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俺とバルクホルンの物語4裏

エイラ・イルマタル・ユーティライネンは途方に暮れていた。

(そもそも何故私がこんな目に会わなきゃならないんだ)

ティーセットを挟んで向かい側に座った人物を睨めつけながらエイラは今朝の出来事を思い返していた。
朝、いつもより早く目が覚めた。それがそもそもの原因だったのだろうか。(それじゃあ、あんまり理不尽じゃないか)とエイラは思う。


目を覚ますと夜間哨戒を終えたサーニャの寝息が前髪をくすぐっていた。少し動けば唇が接してしまいそうな距離に顔を赤らめながら、サーニャを起こさないようにそっと部屋を抜けだす。

「ふふっ今日はイイコトありそうナンダナ」

笑いながらそう呟くエイラ。一足早く食堂に行こうと、足取りも軽く歩き出した。

「んっ? あれは」

見知った後ろ姿。しかし、その人物をこの時間に見ることは珍しい。

「よっ中尉! こんな早起きして珍しいじゃないか」

エイラはふらふらと歩くその人物、エーリカ・ハルトマン中尉を追い越しながら軽く肩を叩いた。

「……あっ、エイラ」

「どうした? 元気がないぞ~! ははーん、さてはまた大尉に怒られたんだろ?」

「ウ~ン、そういうわけじゃ……! そうだ!」

エイラの言葉に考えるような素振りを見せたエーリカだったが、何かに気付いたように、その控えめな胸の前で手をとんと打った。

「エイラ!」

エーリカがエイラの肩を掴みその目を覗き込んだ。

「な、ナンダヨいきなり……」

怯んだように一歩下がったエイラに更に詰め寄るエーリカ。
顔一面に浮かべた笑みは、天使のように可憐だったが、エイラの魔女としての感は
その瞳の奥から巨大なプレッシャーを感じていた。知らず、たたらを踏む。
壁際に追い詰められたエイラに向かって天使は口を開いた。

「人生相談! あるんだけど!」


そして舞台は冒頭の場面まで遡る。

「……で? 何を相談したいんだ?」

諦めたような表情でエイラはエーリカに問いかけた。

「えっとね、好きな人の好きな人が好きな人で、その好きな人も好きな人のこと好きみたいなんだけどどうしたら良いと思う?」

「は?」

「だから! 好きな人の好きな人が好きな人で、その好きな人も好きな人のこと好きみたいなんだってば! それに好きな人には妹がいてそいつも好きみたいなんだけど、まあこれはいいや」

無邪気な笑みを浮かべながら言うエーリカだが、エイラはその暗号のような言葉を欠片も理解出来ていなかった。
それでも「なんで分からないの?」とでも言いたげなエーリカに対して、エイラは投げ出したい気持ちでいっぱいだったが、そう思うたびに目の前の小悪魔が「やっぱりサーにゃんに……」と呟いてくる現状ではそれも叶わない。

(私が投げ出したって、中尉に言われたらサーニャは幻滅するかも知れない……そんなのダメだ!)

サーニャの頼れるお姉さんを自任しているエイラにとって、とてもじゃないが採用できる選択肢ではなかった。
何度か質問を投げかけるうちに、エイラにもようやく相談の内容が見えてきていた。

「つまり、中尉がAのことを好きで、AはBが好き。BさんもAさんのことを憎からず思っている。っと」

「最初っから、そう言ってんじゃ~ん」

「言ってねーよ……」

呆れたようにため息をつくエイラに対して、エーリカは不満気に頬をふくらませた。

「もう! とにかく! どうしたらいいと思う?」

改めて問うエーリカに、エイラは返答に詰まった。

エイラの想定していた人生相談とは、基地内のちょっとしたすれ違いなんかを、気配り上手な自分がちょちょいと解決して、あわよくばイメージアップを狙おうというものであり、このような重い案件が持ち込まれるとは予想だにしていなかった。

そのイメージアップというのが特定の個人に対してというのは言うまでもないことである。

(うー……なんでこう上手くいかないんだよー。この部隊の連中ちょっとオカシイぞ)

