415 :ボクっ子とプリンと1:2009/05/30(土) 04:28:39 ID:???
「んー」
あーよく寝た。
前日に夜更かししても、翌日真っ昼間まで寝てられるのが祝日の醍醐味だよな。
そんじゃま、寝起きのなめらかプリンといきますか。
いつも通り、二階の洗面所で顔を洗って、細身のパーカとGパンという家着ルックに着替え、いつも通り階段を降りて一階のキッチンへと向かう。
目指すは冷蔵庫と言う名のパラダイスさ。
そして冷蔵室の上から数えて3段目。
昨日、近所のコンビニで買い占めた8個の愛しい我が子達が…………いるはずなのだが――
「………おい」
「よっ!やっと起きたかバカ隆!」
なぜ貴様がここにいる。
いや、それはこの際どうでもいい。どの道こいつにまともな返事を期待するのは、釈迦に説法するくらい微塵も全くこれっぽっちも意味のないことだからな。
ところで、『釈迦に説法』を『チャカに鉄砲』って聞き間違えたことのある人は正直に手を上げなさい――って、いやいやそうじゃなくて。
そう、目下の問題は――
「なぜ、俺のなめらかプリンちゃんを食べているんだお前は」
8個も買ったのに。
既に残り一つ…だと?
ええい、こいつには躊躇いといったものは存在しないのか!

416 :2:2009/05/30(土) 04:29:43 ID:???
「隆のモノはボクのモノ。以上」
なんと。
巷で有名な、あの剛田さん家の武君は、実は真っ白なワンピースを着た女の子だったのか!
いやでも局地的になんか物足りないし、やっぱり男の子――のわりにはやっぱり小さいしなぁ。
あらゆる意味で。
「なんか、失礼なこと考えてる…」
「この場合失礼なことをしてるのは、むしろお前だろう」
反射的に返す。
それにしても、別に自慢じゃないが、ポーカーフェイスが通り名(自称)のはずの俺から思考を読み取るとはやるなボクっ子。
…もしかして、何かの拍子にサトリ能力が発現したのか!
いやいやまっさかね~!
何度も言うが、リビングのしかも俺の椅子に鎮座ましましているこの局地的に残念な絶壁野郎――いや、女郎か――にそんな能力あるはずは、
「うっさいなぁ。っていうか、隆こそまた失礼なこと考えてるでしょ!?」
「やや!」
まさか本物!
「やや!じゃないよ、胸ばっかり見やがってこの変態!」
…ふむ。
『目は口ほどに物を言う』
先達の言葉の真偽を、図らずも自らの行動によって証明してしまうとは露ほども思っていなかったが、なるほど、そうかそうか。

417 :3:2009/05/30(土) 04:30:24 ID:???
「よし、黙ってても無駄なら口に出して言ってやろう。
このちんちくりんなコロボックルめ、局地的に大変まっこと残念な体つきのクセしやがって、毎度毎度一体何を言ってやがるんだ?もう我慢ならねえ!よし、これから減らず口を叩く度に貴様の(自主規制)を(自主規制)で(自主規制)して(自主規制)のうえ、俺様の(自主規制)で俺様専用の(自主規制)――」
「おばさーん!!!」
「――なーんて嘘にきまってるじゃないかははは何を興奮しているんだいよしよしこのプリンでも食べて落ち着くんだ」
ちっ畜生!
こいついつか本当に(自主規制)なことしてやるぅぅ!
「ふふん、隆は黙ってボクにプリンを差し出せばいいのさ」
そう言って銀色のスプーンを繰り出すコロボックル。もとい、生まれてこの方18年間、俺のお隣さん兼幼なじみを復業してやがるボクっ子こと北戸梓。
全く忌々しい奴め…。
「で、何か用か?」
「別に。暇だから来た。
そしたら隆は寝てるし、お腹減ったからなんか食べようと思ったらプリン見つけた」
「ここはお前んちじゃないぞ。つーか人の物は勝手に取っちゃいけませんって教わらなかったのかお前は」
「勝手じゃないし~おばさんにちゃんと許可とったし~」

