無題


「人は何故、煙草を吸うのだろうね?」
ライターの火を煙草の先に当てながら希望崎学園の教師、暁聖一は語る。煙草の先に火が灯り煙を生み出す。口いっぱいに吸い込んでみるが、あまり味わわないままに吐き出す。煙が女子生徒の顔に当たり、彼女は顔をそむける。
「わかるだろう?いい匂いでもなければいい味でもない。そんなものをわざわざ金を払ってまで買い求める連中がいるというのもおかしな話だと思わないか?」
女子生徒は非難をするような眼で暁を睨む。暁はそれには気づかないふりをして話を続ける。
「考えてみたんだが、煙草の価値は煙ではなく、火をつけることの方にあるんじゃあないだろうか?」
暁は煙草の先を振って見せる。部屋の中は薄暗く、火の軌跡が一瞬半円状に浮かんだ。
「人は火を支配したことで他の動物とは違った、劇的な進化をした・・・と言われてるが、現代はその火をなかなか自由に使えない時代だ。今日本には火を炊くことを禁止する法律が5つ以上ある。大昔にはあちこちでたき火をたいていたろうにな。煙草に火をつけることで人としての当然の欲望を晴らしている・・・とは思えないかい?」
暁は煙草の先を女子生徒に向けた。女子生徒の髪や頬は濡れていた。まるで頭からバケツを被ったかのようである。・・・だがかけられたものは水ではない。濡れたところはぬらぬらとしていた。女子生徒のそばには赤いポリタンクが転がっている。
煙草の火を向けられたことに女子生徒は怯えた。自分の体にかかっているものに火が付いたらどうなるか、想像したのだ。暁はその様子を見て笑顔を見せた。
「最近流行りのアロマキャンドルというのもその火をつける欲望をはらすための道具なんじゃあないかな?私の知り合いもアロマキャンドルをよく使っててね・・・あいや、彼女は匂いを楽しむために使ってたんだがね」
暁は煙草の灰を落として見せる。煙は全く吸っていない。
「ところで君の能力の名前は『最臭兵器』・・・酷い匂いをばら撒く能力だったかな?どうしてそんな能力に目覚めたのかわからんが、その能力が気に食わないという女性がいてね。発動自体は一回しかしたことがないらしいけど、いつ暴発するかわかったものじゃないと言っていたよ。そんな能力を持った魔人は、ご近所から消えてほしいってね」
女子生徒はある女性のことを思い出した。近くの家に住んでいる独身の女性である。彼女は女子生徒の母に会っては万が一能力が発動しては困るから越してほしいと言っていた。その家の窓からはアロマキャンドルの明かりが見られた。
「・・・まあ端的に言うとその女性からお金をもらったので実行しようというわけだ」
女子生徒が呻くが声は出ない。女子生徒の口にはガムテープが貼られている。『最臭兵器』は口から臭気を生み出す能力であった。
「ところでその手法だが、大体予想はできてると思うけど煙草とガソリンを使わせてもらうよ。この方法に関しては依頼者から指定されたものではない。なんでこんなまわりくどい方法を使ってると思う?」
女子生徒がいやいやをするように首を振る。
「まあ・・・単なる趣味だよ」
暁の手から煙草が離れる。
煙草の先から床の液に火が移り、女子生徒の肌を火が撫でる。声にならぬ甲高い声が狭い室内に響く。火はあっという間に炎となって、部屋の窓を割った。
大きなたいまつは体を大きく揺さぶっている。が、鉄製の椅子にワイヤーで縛られているため脱出できない。そのことに気付きつつ狂ったように体全体を揺らしている。
部屋の中には肉の焼ける匂い、それから鼻を突くような酷い匂いが発生している。髪の毛が焼けて発生した亜硫酸ガスの匂いだ。その匂いを真正面から受けつつも暁は満面の笑顔を浮かべていた。まるで暖炉を見つめる子供のように、目を輝かせていた。
たいまつはほとんど動かなくなってきた。その顔は男であったか女であったかもわからぬほど焼けただれている。だが、一度燃え出した火はもう止まらない。女子生徒の芯を焼き切るまで、止まらない。
その後暁は、炭の上を走る火が炭を焼き切り灰と化すまでずっとその女子生徒を見ていた。まるで何か大切な宝物をうっとりと眺めるように。

後日、体育館の用具室から灰と化した女生徒が発見された。その女生徒であることは燃え残った顎の骨からかろうじてわかった。
学園内で起こった事件であったので警察の介入は無く、十分な捜査は行われなかった。生徒会は番長グループか、もしくは不良生徒が行った事件であろうと判断し、厳粛な対応を取ると語っている。
女子生徒の担任は暁聖一。人当たりのいい教師で生徒に懐かれており、犠牲者の女子生徒からも好かれていたという。


最終更新:2015年03月19日 20:35