『買物』

車庫


シャーリー「お、僕中尉~ちょっと手伝ってくれないか~?」

朝食を済ませ、非番だが格納庫へ向かう途中でシャーリーに声を掛けられた。
軍用トラックの近くに宮藤とルッキーニ少尉がいるようだが、珍しく工具箱が近くにない。
何をしているんだろうか?

僕「何か用ですか?」

近づきながら訊いてみる。
後ろの2人が頻りに「買い物、買い物」と言っているようだから
どうやらトラックの改造では無いらしい。

シャーリー「今からローマまで買い物に行くんだけど
      念のためあたし達のストライカーを積んでいこうと思うんだ。
      ネウロイはいつ来るかわからないしな。飛行前点検をやってくれるか?」

なるほど、そういう事か。

僕「了ー解。今から3人分のストライカーを点検してから
  発進ユニットに積んで来ます。」
シャーリー「おう、任せたよ」

一旦手を振って分かれる。

僕「フム、3人分のストライカーと発進ユニットか…」

発進ユニットを含めて、どう考えても自分一人じゃ運べない重量だから
始業前までに先任あたりにも手伝ってもらおう。
そう考えて、格納庫への歩みを少しだけ早めた。


休憩所


マリオ「あ?ストライカーの飛行前点検?」
僕「そうだよ。イェーガー大尉がもしもの時に必要だから持って行きたいんだと。手伝ってくれるか?」

休憩所でコーヒーを飲んでいた先任に訊いてみた。
しばらくヒゲに手を当てて何事か考えた後に、先任の視線が僕の後ろあたりで止まった。

マリオ「…なぁ、お前今日は非番だったよな」

ヒゲに手を当てたまま訊き返される。

僕「ああ、そうだけど。どうした?」

後ろの壁に貼られた勤務表を見て答えると
手で微妙に隠された先任の口角が少し釣り上がったのが見えた。
目が何故か笑ってる様な気がする。

マリオ「…今から司令室に行って来い」
僕「…は?」
マリオ「詳しくは中佐が話す。いいから行って来いって」
僕「…了解」

絶対に何かを企んでる顔で言ってくれる。
一応同じ階級でも先に任地にいたほうが偉い。釈然としないまま司令室へと向かった。


僕中尉が退室してからしばらくして、椅子に座ったまま内線に手を伸ばして
司令室への内線番号を押す。上手くやってくれよ…

マリオ「あーもしもし、こちら整備中隊のビスレッリ技術中尉です…」


司令室


格納庫から5分ほど歩いて司令室に着いた。
襟を正してから司令室の扉を叩く。

ミーナ「…どうぞ」

部屋から中佐の声が聞こえた。

僕「失礼します」

扉を開けて司令室へ入る。
両手で扉を閉め、執務机から3m程の間合いで止まり、踵を合わせて敬礼。

僕「マリオ・ビスレッリ技術中尉の命令により司令室へ出向しました」
ミーナ「楽にしてもらってもいいわ。それにしても、彼は口がうまいわね…」

逆光で表情が読めないが、呆れたような口調で中佐が呟いた。
状況がいまいち掴めないので休めの姿勢で黙って次の言葉を待つ。

ミーナ「今さっき格納庫から掛って来た内線が、
    『買い物先での緊急出撃時の支援要員として技官を1名付けるべき。
    丁度ウチには腕の良い奴がいるから、そいつをお使い下さい』ですって。
    確かに出撃前の点検は重要よね?」

苦笑しているような口調で中佐が訊く。

僕「…はい、戦闘待機中にも整備兵はパイロットと同じ格納庫で
  待機しているので確かに必要ですね。先任の判断は間違っていないと思います」

技術屋兼整備兵の端くれとして答える。
整備、飛行前点検での不備で墜落したら、墜ちたパイロットも浮かばれないだろう。
中佐が僕を見つめたまま黙りこむ。何かを探るような目付きだ。僕も目を逸らさずに見つめ返す。
中佐の表情が急に緩んだ。

ミーナ「…扶桑の人って、皆似たような目をするのね」

眉をバレない程度に顰め、中佐の独り言の意図を考える。
尋問の時にも同じことを思ったが、ここの司令はいまいち出方がわからん。

ミーナ「今はそんなことは、どうでもいいわね……命令」

休めの体形から背筋を伸ばし踵を合わせ直して顎を引く。

ミーナ「僕技術中尉は、本日の買出し任務での緊急時おけるウィッチの出撃支援、
    及びストライカーユニットの点検、その他管理を命じます。何か質問は?」
僕「いいえ、ありません」

非番が中佐公認で勤務に早変わりか。部屋に篭って製図しているよりも健康的だし構わないか。
あと時間があったら私物を買おう。

ミーナ「あと、この書類に記名してちょうだい」

中佐が机の引き出しから1枚の書類を取り出した。受け取って、ひと通り目を通す。
端的に要約すれば
『任務中にウィッチに手を出したら(運が悪いと)クビが飛ぶよ』
という内容だった。

