死を恐れることと幽霊の存否は関係あるのか(ないのか)


558 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 01:03:08 ID:7CY9gIPg0
ひとつだけ言っとくとな
幽霊が居るとな死んだ後も世界があるという事なんだ
それがないと死ぬのが怖いに繋がるだろ、
様は安心したい心が肯定したいんだ


562 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 02:37:19 ID:u7FgDRYtO
死後の世界を仮想して安心を得られるんであれば人々は喜んで死を選ぶようになってるはずで

魂の実在を仮想することは、
恐怖から逃れる為の消極的な発想でなく、
終わりあるものに続きがあってほしいという、ごく自然な欲求だ。

欲求というのは本能であって 働きかける対象が存在しない本能は無い。

叶えられて当然の欲求。であるから信じ広く受け入れた。


563 :青い猫:2009/11/07(土) 03:25:31 ID:IOxCyNT10
たぶん、死が怖いわけではないと思う。死に至る過程が怖いのでしょう。
身体的な状態に限って言えば、特に、極度の痛みを伴う場合や、
徐々にあるいは急激に肢体の自由が利かなくなる過程に大きな不安を抱くのでしょう。
これは、精神は比較的正常な状態であるという前提条件の下でなのですが。
だから、一瞬で死に至ってしまうような不慮の事故などを怖れることとはかなり程度が異なるものと思う。

経済的な状態等、社会的な事情も含めて考えると、遺された家族のことが心配だとか、
人間は死んでしまえば何もかも終わりだとは思っていないことが読み取れます。
結局は本人の死後のことまでも思いを馳せてしまうのが人間の情なのでしょう。
これは無神論者であっても遺される家族等の生活をおもんぱかるものなのです。
無神論的な発想によれば、そんな家族だって死ねば無に帰すというのに。


564 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 03:51:36 ID:u7FgDRYtO
そう 死ねば無になるんだというのは、
突き詰めれば自殺はダメ、殺人はダメだとかいった基本的な道徳観に反し、死生観に矛盾が生ずる。

死んだら終わりであるならば、終わりに向かうだけの人生に意味を見出すことが出来ず、悲観して死ぬだろう。

本能で死を選ばないから死後の世界を仮想する。という言葉は否定の側がよく言うが、
素直に読み取るならば、魂の概念は合理的な発想なのだと言っているわけだ。
魂の実在を否定することは非合理であって、一種のマゾヒズムなのだと思う。

死の過程が怖い というのは自分の実感としては同意だが、死そのものが怖いという話しは聞いたことがある。
どうなるのか分からない。という、未知の恐怖か。


565 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 04:09:16 ID:u7FgDRYtO
前半はつまり死後の続きを否定する方々も、無意識のうちに死後の続きを想定し、その前提を軸に日常生活をおくっているんだという。

死生観に矛盾が生ずるというのは、現代に生きる人々の一般的な死生観。個人差はあるだろうがあくまで一般的な


566 :青い猫:2009/11/07(土) 04:18:10 ID:IOxCyNT10
死そのものが怖いというならば、誰も眠ることなどできません。
だって、眠ってしまった後に覚醒するとは限りませんからね。
ひとが眠るには当然のことながら目を覚ますという暗黙の了解があるはず。
だから睡眠導入剤や全身麻酔を受けることに承諾するのです。

眠ることが怖いということと、死ぬことが怖いということは同列に論じてはいけないかもしれないですね。
しかしながら、意識が遠のく過程と深い睡眠状態に至る過程とは似通っているのです。
実のところ、毎日眠気を催すというのは、曲解すれば死ぬ準備をしていると言っていいのかもしれません。


567 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 04:57:02 ID:u7FgDRYtO
睡眠の例えはさすがに無理があるように思うが 死は日常と切り離されたものではないということか。

人間は意識していないだけで毎日のように死に近いだろう感覚を経験している。
それは睡眠であり麻酔であり気絶であり、この状態はいわば無であるが、

死に無を設定することは自らの経験に重ね合わせ安心がしたい

やはり未知への恐怖から逃れたいという心の現れでは。


568 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 05:03:09 ID:u7FgDRYtO
人間が死について考えを巡らせた時、必ず不安になって恐怖する者が出てくる。

こういった人達が魂を想像したんだと否定派言うのだが、
むしろ逆で、恐怖するから無という自分達の経験と重ね合わせようとする。

死への恐怖が未知への恐怖であるならば、より自分達の知る範囲内の出来事であって欲しいと願うはずで、
この理屈から言うと魂や死後の世界のそれでは 未知への恐怖を別の未知への恐怖に移しただけにすぎない。


571 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 07:55:08 ID:pR8jivaC0
「人間はなぜ死を恐れるか」と「幽霊は存在するか否か」と、何の関係が・・・・・・?


572 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 08:29:17 ID:Lw+LyshGO
年齢や経験、個人の感覚にもよると思うが、
死が怖いというのは色んな意味があると思うぞ。

オレはまず、激痛を伴うような死が怖い。
そして、脳を通しての想い等の感情と言われてるものが無くなる事。

ちなみに俺は否定派。


573 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 08:34:30 ID:Lw+LyshGO
 >>571
人が死を怖れるのなら、それを補うための概念として創られたのでは?
という一つの仮説もありなわけだから、全く関係無いとは言えないのでは?


574 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 09:00:25 ID:Lw+LyshGO
個人的には認知症が一番悲しいかな。
もし愛する人がそうなったら、ある意味死なれるより辛い部分はあると思う。

やっぱキーワードは脳だな。


575 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 09:04:45 ID:pR8jivaC0
 >>573
幽霊の概念形成の話としては大いに関係あると思う。
でも実際に存在するか否かという話になると・・・・・・?


576 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 09:18:08 ID:Lw+LyshGO
 >>575
存在するかどうかは、どちら派にしても今のところ仮説の域だから、
外掘りを突いてみるのも何かのきっかけになるかもよ。
まあ、たいていはそのうち道がそれて行くけどね。


580 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 10:01:40 ID:bqhh+G2AP
 >>573
まあ仮説としてはあると思う。ただ、それじゃ死神の立つ瀬が無いんだよねw
あれこそ正に死への恐怖心が創り出した幻影。ちなみに幽霊ほどじゃないが目撃者も居るよ。
地域・文化などの違いで死神派と幽霊派があるのかもしれないが、根拠となるデータは乏しいな。


589 :本当にあった怖い名無し:2009/11/07(土) 14:42:05 ID:TIdcjbLM0
当たり前のことだけど、「自分が死んだら世界がなくなる」なんて事実はないんだよね
日々確認される事実は「テメェが死んでも消えるのはテメェだけ、世界はそのまま」なんだ
だから無ってドグマなんだな
無を信じることと、霊界を信じることとは、論理的に同値な命題なのかもしれないな
霊界は無を過剰に装飾したものという感じ
見えぬものをなんとか象徴という手段で見えるようにしてる
文学やまんががそういうことを昔からやってる

つまりあちら側の無を、生きてるうちにこちら側に取り込む伝統的な方法が、霊界や見える霊なんじゃないか














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最終更新:2010年01月10日 12:26
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