時々雨宮守エピローグ【ブーケは落ちてこなかった(前編)】
あたしは、理佐の願いを叶えた。そう言っても間違いじゃない、と思う。
山乃端一人さんの仇であるウラギール・オン・シラーズを討つため、理佐は番長グループのみんなや生徒会の人達を利用するつもりだった。そして、理佐は自分自身の命だって捨てる覚悟をしていた。
ハルマゲドンで番長グループの敗北を決定的にしたのは、あたしのミス。あたしがうっかり持ち場を離れた一瞬の隙に、
生徒会の服部さんと素々素会長がウラギールの息根を止め、番長グループの僅かな勝ち筋は完全に無くなった。だから、結果的にあたしのしたことは、理佐の願いと同じ結果をもたらしたと言える。
……言えないよ。
番長グループも、生徒会も、多くの人が死んでしまった。こんなの、理佐の願い通りなわけありゃしない。もし、あたしじゃなくて理佐が戦場に立ってたのなら、あたしよりも遥かに上手くやって、少ない犠牲でウラギールを倒せたはず。
結局、あたしは理佐を裏切った。それは理佐の願いとは程遠く、ウラギールの目論見通りだ。
やんなる。自分で自分がやんなる。全身から毒粘液がだくだくと溢れだして止まらない。このまま、溶けて無くなってしまいたい。
ごめんね理佐。ごめんね。ごめんね。
‡ ‡ ‡ ‡
後ろめたい気持ちを抱えながらの紆余曲折を経て結局、彼とは付き合うことになった。その後の進展は順調で、七年間の交際を経て、今日この日、めでたく挙式することになった。――ホワイトデーの前日に何があったのか、彼は知らない。この秘密は墓まで抱えていこうと思う。
挙式は、二人の思い出の場所である希望崎学園の礼拝堂で執り行われることになった。辛い思い出もあるけれど、希望崎はやはり二人にとって大切な場所だったから。
「それでは、花嫁に誓いのキスを」
神父様がひときわ温和な笑みを浮かべ、物腰柔らかな糸目を更に細めながら言った。花婿である彼がベールを持ち上げ、腰に手を回し、優しく唇を寄せる。
――こんな時でも、思い出してしまう。あの激しい雨の中の、強烈なファースト・キスのことを。
彼と口付けを交わす度に、あのキスのことが思い出される。これは、ある種の呪いと言えよう。
これは、仕方のないことだ。あのキスがあってこそ、今日この佳き日を迎えることができたのだから、その程度の呪いはあまんじて受けねばならないだろう。
参列者からの温かい拍手に包まれながら、脳裏によぎるのはまず彼のチョコクッキーの香ばしい匂い、そして、苦くて酸っぱい毒粘液の味。
‡ ‡ ‡ ‡
さて、式の後はお楽しみのブーケトス・タイム!
ヤモっちはずらりと並んだ招待客の懐かしい面々をぐるりと見回す。
吹上さん。ノゾミちゃん。
岡田さん。デイジィさん。アラクネさん。美麗さん。操裏さん。ちょ子ちゃん。奈子ちゃん。番長グループの主なメンバーの子たちは、みんな来てくれた。
(本当なら、もっと沢山の人が来れたかも知れないのに――)
トラセルちゃん、毒島さん、エエエエさん、と或る少女さん、シラハさん、門田さん、サチ番長。ハルマゲドンに散った仲間の顔を順に思い浮かべ、ヤモっちは改めて心の中で理佐にごめんなさいと言った。
空は雲ひとつなく晴れ渡り、礼拝堂の尖った屋根の上に立つ十字架は陽光を受けて輝いている。広がる緑の芝生の上に立った、花嫁は真っ白なウェディング・ドレスの裾を翻し、並んだ友人達にくるりと背を向ける。そして、手に盛ったブーケを、高く、高く、放り上げた。
「美しい光景ですね。友情、それは素晴らしいものです」
神父様が、満足そうな笑顔でそう言った。ブーケは落ちてこなかった。
時々雨宮守エピローグ【ブーケは落ちてこなかった(後編)】
気紛れに吹いた一陣の春風がブーケをふわりとさらい、礼拝堂の上の十字架に引っ掛けた。もー、理佐ったら張り切って高く投げすぎだよ!
