<翌日>
~大洞窟 地底湖~
「この崖を登るのか?」
昨日飛びおりた崖のふもとに俺とマルセイユはいた。
「ええ、そうです。出口はあそこ以外しらないし、
ここらへん一帯を歩きまわりましたけど上に行けそうな道はありませんでしたから。」
「そっか……仕方ないか。」
「ええ、仕方ありません。だから、はい。」
そういって俺はマルセイユに向かって背中を向けてしゃがむ。
「……何をしてるんだ?」
「なにって、ティナさんをおぶるんですよ。まだ体が本調子じゃないでしょう?」
たしかに一晩寝たことで昨日よりは体調が良く、歩くことも出来るが、
いまだに手足に痺れが残っているのも事実だ。
「それに、昨日のことでさらに負担が増えてるでしょう?その、特に腰が///」
そういって俺はあさっての方向に顔を向ける。
マルセイユは顔を赤らめながら自身の体調を改めて調べなおした。
腰はたしかに痛かった。それだけでなく股にはまだ何か挟まってるような違和感がある。
昨日はシた回数は7回。いささか自分でもやりすぎたかもしれないと思った。
「///……わかった、頼む。」
そういってマルセイユが俺におぶさろうとしたその時
「っ!ティナさん、危ない!!」
突然遥か上の天井が崩れたのだ、
岩と砂が地底湖に着水して波がふたりに襲い掛かる。
「くぅっ!」
マルセイユがとっさに張ったシールドのおかげでふたりは無事ですんだ。
「いったい何が?」
「ティナさん、あれ見てください。」
俺が天井を指差していう。
「あれは……」
~サハラ砂漠 上空~
「みつからないわね、入り口。」
圭子がそういってため息をもらす。
昨日の晩、マティルダにマルセイユたちが生きていると聞かされた将軍達は、
朝一番でその旨をオアシス中に発表した。
そして、彼女達をみつけるための志願者を募ると、なんとオアシスの兵士全員が手を上げた。
それどころではなく、情報を聞きつけたアフリカ全将兵が、ふたりの捜索に全力をあげることを誓った。
おかげで、マティルダがだいたいの場所をつかんでいることもあり、
いったんは地下に潜る入り口を見つけることが出来たのだが、それが問題だった。
なんとその入り口は入ってすぐに崩落しており、それ以上先に進めなかったのだ。
崩落は意図的に行われた形跡があった。おそらくあのネウロイのしわざだろう。
そのため自分達は他の入り口を探すしかなかったのであるが、これが一向に見つからなかった。
「はぁ、こうしてる間にもふたりがどうなってるかわからないのに……」
自分の無力さにいらだつ圭子。その彼女に声をかけたものがいた。
「ケイ!ちょっと来てちょうだい。」
ライーサである。
彼女はマルセイユと俺が消えたのは自分が不甲斐なかったせいだ、
とオアシスのテントで塞ぎこんでいたが、
将軍達の発表を聞いてからは、休む間を惜しんでこの砂漠の空を飛んでいた。
「どうしたの?」
「マティルダがティナたちを見つけたって言ってるの!」
「!!……わかった案内して。」
ライーサに続いて飛んでいくと砂漠の真ん中に、
ウィッチ隊やマルセイユを探すのに手伝ってくれているオアシスのみんなが集まっていた。
「ハンナたちを見つけたって聞いたけどどういうこと?
ふたりとも地下にいるんじゃなかったの?」
「ああ、そうだ。鷲の使いと少年は地の底にいる。」
圭子に尋ねられたマティルダがそう言った。
「それじゃあ……なぜこんなところで集まってるのかしら?」
「それはこの下にふたりがいるからだ。」
「は?この下!?」
「そうだ、この真下に鷲の使いたちはいるのだ、おいそこのお前。」
「は、はいなんでしょう!」
突然呼びつけられて驚いた真美が答える。
「この下の岩は他のところよりも薄い。
お前の力ならこの下に通じる道を作れるはずだ。頼めるか?」
マティルダは真美の手に持たれた40mm対空砲を指してそういった。
「……わかりました、やってみます!みなさんは安全なところまで下がっててください。」
そういって真美は上昇を始める。
砲弾の威力に急降下での落下のエネルギーを加算するためだ。
適当な高度に達した後、砲を真下に向けてかまえる。
「すぅ……はぁ……よし。」
深呼吸して精神を集中させ、魔法力を手に持つ砲に魔法力を込めていく。
砲身に、ことさら砲弾にその魔法力を自身の制御力の限界を詰め込んだ。
「……行きます!」
掛け声とともにストライカーの推力を下にむけて急降下を始める。
そしてぴったりと狙いをあわせて引き金を引いた。
「でゃああぁぁあああああ!!」
撃ち出された砲弾は戦艦の主砲にも匹敵するほどの威力をもって地面に突き刺さり、
ドゴオオォオオンン!!!
