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全ての始まり(プロローグ)

 遡ること約600年前。時の天皇である後醍醐天皇は、鎌倉幕府の体制に不満を抱き2度討幕を企てるが失敗。光厳天皇が幕府に推されて即位し、後醍醐天皇は隠岐へ流された。しかし、後醍醐天皇は諦めなかった。
 後醍醐天皇の皇子である護良親王など反幕府勢力が結集し蜂起、天皇は隠岐を脱出する。天皇の呼びかけに応じて立ち上がる者が次第に増え、幕府軍であった足利尊氏も幕府を裏切った。
1333年、鎌倉幕府は滅亡。

 後醍醐天皇は京都へ戻り親政を開始したが、天皇の政策は武士たちの反感を買うものであった。足利尊氏は京都を落とし光明天皇を即位させた。後醍醐天皇は京都を逃れ、吉野の山中にこもり自分が正統の皇位であると主張し続けた。

これが有名な南北朝の動乱である。



 -----------1944年----------

 南北朝の動乱はまだ終わっていないと言っていいだろう。
 南北朝以前の国名は「日本」であったが、今は西日本と東日本で国が違う。南朝も北朝も互いに譲らず、国が分裂してしまったということだ。
 北朝は都を現在の東京に移し、南朝は京都に再び都を築いた。今では東京を首都とする扶桑皇国、京都を首都とする“京花帝国”である。
 現在、両国は友好的であるが国を統一する気は全くないらしい。600年経ったにもかかわらず互いに譲れないものがあるのだろう。




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最終更新:2011年05月05日 18:20
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