【デイジィ・ロマルティナプロローグ】
その日、少女は怒っていた。
とはいえ、彼女は毎日何かしらの理由で怒っている。
同級生が騒ぐのをやめない、授業中に他人の携帯が鳴りだす、何も知らない下級生がうっかり魚沼産コシヒカリを手に入れようとする等
そういった事案に対し彼女は常に怒りながら対応している。
2月13日、この日彼女が怒っている理由は既に学園からチョコの匂いが漂ってきている事についてだ。
そもそも特別な行事だからといって学園にチョコを持ってきていいのか?
……という疑問が常に存在している彼女であるので、当然前日の持ちこみなどもってのほかである。と彼女は考えていた。
故に当然、彼女は怒った。
その日彼女は学校からチョコを探し出し、全て排除するということに情熱を注ぐ。
そしてまた、一人の少女……上級生が彼女の目に止まった。
「先輩!学校にチョコを持ってきていいと……!」
「なんだ、デイジィじゃないか」
「……姉さん!?」
少女、希望崎学園二年生の
デイジィ・ロマルティナが声をかけたのは彼女の姉であるサブリナ・ロマルティナであった。
いや待て、そもそも姉はもうこの学校を卒業しているだろう!
昔の制服まで持ち出して何をしているというのか!
「姉さん、何故こんなところにいるんです!」
「フ……なあに、この時期は……学園にいるとチョコがもらえるのさ……」
「そんな事の為に!姉さんには大学だってあるでしょう!?」
「デイジィは少々、怒りっぽすぎだ、ぞ☆」
「ぞ☆じゃないっ!姉さんにこんな自由に行動されては私の発言にまで説得力がなくなるではありませんか!」
デイジィは地団太を踏みながら姉に詰め寄る。
昔からサブリナという姉はこの調子である。いくら言っても暖簾に腕押し、聞きもしない。
「デイジィよ、しかしバレンタインにはチョコだ。如何に魔人能力といえどもこれは切り離せないさ」
「如何に希望崎学園といえど学園は学園です!学園は勉強をするところです!」
「そんな事を言って…もらう相手も渡す相手もいないからって嫉妬はだめだ、ぞ☆」
「そ、そんな事、言ってません!」
サブリナは男女問わず人気のある女性であった。
そのどこか軽い性格故にチョコももらえるのだろうとデイジィは考えている。
顔立ちは似ていても常に怒っている自分にはあげる相手はおろか、友チョコを交換する相手すらいないのは致し方ない事とは思っていた。
しかし今それは関係のない事である!
「とにかく出ていってください!部外者がお菓子たかる為に学園に出入りするなど言語道断です!」
「しかしお前の分もあるぞ」
「ほんとですか?……違います帰りなさい!」
「仕方ないな……では、また、な☆」
サブリナはいつの間にか集まっていたギャラリーにウィンクをすると颯爽と立ち去っていく。
「次は、ひなあられをもらいに来る、よ☆」
「来るなと言ってるんです!!」
息を切らしながらサブリナを見送るデイジィはしかし、この一瞬のやりとりの中でもやはり自分と姉の人気の違いを思い知らされた。
ギャラリー達は一人残らずサブリナについていき、デイジィの周りには誰もいない。
しかしデイジィとて本当はバレンタインという行事に素直に参加し、友人たちと楽しみたい気持ちはあったのだ。
――――――
放課後!
帰宅した彼女は家の調理道具を引っ張り出し、買ってきた板チョコを並べた。
明日は少し怒るのをやめ、周りの人達にチョコでも配ってみよう。
何故か不思議とデイジィはそういう気持ちになったのだ。
ふわりと一瞬だけ料理の本に手を触れる。
すると本はひとりでにぱらぱらとめくられ、チョコレートの作り方の部分でかちりと固定された。
彼女の魔人能力は"紙を操る事"。何故このような能力を手に入れたのかについてはこの場では割愛する。
とにかく彼女は慣れないチョコ作りを本とにらめっこしながらもなんとか成功させた。
寄ってくる姉や妹をなんとか退け、チョコレートを紙袋に仕舞い込む。
明日はバレンタイン。ほんの少しでもいい日になればいいと思いながら、彼女は眠りについた。
……事件発覚の約十時間前。ハルマゲドン開戦一ヶ月前の出来事である……
最終更新:2015年03月19日 20:47