209 :1/5:2005/12/24(土) 07:31:06 ID:5YmKs1X2
  • ツンデレの眼鏡を壊してしまったら(委員長ver.)

『失敗したな……』
 渡り廊下を小走りに走りながら、私は自分自身を呪った。
 昼休み、食事の後にちょっと本でも読もうと図書室に行ったのだが、睡眠不足が祟った
せいか、うたた寝をしてしまった。司書の先生が起こしてくれなかったら、そのまま授業
が始まるまで寝ていたに違いない。
『(クラス委員長が授業サボって寝ていたなんて、話にならないもの)』
 授業開始まであと2分。ギリギリ間に合いそうだ。私はちょっと足のペースを速める。
バタバタと教室に駆け込むなんてみっともない真似はしたくないから、ちょっと時間を稼
いでおく必要がある。
 あそこの角を曲がれば、後は歩いて教室まで行こう。
 そう目標を定めて、私は走る。あと、3メートル……2メートル……1メートル……
 ドンッ!!
 廊下の角を曲がろうとした瞬間、突然何かにぶつかって、私は後ろに弾き飛ばされた。
『きゃああっ!』
 何が起こったのか、訳が分からなかった。激しい衝撃が連続し、目の前が真っ暗になる。
『う……』
 手が、冷たくて固いものに触れる。それから少しずつ、全身の感覚が蘇ってきた。どう
やら、衝撃で倒れてしまったらしく、私は横向きに廊下に寝そべっていた。
「……い! ……丈夫か!?」
 何か、遠くで誰かの声が聞こえる。いや、違う。意外と近く……すぐ傍だ。頭をはっき
りさせようと、軽く振ると、私は体を起こそうと手を付いた。
『いったあ~~~~~~……』
 結構激しく倒れたから、どこか打ち身でも作ったかもしれない。痣になると嫌だなあ、
と思いながら、ゆっくりと体を起こす。
 何だか、視界がぼやけてるな。そう思った時、目の前で、誰かがしゃがみ込んで私の方
を窺っているのに気づいた。

210 :2/5:2005/12/24(土) 07:31:30 ID:5YmKs1X2
 ああ。そうか。私、この人とぶつかったんだ。男子生徒のようだけど、視界がぼやけて
よく視えない。どうやら、衝撃で眼鏡が外れて落ちたらしい。
 と、その時だった。
「……あれ? もしかして、委員長?」
 聞き覚えのあるその声に、私の心臓がトクン、と反応する。
 顔をよく見ようと、眼を凝らし、顔を少し近づける。
『……もしかして、別府君?』
 私の言葉に、彼は少し戸惑ったような仕草をした。
「いや。そりゃそうだけど?」
 そうか。彼からすれば、私がどのくらい視えているかよく分からないんだ。普通なら、
同じクラスの人の顔を見て分からないなんて有り得ないし。
 私は、目を擦ると、彼の顔をよく見ようとじっと見つめた。うん。確かに別府君だ。
それから自分がしている事に気づき、慌てて顔を逸らす。人の顔を凝視するなんて、何て
失礼な事をしてしまったんだろう。
『め……眼鏡、探さないと……』
 顔が赤くなったの、気づかれなかっただろうか。内心ではドキドキしながら、ごまかす
ように言うと、私は床を見回す。
「ちょ、ちょっと待って!」
 急に別府君に制止され、私は驚いて彼を見た。
「お……俺が探すよ。よく見えないんだろ。それに、ぶつかったのだって前を良く見てな
かった俺が悪いんだし」
 よく見えないと言っても、そこまで見えない訳じゃないんだけど。それに、私も前をよ
く見てなかった事は同じだし。そう言おうと思ったが、言葉にならず、私は無言で彼を見
ただけだった。
 とりあえず立ち上がろうと、彼は片膝を立てた。そしてグッと足に力を入れる。
 バキッ!
 その瞬間、彼の足の下で何かが壊れるような音がした。

