【おのぞみの姉はどこ!?】
がしゃこん、がしゃこんと、背中の機械が音をたてている。
公園をとりまく散歩道をのそのそと歩きながら、
姉尾ノゾミは思い悩んでいた。
彼女はお姉ちゃんだ。
でも、彼女はお姉ちゃんがほしかったのだ。
・・・
弟のことも妹のこともキライじゃない。
パパのこともママのことも大好きだ。
でもわたしはお姉ちゃんがほしい。
勉強や料理を教わったり、いっしょに寝たりおふろに入ったり、そういう、ママといっしょにすることがちょっとはずかしいような、ひみつを二人で分けあえるような、そして、あまえられるような人がほしい。
夜も朝もずっとそう思ってたら、ある日目がさめると、まくらもとにガシャポンがおいてあった。
・・・
それが、『お姉ちゃんガチャ』である。
お姉ちゃんガチャを回すために、ノゾミは善行を積まなければならない。
能力を手にしてからというもの、彼女はガシャコンを背負って街に出て、ひとつでも善いことができるように日々がんばっている。
今日しているのは公園のゴミ拾いだ。
機械は重そうに見えるが、実際にはほとんどしんどくない。
あらかた拾い終えたところで、どこからともなくコインがちゃりんと音を立てて現れた。
ガチャは善行と引き換えの『シスコイン』でなければ回せない。
彼女は一時間以上かけてようやくゲットしたコインを、はやる気持ちを抑えながら機械に入れ、回した――のだが。
「チョリーッス、ララでっす。えーっと、ノゾミちゃんだっけ? シクヨロ★」
カプセルの中から登場したお姉ちゃんは、ピンク髪ガングロパンダ目ピアスまみれのお姉ちゃんだった。
まるだしのおへそのとなりには『C』という刺青がある。
これはお姉ちゃんのランクを示していて、B、Aとランクが上がっていき、Sが最高ランクである。
「か、解約です!」
「えーマジ? ダルいしべつにいいケド。じゃ、バイバーイ」
ギャルお姉ちゃんは現れたときと同じように、煙のように消えてしまった。
引いたお姉ちゃんは『仮契約』となり、仮契約で気に入らなかったお姉ちゃんは『解約』して返品する事ができる。
ギャルお姉ちゃんも話せば意外と良い人かもしれないけど、ランクがCならそれもないだろう。
今までにガチャは10回ぐらい回したのに、最初の人がAランクだったほかはずっとCランクだった。
髪の毛が長すぎて顔が見えないサエ子お姉ちゃんとか、言葉遣いが難しくて何を言ってるのかわからないブリュンヒルデお姉ちゃんとか、こまった人ばっかりで、ノゾミは最初のお姉ちゃんのことを恋しく思っていた。
「あーあ。Sランクお姉ちゃんどころかふつうのお姉ちゃんも来てくれない。やっぱり、わたしのところにはステキなお姉ちゃんは来てくれないのかな……」
そう思うとなんだか悲しくなってきて、ノゾミは座り込んでしまった。
背中の機械が、いつもより重く感じる。
善行を重ねる毎日にも疲れてしまった。
彼女の瞳がうるうるしてきたところに、声をかける少女がひとり、颯爽と現れた。
「涙が乙女に似合わぬならば! 男になればぁいーじゃない!