その下の岩盤をも打ち砕いた。穴は次第に広がり、砂がなかに流れ込んで行く。
「やった!」
「すごい……」
「へぇ~やるもんだねぇ」
その光景にみんなが口々に称賛を口にする。
「……よし、これからマルセイユたちの救助のためにあの穴に飛び込むわ。
ライーサ、準備はいい?」
「いつでも!」
「それじゃぁ、突入!!」
~大洞窟 地底湖~
「ケイ!ライーサ!」
「いったいどうして?」
天井に開いた穴から飛び込んできたものの正体にマルセイユたちは驚きの声を上げる。
「マティルダのおかげよ、彼女があなた達の居場所を特定してくれたの、あの穴は真美のおかげね。」
「ティナ……ふたりともほんとに無事でよかった!」
感激したライーサの瞳からは嬉し涙があふれ出している。
「うん、俺のおかげでね。じゃぁふたりとも、ここから出してくれないか?」
「わかったわ、いま……危ない!」
4人にむけて一条の光線が打ち込まれる。
咄嗟に張ったライーサのシールドがそれを弾いたことで全員無事ですんだ。
「あれは!」
圭子の視線の先を辿ってみると、
「KYSYAAAAA!!!!!」
そこにはあのネウロイが壁の一部を突き破ってこちらに顔を覗かせていた。
ソレは怒りに満ちていた。
やっとミツケタ!それは自分の視界に捉えたものをみてそう思った。
あのいまいましい小物にご馳走を奪われてからずっと、
マナの波動をたよりに探し続けていたがようやく見つけることが出来た。
よくみるとあのウィッチのほかに2体ウィッチがいるのがわかった。
この怒りを納めるにはあのウィッチだけじゃ足りない。
あの2体も捕まえて喰ってやる!
そう激情に囚われながら目の前の壁の残りを破壊することを始めた。
「ちぃ、こんなときに!」
悪態をつき歯噛みする圭子そんな彼女に俺が声をかける。
「……圭子さん、ライーサさん、ティナさんを連れて先に脱出してください。」
「何をする気?」
聞かなくてもわかってはいたがそれでも尋ねてしまう。
「僕があいつを抑えます。その間に逃げてください。」
真剣に、覚悟を決めた表情で俺がそういった。
「駄目だ!!」
「ティナ?」
俺の言葉にマルセイユが声を荒げる。
「ひとりで残るなんて、そんなの駄目だ!俺も一緒に行こう?」
親においていかれそうになってその足に縋りつく子どものような表情で彼女はそういった。
「そうですね……そうしたいです。」
「なら、」
「でも駄目なんです。」
マルセイユの声をさえぎって俺が続ける。
「今逃げようとすればあいつは必ずビームを撃ってきます。
圭子さんはシールドが張れないし、いまのティナさんのでは強度不足です。
ライーサさんだけじゃ全員を守りきることはできませんから、
だれかがのこって足止めする必要があるんです。」
こうしている間にもどんどんネウロイは壁を壊していく。
「でも、だからって俺を残して行くなんて、そんなの嫌だ!」
「……ありがとう。でももう時間がありません。おふたりとも、ティナさんをお願いします。」
「……わかったわ、すぐ迎えに戻ってくるからそれまで待ってて。さぁハンナ、行くわよ。」
「いやっ、絶対に嫌ぁ!!」
「ティナさん!お願いです。あとでどんなことでもしますから……だから……」
駄々をこねる彼女に俺は必死に頼み込む。
しばらくして、ようやくマルセイユは現状を認めた。
「……わかった。絶対だからな、絶対、生きて帰ってきて……」
「はい、約束です……では、彼女をお願いします。」
「分かった、気をつけてね。」
そういってライーサにマルセイユを抱えて、圭子とともこの地底湖から脱出していった。
「SYAAAAAAAA!!!!」
ようやく壁を全て取り払ったネウロイが触手をマルセイユたちに飛ばそうとする。
が、
「はあぁぁあああああ!!」
俺がその触手をハンマーで叩き落して阻止する。
そのあいだに彼女達は地上を目指して上昇していった。
「GYAAAA!!」
ネウロイはそれ見て悔しそうに叫んだあと、自身を邪魔した俺に憎悪を振り向けた。
「さぁ、お前の相手はこの僕だ!しばらくの間付き合ってもらうぞ!!」