しかし頭をかかえるエイラの前で期待に目を輝かせている天使は、のんびりと返答を待っていてはくれなかった。

再三の催促に耐えかねて、エイラはエーリカに話を振る。

そもそも相談を持ちかける人間とは自分で答えを持っていて、話を聞いて欲しいだけだ。とエイラはタロットの師、姉アウロラから教わっている。

後はどうやって話を聞くかだが

「じゃあ……中尉はどうしてそいつのことを、あー……えっと」

「?」

「すっ好きになったんダ?」

自身の言葉に照れて、頬を染めているエイラの姿はとても一人前の占い師のものとは言えなかった。

「へっ?」

もっとも対するエーリカの態度も常の飄々としたものではなかった。一瞬虚を突かれたようにぽかんと口を開けている。

「だっ、だから……どうして好きになったんだよ?」

膝の上に組んだ指をもじもじと動かすだけのエーリカに、エイラは再度問いかけた。しかし、その声も僅かにうわずっている。エイラ・イルマタル・ユーティライネン16歳。恋愛経験は未だ無い。

「あっう、うん理由! 理由ね……。……言わなきゃダメ?」

「ダメダナ」

渋るエーリカにきっぱりと告げる。主導権を取り戻すことは重要だし、なにより

(こんな中尉の姿は初めて見た! サーニャほどじゃないけど、可愛いじゃないか。どうなることかと思ったけど、なかなか楽しくなってきたゾ)

と思っている。
きらきらと好奇心に満ちた瞳で見つめるエイラに観念したように、エーリカはため息をひとつ突くとゆっくりと口を開いた。

「……その人はね、とっても優しいんだ。私にだけじゃなくて、誰にでも。そんなところを買われて、私の配属された部隊では新人のウィッチの担当はいつもその人だったんだ。散々だった初出撃の後も、カールスラントの軍律に馴染めなくて泣いてたときも、いっつも側にいてくれたんて。そのうちにね……、えっと、いつも目で追うようになっちゃって」

俯いた姿勢からはその表情は伺えないが、ぽつりぽつりと呟くその言葉の端々から、エーリカの秘めていた気持ちの強さが伝わってきて、エイラは何故だか無性に恥ずかしさを覚えていた。
それをごまかすように続きを促す。

「す、好きになってたんだな?」

「…………」

柔らかな金髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっている。

「照れんなって! そうなんだろ?」

「……ぅん」

「ヒューッ!」

「もう! 茶化さないでくれよ!」

囃し立てるように口笛を吹いたエイラに対してエーリカは抗議の声をあげた。
もっとも紅潮したその顔色では、どれほど言ったところでエイラはにやにやとした笑みを深めるだけだったが。

「それに……」

「んっ?」

「その時の好き、と今の好き。なんか違うんだ」

「……どういうことだ?」

「昔はね、その人と一緒にいるだけで、考えるだけでここらへんがぽわーっとして幸せな気持ちになれたんだ」

「うんうん。考えるとぽわーっとな…………」

薄い胸を指さしながらエーリカが言った言葉に、エイラはこくこくと頷いた。何故ならその感覚はエイラにもよく分かるものだったからだ。

思わず、今朝間近で見たその寝顔が頭によぎり、エイラはそれをぶんぶんと頭を振って打ち消した。
しかし脳裏に強烈に焼き付いたその記憶は香りまで感じられるほど正確に思い出されてしまい、エイラは自身の頬が先程のエーリカに匹敵するほど熱く火照っていることを自覚した。

そんなエイラの奇行に気付く様子も無く独白は続く。

「でも、それに気付いてすぐにネウロイの攻勢が強くなって私たちはバラバラになった。再会したのはつい最近、501が結成された時だった。ずっと見てるって言ったろ? そしたらさ、やっぱり分かるんだよ。子供の私が気づかなかったその人の気持ちが。私がその人を見つめるのと同じくらい、その人が見つめてる人がいるって」

「ん? 待ってくれよ。その人の好きな人もまた一緒なのか?」

「……そうだよ」

(おいおい、中尉はぼかしてるけど、こんなのミーナ中佐か大尉のどっちかじゃないか……)