魔法少女トラセル参上ッ!!」
ノゾミが毎週楽しみに観ているアイドルアニメの主人公のような格好をした少女の名は、魔法少女トラセル。
いきなりの事態に目を白黒させているノゾミをよそに、トラセルが切りだす。
その頼みごとは、かわいそうな少女をさらにとまどわせることになる。
「というわけで…………お願いです! あなたを男にさせて下さい!!」
「え、えっ、ええーーーーー!?」
* * *
「ふむふむ、どうしても女の子から男の子になるところが見たいのね」
「男の子から女の子になるところでもいいんですけど……とにかくお願いします! 私の夢なんです!」
トラセルの夢は、女の子が男の子になる瞬間をこの目で見ることだそうだ。
そのためにノゾミを男の子にしたいらしい。
ノゾミは腕を組んで考え込むそぶりをみせるが。
「しょーがない……わけあるかー! だいたい、男の子になっちゃったらわたしこまるじゃん!」
「大丈夫です! 男の子になったあとで女の子に戻せば問題ないし、私も2回見れちゃうし……えへ、えへへ」
当たり前のようにお断りだ。
でもトラセルはなおもあきらめない。
そんな彼女の熱心な様子を見て、ノゾミのガードはちょっとだけゆるまった。
「そういうもんなの……? てゆーか、なんでわたしなの?」
首をかしげてたずねる彼女に、トラセルは笑顔で応える。
「あなた、最近街で評判ですよ? ガシャポン背負った女の子が、困ってる人を助けて回ってるって!」
「そ、そうなんだ……。……あなたも困ってるの?」
「はい。私どうしても、目の前で性別が変わるところが見たいんです!」
「そっかー……」
自分の行いが街の人たちの注目を浴びていたことを知って、ノゾミは顔を赤らめた。
でも、それはいやな気持ちになるものではなかった。
――目の前の女の子、トラセルちゃんは、わたしのことを知って、助けを求めている。
自分のしてきたことが意味のないことなんかじゃないと思えて、ノゾミはほんの少し嬉しくなって。
さっきまで重く感じていた背中の機械が、少し軽くなったような気がした。
「いいよ。わたしに魔法をかけても」
「いいんですか! ありがとうございます!!」
魔法をかけることをオーケーすると、トラセルは満面の笑顔でお礼を言った。
けれどもどうして突然ノゾミの気が変わったのかは気になるようで、すぐにきょとんとした表情になる。
考えてることがわかりやすい子だなあと思いつつ、ノゾミは思ったままを伝えた。
「夢に向かって一直線なのは、わたしもおんなじだから」
それを聞いたトラセルは、ふたたび嬉しそうににっこりと笑うと、ノゾミの手をぎゅっと握った。
握っている方の手がじんわりと温かくなっていく。
魔力が高まっているのかもしれない。
しばらくふたりはじっと見つめあっていたが、ふいにトラセルは手を離すと、腋に挟んでいたステッキを両手で構え直した。
「それじゃあいきますよ……」
いよいよ、魔法の発動だ。
ノゾミはまだ寒いのに緊張で汗をかいてきたことを感じながら、発動の瞬間を待つ。
「トラセルトラセル、男の子にな~れ!」
魔法少女が叫ぶのと同時に、ステッキから色とりどりの光が煙とともに花火のように噴き出す。
ノゾミは驚いてしりもちをついてしまった。
すぐにトラセルが手を引いてくれたが、立ち上がることはできなかった。
男の子になっているかと思うと、ドキドキして足が震えてしまう。
しかし、緊張はほどなくしておさまった。
「あ、あれ? なんともない?」
自分になんの変化も起きていないことに気づいたからだ。
あたふたしている彼女をよそに、トラセルはやっぱりかという顔をしている。
「あちゃー、また失敗かぁ」
「また失敗?」
こうなることがわかっていたような様子の彼女にノゾミがたずねる。
「私、魔法が成功したの見たことないんです。手ごたえはあるんですけど……」
「そうなんだ……あ」
それならそうと早く言ってよと彼女が思っていたら、チャリンと音がしてコインが落ちてきた。
どうやらトラセルの頼みをきいてあげた時点で善行にカウントされたらしい。
「それはなに?」
「これはシスコインっていって、これをせなかのガチャに入れると、お姉ちゃんがでてくるんだよ」
「お、お姉ちゃん……?」
「わたしね、ステキなお姉ちゃんがほしいの。これがわたしの夢」
一体なにを言ってるのかといわんばかりの顔をしている彼女に、ノゾミは力強く自らの夢を告げた。