俺はハンマーを背負いなおすと、ネウロイに向かって駆け出した。
~地上~
俺の足止めのおかげで無事に地上に出る。
地上にでると、マルセイユの姿を確認したアフリカの将兵たちに歓声があがった。
ライーサは圭子にマルセイユを預け、再び穴の中に飛び込もうとする。
「!!」
しかしそれは出来なかった。
自分達を追って穴の中から無数の小型ネウロイが飛び出してきたのだ。
それ自体と、それの迎撃のために飛び交う砲弾のせいで穴に近づくことすら出来ない。
「俺君……無事だといいけど……」
とにかく彼を助けに戻るにはあれをなんとかしなくてはならない。
そのためにも、彼女は目の前の激戦地に飛び込んでいくのだった。
~地下~
「でぇええりゃ!」
一振り、また一振りと俺はハンマーを叩きつけていく。
そのたびにネウロイの触手は吹き飛び、断ち切られるが、隙をみつけて俺もまた吹き飛ばされる。
「ぐはっ、はぁ、はぁ、うぉおおお!!」
全身をバラバラにされるような衝撃に耐え、かつて与えられた超回復能力で傷を修復して
ふたたび立ち向かう。しかし時間が経つにつれて回避よりも被弾の割合のほうがふえてくる。
「まだまだぁ!!」
このままやっていてはいずれ負けるかもしれない。
でも天井の出入り口があの状態じゃ援軍も脱出も望み薄だ、
そうなるとなんとか自分だけで目の前の奴を倒さなくてはならない。
「ぐぅ、うわっ!」
撃ち出されたビームを避わしきれず、ハンマーで受け止める。
膨大なエネルギーを受け止めたハンマーは耐え切れず爆散した。
「 !! しまったっ、ぐおっ」
その爆発で体勢が崩れた俺をネウロイの触手がとらえ締め上げる。
ソレは苛立っていた。
けっきょくウィッチたちは取り逃がし、いまも取り返そうとしているが上手く行かない。
しかしようやくあの忌々しい小物を捕らえることができた。
こいつは恨みもこめてじっくりと咀嚼してやってかけらも残さず養分にしてやる。
そう決めてソレは俺をもち上げ口元へと持っていった。
「クソ、どじった。さっさと離せ!!」
俺はかろうじて動かせる手を使って手榴弾を取り出し、安全ピンを抜こうとする。
この手榴弾は対ネウロイ用の特別なものでふつうのものよりずっと爆発力がある。
数日前知り合ったとある人がくれたものだ。
これで自分もろとも触手を吹き飛ばそうとしたが、その前に動きがあった。
「な、何を……ああ、そういうことか……僕を食べる気だな。」
目の前には口を大きく開けて自分を飲み込まんとするネウロイがいた。
その口の奥にコアの輝きがみえる。
それを見て俺は嘲笑った。
「ははは、馬鹿め、弱点を自分からさらしてくれるとはね。」
そういって手に持った手榴弾をネウロイの口の中に放り込んだ。
「そういえば、こういうときはいい言葉があるってパットンのおじさんが言ってたっけ。
なんていうんだっけな、ああそうそう……アスタラビスタ(地獄で会おうぜ)ベイベー!」
ドゴォォオオオオンンンン!!!!
弾殻にしこまれたヒヒイロカネが、炸薬に染み込んだ聖油の魔力を帯びて強力な刃となり、
ネウロイのコアを粉みじんに消し飛ばす。
その瞬間、今まで欲望の赴くままにマナを喰らってきたネウロイ溜め込んだエネルギーが暴走し、
とてつもない爆発を引き起こす。
爆発の衝撃で洞窟全体にヒビが入り、洞窟が崩落をはじめた。
俺はその爆発で吹き飛び、壁に打ち付けられると崩れてきた岩に足を挟まれる。
それだけでは済まず、頭の上から自身を押しつぶすには十分すぎるほどの岩が振ってきた。
「あちゃぁ、これは……ごめんティナさん、約束、守れそうにないや……」
そういって俺は目を閉じてくるだろう衝撃にそなえるのだった。
~地上~
「くっ、きりがない!!」
穴から這い出してくるネウロイたちは叩いても叩いても次から次へとゴキブリのように
あらわれる。迎撃にあたっていたウィッチたちに目立った被害はないが、
オアシスの通常戦力部隊にはかなりの被害がではじめている。その時……
ゴオオォォオオオンンン!!