僕「…まぁ、そりゃそうですよね」

一緒に受け取った万年筆で記名欄に僕の署名を書く。判子はいらないそうだ。
書き終えて中佐に渡すとニッコリと笑い

ミーナ「それじゃ、頑張ってね」

と言った。
何か裏のあるような笑みだったなと思いつつ、司令室を後にして車庫へ向かった。


トラック助手席


シャーリー「~♪」

先程から隣の運転席でシャーリーが鼻歌を歌っている。
曲名は分からないが機嫌が良さそうだ。
僕はというと、窓を開けて頬杖を突き助手席からの景色をみている。
ロマーニャと扶桑では花の色合いが違うんだな。いい景色だ。

シャーリー「それにしてもさー、中佐がよく同行を許可してくれたよなー?」

不意に鼻歌を止め、前を向いたままのシャーリーが僕に訊いた。

僕「中佐がマリオは口が上手いって呆れてたよ。
  アイツの口八丁に丸め込まれた、ってところじゃないの?」

外に向けていた顔を車内に戻して答える。非番が勤務に変わっても別に悪いことではない。
むしろ、久しぶりに基地の外へ出られるだけありがたいと思う。
たった5分で中佐を説得できるマリオの話術に改めて舌を巻いた。

シャーリー「あー、確かにそーゆー節がありそうなヤツだったなー。
      あたしも口説かれそうになったし。ロマーニャ人って皆あんなのばっかりなのか?」
僕「さぁ?」

…あの基地の規則はちゃんと機能しているのだろうか?
とりあえず、肩まで両手を上げて『わからん』と伝えた。
話すことが無くなったのかシャーリーは鼻歌を再開して、僕は景色を眺める。
そろそろ峠に差し掛かるのだろう、左右の景色が険しくなってきた。

シャーリー「前方見通しよーし、対向車なし。フフフッ…」
僕「?」

運転席から怪しげな声がして視線を窓の外から車内に戻すと
ハンドルを握るシャーリーが不敵な笑みを浮かべたのが見えた。
クラッチを踏んだのかエンジン音が一瞬吹け上がり、手元のシフトレバーをトップまで一気に入れる。

僕「おい、まさか…」

そう呟いた瞬間にクラッチが噛み付いたのかトラックが急加速し始め

シャーリー「行っけぇぇぇぇぇ!!」

楽しそうなシャーリーの声で地獄の峠越えが始まった。


トラック荷台


僕「おぇ……久しぶりに車酔いした…」

荷台の発進ユニットに凭れかかったまま呟いた。

僕「誰だよ、『運転手は神様だ』って言い始めたヤツ…」

絶対、他人が運転する自動車に乗ったことが無い人間だろう。
世の中には美人でスピード狂な神様もいるときた。
誰が言ったかは知らないが『事実は小説よりも奇なり』とはよく言ったものだと思う。

僕「だいぶ運転も落ち着いたか…」

助手席から這々の体で後ろの荷台に乗り換えてから運転が落ち着いてきた。
荷台で転げまわらないようにとの配慮からだろうか。

僕「…いや、ローマに近づいたからか」

幌の外から見える景色がローマ郊外の街並みで賑やかくなってきた。

僕「もう少し休もう…」

まだ目的地に着くまで時間があるだろう。
そう思ってから眼を閉じて眠ることにした。


雑貨店前


シャーリー「ここでいいのか?」
ルッキーニ「うん!ここなら大抵のものは揃ってるんだ」

雑貨店の前にトラックを止めてルッキーニに尋ねると、自信満々な答えが返ってきた。
うん、大丈夫そうだな。

シャーリー「あたしは後ろの僕中尉を見てくるから、先に頼まれたものを見といてくれー」
宮藤「はーい!」

宮藤が遠足に来た子供のような返事をすると、店の中へルッキーニと入っていった。
後ろの荷台に回りこんで、僕中尉の生存確認をしてみる。

シャーリー「おーい、生きてるかー?」
僕「…生きてるよ」

発進ユニットに凭れかかったままの中尉が、手をヒラヒラと振っているのが見えた。
よかった、ちゃんと生きてる。

シャーリー「すぐそこの店で買物をするから、ストライカーの管理は任せたよ。
       何か欲しい物はあるか?」

奥にいる僕中尉に訊いてみると

僕「煙草…いや、サクマ式ドロップスがあればそれでいいや」
シャーリー「『さくましきどろっぷす』を買えばいいんだな?」
僕「ああ…赤と黒の缶入りの飴だ…」

僕中尉がそう言って弱々しげに這ってきて、出口にいるあたしに紙幣を幾らか渡してきた。
…帰りの運転は大人しくしておこう。中尉がちょっと気の毒だ。

シャーリー「わかった、ゆっくり休んでてな」
僕「そうしとくよ…」

そう言って荷台の奥の方へ這うようにして戻って行った。
帰るまでに回復しているだろうか?
中尉の体調が気になったが、まず買い物をしようと思い雑貨店へ入った。


雑貨店


宮藤「わ~!すご~い!」

扉を開けて店の中へ入ると、先にいた宮藤が目を輝かせてはしゃいでいた。
店の中にある商品が綺麗な宝石にでも見えるかのように言う。

シャーリー「あんまりはしゃぐなよー。一応任務だからなー」
宮藤「はーい!」

任務とはいえ嬉しいのはあたしも同じか。

シャーリー「じゃあ、宮藤は紅茶と花の種と枕、ルッキーニはお菓子を探しといてくれ。
      あたしはラジオとか見繕っておくよ。」
宮藤&ルッキーニ「りょうかーい!」

