&bold(){プロローグ仮案(ノベルベース)} ――車窓から、夏の夕日が射し込む。 新幹線を降り、特急列車に乗り換えて二時間。午前中に出発したのに、日が傾いてもまだ目的地に着かない。 博也はふと、窓の外に目を向ける。 「……すごい」 赤い太陽に照らされた、金色の海。 「!」 と、急に視界が暗くなり、鼓膜に違和感を覚える。 トンネルに入ったんだ――そう理解して、博也は窓ガラスに映る自分の顔を見つめる。 (やっていけるのかな。こんな、遠いところにきて……) 崩壊しつつある地方の医療に光を――なんとなく、そんな理想を追いかけて、こんな片田舎まで研修に来たのだった。 再び、車内を夕日が照らし出す。 特急列車は大きく車体を傾け、窓外の景色を海から山へと変えた。 目的地が近い。 地元の名産品を乗せた車内販売の声が、博也の意識を覚ます。 太陽がいよいよ水平線に沈もうかという頃合いになって、列車は目的地のプラットホームに滑り込んだ。 「ふわ……あぁ」 ひとつ伸びをして、席を立つ。 大きな旅行カバンを、四苦八苦しながらなんとか通路を通す。やっとの思いでプラットホームに降り立つ――と、ラッシュアワーのはずなのだが、この街には、列車の到着を待つ人の波はない。 ドアが閉まり、小さな汽笛の後、列車はゆっくりと動き出した。頭上の掲示板がパタパタと音を立てる。 自動販売機で缶コーヒーを買い、ベンチに腰を下ろす。と、改札の外から手を振る人が見えた。ナース服に、カーディガンを羽織っている。 「まいったな……」 熱々のコーヒーを上着のポケットにしまい、改札を目指す。エレベーターなんて気の利いたものはない。ダラダラと延びたプラットホームは、その大部分が今は使われていないらしく、ところどころに雑草が顔を出していた。 博也が改札に近づくと、ナース服の女性が声をあげた。 「相川先生! こっちです」 手を振る……と同時に胸も揺れる。 「ああ、ええと」 あわてて目をそらす。 ---- &bold(){シナリオ原案サンプル(ノベルベース)・主人公と塚原・豊平の出会い} 「あらら~……」 おとといの宿直の疲れが抜けきってないのだろう。 往診に出発してから、小一時間ほど舟を漕いでいたらしい。 ひなたの間の抜けた声で、博也は目を覚ます。 「どうかした? 沢越さん」 「先生、あれ」 ひなたの左手、細い人差し指が伸びた先に目をやる。立派な庭付きの日本家屋の前に、運送会社のトラックが鎮座していた――狭い道路 を完璧に塞いで。 「今日も通れません……」 困った顔で、指をハザードランプのスイッチへと動かす。 「今日も、って、いつも停まってるの?」 「この時間帯は。――先生が、寝坊するから」 (う――) それを言われると、辛い。まだまだ学生気分が抜けていないんだろう。――本当に僕は、"まだまだ"なんだ。 「ごめん、悪かった」 「あっ、いや、えと、冗談ですよ?」 サイドブレーキを引いて、博也の方を向く。 「だけど、参ったね。まぁ、すぐにどけるだろうけど」 「それが、そうでもないんですよ……」 「え?」 ひなたはエンジンを切り、シートベルトを外す。 「いっつも、すご~く時間がかかるんです」 「そうなの?」 「ええ。わたし、ちょっと様子見てきますね」 そう言うと、ひなたはドアを開けて、トラックの方へ歩いていった。 ひなたがトラックの死角に入って数十秒後、また船を漕ぎ出した博也を、ディーゼルエンジンの轟音が揺り起こす。 「ん――?」 ほんの数メートル前に移動したところで、トラックは再び停車した。エンジンが切られ、ひなたが走って戻ってくる。羽織ったカーディ ガンの袖を掴んだ、見るからに女の子な走り方で。 「さぁ、じゃあ行きましょうか」 息を切らして、車に乗り込む。遠くからでは死角になっていて分からなかったが、トラックがどいた場所に、生垣の切れ目があった。 「ここです、よっ……と。ほっ、ん」 ひなたがハンドルを切るたびに、二の腕に押し付けられた大きな胸が揺れる。先刻の駆け足の影響か、はたまたハンドルが重いのか、声 を漏らしながら一生懸命に揺れる胸――もとい、ハンドルを切るひなた。 (何を考えてるんだ、僕は) 生垣の内側は、手入れの行き届いた日本庭園だった。タイヤが石を噛む感触が伝わってくる。 「は~……。とうちゃく~、です」 ドアを開け、博也は背伸びをする。腰の骨が、盛大に音を立てる。車の中で寝るというのは、意外と疲れるものなのだろう。と、玄関の 戸がカラカラと軽い音を立てて開いた。 「いらっしゃいませ」 家の中からは、メイドさんが出てきた。博也は目が点になる。 (メイドさんって秋葉原にしかいないんじゃなかったっけ?) 点になった目に視線を合わせて、メイドさんは深々とお辞儀をした。 「沢越さん、こちらの方は?」 「あ、紹介しますですよ~」 そう言いながら、ひなたは車のリアハッチを開け、診察道具の入ったカバンを運び出す。 「こちら、研修医の相川博也先生です」 「研修医……ですか?」 「え? ああ、まあそんなようなものです」 (話しかけられた……本物だ) 「それで、こちらが――」 「塚原の身の回りの世話をしております、豊平あゆむと申します。豊かな平野と書いて、とよひらと読みます」 再び、メイドさん――豊平あゆむは頭を下げた。先ほどよりいくらか軽く。 (ああ、確かに平野だな) ついつい胸に目が行ってしまう。 (――って) 初対面でいきなり胸の評価なんて、どこの変態だ。博也は顔を赤くした。 「何でございましょう? あゆむ、は平仮名でございますが」 首をかしげる。ひなたに負けず劣らず天然のようだ。 「塚原さーん!」 後ろから、元気のいい男の声が響く。振り返ると、先ほどのトラックの運転手らしき男が、紙切れを握った手を振っている。 「これで、荷物全部ですか?」 「あ、えーと……はい。これで全部です」 慣れた手つきで、あゆむは伝票にサインする。 「それじゃ、引き取らせていただきますね」 男は、帽子のつばを軽くつまんで会釈すると、トラックに乗って帰っていった。 「荷物って?」 「おじい様……ええと、塚原の集めた美術品を、展覧会に貸し出すんです」