青空の中で揺れるブーケを見上げ、理佐は少し思案顔をして、それから言った。
「地面に落ちてないから、まだセーフってことで……取ったもん勝ち!!」
普段よりも一層綺麗な花嫁姿の理佐は、あたしに向かって悪戯っぽくウインクした。ややっ、そゆこと? うえー、やんなる。
「やだよー。お兄さんだって見てるんだよー?」
そう言いつつもあたしは、履き慣れないヒールを脱ぎ捨て、スカートの裾をちょいと縛る。うー、コレ、下から見えちゃったりしないよね?
礼拝堂は石造りを模した外装が施されていて、表面はデコボコしてるので登るのは簡単だ。てっぺんまで一分もかからないだろう。問題は理佐のお兄さんだ。こんな格好で壁登りをするの見られるのは恥ずかしい。下を見おろせば、みんなと一緒にお兄さんも声援を送ってくれている。やんなるなぁ。
あ、そう言えば理佐のお兄さんがトカゲから人間に戻った話はもうしたっけ? え、初耳? じゃあ話すけど、魔女の呪いが――
ヒュンッ!
白い糸がブーケを狙って放たれる!
「ヤーッ!」
毒粘液玉を発射して相殺! やはり来たか! あたしを追い掛けて素早く壁を昇って来るライバルあり!
「うふふ、あのブーケを手に入れれば、あの浮気者の心も私の糸でがんじ絡め……その前に時々雨さん! ヤモリとクモのどちらが壁登り女王に相応しいか、勝負といたしましょう!」
あー、なんだかアラクネさんも面倒な恋をしてるみたいだなぁ。でもね。
「あたしはヤモリじゃないって言ってるでしょーっ!」
毒粘液全力放出! 礼拝堂の壁面を伝わせてどばっと流す! 痺れて滑れっ!
「甘いよっ!」
アラクネさんは糸を放ち礼拝堂の庇に粘着させると、壁を蹴って迫る粘液を振り子運動回避! そのまま糸を手繰り寄せて一気に急勾配の屋根の上へと至る。そこから頂上のブーケまでは一直線! だけど、アラクネさんの思うようには行かないよ!
「よーし! キーちゃんよろしく!」
「キー!」
屋根の上で結婚式の様子を見守っていた大ヤモリのキーちゃんが、アラクネさんの顔に飛びついた!
「きゃあああーっ!」
甲高い悲鳴を上げながら急勾配の屋根を転げ落ちるアラクネさん。ヤモリはクモの天敵だし無理もないね! 下等なアーセロポッド風情が偉大なるレプタイル様に勝てるわけなかろう愚か者め! どしーん! アラクネさんは地面と熱烈なキス!
アラクネさんの最期(死んでないって)を見届けたあたしは、ゆっくりと残り数メートルの壁を登り、十字架に引っ掛かったブーケを手にする。そして、礼拝堂のてっぺんに立ってブーケを高く掲げ「取ったよーっ!」と大きな声で宣言した。
見守っていたみんなから、わぁっという歓声と拍手。なかでも、大喜びで手を叩くウェディング・ドレス姿の理佐の笑顔は、まるで太陽のように眩しかった。
――このブーケの御利益だろうか。あたしは理佐のお兄さんと2年後に結婚することになるのだった。初恋の人は取られちゃったけど、最愛のお兄さんを奪ったんだからこれでおあいこだね。そして、これからも理佐とあたしは、ずーっと親友だよ。
‡ ‡ ‡ ‡
たとえ死が二人を分かつとも、ヤモっちと理佐は土砂降りの中のファースト・キスのことは永遠に忘れることはない。
死地に向かおうとしていた理佐を強引に止めるためヤモっちが分泌した特製の毒粘液は、理佐がたっぷり二週間も仮死状態になるほどの凄い威力だった。そんな刺激的なキス、忘れようったって忘れられるものじゃないよね。
時々雨宮守エピローグ【ブーケは落ちてこなかった】おしまい
最終更新:2015年03月23日 20:47