37 :(1/7):2008/02/12(火) 19:52:29 ID:???
私は薄暗い地下室にある廊下を進み、その奥にあるドアの前で足を止め、
ドアを二回ノックした。
「どうぞ」
中から若い男の声が聞こえる。その声に私は答えず部屋に入った。
「昼食を持ってきた・・・・勝手に食べろ」
私は手作りのサンドウィッチとコーヒーをトレイの上に乗せたまま机の上に置いた。
「有難うございます」
私の目の前の男はそう答えた。
男は白衣を着た男で、パソコンのキーボードから手を離してサンドウィッチに手をつけた。
ただ、その手は私には見えなかった。何故?簡単な話だ。
彼は透明人間なのだから・・・
「でも、申し訳ありません」
「・・・何が?」
「あんな事故にあった僕の面倒まで見てくれて・・・」
彼の言葉で私の心を罪悪感という名のナイフが抉ったような感じがした。
「・・・別に・・・助手の面倒を見るのは科学者の役目・・・・」
私はそう言うと部屋を出てドアの鍵を閉めた。
そして私は地上にある研究室へと戻っていった・・・・
私の名は椎水千奈美。科学者だ。
私はこの研究所で世紀の大発明とも呼べる物の研究をしていた。
物体を目視不可能にする光線の開発・・・解りやすく言うなら物体を透明にできるというものだ。
『この研究は完成したなら私の名前を高める大きなチャンスになる』私はそう思っていた。
けど・・・・誰もこの研究に参加しようとはしなかった。
当たり前だ、そんな映画やマンガでしか見たことのないような技術をまだ名前も知れていない
私が開発できるなど考えてもいないだろう。
ただ一人を除いて・・・・
38 :(2/7):2008/02/12(火) 19:53:01 ID:???
先程地下室にいた彼、別府タカシ。彼だけが私の研究に参加してくれた。
彼は日本人とアメリカ人のハーフで、有名な大学を首席で卒業したという将来を期待される
科学者兼技術者の一人だった。
彼は私の計画に喜んで賛同してくれた。
無論、彼は噂に聞いたとおり素晴らしい存在だった。本当に将来を期待される存在だった。
けれど・・・・・私がその芽を摘み取ってしまった・・・・・
「・・・・・・・・ハァ・・・・」
私は研究室の机に突っ伏しこれからのことを考えていた。
研究がうまい具合に進まないのだ。
ただこうなったのも全て私のせいなのだ・・・・
彼はこのプロジェクトで大きな貢献をしていた。
物体を透明にするという大本の技術は私が考え出したものだが、実際に使えるように改良したのは
彼自身だった。
それによって一枚の布からコンクリートの塊、植物、実験用のラットまでも透明にしていった。
そのサンプルを提示するたびにクライアントは喜んで多額の資金を出してくれた。
ただ、あの日がくるまでは・・・
私はある時こういう考えに至った。『実際この技術は本当に私が作ったものなのか?』というものだ。
彼が次々と改良を加えていく度に、このプロジェクトは私のものでなくなるような気がしたのだ。
それに内向的な私と違い彼は外交的で、誰とでも仲良くなれた。
つまり私は彼に嫉妬をしていたのだ。
そしてある日私は機械の整備をする彼に光線を浴びせた・・・・
その光線を浴びた彼は見事に目視不可能な存在、透明人間になった。
無論、それは整備中の事故として片付けた。彼を地下室に拘留し、人の目の届かないところに
彼を居座らせたのだ。
39 :(3/7):2008/02/12(火) 19:53:26 ID:???