3人で固まって動くよりも手分けして探したほうが早いだろう。
適当にそれぞれ探すものを分けて買い物をすることにした。

宮藤「えっと…」
シャーリー「ラジオはこれだな…」

宮藤のすぐ側でラジオを見つけたので手に取ってみる。
大き過ぎず小さ過ぎず、調度良いサイズなのでこれにしようか。

ルッキーニ「これあたしの♪」
シャーリー「ハルトマンの分も忘れるなよ?あ、ルッキーニ、これ持っててくれ」

ルッキーニがカゴ一杯にお菓子を詰め込んで渡してきた。
あれだけ詰め込んでいればハルトマンの分もあるだろうけど、一応訊いてみる。
ついでに右腕に下げたずだ袋を渡す。

宮藤「紅茶とお花とお洋服と…」

宮藤が立ち上がって洋服コーナーへ歩いて行った。気になって後ろをついて行く。
洋服コーナーで宮藤がしばらく選んだ末に、自分の肩と洋服の肩を当てて寸法を測っていた。

シャーリー「おおー似合ってるなー、宮藤?」
宮藤「いえ、バルクホルンさんに頼まれたやつです」

歳相応の可愛らしい服だったので褒めてみると、予想の斜め上の返事が返ってきた。

シャーリー「え?えぇえぇ?これを?アイツが!?」

あの堅物軍人が?嘘だろ?
服と宮藤の顔を見比べてバルクホルンがこれを着ている姿を想像してみるが

シャーリー「ダーハッハッハッハ!」

ダメだ、想像しただけで腹が痛くなるほど釣り合わない。
バルクホルンには失礼だが、お腹を抱えて笑ってしまう。

宮藤「え、違いますよ!これは妹のクリスさんが着るんですよ!」
シャーリー「い、息が、苦しい…」
宮藤「だーかーらー違いますってばー!」
シャーリー「あ、ありえない、ありえないって!」

そうだとしてもあの姿を想像するたびに笑いが止まらなくなりそうだ。
基地に戻っても多分、バルクホルンを見るたびに、思い出し笑いを抑えることになるだろう。

シャーリー「は、腹いて…ところで、『さくましきどろっぷす』って知ってるか?」
宮藤「『サクマ式ドロップス』ですか?扶桑の飴ですよね」

ひとしきり笑った後、お腹を抑えながら宮藤に訊いてみるとすぐに返事が返ってきた。
扶桑ではメジャーなものらしい。

シャーリー「ああ、荷台にいる中尉が買ってきてくれってさ」
宮藤「へぇ~僕中尉さんって甘いもの好きなんですね」

宮藤が意外そうな顔をした。

そういえば、ココアを飲んだ時もスプーンに山のように砂糖を掬ってたな。
意外と甘党なのか。ケーキとかも好きなのかな。

シャーリー「赤と黒の缶に入ってるって言ってたんだけど、どんな物か分かるか?」
宮藤「見れば分かると思いますよー」

お菓子の並んでいる棚へ歩いて行く。それと思しき缶が棚の隅のほうに少しだけ残っていた。

宮藤「これです!」

手に取ってあたしにそれを渡してきた。初めて見るものなので、裏表をひっくり返したりしてみる。
缶は手のひらぐらいの大きさで、赤地に太い黒帯の中に
デフォルメされた果物のイラストが入っている。

シャーリー「ふぅん、これって美味いのか?」
宮藤「とってもおいしいんですよ!扶桑にいたときはよくみっちゃんと食べてました」

案外、暗めな配色の外装だったので気になって宮藤に訊いてみると
遠い扶桑を思い出すかのように宮藤が答えた。
宮藤が美味いって言うぐらいだから美味いのだろう。 帰りのトラックで分けてもらうか。
そう考えてから、会計をするためにルッキーニを呼んでみる。

シャーリー「おーい、ルッキーニ~」

猫まっしぐら、で駆け寄ってくる様子がない。
あれ、今さっきまで座っていたはずの椅子にルッキーニがいない。

シャーリー「ルッキーニを見なかったか?」
宮藤「え?椅子に座ってたはずなんじゃ…」

心配になって宮藤に訊いてみるが、同じように椅子の方を見て黙り込んだ。
そして、あたしと同じ結論に至ったらしく

宮藤「…店の中だけでも探してみましょう」

2人で手分けして、会計の前に店の中を隅から隅まで探してみたが

シャーリー&宮藤「ルッキーニ(ちゃん)が、いない(いません)!」

一応ここの物は買えるけど、残りのお金が食料を買えるだけ残っていない。困ったな…


『捜索』へ続く

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最終更新:2011年10月12日 23:03
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