とても大きな音が突然あたりに響き渡り渡った。
その爆音とともに穴から光が吹きだし、それと同時にネウロイたちが形を崩して消滅していく。
「なにが起こったの……?」
圭子が呆然として呟く。
「決まってるさ、俺がネウロイを倒したんだ!」
その彼女にマルセイユが嬉しそうに言った。
「そっか……じゃぁ彼をこの地上に戻してあげなきゃね。」
「ああ、そうしようって……うそ……」
視線を戻した先にある例の穴の付近で異変が起きる。
穴の周辺に大きなヒビが入り、なおも拡大していく。
そしてそのひび割れた部分から崩落を始めたのだ。
「地面が崩れるぞ!総員退避ーー!!」
周囲に展開していた地上部隊が一斉に後退する。
「あ、ああ……助けなきゃ……俺を、俺を助けなきゃ!」
「は、ハンナ!もう無理よ!!」
圭子は手を伸ばしてうわごとのように呟きながら、
自身の腕の中から這い出ようとするマルセイユを押しとどめる。
「そんなことない!今からでも間に合うから、ねぇケイお願い!」
「ハンナ……いいえ、無理よ。
あそこまで崩れてしまったらあの下にいた彼はもう……」
「うそ、うそ、うそっ!だって俺は約束してくれたもの、
絶対に生きて帰ってくるって、なんでもしてくれるって……」
「ハンナ……」
泣き崩れてしまう彼女に圭子はかける言葉をもたなかった。
再び視線を地上に戻すと、大きく陥没した地面に砂が流れ込み、再び何もなかったかのように埋まっていく光景が拡がっていた。
「うそつき……俺の、大嘘つきいいいぃっ!!」
マルセイユの悲痛な叫びがこの青く澄んだサハラの空を駆け巡っていった。
<1942年 10月 某日>
~エジプト カイロ連合軍軍病院~
「ハッ!……はぁ、はぁ……夢、か……」
病院のベットに横たわりながらマルセイユが呟く。
ここはエジプトのカイロ市内にある病院で、
自分はつい先日新型ストライカーを使って戦闘中に事故にあい、
この病院に運び込まれたのだ。
「もう何度目かな、あのときの夢をみるのは……」
体を起こしてベットの頭の部分の淵に寄りかかるように座りながらそう呟く。
あのとき、結局俺は帰ってこなかった。
自分だけでも助かったことに周りのみんなはよかったと口々に言ってくれたが、
自分にはそうは思えなかった。
それからだった。
医療魔法による治療を受けて、
ケイやライーサが止めるのも無視してすぐに戦場に戻り、
あんなに大好きだった酒もタバコもやる暇を惜しんでただひたすらに戦場の空を飛び続けた。
そうしていないと、悲しみで押しつぶされそうだったから。
現に何度も今の夢をみて夜中に飛び起き、そのたびに疲れ果てるまで泣いていた。
そうしているうちに撃墜スコアは伸び、
スエズ奪回作戦「スフィンクス」では、
一日の撃墜記録を更新するほどの鬼神のような戦いぶりを見せつけ、
戦場の兵士達を勇気付けることになり、結果、スエズは奪還され、カイロは解放された。
その戦績を称えられて階級も中尉から大尉に昇進したが、
自分は何一つ嬉しくなかった。
昇進祝いとして新型ストライカーが贈られてきて、
そのあとすぐに戦闘になったためにそのストライカーを使って戦場に向かったが、
その戦場で自身の使い魔が死んでしまった。
幼い頃に契約し、かなりの老齢であったあの気高い大鷲は、
ひたすらに戦場に出続けるマルセイユに文句もつけずに付き従い、その負担に耐え、
そしてその結果、彼は自身の寿命を使い果たしてしまった。
使い魔のサポートを受けられなくなった自分は魔法力を暴走させて気絶し、
ライーサたちに抱えられるようにして戦場を離脱したのだった。
「もう、戦うことも出来ないんだな……これから、どうしよう……」
ベットのシーツを握り締めてそう呟く、
使い魔の大鷲を失ってしまった悲しみはたしかにある、
だがそれ以上にあのとき俺を助けられなかった悲しみがいまでも彼女に襲い掛かっている。
でももうそれを誤魔化すこともできないのだ。それが怖かった。
しばらくそう考えていると、コンコンと部屋のドアをノックする音がした。
「誰?……はいっていいぞ」
その言葉をうけて部屋のドアが開く。
「こんにちはハンナ、気分はどうかしら?」
入ってきたのは圭子だった。
「ケイか……なんの用?」
「お見舞いにきまってるでしょ。
ついでにあなたの容態について医者の先生から聞いてきたわ。
そうとう無理してたらしいわね。」
「……」
