1946年8月某日
扶桑上空、B17G機内
シャーリー「……んあ゛ー、暇だ~」
備え付けの座席に座ったまま、凝った体を解そうと呻きながら伸びをした。
あたしは今、オキナワから爆撃機に乗ってヨコスカまでの退屈な空の旅を楽しんでいる。
シャーリー「長い時間椅子に座ってると、ホント色んなとこが凝るな~」
お世辞にも快適とは言えない座席から立ち上って首やら肩を回して解す。
関節がゴキゴキと鳴るのが分かった。さっきから暇すぎて何もすることがない。
シャーリー「…ヘイ、キャプテン。ヨコスカまでは後どれくらいだ?」
「あー……もうすぐだ」
機長席に向けて訊いてみるが、素っ気ない声が帰ってきた。
シャーリー「…それ、1時間前も同じ事言ってなかったか?」
「ボマーなんて飛行時間の殆どが飛んでるだけだから、1時間も10時間も変わらんよ。
1時間もすりゃ目的地に着くと思っておけば、世は事もなしだ」
それにネウロイに追い掛け回されるってこともないしな、と機長が付け加えた。
シャーリー「あー…さいですか」
ハァと溜息を付いて、鳥籠のような機窓から景色を覗いた。
木の緑と海の青を湛えた地面と、入道雲と夏の空が見える。
もうじき着くのか、軍事施設特有のコンクリートの灰色がじわじわと増えてくると
前方から2人のウィッチが飛んできた。
<<こちら相模1番。シエラ1、横須賀へようこそ!飛行場まで案内します>>
「こちらシエラ1、了解だ。扶桑は色々とご丁寧だな」
機長が答えると前方を飛んでいた2人が左右にブレイク。
側窓から外を見ると、機体の左右を並行して飛んでいるようだ。
管制からの無線が騒がしくなり始めた。
「大尉、そろそろシートベルトの準備を」
シャーリー「はいよー」
副機長に急かされて、元いた座席に座ってベルトを締めた。
機内の床がゆっくりと右に傾いて、上向きのGが緩く掛かる。
スロットルを絞っているのか、エンジン音が小さくなり始めた。
ここからは見えないが操縦席からは滑走路が見えるのだろう。
「フラップダウン」
「了解。フラップダウン」
着陸体勢に入ると機長が宣言して副機長が復唱。フラップの作動音が外から聞こえる。
同じように着陸脚の作動音がした。機首が持ち上がる。タイヤが滑走路を掴んで減速。
滑走路内で自動車が走るぐらいにスピードを落とす。
最後にトロトロとタキシングしてエプロンで止まった。
「イェーガー大尉、到着です。よい旅を」
シャーリー「サンキュー。要件が済んだら観光でもしてくるよ」
「それじゃ、フソウ土産を期待してますよ」
副機長と軽口を叩いて後部乗降口を開けると
湿気を含んだ熱気と夏の日差しが、あたしを出迎えた。
シャーリー「…さて、会いに行きますか」
ぼんやりと呟いてからタラップを降りる。手荷物の入った雑嚢を担いで、目的の建物に向かった。
横須賀海軍基地、空技廠の片隅
「中尉、起きてください!時間ですよ!」
僕「…………んぁ?」
誰かに揺すられて寝ぼけながら目を開けると、目の前に神経質そうな兵曹の顔があった。
「だから、お客様が来る15分前ですってば!寝ぼけたアホ面晒して面会とか止めて下さい!」
僕「ん~……あー、了ー解だ」
起こされた理由に納得して、よっこらしょと言いながらソファから背中を起こす。
天井に取り付けられた扇風機がカラカラと首を振りながら回っていて
正面にある窓からは夏の日差しが差し込んでいる。よくもまぁ、こんな眩しくてクソ暑い所で寝られたものだ。
僕「懐かしい夢を見たな……」
口の端から垂れた涎を拭き拭き、目を瞬かせながら呟いた。
501JFWに技術士官として派遣された時の記憶の夢だった。
僕「あれからもう1年か…?」
固いソファから立ち上がって更衣室に向かう。
寝汗と機械油で薄汚れた作業着で客人に会うわけにもいかない。顔も洗いたい。
更衣室のドアを開けて、部屋の隅にある錆びついたロッカーの鍵を開け
取り敢えず士官用の防暑衣に着替えた。
開襟シャツの釦を下から1つずつ掛け違わないように止める。
見る見るうちに寝ぼけ面の扶桑海軍士官が鏡に映っていく。
捻った蛇口から出た冷水で顔を洗って、もう一度鏡に映る自分の顔を見た。多少はマシになったか?
