【Library's Valentine】
2月上旬。希望崎学園図書室。
「で、先輩はどんなチョコを兄貴に渡すんッスか」
「えっ……私は別にいいかなって……」
グルグル眼鏡をかけた少女の問に先輩と呼ばれた三つ編みの少女が答えた。
「何を言ってるんっすか。せっかくのチャンスっすよ」
「だって……別に私が渡さなくても……一くんもっと素敵な相手からチョコもらうし……守口さんとか蟹ちゃんとか」
「そんなんじゃダメッすよ、しおり先輩!もっと積極的にいかないと!兄貴ハーレム作ってるくせに馬鹿なんだから伝わらないッスち」
「十四四ちゃんお兄さんなのにひどいこと言うね」
「いいんっすよ。馬鹿兄貴に馬鹿つっても。とにかく遠慮とか気兼ねとか全く必要ないっすから、当日までにチョコをっスね……!」
「そこ、うるさい。静かに」
「あっ、申し訳ないっす」別の図書委員から注意を受ける十四四。
図書室で大声を出すのは重大なマナー違反である。みんなも図書館では静かにしよう。
「とにかくチョコは渡すべきっすよ。先輩。先輩料理上手なんっすから、いいアピールの機会じゃないっすか」
注意を受けて先ほどより声を潜めた十四四がしおりに言った。
「……そ、そうだけど」
なおもしおりが渋った様子を見せたその時!
{「話を聞かせていただきました。つまり、戌井さんがチョコを渡す相談というわけですね」そばで二人の話を黙って聞いていた千章は彼女たちの話に加わろうとした。}
二人の会話に自分の台詞と地の文が書かれた原稿用紙を持った少女が割り込んできた。文芸部に所属する文学少女であり図書委員会のメンバーでもある
栞田千章である。
「千章先輩聞いてたんっすか」
{「あれだけ大声で話をしていれば嫌でも聞こえてしまうものですよ」千章は十四四の疑問に答えた}
千章が新たに原稿用紙に文章を執筆する。周囲から見ると正直それは面倒臭くないのかと思うが、文章こそ至高のコミュニケーション手段と考えている千章からすれば、これが自然らしい。
もっとも本当に追い詰められて余裕がない時は普通に喋ってるらしいのだが。
「で、なにしに来たんっすか。別に関係ない話じゃないっすか」
{「いえ、話を聞いていて同じ図書委員会の仲間として協力したいと思いまして。それに戌井さんのお名前には親近感を覚えますので。」千章は二人の名前に栞という共通項を見出したのだ。}
「だ……だからってべ…別に……栞田さんまで来なくていいですよ」
{「そもそも私の文芸は応援です。ですから私が恋を応援したくなるというのは自然なことであると私は考えます。だから戌井さんにも協力したいのです」千章は説き伏せるために熱弁をふるった}
「千章先輩の技って女性に効果薄いっスよね」
千章の文芸技「鼓文・策励勧奨」は男性には気力を漲らせる効果があるが、女性が相手だとそうはならない。
{「それはまだ私の文芸が未熟であるが故。文学少女として成長を続ければいずれは女性をも」千章は十四四にそう言った}
「まあいいっスけど。3人よれば文殊の知恵とも言いますし、じゃあ一緒にしおり先輩がどんなチョコを送るか考えるっスかね」
十四四が強引に話を進めていく。
本当に大丈夫だろうか。もしチョコを渡して彼に受け入れなかったら?彼との関係が悪い方向に変わってしまったら?
その時のことを考えるととても怖い。
戌井しおりという少女はとても臆病だ。だから、彼女は自分の想いを表に出さず心の中に秘めてきた。
彼に嫌われるぐらいなら、彼と恋人になれなくてもいい。ただ、彼のそばでいるだけのただの脇役でいいと。
些細な彼との記憶の中の彼との思い出との浸り、それで満足してきた。
彼女の『ドッグイヤーメモリーズ』はそれを実現する能力だ。
彼女たちが自分のために行動してくれているのはわかっているがそれでも不安は拭えない。
「大丈夫っスよ」
不安げなしおりを見て十四四が言った。
「そ……そうかな?」
自信が持てない。彼の周囲にはしおりから見ても魅力的な女性がたくさんいるからなおさらだ。
「少なくとも一兄は気持ちを無碍にするような人間じゃねえっスから。だから大丈夫っスよ。先輩もだから兄貴のことが好きになったんっスよね」
「そうなんだけど…」
「それに先輩は十分に魅力的っスよ」
{「私もそう思います」千章はしおりを励ますように十四四に同意した。}
「そ……そうかな。そういってもらえると嬉しいけど」
「そうっスよ。だから自信を持ってほしいっすよ」
十四四がいった。それから三人でバレンタインに向けて話を続けた。この時はバレンタインは楽しくなると思っていたのだ。
だからまさかあの日にあんなことが起こるなんて思いもしなかったのだ。
【Library's Valentine】END
最終更新:2015年03月19日 20:41