194 名前:『卒業式後のひととき』 1/5[] 投稿日:2011/05/02(月) 22:36:05.21 ID:3/uPq1E+0 [2/9]
『お前の事が好きだ、付き合ってくれ』
『ごめんなさい』
今まで高校三年生だった俺も今日、卒業式を迎えてしまった。
小学校や中学校の卒業式でも涙を流さなかった俺だが、これで合法的に女子高生とお近
づきになれる桃源郷のような期間が終わってしまったと考えると目頭が熱くなるような気
がしないでもなかった。
明日からは制服の女の子に近づくだけで通報されるリスクのある地獄のような日々が
始まると思うと憂鬱で仕方がない。
…………なんてね、ウソウソ、嘘ですよ。よくないよ、人を疑うのは良くないよ。
女子高生と離れるのが嫌だというのは間違ってはいないけど、俺が別れを惜しむ相手は
せいぜい一人だけだ。
「………さっきから何をぶつぶつ言ってるんです? 頭皮の裏側に虫でも湧きました?」
赤ぶちの眼鏡をかけた黒髪の小学生が辛辣な言葉を投げつけてきた。
高校の校舎になぜ小学生が? と疑問に思ったがよく見たら高校の制服を着ているし手に
は今日配られた卒業アルバムを持っているし、オイオイ実はコイツ小学生じゃないのかも
しれないぜ?
ていうか同級生の椎水ちなみだった。
「何か失礼な想像をしていませんか?」
「当ててみるといい。ヒントは合法ロリだ」
「別府くんは時々私には分からない言葉を使いますねぇ」
はぁ、と袖の余った手を頬にやり溜息をついてみせる。
見た目をロリでも仕草はお母さんの様だった。
「それより別府くんにも寄せ書かせて上げましょうか? 見てればさっきから誰にも書いて
ないじゃないですか」
ナチュラルに上から目線だった。
寄せ書く、が文法として正しいのかは知らんが俺より成績が良い椎水が言うんだから
間違ってはないのかもしれない。
卒業アルバムの最後ページは白紙であり、友達同士でメッセージやらを書き込むスペー
スとされている。
195 名前:『卒業式後のひととき』 2/5[] 投稿日:2011/05/02(月) 22:38:52.88 ID:3/uPq1E+0 [3/9]
椎水の卒業アルバムにも女子からの寄せ書きがちらほらと見受けられる。
「って言ってもなぁ、どうせ殆ど同じ大学に進む奴らばっかだしなぁ」
「それでも、こういうのは気持ちが重要なんですから」
「気持ちねぇ」
「それに何人かは離れ離れじゃないですか。確か、神川さんも県外の大学でしたっけ?」
その言葉に、ちらりと視線を横にやる。
そこには女子の集団があり、その中心には一人の女生徒がいた。
神川リナ。
天然の綺麗な金髪を持つ女子生徒だ。
小学校からの同級生でもある。
あと、俺が別れを惜しんでいる、その一人だ。
「いいんですか?」
こっちの顔を窺うように椎水が聞いてくる。
「ぶっちゃけ、神川さんの事好きなんですよね?」
「まぁ、そうだけど」
「だったら告白とかしないでいいんですか? そうでなくても、寄せ書きくらいは」
「したよ」
「え?」
「告白したよ」
「………え?」
「で、フラれた」
「へ、へぇ……そうだったんですか」
『――私、好きな人がいるのよ。残念なことにね』
『………やっぱり、って言うべきなのかな、これ』
「なんか、幼馴染の大学生と婚約するらしい」
その相手は俺も知っていた。
人の好さを具現化したような良い人で、競う気にも嫉妬する気にもなれない。
「婚約って…………まあ、分かる気もしますけどね。神川さん、大人っぽいですし」
196 名前:『卒業式後のひととき』 3/5[] 投稿日:2011/05/02(月) 22:41:28.19 ID:3/uPq1E+0 [4/9]
「…………………そうだな。あいつはな、大人っぽいよな」
「何か含んだ言い方ですね? 言っておきますが私の成長期は終わってませんよ?」
「ははっ、人の夢って、本当に儚いよなぁ」
「何を良い事言った風にしてるんですか。言いたいことはハッキリ言ってください」
「正直、おまえはもう成長しないと思う。成長期はもう終わってると思う」
「ぎゃふん!」
椎水が膝から崩れ落ちた。
絶望、というタイトルで写真を撮れば芸術として認められそうだ。
「萎びたちなみ……しなみん。駄目だ、上手い名前が思いつかん」
「不可解な思索が漏れ出てますよ。誰がしなみんですか。私の肌は未来永劫つるっつるの
もっちもちですよ。いい加減にしないとぶち殺しますよ」
「なんでそんな必死なんだよ。………どれ」
自らの指で確かめるべく椎水の頬をもにもにしてみる。
ふむ、卵肌。
「………いふぃなりあにをひゅるんれひゅか」
「すまんな、好奇心が俺の中で奮い立った」