追い求める者どうし、通じるものがあったのだろう。
トラセルもすぐに理解したようで、力強く励ました。
「そうですか……出るといいですね、ステキなお姉ちゃん!」
「うん!!」
ノゾミが浮かべた太陽のように明るい笑顔を彼女の友達が見ていたら、もしかしたら驚いたかもしれない。
それほどまでに彼女の表情から憂いがなくなることは、とても珍しいことだったのだ。
コインを拾うと、ガシャコンに入れてハンドルを回す。
出てきたカプセルをいつもの通りに開けると、中から現れたのは。
「はじめまして、ノゾミ。トワと申します。あなたの――」
「な、なっ、なんでーーーーー!?」
「も、もしかして……」
「――お兄ちゃんです」
トワという少年はノゾミの『お兄ちゃん』と、はっきり名乗った。
ノゾミは衝撃のあまり開いた口をぱくぱくさせている。
対してトラセルは、なんだかバツの悪そうな表情だ。額には冷や汗が浮かんでいる。
「どうなってるの!? お姉ちゃんガチャから、お、お、お兄ちゃんが出てきたよ!?」
「えっと、多分、私の魔法がノゾミちゃんじゃなくて、ガチャの中の人に当たっちゃって、それで……」
「はあ!? ちょっとなんとかしてよ!」
「う、うん、やってみる! トラセルトラセル、女の子にな~れ!」
目線を合わせないように言いわけする彼女に、ノゾミはつかみかかりそうな勢いで文句を言った。
あわてて魔法をもう一度発動させるトラセルだが、ステッキから花火が噴射されるだけでやっぱりなにもおこらない。
「ダメじゃん!」
「あ、あはは…………おっと、魔力がそろそろ限界だ! また会おう、さらばだ!!」
「こら! にげるなー!!」
「ごめんねぇ~~~~~~」
自分ではどうしようもなくなってしまった彼女は、全力で謝りながら全力で逃げて行ってしまった。
もちろんノゾミにもどうすることもできない。
「あぁーもう、どうしよう」
「ノゾミ、よろしければ僕をおうちへ連れて帰ってほしいのですが」
「……」
解約しちゃって次のお姉ちゃんを呼べるようにしようと彼女は思った。
だが、気づいてしまった。
トワは目鼻立ちがくっきりしていて小顔で背も高くて足も長くてとってもカッコイイということに。
そして、首筋に刻まれた『S』の刺青に。
そう、彼は『Sランク』の『お兄ちゃん』だったのだ。
* * *
「朝ご飯、美味しかったですか? 洗濯はしておきます。お仕事がんばってくださいね、お母さん」
「な、なんていい子なの!」
「ふふふ、僕の勝ちだね。今度は外でキャッチボールでもしようか、リク」
「くっそー兄ちゃんつえぇな! つぎは負けないぞ!」
「リカはそろそろ寝る時間かな。歯を磨いてあげるからおいで」
「わーい。おにいちゃん、ありがとう!」
トワは確かにSランクだった。
炊事、掃除に洗濯、弟と妹の面倒まで。
彼はまさに完璧としか言いようがなかった。
ひとつを除いて。
「どうして……」
そのたったひとつの『欠点』を思い出すたび、ノゾミの心は揺れる。
「きゃー! ノゾミちゃんのお兄ちゃんかっこいいー!!」
「いいなぁノゾミちゃんはあんなにステキなお兄ちゃんがいて」
「うらやましい! わたしもお兄ちゃんほしい!」
「ごめんね、みんなのお兄ちゃんにはなれないんだ。ノゾミだけのお兄ちゃんだから」
トワは学校の送り迎えもしてくれる。最近はぶっそうだから。
校門で待っている彼を見たノゾミの友達は、みーんな彼女をうらやんだ。
実際、すごいお兄ちゃんだと自分でも思ってはいる。
だけど、トワが友達に取り囲まれているのを見ると、言葉が口からこぼれてしまう。
「どうして……どうして……」
彼のたったひとつの『欠点』を目の当たりにするたび、ノゾミの心は沈む。
「おいおい、ご飯つぶ付いてるよ」
「なんか元気ない気がする。悩み事があるなら話してね?」
「僕は、ノゾミのお兄ちゃんなんだからさ」
彼の指が口元に伸びてくると、思わずどきっとしてしまった。
そんな自分が自分でないようで、ノゾミは不安になってしまう。
不安になれば彼が心配しちゃって、もっと優しくなってしまうから。
ノゾミは夕食もそこそこに自分の部屋に駆けこむと、枕に顔をうずめて叫ぶ。
「どーしてお兄ちゃんは、お姉ちゃんじゃないのぉー!!!!!!」
彼女の望む姉がやって来る日は、まだまだ先になりそうだ。
[おしまい]
最終更新:2015年03月23日 20:55