接点
冴島ゆりが調査報告書を有働に提出」する数日前に遡る。
「ダイちゃん、ほら~、ジュース零さないの!!すみませ~ん、店員さん、なにか拭くものあります~?」
とある飲食店では、わいわいと賑わいの様子をみせていた。
営業職とみられるスーツ姿の男性が小休止をしており、
大学生とみられる複数の女の子たちは、
恋愛とバイト先の愚痴で盛り上がり、そして何故か北朝鮮問題について拙い表現力と曖昧な知識で語り合っていた。
子供は店内を所狭しとかけまわり、その様子を注意するどころか、微笑みながら眺める母親。
そして飲食店の一角に座りノート型PCの画面を見つめる一人の女性。
その女性は、タッチ式スクロールで、くるくるとPCに映りゆくページを眺めていた、なかば睨みともとれる形相で。
上から下へ流れる画面の中に今回の事件の一つのワードが見え隠れしていた。
一方、冴島ゆりは、「A,A,A」の行方を探ろうと、本牧にきていた。
伊藤から聞き出した情報と自己調査の推理の結果を頼りに、
今回はその裏付と新たな情報の入手を目的として。
だが、めぼしいそれを探し回ったところで、なんら確信に触れるものは得られなかった。
まだまだ私も経験不足なのかな。。探偵として・・・いや警察庁の捜査官としての経験が。。
そんなことを思った途端に、どっと疲れが降り注いでくる感覚に襲われた。
「少し休憩しよ、どっかないかな~。」
そこで目にはいった小洒落たカフェの扉を開けてみた。
「いらっしゃいませ~。」
店内は薄暗い照明ならがらも手入れの行き届いていることがわかる程に清潔感があった。
「ふぅ~。アイスコーヒーひとつ。」
少し息を吐いたあと、カウンターの奥側の席に座ろうとしたが、
既に人がいたため、そこから2~3席ほど離れた席に腰を下ろした。
店内に人は疎らで、「まあ・・。昼時とはいえカフェだしね、そんないつも混んでるわけじゃないか。」
そんな取りとめもないことを思った瞬間とほぼ同時に、
「チッ!!」
奥に座っていた初老の男性が舌打ちをした。
冴島は「え?私!?」と、男性の方へ確認するかのように身体を向けたが、
その男性は、ケータイの画面を覗きながら、独り言をぶつぶつと言っていた。
「なんだ・・。」と、思ったのも束の間、
「チッ!!」
また男性は舌打ちをした。
「なに・・・このひと・・・びっくりするじゃん・・・。」
と、ゆりは内心で舌打ちをしたが、
とりあえず注文したコーヒーが運ばれてきたので、それに口をつけた。
「さて、どうしようかな。」
ゆりは今回の調査のことを考えていた。
そのとき、
「あの女・・・。変な男を紹介しやがって、ストーカーのように俺を付回しやがって・・・ぶつぶつぶつ。」
「え?ストーカー!?」
ゆりは思わず声をあげた。その男性もゆりの方へ向き、
二人はお見合いするかのようにしばし互いを見詰め合った。
「なんじゃい・・・ぶつぶつぶつぶつぶつ。」
男性は、ゆりの方をみながら、独り言を呟いていた。
「あ、あの~、ちょっと宜しいですか?」
ストーカーというキーワードに思わず反応してしまったゆりだったが、
それから期待をはるかに凌ぐ情報をその初老の男性から聞き出すことになった。
「ストーカーのように面倒な人間じゃった、こんな老いぼれ紛いの人間をどうしようってんだ。」
そう溜息交じりに話を切り出すとこう続けた。
「息子の知人の恋人とか言って、その息子の知人の女の子が連れてきおったんじゃ。」
「あの男、最初はワシの息子を勧誘しようとしていたようだが、
それから何故かワシにも目をつけおって、それから大変なんだよ、全く。
その男がこれまたしつこい男でのう。ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。」
「息子さん・・・いまはどちらにいらっしゃるんでしょう?
息子さんにも少しお話を伺いたいのですが。」
「息子なら元々はワシが経営していた靴屋で、いまは店長をしているんで、
たぶんいまからでも行けば、話しが聞けると思うぞ。息子には一応ワシからも連絡しておこうか。」
「ありがとうございます。」
「あんた探偵か警察か弁護士か検察か国税局か営業の人間か、なにかは知らんが、
これがきっかけで、あの男からの呪縛から解き放たれるかも知れんと思ってのう。ぶつぶつぶつ。」
とりあえず、その息子さんのところに行ってみるか。
ゆりは、そう考えると
コーヒーを飲み干し、老人に一礼してから店をあとにした。
舌打ちの老人から聞き出した住所を頼りに本牧内を探し回り、
大きい靴の容をした看板が目立つ一件の靴屋を発見した。
きっとここかな、そう店内に入り、舌打ちの老人から聞き出した店主の名前を呼んでみると、
「ちーっす、俺ですけど、なんか用みたいすね、なんすか?」
メッシュのはいった茶髪で、格好はギャル男風
既に舌打ちの老人から連絡が入っていたようだった。
「舌打ちと独り言」の初老男性によると年齢はすでに40近いとのことなのだが・・・。
確かにヒサロで焼いたとみられる黒肌には、
年輪を刻んだ皺が見え隠れしているが・・・。
「えぇ、まあ・・・。あの・・・。」
「え?なんすかなんすか?あ、遊びの誘いっすか。」
彼には年齢的累加に伴う精神的成長というものはないのだろうか・・・。
「あなたの知人の女性とその恋人さんのことについて、少しお伺いしたいのですが」
冴島は、舌打ちの老人から入手した情報を息子のギャル男風中年男性にぶつけてみた。
「はいはい、そのことっすか。」
彼はそう云うとこう続けた。