「自戒というものを覚えましょうよ」
「俺の辞書には載ってないな」
「それは欠陥ですね。取り換えましょうよ、脳を」
「遠まわしに死ねと言ったか貴様」
椎水がぺちんぺちんと頭を平手打ちしてくる。
こちらが椅子に座っているので上下のリーチの差が解消されたが故の攻撃だ。
それでも目線の高さが同じなので多少の背伸びでドーピングしている。
懸命に手を伸ばすその姿が小動物チックだったのでしばらく観察。上下に揺れる物のない
平らな体に悲しくなってきたので目頭を押さえる。
「そ、そんなに痛かったんですか?」
「…………そうだよな、まな板でも一生懸命に生きてるんだよな」
「だから何でそんな失礼な事を平然と!」
「小さな命の育みに俺様感動。おい、もっと楽しませろ」
「どんなキャラですか!」
197 名前:『卒業式後のひととき』 4/5[] 投稿日:2011/05/02(月) 22:43:45.53 ID:3/uPq1E+0 [5/9]
「んー、強いていうなら失恋に打ちひしがれる青年キャラかな」
「嘘つけぇ! 失恋した人間はこうも軽快に人を傷つけない!」
「おいおい、お前こそ口調崩壊してるぞ」
「誰のせいですか! …………まったく、本当にリナさんの事を好きだったんですか? フラ
れた割に妙に明るいじゃないですか」
「……………ふぅん。お前にもそう見えるのか」
なかなかどうして、鋭い事を言うじゃないか。
告白した本人にも言われたな。
『後三年………いや、二年早く告白してくれたら付き合ってたかもね』
『フッた相手に中途半端な希望を持たせるとは。いわゆるキープというやつか』
『人を悪女みたいに言わないで………その頃ならまだ、私の事好きだったでしょ?』
『…………………』
『ふふふ、お見通しよ。私より好きな人が居るでしょう? 今のあなたにはね』
『時々、お前が本当に同学年なのか疑わしくなってくるよ』
『あなたが解り易過ぎるのよ。小学校から何年一緒に居たと思ってるの?』
『そんな解り易いかね、俺って』
『顔に書いてあるわ。私の事を、もう好きじゃないってね』
『………そんな薄情な男じゃないつもりなんだけど』
『薄情でいいんじゃない? 恋って、残酷なものだもの。当人達以外には特にね』
『そりゃまた、含蓄のあるお言葉で』
『ちなみちゃんに宜しくね? 手をこまねいて、誰かに掻っ攫われちゃ駄目よ?』
『相手まで割れてんのかよ………はいよ、義姉さん。兄貴とお幸せに』
『ふふふ、結婚式のスピーチでもしてみる?』
『どんな罰ゲームだよ、それ』
ふと、神川リナ………兄貴と結婚する、未来の義姉に目を向ける。
恐らく偶然、こちらを見ていたリナと目が合った。
そして俺の傍にいる椎水に目線を滑らせ、一瞬だけ意味深な微笑みを浮かべた。
頑張りなさい、とその表情は語っていた。
198 名前:『卒業式後のひととき』 5/5[] 投稿日:2011/05/02(月) 22:46:12.62 ID:3/uPq1E+0 [6/9]
「…………見透かされてんなぁ」
未だ人の頭を叩き続けてる椎水に止まれと命じる。
本人も止め時を見失っていた様なので素直に従ってくれた。
ふと、椎水の抱えるアルバムに視線が行く。
…………ふむ、気が変わった。
「ちびっ子、アルバムを寄こせ」
「誰がちびっ子ですか誰が。言っておきますが誕生日は別府くんより早いんですよ」
「悪い悪い、お前の名前を噛んじまった」
「『ち』しかあってないじゃないですか、たまにはまともに名前呼んでくださいよ」
ぶつぶつと文句を言いつつ椎水はアルバムを差し出す。
寄せ書き用の白紙のページ、そのど真ん中にキュキュッと筆ペンを走らせた。
「なぜ筆ペン…………しかも微妙に使い慣れてますね」
「気にすんな。ほれ、寄せ書いたぞ」
俺の文はマジックとは違う字の所為でとても目立つ。
アルバムを椎水に返し、机にかけていた鞄を持った。
「あれ、帰るんですか? 折角だから他の人に、も―――!?」
何が書かれているのか理解したらしい椎水が、驚愕していた。
「あの、これって、どういう……」
「んー? 別に、そのまんまの意味だよ」
帰り支度をすませて出口へと向かう。
その途中で椎水にだけ聞こえるように囁いた。
寄せ書いた文と同じ言葉を。
「これからも、末永くよろしくな―――ちなみ」
「そ、そんな名前の呼び方は卑怯だと……あ、逃げないでください別府くん!」
「あっはっは、またなー椎水ー」
「待ってくださいよ! 馬鹿ぁ!」
視界の端でリナがやり取りを見守るように微笑んでいたが、気にしない。
椎水の表情を見逃しちゃうしね………とか思ってる俺は、確かに薄情な人間なのかもなぁ。
~続(かない)~
最終更新:2011年05月05日 00:55