最初はそれでよかった。だが予測できなかったことが三つ起きた。
彼が研究に殆ど参加しなくなってから全くといっていいほど研究が進まなくなった。
彼の纏めたレポートを見ても私はこれ以上に技術を改良できなかったのだ。
だから研究は行き詰まり、無意味な時間だけが過ぎていった。
そのせいでクライアントは私たちへの資金を少しずつ減らしていった。
もう一つは彼が私を全く疑っていない、それどころか尚も面倒を見てくれる存在と私を
慕う心を強めていったのもある。
もしも彼が事故ではなく、私の嫉妬で起こった行為なのだと知ったら私は間違いなく彼に
殺されてしまうだろう。
最後の一つは・・・私は彼に恋をしてしまったのだ。
彼の私に対する従順な性格、実験に失敗した時も慰めてくれた彼の優しさに私は惹かれていたのだ。
無論私に彼を愛する資格などある筈がない。彼の才能を封じ込めてしまった私になんて・・・
ある日私はコンピュータの画面に映し出された実験の結果にあまり芳しくない表情を浮かべた。
「・・・・やっぱりこのままじゃだめ・・・」
この物体を透明にする装置の最大の難点は一度使用する度に大量のエネルギーを消費することだ。
何度やってもうまい具合にことが進まない。
ここに彼がいたならば・・・
私がそう思い始めたとき、時間はすでに午後の7時になっていた。
「・・・タカシの夕食の時間・・・作らないと・・・」
私は研究所にある小さなキッチンで簡単な食事を作った。
それを持って地下の彼の部屋前に行き、ドアをノックした。
「・・・・・・・・・・・」
なにも聞こえなかった。普通なら彼の返事が聞こえる筈だ。寝ているのだろうか・・・
「・・・入るよ」
私がそう言ってドアノブに手をかけた時だった。なんの抵抗もなくドアノブが回った。
鍵をかけ忘れた・・・・!
40 :(4/7):2008/02/12(火) 19:54:11 ID:???
私はドアを開けて部屋の中をぐるりと見回した。彼のいる気配はなかった。
私は頭の中が真っ白になった。
もしも彼がこの研究所から脱走したりしたら・・・・
私は階段を駆け上がって地上の研究室に上がった。
すると、研究室の一角、先程まで私の使っていたコンピュータの方からキーボードを
叩く音が聞こえてきた。
「・・・タカシ?」
私は彼の背後まで近づいて話しかけた。
彼はよほど驚いたのか、声をひっくり返らせて言った。
「きょ、教授!?すいません・・・」
彼は深々と頭を下げた。本当だったら彼はここにいて一緒に研究をする身のはずだ。
彼は謝る必要なんてない。本当に謝らなければいけないのは私の方だ。
だが、口から出てくるのは謝罪とは全く違う言葉・・・
「・・・どうしてタカシがここにいるの?」
「ドアの鍵が開いていたのでつい・・・・本当に申し訳ありません」
やめて・・・貴方は謝らないで・・・・本当は私のほうが悪い・・・貴方は本当は悪くない。
「・・・少しは自分の立場を理解して。本当だったら私だって貴方をここに置きたくはないんだから」
・・・え?ちょっと待って、私は何でこんなことを言ってるの?
違う。私が言いたいのはこんなことじゃない!でも・・・なんで?
「・・・・すみません」
彼はそう一言言うと研究室を出て、地下への階段を下りていった。
彼の通った後には小さな水滴の落ちた後が点々と残っていた。
「・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・」
私はこれ以上無いくらいの自責の念で押しつぶされそうになった。
彼が私を裏切ったことなど無かった。だが、私は彼を何度も裏切った・・・・
気づくと私は泣いていた。涙が研究所の床に落ちて散った・・・
翌日、私はタカシの朝食を作るためにキッチンに立っていた。
41 :(5/7):2008/02/12(火) 19:54:50 ID:???
