【ヤモっちはヤモリじゃないよ】
やんなる。あーもう、まったく、やんなる。バレンタインからこっち、ずーっとそんな気分。お陰様で特殊能力は絶好調。ありがたいことだよ。一人さんが殺されて理佐は落ち込んでたけど、あたしの悩みはそれじゃない。もちろん、学園内で殺人事件が起きたのは怖いし、知り合いが死んだのは悲しいけどね。
「キーキー」右肩に乗ったキーちゃんが何か言った。「うー、ホントは判ってるよ。ちゃんと本人にぶつかればいいんだって。でも恐いの。わかるでしょ?」「キーキー!」「ん? 違う? それじゃあ何が」ボカッ! 後ろから突然殴られた。そしてその拳が……ズドン! 爆発! ななな、何なのぉー!?
「ぐはぁっ!」ぶっ飛ばされて、あたしは校舎の側壁に激突する。キーちゃんの呼び掛けに応えて身体を捻ったお陰で、当たり所が良かったのが幸いだけど、下手したら今ので死んでた。っう、痛い……。ハルマゲドンが近いって噂、本当なのかも?「俺の名はチャウヒト・オソットル。――死んでもらうぞ、天紗堂理佐!」
「ふぅーっ」溜め息をつき、キーちゃんに『逃げて』と目配せ。「間違えられて光栄だけど、残念ながら理佐はもっと美人だよ」キーちゃんが校舎の壁を登って離れてゆく。「フッ、つまらぬ嘘を吐く。ウラギール様の調査によれば、トカゲを肩に乗せた生徒は一人しか居らぬ! 観念しろトカゲ女!」
「キーちゃんはトカゲじゃないよ!」あいつの顔を思い出す。ドロリと心が濁る。「フフフ、俺の『秘密ハンター』の射程は貴様の蜥蜴剣術より遥かに長いぞ……!」あーもう、剣とか持ってないのに気付かないのかなぁ。まったくやんなる。能力発動!
奴が火薬仕込みガントレットを構えた瞬間! あたしのが早いっ! 手を素早く振って、腕から染み出した粘液を浴びせかける!「わぶっ!?」べっとりとした粘液を受けて相手が怯んだ隙に、あたしはキーちゃんの後を追って校舎の壁を登り始める!
窓枠。コンクリートの目地。型枠跡。塗装の塗りむら。あたしから見れば、校舎の壁には掴まる場所が一杯だ。微妙な出っ張りをしっかりホールドして、登る登る登る! 五階建て校舎の屋上までは、直線距離ならあっという間だ。
屋上につくと、キーちゃんが待っていた。「ふー、これだけ逃げれば大丈夫だね」屋上縁の手摺からぴょんと跳ねて、キーちゃんが肩に戻ってきた。「でもアイツ、理佐に何の恨みがあって襲ってきたんだろ?」「それは貴様がウラギール様の正体を知ったからだーっ!」
「なっ!? もう追い付いてきたの!?」「ハッハハーッ! 俺の『秘密ハンター』は射程が長いと言ったろう?」奴はびよんびよんと腕を伸ばして見せた。伸腕能力……! まさか、屋上まで一気に手を伸ばして届くほどの!? 「そう。屋上まで届くのさ!」こっ、心の声に答えた!?
「ククク、俺はウラギール様の元で心理学も学んでいてね。貴様の心は手に取るように判るぞ! せっかく逃げたのに追い付かれて絶望する心がなァ~~!」「あー」あたしは答えた。「違うんだ。もう終わってるんだよ」「何だと? ぬ、ぐ、グボアァアーッ!?」突然嘔吐するチャウヒト!
「毒が回るだけの時間が稼げれば、それで良かったんだ」あたしはジャンプ! 毒に苦しむ奴の頭を両足で挟み込んで、屋上の手摺を掴んで回転! 地面に向かってダイヴ! 地上五階建ての屋上からのぉ――正当防衛フランケンシュタイナー!!
ドッゴォーン! 地面に大激突! ま、峰打ちだから安心していいよ!「ぐっ……ぐうう、貴様、さては天紗堂理佐ではないな……!」「だからー、最初からそう言ってるよー!」「あの壁登り……そして毒……貴様はトカゲ女ではなく、ヤモリ女だな……!」
「違う……」どろり。心が濁る。嫌な思い出が胸一杯に広がって、毒粘液となって溢れ出す。「あたしは……」手の平一杯に毒粘液が溜まり、張力でソフトボール大の球体になる。「ヤモリじゃなーいっ!!」毒の粘液玉を奴の口に突っ込む!!「ゴボグバァーッ!!」白眼を剥いて悶絶!
「ああっ、やっちゃった! まずい、スグ保健室に連れてかないとこれは死んじゃうっ!」あたしは、気を失ったチャウヒトを抱えようとしたが……したけど……やっぱり無理だった。「うー、仕方ない、誰か助けを呼びに行こう!」あたしはキーちゃんを肩に乗せ、駆け出した。
【ヤモっちはヤモリじゃないよ】おわり
ヤモっち! 美人ではないけど、キッチュな可愛らしさがあるよ!
最終更新:2015年03月23日 21:09