肯定の言葉に沈黙したエイラをよそにえーりかは更に言葉を続ける。
しかし先程まで見せていた恋する乙女の顔はもうすっかり消え失せ、その表情は何かに耐えるように強ばっている。

「今はね、苦しいんだ。温かい気持ちも昔と同じぐらいあるのに、その人のことを考えるだけで胸の奥が締め付けられるように苦しい。だって……その人は私のことをなんとも思ってないから。だからね、私……諦めたんだ」

「……え」

「あの人が幸せな方がいいって……そう思って、仲を取り持ったりしてさ」

「……中尉はそれで良かったのかよ。そいつのこと好きだったんだろ?」

「うん。それでいいって思った。あの人に自分の想いをしっかり遂げて欲しいって思えた。だって……わ、私っは」

「おい! 大丈夫か中尉?」

エーリカの手にぽたぽたと落ちる雫に気付いて、エイラは声をあげる。

「私はっ、……俺のことっもっ……ぐすっ……トゥルーデのこともっ……大好きッだから」

「中尉……」

零れ落ちる涙を止める術もなく、エーリカは途切れ途切れの言葉をなんとか搾り出していく。

「でもねっ……ダメっ、だったんだ。ずっと……そうしようって……思ってたことなのにっ、実際にやってみたら……、悲しくって悲しくって……一歩もっ進めなく……なっちゃって。……おかっ……しいっよね。わがままっだよっ……ね」

「中尉」

「勝手なっ……思いつきっ……で……二人共傷つけておいて! わたっ私っ」

「中尉!!」

「ひゃっ!!」

「中尉、私はさ……中尉が泣いてると悲しいぞ」

悲壮な表情で自分を責め立てるエーリカの言葉を遮って、エイラは言った。
その口調は常のどこか一歩引いたものではなく、母親が子供に言い聞かせるような、温かいものだった。

「私でさえそうなんだ、きっとその二人も悲しいに決まってる。多分、中尉は間違ってたんだ。中尉が二人のことを思いやる分だけ、向こうもきっと中尉のことを思ってる。だから中尉は、自分が幸せになることを考えていいんだ。ありったけの好意を素直にぶつけてみろよ。ずっと好きでしたって言ってみろよ。それで悩むのは、男の仕事だな」

「でも……。俺はトルゥーデのことが!」

「それでもだ! ……諦められないんだろ? じゃあそいつの気持ち位振り向かせてみろよ。ふたりとも幸せにして見せるくらい言ってみろよ」

「そんな……そんなの無理だよ!」

「ウィッチに不可能は無い! そうだろ撃墜王(エース)?」

そう言ってエイラは懐からハンカチを差し出した。
しかし、エーリカは再び俯いて動かない。
よく見れば、小刻みに震えている。不審に思いエイラは声を掛ける。

「中尉?」

「くっ……くふ……ははっははははっは」

「なっ! 何笑ってんだよー」

受け取ったハンカチで目元をぬぐいながらエーリカはけらけらと笑っている。
真っ赤に腫らした瞼は、零した涙が偽りでは無かったと示しているが、それでもそのあまりの変化にエイラは驚きを隠せない。

「素直に好意を伝えろ、なんてエイラに言われるとねー」

「どーいう意味だよ!」

「えへへー、秘密!」 

そう言うとエーリカはくるりと立ち上がるった。

「あっ、おい!」

「これ、借りていくね!」

ひらひらとハンカチを振りながら言う。
部屋の扉を開け風の様に去っていく。
乱暴に閉じられた扉の音を合図にしたように、エイラは脱力して椅子に腰掛けた。

「なんなんだよもー」

宛先を失ったその呟きに、しかし扉越しに声が返る。

「ありがとね……エイラ」

それは本当に小さな声で、返礼だとしたら、これだけ親身になってやって、お茶まで出してやったというのに全く割りに合わないと、エイラは思う。
しかし、小さくため息を突いて言う台詞は

「……今日だけだかんなー」

まったく彼女らしいものだった。

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最終更新:2011年03月30日 00:45
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