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衛生兵4

 誰かが泣いている声が聞こえた。起きなければと、俺は強く思った。頭が割れるように痛い。しかし何度もしゃくりあげながら、それでも必死で俺の名を呼び続けるその声はきっとあの子のものだから。
 目を開くと、そこにあったのは予想通りの顔で、瞑った瞳から次々と零れ落ちる涙が、俺の顔を濡らしていた。

「……フランカ」

彼女の名前を呼んだ。
ルッキーニの目が見開かれる。弾かれたように動いたルッキーニの腕に俺は抱き寄せられた。

「俺!!ッ……よかっ……たぁ~。ぜんっ…ぜん起きないっから……。あたし……し…しんじゃったのかと思って……」
「ごめんな……、心配かけて」

俺の胸に顔をうずめてそう言うルッキーニ。俺はその頭をそっと撫でた。訊きたいことは山ほどあった。しかし、それを聞いたときに返ってくる答えが分かっていたから、俺は何も言わずにルッキーニの体をそっと抱きしめた。
小屋の中にルッキーニがしゃくりあげる音だけが響いている。このままどこかに逃げ出してしまいたいという衝動が、胸を突き上げる。しかし、それが恐らくは叶わないということも、理解していた。
 脱走兵たる自分とルッキーニの立場を考えれば当然のことだ。各国の様々な思惑が重なる統合戦闘航空団。そのエース一人の脱走を許したという失態に、ミーナ中佐の立場では耐えられない。501を守るために、なんらかの手段でもみ消しを謀って来るはずだった。

「俺……」

ルッキーニが呟いた。
聞きたくなかった。しかし、何も言葉に出来ない俺の返事を待たずにルッキーニは言葉を続けた。

「あたし、ちょっと出かけてってネウロイばっーんってぶっ飛ばしてくるね! どうしても戦力が足んないっていうんだもんっ!」

そう言うルッキーニの表情は笑顔だった。しかし、泣き腫らした目元が痛々しく、赤くなっている。ルッキーニも分かっているのだ、ロマーニャから惟一派遣されている自分が501を脱走すれば、間違いなくミーナ中佐は指揮官としての責任を問われる。
501はミーナの部隊だ坂本少佐が後を継ごうと、新任の指揮官が来ようと、今まで通りよはいかないだろう。


「だからね……、お願いがあるの!」
「……お願い?」
「あのね……、いつになるか分からないんだけど……。えっとね!」

ルッキーニが言おうとする言葉を遮る。その言葉は、俺から言うべきものだった。同時に思う。

(フランカは守ろうとしているんだ501のみんなを守る。自分が戻ることでそれが出来るならやらないはずがないじゃないか。そんなフランカだから、俺は今生きているんだから。ならば俺にできることはなんだ?)

笑顔のまま涙を零すルッキーニを再び、しかし今度は強く抱きしめて言った。

「大丈夫だフランカ。いつまでも待っている。だから、行って来い。ネウロイなんかぶっ飛ばして、大手を振って帰ってこい。それまで俺はここで待っているから」

 ルッキーニははっと顔をあげる。ポツポツと頬を濡らしているのは彼女の涙だけではなかった。

「泣き虫さんだねぇ~。俺は……」

そう言ってルッキーニはよしよしと俺の頭を撫でる。

「ばっか。お前も泣いてるくせに……」
「あたしはい~の♪ まだ子供だもん」

ルッキーニが立ち上がる。

「約束したよ! 私はネウロイをぶっ飛ばす!」
「俺はここで待っている!」

俺は立とうとするが、足に力が入らずよろめいた。シャーロット大尉の放った弾丸は頭の近くをかすめ俺の脳を揺らしていた。
ルッキーニが俺の体を支えた。顔が近い。俺達はそのまま自然に唇を重ねた。

「んぅっ……」

ルッキーニの口から吐息が漏れる。唇を話したのはルッキーニからだった。彼女はそのままくるりと一回転すると言った。

「またね!」

別れの言葉。しかし、約束の言葉でもある。
俺の返す言葉もまた、

「ああ、またな!」

再開の約束だった。


~~一年後~~

俺は午前中の農作業を終えて小屋に帰ろうとしていた。そのとき音が聞こえた。その音は一年前に聞き慣れたもの。戦闘脚のエンジン音だった。
駆けだす。作業用の細い道を抜けて開けた牧場の上に出た。
空を見上げると11本の軌跡。そのうち一本が折れてこちらに向かってくるのが見えた。俺は叫んだ。

「フランカ!!」
「おれえええっ!!」

向こうの声が聞こえる。その声はやhり一年前に聞いたあの声で。俺が夢見た声だった。
姿が見える。高速で接近する純白の影は体当りするように、俺を上空にさらっていった。

「おかえりフランカ」
「ただいま♪」

笑顔でこちらを向くルッキーニに自然に唇を重ねようとした。

「ちょっと待っタ~!!」

ところで横から遮られた。ユーティライネン中尉だ。

「誓いの口づけはまだ早いですよ」

その横を飛ぶ宮藤さんが言う。そこで俺は気付いた。彼女たちは全員軍服ではなく色とりどりのドレスを着込んでいた。そしてルッキーニが着る純白の衣装は……。

「しかし、その格好ではしまらんな」

いつの間にか後ろに回り込んでいた坂本少佐が言う。

「安心するがいい。ちゃーんと用意してあるぞ。ルッキーニ。ちょっと旦那を借りるぞ。なに。恥ずかしがることはない。空では誰も見ていない!」
「いや……、あんたたちが見て……」
「気にするな!」