211 :3/5:2005/12/24(土) 07:31:52 ID:5YmKs1X2
「……バキ?」
『……どうかしたの? 何か、音がしたけど』
 ああ。何かとても嫌な予感がする。別府君が下を見る。釣られて私も下を見る。
 その視線の先には――
 私の愛用の眼鏡が、再起不能な姿で転がっていた。
 私は、壊れた眼鏡を拾い上げた。レンズは割れ、フレームもひしゃげている。どう見て
も、買い直すしかないようだ。
『(この眼鏡…… お気に入りだったのにな……)』
 私は軽くため息をついた。
 高校受験の時に視力が落ちて買って以来、ずっと使っていたので愛着がある。コンタク
トが嫌いな私としては、肌身離すことの出来ない持ち物だったのだ。
「あの……いや、その…… マジでゴメン……」
 本当に申し訳無さそうな声で、別府君が謝罪を述べる。こんな元気の無い彼の声は聞い
た事が無かった。
 私は別に、別府君を責める気持ちは無かった。もちろん、彼に責任はあるのだけど、悪
気があってやった事ではないし、むしろ親切心が裏目に出た格好なのだから。
 ただ、コンタクトを付けなければならない事を考えて、ちょっと憂鬱になった。
 何故か、私は直接目に何かを付ける、という事に抵抗感があって、そのせいか今でもコ
ンタクトには馴染めずにいた。それに付けるのも慣れていなくて時間が掛かる。古文の授
業は、コンタクトなしで受けなければならないだろう。
『……どうしよう。これが無いと、ほとんど見えないのに……』
 そんな言葉が、自然に出た。
「そんなに目、悪かったのか?」
 別府君が聞いてくる。私は、コクリ、と頷いた。
『黒板の字も見えないし、ノートも取れないもの』
 別府君を見つめると、彼は申し訳無さそうな顔をして廊下に正座している。
「一応聞くけど……替えの眼鏡とか、そういうの持ってる訳……ないよな?」
 聞きにくそうに、彼は言った。

212 :4/5:2005/12/24(土) 07:32:12 ID:5YmKs1X2
『……言っておくけど、眼鏡って高いのよ』
 事実をそのまま答えたつもりだったが、何だか責めているような言い方になってしまっ
た。案の定、別府君はため息をついて肩を落としている。
 私は、慌てて付け足した。
『い、一応……教室に行けば、コンタクトがあるけど……嫌いだから、あまり使いたくないし』
「じゃ、とりあえず教室行けば、何とかなるのか?」
 ちょっと救われたように、彼が顔を上げる。一応、私が不自由しなくて済むと知って、
少し安心したらしい。
『無事、辿り着ければ……ね。でも、次の古文はもう手遅れだけど』
 私は少し意地の悪い言い方をした。本当は、当然の事とは言え、それでも、別府君が、
ここまで私の事を気に掛けてくれた事が嬉しかったのだけれど、このままだとその気持ち
が表に出てきてしまいそうだったので、それを隠したかったのだ。
 幸か不幸か、彼はさほど気にも掛けずに時計を見た。
「じゃあ、まずは教室行こうぜ。まだ、始まってちょっとしか経ってないし」
 彼の言葉に、私は頷いた。
 すると――
 不意に、彼は、私の手を取った。
 突然のことに、私は頭が真っ白になる。
 そのまま、彼は立ち上がる。自然と、私の手が上に引かれる。私は思わず、それに逆らった。

213 :5/5:2005/12/24(土) 07:32:34 ID:5YmKs1X2
『ちょ、ちょっと! 何を……』
「目、良く見えないんだろ? だから、俺が教室まで先導するよ」
 事も無げに言われた。
 私は、こんなにも胸をドキドキさせているのに。
 何だかちょっと腹が立つ。がしかし、抵抗できず、私は引かれるがままに立ち上がった。
『い、い、いいわよ……。そそ、そ、そこまでしなくても……』
「だって、怖いだろ? そのままで歩くの」
 さらっと受け流された。やっぱり、手を握るくらいじゃ、何とも思っていないのだろう。
何だか少し落ち込みつつ、私はさらに、断る理由を懸命に考える。
『そ、それはそうだけど…… でも、このまま教室とか入ったら、ただでさえ遅くなって
注目を浴びるのに……』
「大丈夫。手は教室に入る前にちゃんと離すし、それに誤解されないように俺から説明するから」
『け、けど……』
 これ以上断る理由も見つからず、私はうつむいてしまう。恥ずかしくって膝がガクガク
して、前に踏み出せない。
 すると、グイッ、と手が引かれ、半ば強引に私は前に足を一歩踏み出した。
「けど、このままここにいたってしょうがないだろ? それとも、このまま俺と一緒にサボるか?」
 その言葉に、私は一瞬ポカン、とした。それから我に返ると、首を激しく横にブンブンと振る。
 授業をサボって、このまま二人でどこかに行く。ほんの僅かだけ、私の心にそんな誘惑
が襲い掛かった。けれど、そんな事、出来る訳ない。
 彼だって、本気で言った訳じゃなくて、ただグズグズしている私にイライラして言っただけだろう。
「だろ? だったらちょっとだけ、我慢してくれよ」
 ついに諦めて、私は首を縦に振る。彼は安心したように微笑むと、そのままクルリと踵
を返し、私の手を引いて歩き出した。私は、無言のまま、彼に手を引かれて後に続いた。
 教室までの、ほんの僅かな距離だけど。
 大好きな人に手を引かれて歩ける。それは、眼鏡一つを代償にして余りある程に幸運な
事だな、と私は心からそう思った。
最終更新:2011年10月25日 16:59