418 :4:2009/05/30(土) 04:31:10 ID:???
なんだと!あの梓フェチめ!確かにあの人なら、
――あらあら~、梓ちゃん。
遠慮せずに全部食べていいのよ~。
なんならご飯も食べてく~?
とか、平気で言いそうだ!
「あ、お昼もご馳走になったゼ!」
食ったんかい!
「ちなみに隆の分ね」
そう言って、プリンをまた一口。
「マジかよ!!!!!ふざけんなテメー俺の飯!」
「いつまでも起きない隆がいけないんだも~ん」
「別にいいだろ!祝日なんだし!」
そうだ!俺は悪くねえ!
「その考えがいけないんだよ。いくら休みだからってだらけてちゃ、将来ロクな大人になれないぞ」
正論だ。確かに正論だが、お前に言われると釈然としないものがあるぞ。
「いやいや学校のある日は毎日俺が起こしてやってるだろ!人のことこれっぽっちも言えねえぞコンチクショウ!だから一口!」
ささ!っと、目にも止まらぬ早業で梓からプリン一式をひったくる。
「あ!あーっ!あーっ!」
喘ぎ声ではないですよ?
梓が上げた抗議の声だ。
「ふふん、油断したな!」
さて、では一口。
銀のスプーンをプリンに滑らせる。
おお、この絹のようななめらかさ…なめらかプリンの名は伊達じゃねえ…。
ゆっくりと、見せつけるように口へと運ぶ。

419 :5:2009/05/30(土) 04:33:21 ID:???
パクリ。
うむ、美味い。
「あ…」
ん?
「どうした梓」
いつの間にやら顔が赤いぞ。真っ赤だ。
俺にプリンを取られたのがそんなに悔しいのか?
うーむ…あり得るな。背はちっこいくせに食い意地だけは人一倍だからな。
しかし毎度毎度、あの量がどうやって消化されてるのか、甚だ疑問だぞ。人体って不思議!
「………別に」
の割には耳まで真っ赤だぞ。
「早く返せ…」
「返せたって元は俺のだぞ」
ていうか、他に俺食べるもの無いんだぞ。
いや、別にないことはないのだが、なんか納得いかん。
「うるさいなぁ!返せったら返せ!」
うわ、飛びかかってくるなよ!
落とすっての、危ないな。
「わかったわかった」
どのみち一口貰うだけのつもりだったんだ。
「ほら」
梓にプリンとスプーンを手渡す。
「ん…」
ようやっとプリン一式を手に入れると、梓は大人しく引き下がった――が、今度は全く食べる気配がない。

420 :6:2009/05/30(土) 04:35:13 ID:???
「ん?どうした?食わないのか?」
心なしかスプーンを凝視している気がする。
「……食べる」
と、言いつつも、プリンを一掬いしただけだ。
やっぱり口に運ぶ気配は、ない。
「どうしたんだ?食べないなら俺が――」
「食べる!」
パク!
って音が聞こえてはこなかったが、そんな感じの勢いで口へと運んだ。
「むぐもぐむぐ」
………。
おいおいおい。
「スプーンごと食べるつもりか。お前」
勘弁しろよ、そこまで食い意地張ってんのか。
「ふんっ」
そっぽ向きやがったこいつ。
「やめろやめろ、スプーンはそんな美味しくないぞ」
そんな俺の気など知らん顔で、スプーンとプリンを味わう梓。
というかもうプリン呑み込んだだろお前。
さっき喉が鳴ったの聞こえたぞ。全く。

421 :7:2009/05/30(土) 04:36:43 ID:???
…。
なんというか。
舌でスプーンを弄んでるとでもいえばいいのか。
時折、梓の歯とスプーンがぶつかり、カチャカチャという音が聞こえる。
その横顔からチロチロと覗く小さな舌が、何故か見てはいけないモノのようで、思わず目を反らしてしまった。
「ん…ふ…」
その声に、顔に、どことなく悦びの色が浮かんでいるのは、気のせいに違いない。
「こら、意地汚いぞ」
「ん…ちゅ…」
漸くスプーンから口を離す梓。
つつ…と、銀のスプーンと梓の小さな蕾のような口の間に、細い唾液の橋がかかり、そして床に消えた。
「…」
あずさの むごんで みつめる こうげき!
「……」
なんだなんだ、なんなんだ。
そんなに気に障ることだったのか?
早めに謝っとくか?うんそうするか。
そう思って、口を開こうとしたら――
「…もう一口」
「は?」
「…もう一口あげる」
なんだよ。
一体何が起こってるんだ。
あの梓が、もう一口あげる…だと?
天変地異の前触れか――?
いやしかし、せっかくくれると言っているのだから、その好意を甘んじて受けようではないか。