そういわれても、事実ゆえになにも言い返せないマルセイユはだまりこんでしまった。
「はぁ、気持ちはわからなくもないわ……ずっと荒れてたものね。
でももう無理はやめてちょうだい……もうあなただけの命じゃないんだから。」
「えっ……?」
心のそこから心配してくれることがわかる感じでケイが自分を諭してくれた。
が、そのなかに含まれていた違和感にマルセイユが疑問の声をあげる。
「私だけの命じゃないって、どういうこと?」
「気づいてなかったの?まったく……三ヶ月よ。」
「三ヶ月?」
なおも疑問を発するマルセイユに圭子は苛立ちながら言い放つ。
「妊娠三ヶ月!まったくほんとに自覚してなかったの、あなた!?」
「ええっ!?そんな、なんで?」
「なんでって、そりゃ、やることやったからでしょうが。」
「そんな……だってまだ一回しか!……まさかそれが?」
「心当たりあるのね……相手は俺、でしょ?」
こくり、とマルセイユは頷く。
あのとき抱いてもらったときの種が自分の中に芽生えているなんて、思いもしてなかった。
「……そっか、そうなんだ……わたし、ひとりじゃなかったんだね。」
自分のお腹をなでながら、マルセイユは涙を流す。
その涙はいままでのような悲しみからのものでなく、
彼が自分に残してくれたものに対する嬉しさから流れるものだ。
「まったく……みんなハンナのことずっと心配してたんだからそれはないんじゃない?」
ま、仕方ないのかもしれなかったけど、
といいながら圭子は今日何度目かになるため息をついた。
「ごめん……でも、私お母さんになっちゃうのか、これはもう泣いてらんないな。」
マルセイユの顔にかつての大胆不敵な笑みが帰ってくる。
「ええ、そうよ。ハンナお母さん?」
その表情に圭子も笑みで返したのだった。
1942年11月、晴れて病院を退院したマルセイユは、
ウィッチとしての戦闘能力の喪失を理由に、
周囲に惜しまれながらも軍を退役し、ノイエ・カールスラントにその身を移した。
その2年後、新たな使い魔と契約を交わした彼女は再び軍に復帰。
再編された統合戦闘団「アフリカ」に戻ってくる。
帰ってきた彼女はそれまでのブランクを感じさせないほどの強さでふたたびアフリカの空
を駆け巡った。
ある時、とあるゴシップ紙の記者が、この「アフリカ」を取材した際、
マルセイユが、彼女に似た幼子を抱えてあやしていたのを目撃したが、
彼女の周りの説得(脅迫)によりそれを記事にすることはなかった。
これにて
不死身の少年と砂漠の星の物語は幕を閉じる……かにみえた。
<1945年 ロマーニャ>
~501戦隊基地 エントランス~
今日この日、この場所ではひとりの少女が箒を片手に掃除をしていた。
彼女の名前は、宮藤芳佳。
この基地に所属する501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」のメンバーだ。
その彼女は現在、情けない表情で箒を左右に振っている。
「とほほ、なんでこうなっちゃうのかなぁ……」
彼女は先日、地中海で襲撃を受けた扶桑国遣欧艦隊を救う際に、
無断で新型のストライカー「震電」を使用した。
結果艦隊の損害は軽微で済んだのだが、彼女の無断借用を罰しないわけにはいかない。
そうして彼女は上官である坂本から、基地中の掃除を命ぜられたのだった。
「いくら罰だからって、この基地全部は広すぎるよ~(泣)」
とはいえ、いくら文句をいっても始まらないので続きをはじめる。
その時だった……
ガサッ
「ふぇ?」
ガサガサッ
突然彼女の近くの茂みが動き出したのだ。
「な、何?だ、誰かいるんですか!?」
手に持った箒を握り締めながら茂みにむかって問いかけてみる。
すると茂みの向こうからぼろぼろの服とマントをまとった男が現れたのだ。
「だ、誰?」
「うあ~っ、やっと人に会えた!
すみません、ちょっと道に迷っちゃって、
よければアフリカのトブルクまでの道を教えてもらえませんか?」
「……はい?」
芳佳は一瞬何を言われたのかわからなかった。なので問いかけてみることにする。
「あの、アフリカって……」
「はい、あ、申し遅れました。僕の名前は「俺」統合戦闘団「アフリカ」の者です。どうぞよろしく」
「はぁ、こちらこそ?」
それは、マルセイユがこの基地にやってくる、3時間前の出来事だった。
最終更新:2010年11月02日 16:17