僕「あーそうだ、あの後は基地に帰って宴会だったんだ…」
やっとこさ記憶を思い出し、鏡の前で手のひらを打った。
ロマーニャ解放を記念して基地にいた全員で夜遅くまで騒いでたんだ。
盲腸で入院していたはずのマリオも参加していて、あとで病院に連れ戻したんだっけ。
それが何か可笑しくて、司令室へ向かう途中でフフッと笑う。
僕「懐かしいな…本当に懐かしい」
夏の日差しに照らされた廊下を歩く。
結局、シャーリーはリベリオン本土へ戻ってしまったから音速は超える事が出来なかった。
僕「あれも夢物語だったか…」
はぁ、と溜息をついた。司令室の前で襟を直して深呼吸。
樫の扉をノックすると中から司令の声がした。鈍い金色に輝くドアノブを引く。
扉を閉じて客人に向き直り
僕「僕技術中尉、ただいま参り……」
敬礼しようとしたところで言葉に詰まった。
基地司令に向い合って座っているそいつの背丈は、僕よりも少し低いぐらいか。
髪は扶桑で見ることがないような明るい橙色、かなりグラマラスな体格。
相変わらず目が悪いのでそいつの顔を見ようとして、やや目を細める。
シャーリー「Hi,“1st Lt”.Long time no see」
右手をヒョイと上げて流暢なブリタニア語で話しかけられた。
色んな感情が綯い交ぜになって、言葉が口から出るまでにかなりの時間が掛かった。
僕「……Yeah.you too,Shrley?」
1年ぶりに使うブリタニア語を思い出して話す。本当に会うのも話すのも久しぶりだ。
司令「…あーゴホン、中尉は良い加減座ったらどうだね?」
僕「あ、わ、了解です」
ボケっと突っ立ていると、司令の咳払いで急かされた。取り敢えずシャーリーの隣に座る。
クスっと笑い、改めて「久しぶりだな」と耳打ちされる。
司令「…自己紹介は要らないようだな」
僕「ええ。イェーガー大尉も501で勤務していましたので」
司令「そうか、それなら話は早い。イェーガー大尉、彼に説明を」
シャーリー「了解です。僕中尉、取り敢えずこいつを読んで欲しい」
机の上に置かれた一綴になった書類が渡される。
言語中枢をブリタニア語に切り替えつつ、それに目を通した。
所々が黒線で塗りつぶされているものの、Supersonic speedのところに波線があったり
Rocket engineの下に赤線が引いてあったりする。
それらの情報を掻い摘んで組み立てると、自ずと形が見えてきた。
僕「…超音速飛行実験?」
書類から目を上げると、どこか楽しそうで何か企んでいるような顔のシャーリーがいた。
初めて会った時と同じように。
シャーリー「そ。あたし達の夢がリベリオン陸軍航空隊の予算で出来るんだって」
僕「本当か?だとしても、僕に何の用があるんだ?」
あまりにも都合が良すぎて、思わず疑って掛かる。
棚から牡丹餅でも、傷んだ牡丹餅を進んで食べるつもりはない。
シャーリー「疑い深いなー。…僕中尉って今はロケットストライカーの整備担当なんだろ?」
僕「ああ、『秋水』のことか」
シャーリー「多分それだ。NACAとか陸軍航空隊の偉いさんが
ロケットに関する知識とか整備経験のあるヤツをヘッドハントしてこいってさ」
ジェットストライカー『橘花』に並んで配備された新鋭機『秋水』は
最高速度で橘花を軽く凌駕するストライカーだが、それ以外のメリットが無い故に
基地の片隅で冷や飯を食うハメになった。「出戻り中尉」にはお似合いの配属だとつくづく思う。
司令「…と言うわけだ、僕技術中尉。リベリオン陸軍航空隊の長官から直々に打診があってな」
今まで黙っていた司令が、おもむろに話しだした。2人揃って慌てて姿勢を正す。
司令「対ネウロイ戦はカールスラント奪還以降は人類側が優勢ではあるが
まだ戦争が終結したわけではない。予断を許さない状況にあるのは、1945年以来も変わっていない」
501JFW解散後も504JFWの整備手伝い、資材搬入、業務の引継ぎやらをしていたが
連日、カールスラント方面へウィッチが出撃していくのを見送ったのは今も覚えている。
司令「それに加え、以前よりも新技術への実験するための予算は増えている傾向にあるが
大学卒の技術士官や民間企業出身の技官は戦地へ整備兵、工兵として
今も戦場へ送られている。貴様が無事に扶桑へ戻ってきたのは僥倖に近い」
カールスラント奪還戦に前後して、新任の技術士官と入れ替わりに扶桑へ戻ってきたが
彼らは無事だろうか?ちらと思いだして忘却の彼方へ消えていった。
司令「技術は日進月歩で進化し続ける。新技術をいち早く実戦へ投入したいが
優秀な技術士官がいなければ、それを実証するための実験もできない。そこで、だ」
司令がやおら立ち上がり、後ろにある執務机へ向かった。
窓から刺す逆光の眩しさで眉間にシワを寄せる。
引き出しの中を探して、1枚の命令書らしきものを取り出した。
司令「…命令。僕技術中尉はリベリオン本土に赴き、超音速実験に参加。
シャーロット・E・イェーガー大尉を音速の向こう側へ連れていくこと」
僕「はっ!………………えっ?」
命令書を読み上げた司令に、条件反射で起立して敬礼したまでは良かったが
後半にトンデモナイものが混じっている。右手をゆるゆると下げて、もう一度命令を反芻した。
僕「シャーリーを音速の向こう側って…」
シャーリー「あたしがそのテストパイロットなんだよ」
隣に座ったまま、事も無げに言う。どこか楽しそうな表情の理由が何となくわかった。
シャーリーも同じように立ち上がり、右手を差し出した。
シャーリー「またよろしくな、中尉」
僕「…ああ、よろしく」
差し出された右手を握ると固く握り返された。
もう一度、今度こそ間違いなく記録に挑める。ただそれが嬉しかった。
最終更新:2011年10月01日 00:57