422 :8:2009/05/30(土) 04:37:49 ID:???
「おう、さんきゅ」
そう言って手を伸ばす。
だが――
「――ん」
眼前に突き出されたのはスプーンの上で僅かに震えるプリン。
え?は?ん?え?
これは、アレか?俗に言うアレですか?
はい、あ~ん、とかいうやつですか?
「ん」
どことなくやけっぱちな雰囲気があるのは何でだろうか。
っていうか、さっきよりも顔赤いぞ。おい。
「ん!!」
わかった。わかったから押し付けるな。
食べればいいんだろ?
「いただきます」
パク。
…うん、美味い。
ちょっとヌメリがあるのは何故なのかを極力考えないようにしながら、プリンの味を堪能する。
しかし、あれ、梓さん、プリンはもう喉を無事下ったので、スプーンを引っ込めて下さると嬉しいのですが。
「ふぐふもむう」
離しなさい。
と言ったつもりが言葉にならない。
しかしそれでも伝わったのか、俺は漸くスプーン地獄から解放された。
口から離れる際、梓の時と同様に、スプーンとの間に唾液の橋がかかり、そして静かに消えていった。

423 :9:2009/05/30(土) 04:38:23 ID:???
…なにこの嬉し恥ずかし羞恥プレイ。
だが、そんな俺の気持ちもなんのその。
梓は銀のスプーン――フィーチャリング俺の唾液――でプリンを掬うと、先程の様にそっぽを向いて口へと運ぶ。
おい、耳どころか首筋まで真っ赤だぞ。
「ん…は」
相も変わらず、スプーンだけになっても口から離そうとはしない。
「ちゅ…ちゅー…ちゅっぱ」
やめろ。吸うな。吸うんじゃない。
「ぷぅ…」
意図してなのかそうじゃないのか、またしても、銀色の糸が尾を引く。
そして、一掬いしたプリンを俺の眼前へと差し出し――
「…ん」

…OK
とことんまでやってやろうじゃないか。
どっか、と、梓の隣の椅子に座り準備はOKだ。
そんなこんなでそれ以降、プリンが無くなるまで、梓による、あ~んライブ in 俺ん家が黙々と行われた。
恥ずい。果てしなく恥ずいが、勝負を引き受けた以上、逃げるわけにはいくまい。
漢として!
「んっ…ちゅ……はあ」
そして今、最後の一口を梓が食べ終えた。
プリンを食べてただけなのに、二人とも口の周りがベタベタだ。
だがやったぞ!俺はやり終えたんだ!ふはははは!

424 :10:2009/05/30(土) 04:39:17 ID:???
でさ。それでさ。
この時どうかしてたんだろうな。俺も梓も。
だから俺は、あ~んライブ in 俺ん家が行われてる最中に頭をよぎった、ある言葉を口にしたんだ。
「なあ梓」
「……なに」
まず、断じて誓おう。
頬が上気して朱に染まってたり、口周りが唾液でベタベタだったり、なんでか乱れてる白いワンピースは、決して疚しいことをした訳じゃないと。
「これって、間接キスだよな」
「…そうだね」
そう言うが早いか、ずいっと、座った椅子ごと俺に近づく梓。
ががが、と床を擦る音がする。やめなさい。傷がつくだろ。
いやそんなことどうでもいいか。
椅子が床を擦る音が籠もって聞こえるほど、今俺の心臓は大暴れだ。
「…ねぇ隆」
「なんだ」
どうでもいいが瞳が潤んでるぞ。びしょびしょだ。
そんな熱っぽい視線で俺を見つめるなよ。
目眩がする。息苦しい。逃げらんねえ。
今度は、目が反らせない。
「まだ、食べたりないでしょ」
「まぁな」
「でしょ」
そう言うと梓は、更にずいっと、上体を前に出す。

425 :11:2009/05/30(土) 04:40:17 ID:???
「…なら、これ、食べる?」
段々と梓の顔が大きくなり――否、接近して――
瞳を閉じ――
その日、俺は大人の階段を登った。
最終更新:2011年10月25日 19:22