そう言って笑う少佐に反論しようとするが、ウィッチに不可能はなく、瞬く間に俺はタキシードに身を包んでいた。
空中で俺とルッキーニが向かい合う。ルッキーニの手を引くのはシャーリーさん、俺を支えているのは宮藤軍曹と坂本少佐だ。

「シュトゥルム!」の掛け声とともにハルトマン中尉が手に持った赤い絨毯を投げる。風の魔法により支えられたそれは紛れもなくバージンロードだった。
その先に立つミーナ中佐は牧師といったところなのだろう。肩を並べてその上を歩む。

「俺さん、ルッキーニちゃん、お幸せに」
「まさかルッキーニに先をこされるとはね、トルゥーデ?」
「なっ! 何を言う! ちゃんと祝わんか!」
「お前らの未来を占ってヤロウカ? 大凶かもナー」
「結婚式でそんな事を言ってはいけないわ、エイラ。ルッキーニちゃん、本当に綺麗だわ」
「ああもうっ、ブーケを振らないで下さいまし。せっかく作ってさし上げたのに」

ヴァージンロードの左右を飛ぶウィッチ達が口々に祝福の言葉を投げかけてくる。ミーナ中佐の直前でシャーリーがその手を離した。

「シャーリー。今までありがとう! あたし、シャーリー大好きだよ!」
「ああ、ルッキーニ。私もだ。お前のことは妹みたいに思っていた。……私は、お前に謝らなければいけないな。俺とお前を引き離したのは私だ」
「ううんっちがうよ! それは悲しかったけどっ、こうやってみんなに祝ってもらえるのも、俺が生きているのも、この結婚式だって、みーんなシャーリーのおかげだもん!」
「……ルッキーニ」
「だから……、ありがとう! シャーリー」

そして、俺とルッキーニは再び向き合った。ミーナ中佐は手に持った聖書を開くと、神聖な質問の言葉を俺たちへと問いかけた。

「汝俺は、このフランチェスカ・ルッキーニを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

正面に立つルッキーニはやはり笑顔だった。何も疑うもののないその瞳がこちらを見据えている。唐突に始まった結婚式だが、迷うことなく俺はその言語を復唱する。一言一言を噛み締めるように、愛を誓った。

「わたくし俺は、この女フランチェスカ・ルッキーニを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓います」

ミーナはしっかりと頷くとルッキーニの方を向き言った。

「汝フランチェスカ・ルッキーニは、この俺を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

ルッキーニは小さく頷くとこちらを見て言う。

「あたしフランチェスカ・ルッキーニは、どんなことがあっても、死ぬまで……ううん。死んでも俺のお嫁さんだよ! みんなに誓って!」

その言葉は婚姻の誓いと言うにはあまりに幼いものだったが、彼女らしいと誰もが思えるものだった。ルッキーニの笑顔の奥でシャーリーが涙を流している。しかしその顔にあるのもやはり紛れもなく笑顔だった。バルクホルン大尉が寄り添って、その涙を拭っている。ルッキーニの言葉に呆れたように小さくため息を突いてミーナが続ける。

「よろしい。それでは、誓いのくちづけを」

動けない俺の代わりに左右の二人が前に俺を引っ張った。ルッキーニとの距離が近づく。空中を歩む術を持たない俺を支えていた二人に、ルッキーニは感謝の気持ちを伝えた。

「少佐! 芳佳! 俺を持ってくれてありがとう。でも、今はあたしが支えたいんだ♪」
「ああ、分かった。その手を決して離すなよ。ルッキーニ」
「あったりまえじゃん!」
「ルッキーニちゃん。私が、私たちがみんなを守るから、心配しないで。俺さんと幸せにね」
「うん♪ ありがとっ芳佳♪」

そうして俺はルッキーニに抱き抱えられた。懐かしい甘いミルクのような香りが鼻腔をくすぐった。少女たちの視線が集まっているのを感じて、俺は気恥ずかしさを覚えた。

「俺っ! どう? びっくりした?」

ルッキーニの言葉はこんな時まで、彼女らしくて、俺は一年ぶりに心から笑った。
脱走兵である身分、射殺されて無戸籍、ロリコン疑惑、と三拍子揃った俺との結婚をどうやって、501のみんなに認めさせたのかは分からない。しかし皆が祝福しているという事実は間違いなくルッキーニのおかげであった。かなわないな。また思う。

「ああ、これ以上無いくらいに。でも、最高のサプライズだよ」

俺の言葉にルッキーニはにひひと笑った。

「フランカ……。ありがとう。俺を助けてくれて。愛してる」
「俺……。ありがとう。あたしを待っていてくれて。だいすきだよっ」

周囲から祝福の歓声があがる。
そして、今度こそ、二人の唇が重なった。

~fin~

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最終更新:2010年12月20日 17:33
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