633 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/10/12(水) 22:50:09.76 ID:CgdkLRhr0 [1/5]
お題:尊先輩がすっげぇ真剣な顔でウェデングドレス見てた

 それは暑い夏も終わりを告げ、北風が身にしみてきた秋口の頃。
 俺は早めに終えた学校から帰宅し、私服で町をぶらぶらと見て回っていた。

 少しばかり、足の向かない通りを歩いてみる。
 意外なところに意外な店があったりして、地元ながら、こうした探検はなかなかに好奇心をくすぐられるものだ。

 洋裁店の店先に飾られたおかしなマネキンを横目に、くるりと店の角を曲がる。
 ここは服や糸などを中心に売る、いわゆる女性ゾーンの一角だ。

 見慣れない景色を楽しみながら、コンクリートを踏んで歩いていたその刹那。
 俺は少し歩いた所に、見慣れた顔がある事に気がついた。

「…尊先輩?」

 我が剣道部の超絶エース、現代の佐々木小次郎こと坂上尊さん。
 一本に結った長い黒髪が印象的な、現代の大和撫子とうたわれる女子高生である。
 そんな彼女は、今俺の目の前で、すっげぇ真剣な顔でウェディングドレスを見ていた。

 こちらに気づいてはいないらしい。少々気になった俺は足を止め、足音を消してゆっくりと近くへ歩み寄る。
 …見れば見るほど間違いない。あの長い黒髪にきりりとした目、見まごう事なき尊先輩そのものだ。

 しかし、いつもの先輩とは明らかに様子が異なっている。
 いつも凛としてのびた背筋は、今は前傾になりガラスに手を付けている。
 睨まれれば熊でも怯む強い眼差しは、今やドレスの間を右往左往し落ち着きが無い。
 なにより、いつでも誇り高く自信に満ちていた先輩の雰囲気が、どこか周りの目を気にするようなおどおどしたものになっていた。

635 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/10/12(水) 22:50:46.84 ID:CgdkLRhr0 [2/5]
 ううむ、と俺は手に顎を乗せ思案する。

 剣道部員の不良生徒たる俺は、常日頃から尊先輩に色々と世話を焼かれている。
 物覚えの悪さゆえに特訓を仕向けられ、みんなが帰ったあとの剣道部室で先輩相手にひたすら練習させられた日もあった。

 故に──迷う。
 あそこでウェディングドレスを眺めてぽけーっとしてる乙女チックな人物が、果たして俺の知っている坂上尊先輩なのだかどうか。

 俺は更なる手がかりを得る為、もう一歩だけ踏みこむ──それが、よくなかった。

「あ」
「あ…」

 不意に振り向いた先輩と、俺の視線が交錯する。
 互いの口から、なんとも言えない間抜けな声が漏れた。

 しばらくして、先輩はようやく俺の存在を認識する。
 何がショックだったのか、事実を受け入れるまでしばらくの時が必要だったようだ。

「あ、ああ、ああああああ…!?」

 口をぱくぱくさせ、お化けに出会ったかのように慌てふためく尊先輩。
 俺は背後にお化けがいないかだけを確認した後、やっぱりお化けなんていなかったので──。

「こんにちは、先輩。いいお日和で」

636 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/10/12(水) 22:51:13.35 ID:CgdkLRhr0 [3/5]
 にこやかな笑顔で、挨拶を交わす。
 が、返事はいつまで経っても返ってこない。

「………」
「……先輩、聞いてますか?」

 はてなを頭に浮かべ、もう一歩だけ先輩の方へ踏み出したその刹那──。
 ひゅん、という風切り音とともに、一陣の手刀が俺の首元を掠めた。

「な──っ!?」

 思わず首をすくめ、とっさの攻撃を回避する。
 宙を切った先輩の手を取り、ひとまずの攻撃封じ。尊先輩は狩人のような鋭い三白眼で、こちらをじいと睨みつけた。

「……何故、貴様がここにいる」

 地獄の釜の蓋を開けたような、地の底から響く低い声。

「なんでって…お散歩ですが」

 俺がまともに受け答えができたのは、その背景に浮かぶブライダルショップのギャップ故だろう。
 そして調子に乗る俺は、聞いてはならなそうな最も聞くべき事を聞く。

「…尊先輩こそ、こんな所で何を?」

 カッ、と先輩の目が見開かれる。
 そこから、しばしの沈黙。

「………」
「………」

637 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/10/12(水) 22:52:24.82 ID:CgdkLRhr0 [4/5]
 気まずくもない無音の間を破ったのは、先輩だった。

「…悪いか」
「はい?」
「私だって、一応は女子だ。嫁入り衣装を眺める事もある。悪いかっ」

 やけくそ気味に言い捨てる。
 ほのかに赤くなりながら目をそらすそんな先輩の姿は──何故だか、どうしようもなく可愛く思えた。

「…いえ、女性らしくて大変よいです」
「そうか。…いや、まあ当然だな。私が嫁入り衣装を眺めてた所で、なんの不思議もないからな」

 ふん、とつま先を揃えてそっぽを向く先輩。
 そんな背中に向かって、俺は駄目押しのような言葉をかける。

「…ウェディングドレス、お好きですか?」

 それは先程から、先輩があえて使っていなかった単語。

 再び先輩の目が見開かれる。
 一閃。放たれた高速の殺人手刀を再度取り上げる。

638 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/10/12(水) 22:52:53.39 ID:CgdkLRhr0 [5/5]
 俺に手首を取られた先輩は、素晴らしく不機嫌な赤面顔で答えた。

「…何を言っているのだ貴様は、あれか、貴様は馬鹿なのか」
「あはははは、今更そこは否定するんですか先輩」
「ようし動くな、次は外さん。首はやりすぎだから控えめにその眉を剃り落としてやろう」
「リアルな所を示さないでください、先輩はやりかねなくて怖いのです」

 およよ、と大げさに怯え、俺は両眉をガードして抵抗を試みる。
 先輩はそんな情けない姿にふん、と息を吐くと、背を向けとっとと立ち去ろうとした。

「…ちょ、ちょっと待って下さいって、俺と一緒がそんなに嫌ですか貴方は!」

 そんな事を言いながら、俺は慌ててその後を追う。
 ふと後ろを見れば、そこに掛かっているのは、一滴の黒もない純白のウェディングドレス。

 尊先輩の黒い髪と合わされば、きっと素敵な装いになるだろうな──。

 俺は少し失礼な妄想をしながら、先輩の後を追うのであった。



 追記
 後日、剣道部の部活で先輩に結婚式総合情報誌「ゼク○ィ」を渡してみた。
 手刀で素晴らしく痛めつけられたが、しっかり持ち帰っていくあたり流石であった。
最終更新:2011年10月15日 14:58