数日後のうぐいす事務所内

「ああ。なんだってこうも忙しくなるかね・・・。」
そう有働をぼやいていた。
普段は一日に10本までと決め込んでいた自己約束も
既に今日に至っては破られており、
まだ14時前だというのに、
机上の灰皿には、少なくとも10本以上の吸殻が捨てられていた。
「ゆり、俺はまた暫くしたら調査で事務所を空ける。
ここ2~3日は事務所に戻ってこられないと思うが、
そっちはどうだ?此処を任せても大丈夫か?」
そう有働が問いかけると、
「え~とですね~。」
ゆりはパラパラとマイ手帳を捲り、何かを確かめ、
「今日明日は大丈夫ですけど、明後日は出張に・・。」
そうスケジュールの予定の内容を簡潔に答えた。
「そうか・・・。すまないな・・。
アシスタントの君に依頼を押し付けてしまって・・・。本来なら私の仕事なのだが・・・。」
有働の申し訳なさそうな表情をみて、ゆりは、
「今回は仕方ないですよ。そちらはそちらで大変でしょ?
今回の案件はネットが絡んでますし、私に任せてください。」
「う~む、そうか・・・。」
有働は、歯切れの悪い返事のあとにそれを誤魔化すかのようにこう続けた。
「で、明後日の出張というのは、例のクライアントが事務所にやってきた二日後に行った調査の詰めということでいいんだよな?」
「はい。前回の調査では、だいぶ手こずりましたが、次回は収穫がかなりあると思います。一応調査報告書もまとめておいたのでどうぞ。」
「あぁ、すまないね、君は仕事が相変わらず早いな~。以前の別の依頼のときも、そう感じたよ。」
「ありがとうございます~。ちょっとお待ちを。」
そういって、ゆりはゴソゴソとしながらも手早く調査報告書を取り出した
「どれどれ」
有働が調査報告書を読んだ。


          調査報告書

                ○月 ×日

                作成者 冴島ゆり

1、伊藤の証言内容

  • 依頼人と捜索対象の出会いはインターネット上の掲示板であり、約半年前からの関係
  • 今回の捜索対象は、掲示板上で「A,A,A」と名乗っていた
  • 「A,A,A」は、自らの関係のある言葉の頭文字の略称であると捜索対象は語っていた
  • 依頼人とのやり取りから女性である可能性が高い
  • 捜索対象本人は、神奈川県在住だと語っている
  • 捜索対象が失踪する直前にストーカー被害にあっているとの旨の内容の相談を依頼人にしている

1、調査目的
上記にある伊藤の証言内容の裏付と捜索対象に関する新たな情報の入手

2、調査人 冴島ゆり

3、視察実施日 ○月×日

4、調査内容
  • 依頼人と捜索対象の会話から本牧付近に居住していると推測
  • 本牧付近での出張調査を敢行
  • 地元住民への聞き込み

5、調査の結果報告
  • 地元住民の男性に聞き込みを行った
  • その男性の息子と「A,A,A」に関連のある可能性のある人物に接点があるとの情報を得た
  • 地元住民の男性の息子との接触に成功
  • 「A,A,A」に関連していると思われる人物は休日になると度々「見境峠」に足を運んでいるとのこと
  • 見境峠に出向き、あたりの調査を敢行
  • 「A,A,A」に関連していると思われる人物との接触に成功
  • 後日、詳細を伺うことで同意

「なるほどね~。で、次の出張の際には、その関係者に話を聞きにいくわけか。」
有働は報告書を一通り読んで、そう言った。
「はい。」
「で、その関係者と云うのは?」
「「A,A,A」の知人です。」
「ほ~、手こずった割にはなかなかの収穫じゃないか。」
「まあ、今回は知人を発見しただけなので、根本的な情報入手及び収穫は次回ということで。」
「ふむふむ、なるほどな、こっちもついつい期待しちゃうよ。」
「あはは。所長、ん~まぁ、期待はしておいてくださいね。」
ゆりは、そうにこやかに少し照れながらも対応した。
数時間後、冴島ゆりが仕事を終え、帰宅の途についていた。
そのとき、携帯電話に一本の連絡があり
疲労したその身体に鞭打つかのように、着信音を響かせた。
「ふぅ~。」
どうやら「有働とは別の上司」からだった。
ゆりはまた一息つくと、まだ別の仕事があることを自覚した。

近年では、「ネット犯罪」が急増し、その脅威は年々とその猛威の度合いを強めている。
サイバー犯罪対策課というものが、警察庁にも立ち上げられたが、
それは一定の効力を得たと云えるものも、逆を云えば一定の効力しか得られていない。
太陽系にある惑星となるものを把握するのは可能だが、
宇宙全域となると、どてもじゃないが把握しきるのは難しいし不可能とも云える。
更に宇宙は拡大の一途を辿っている。
的を射ている喩えかは別としてわかりやすく現状を説明するとこうなるわけだ。
そこで更なら効力を得るため、そして犯罪防止抑制の効果も期待して、
警察庁特捜部サイバー犯罪対策秘密捜査課が立ち上げられたわけだ。
要はネット犯罪において、その諸悪の根源とも云うべきそれを
呼び寄せ突き止めてしまおうという意図があるわけだ。
これは1種の進化を遂げた「おとり捜査」とも云えるが、
それとはまた人それぞれによって解釈は異なるかも知れない。
まだ、暗中模索的と云うか手探りで任務・捜査に当たっている状態の当部署だが、
勿論、極秘任務であるため、その成果がどうであろうと世間に知れ渡ることはまずない。
しかし、新部署として設立されて、その結果が芳しくない悲惨なものになると、
内輪のネタとしては格好の材料、いい笑いの種を提供するはめになる。
さらに司法界や警察に通ずる関係者に対する面子も潰れる懸念がある。
なんとしてもそれらは避けたい上層部は成果をあげようと何分必死なのだ。
成果が上がらなければ、部署自体そのものが廃れてしまうかも知れない。
同部署の捜査員が必死なのもそれは同じだ。
そんな佳局のなか、今回、当部署に所属するとある女性捜査官が、
あわよくば成果を僅かながら齎す可能性があった。
それは上層部にとっても喜ばしいことであり、自然と期待をしてしまう。

冴島ゆりは、失踪した「A,A,A」の行方を捜索していた。
今回の依頼人、アシスタントとして身を置いている探偵事務所の所長、
そして警察関係者・・・とりわけ上層部からの期待を背負う立場として・・。

~失踪~完
最終更新:2009年04月24日 01:38