「元々、アラちゃん、あっ俺の知り合いの女の子、、、子って歳でもないか
もう三十路超えちゃってるんで、それで彼女も自虐的に私はアラサーだから~とか言うのが口癖で
だから俺もアラちゃんって呼んでるんすけどね、ははは」
「は~・・・、それでその彼女との間に何があったんですか?」
「彼女はうちの顧客でもあって、うちの店は俺が店長になってから女の子用の靴も揃えてるんでね
それでたまに買いにきてくれるんすけど
あれいつだったかな~?彼女がカレシと一緒にきたんすよ。
で、そのカレシが俺が言うのもアレだけど、変わった奴で~
俺にはこの店があるっつうのに、オーナーにならないかって誘ってきたんすよ。」
「オーナー?」ゆりが反復するように訊ねると、
「そうそう、なんだかNBっていう最先端をいくビジネスとかで
ネット上で色々と仕事するみたいなんすけど
それにはオーナーの存在が必要不可欠だとかなんとか
それで俺にもそのオーナーになって欲しいとかで」
「ほ~。NBねぇ~。」
ゆりは、その話を以前にも耳にしたことがあった。
NBつまりはネットビジネスの略であり、
基盤となるA社があったとする、その会社がB社、C社、D社と
とにかく様々な企業と提携を結び、その商品をA社が宣伝するわけだ。
広告宣伝費というものには莫大な資金が必要とされるが、
しかし新興企業になかなかそんな資金がだせるわけがない。
そこでNBの本領発揮というわけだ。
A社はいたる所で、ネット上のオーナーを募り、
そのオーナーに友人や知人に提携している企業の商品を宣伝する。
そしてその友人や知人もその商品を宣伝するといったサイクルが出来上がるわけだ。
つまりはネット上の口コミ戦術である。
口コミは質よりも量を優先させるため、
A社の社員は、オーナーつまりは「口コミ要員」の発掘に躍起になる。
彼がいっていた女性のカレシというのは、つまりはA社の社員なのであろう。
ギャル男風男性はこう続けた。
「それであまりにもしつこいから、俺は無理だけど親父にその話をしたらどうかって持ちかけたんですよ
それからというものそのカレシも親父に「べったり」で、
といっても「そっちの気」があるわけじゃないすよ。
とにかく親父をオーナーにしようと、あれこれ上手いこと言ったみたいすけど、
親父も頑固だからね~、段々とその男に嫌気が差して来たみたいで。」
「その男性の話はわかりました。では女性の方の話を聞かせて頂けますか?」
「アラちゃんは、さっきも言ったようにうちの顧客だったんだけど
色々あったみたいでね~、親友にカレシを奪われたとかいう話を聞いたっすよ。
それで思い悩んでたみたいでね~、最近はお気に入りの場所で考え耽ってるとか言ってましたよ。」
「お気に入りの場所?」
「近くにある見境峠ってところっす。あそこは景色が綺麗っすからね~。
あ~、で、彼女なら見境峠ってところに休日になると、よくいってるらしいっすよ。
たぶん彼女は今日がその休日じゃないのかな~。」
「ありがとうございます「見境峠」ですね。」
ゆりはギャル男に話を聞き終えると、さっそく見境峠に出向いた。
そして一時間も経たないうちに彼女を発見した。
彼女(以後アラサー)は、はっきりとしない眼で、遠くを茫然と見つめていた
「○○さんですね?」ゆりはそうアラサーに声をかけた。
「え?そうですけど・・・」
ゆりはギャル男中年から聞いた話とそれまでの経緯を彼女に話した。
「ええ・・その通りです。あゆみっていうんですけどね、カレシを寝取った女・・・
彼女は私の友人・・・親友とも呼べる存在だったんですよ、なのに・・・。」
アラサーは涙を浮かべながらも、こう続けた。
彼女もともと寂しがりやでカレができると、もうすぐに、ぴったんこ状態になるんですよ。
で、カレシにべったりで、他の友達とかと連絡もろくに取らなくなるから
段々と疎遠になって、友達も減っていったみたいで、
それで、友達もいなくて寂しいから、カレシができたらまたベッタリ。」
「で、最近は私とも連絡を取らなくなっていたし、でもあんなことがあっても色々と心配になって・・・。
そういう性格の娘だから仕方ないとも思うけど・・・。でもやっぱり私にとって大事な友達だし。」
「実は彼女のことを心配しているのは貴女だけではないかも知れないんです。」
「え?」
ゆりはアラサーに伊藤のこと、AAAのこと、ストーカーの件等について
事細かに説明をした。
「そうだったんですか・・・確かにそれは「あゆみ」のことかも知れない・・・」
「もっと詳しい情報を知りたいんです。それで本牧まできたんですよ。」
「そうだったんですか、でも今日はなんだか疲れてるんです。」
「そうですか。」
ゆりは後日アラサーと話し合いの場を設けるとの同意を取り付けた。
そしてその日には伊藤も連れて行くつもりだ。
これで様々な状況を照合すれば今回の案件の概要がわかるかも知れない。
本牧を訪ね、情報を求めて歩き回り、
舌打ちの老人、その息子のギャル男風中年男性から情報を入手し、
アラサーとの話を終え、少し寄り道をし、車で帰宅の途に着こうとしたときには
すでに深い夜だった。暗い夜道をネオンが照らしている。
車窓から深夜の景色を漠然と眺めていると、
通りには定刻を過ぎ閉店された小売店の前で若い男女が数名屯っていた。
犯罪抑止推進地区の名が聞いて呆れる。
警察は今回の案件同様、利益(検挙率)の上がれないものには触れない主義なのだろうか。
ゆりは、そんなことを思いながら帰宅の途についた。
~接点・完~
最終更新:2009年04月24日 22:28