あの後私はずっと泣き続けた。眠ることすら出来なかったほどだ。
今日こそは彼に本当のことを話そう。
私はそう決意していた。
彼に殺されても構いはしない。彼がこの研究の過程と結果を全て他の科学者に売ってもいい。
それが私の罪に対する罰なのなら喜んで受け入れよう・・・
私は朝食を乗せたトレイを持って彼の部屋の前に立った。
私は小さく深呼吸をしてドアノブを回した。
中に彼の姿は無かった。だが、洗面所から(この部屋にはトイレ、洗面所、シャワー等ここで
生活できるほどのものはある)水の流れる音が聞こえてきた。
私は洗面所のほうへ向かい、彼の名前を呼んだ。
「・・・タカシ・・・?」
私は洗面所のドアを開けた。
・・・その洗面所は真っ赤だった・・・
「タカシ!!」
彼はその場に倒れこんでいて、血の染み込んだ白衣は水に濡れてびしょびしょになっていた。
彼の手首と思われる場所にはナイフで切ったようないくつかの切り傷があって、そこから
真っ赤な血液が流れ出していた。
「タカシ!返事をして!タカシ!!」
私は彼の体を抱きかかえると、彼は生気の無い声で呟いた。
「・・・透明人間でも・・・血は赤いんですね・・・・・」
そう言うと彼はぐったりと首を倒した。
私は洗面所から彼を連れ出しできる限りの治療を施した。
この罰は私が背負うものだ。彼が背負うべきものではない・・・
あの後彼は奇跡的に回復した。(正直私でも信じられない)
私は研究などそっちのけで彼の看病をした。
彼は私に本当に感謝をしてくれた。だがそれは看病のことだけではなかった。
42 :(6/7):2008/02/12(火) 19:55:17 ID:???
私が本当のことを話したからだ。
聞いた話によると、彼は最初から事故ではなく私が故意的に行ったことだと気づいていたらしい。
けれど、何故気づいていたのにずっと黙っていたのか私にはまだ教えていない。
そのうち解る時が来るのだろうか・・・?
「教授」
彼がににこやかな声で話しかけてきた。
彼の表情は無論見ることは出来ない。けれど、彼が笑っているのは確かなのだ。
「・・・・何か用?」
「実はお見せしたいものが。ちょっと左手を出してください」
彼の言われるままに私は左手を差し出すと、薬指に何かが付けられた。
何も見えないけど確かに左手の薬指に何かが付けられている。これは・・・指輪?
「僕の気持ちです。教授」
「・・・・まさか・・・これって・・・!?」
「そうです。教授・・・僕と結婚してください」
私は頭の中が真っ白になった。今何が起こったのか全く解らなかった。
「・・・え?・・・ちょっとまって・・・でも・・・」
「僕、あの日透明人間になった時内心嬉しかったんです。この研究が終われば教授と離れ離れ
になってしまうかもしれない。でもこれならずっと一緒にいられるって」
「じゃあ・・・この指輪は?」
「実はそれいつか渡そうと思ってずっと白衣のポケットの中に入れてたんです。その時
光線を浴びたんで指輪も透明になっちゃったんですけど」
私は嬉しかった。正直嬉しくて飛び跳ねてしまいそうだ。
だが申し訳ないという気持ちも溢れた。
私は嫉妬の為に彼をこんな目に合わせた。なのに彼は私を好いているのだ。無論私も彼のことが
好きだ。でも私は罪を犯した分罰を受けなければいけない。
「・・・・残念だけど・・・無理。私には貴方を愛する資格なんて無いから・・・・」
「何故です?」
「私は多くの罪を犯した。だから私は罰を受けなきゃならない・・・・」
43 :(7/7):2008/02/12(火) 19:56:30 ID:???
私がそう言うと彼は微笑んだ。
「僕だって多くの罪を犯してますよ。自殺をしようとして迷惑をかけたり、地下室から脱走
したり。色々ですよ」
「でも・・・」
「教授。だったら貴女にぴったりの罰を思いつきましたよ」
「・・・・?」
彼は私に顔を近づけ小さくキスをすると微笑みながら言った。
「透明人間と結婚することです」
気づくと私は赤面しながら微笑んでいた。
そうね、それは私にとって最高の罰かも知れない・・・
fin
最終更新:2011年10月25日 18:39